2020年、宮沢賢治(1896~1933年)の出身地、岩手県花巻市に寄贈された、故佐藤隆房氏のコレクションから見つかった賢治の作品、詩「S博士に」の草稿が、本人の直筆の可能性が高いことが判明した。
この草稿は、岩手県花巻市の総合花巻病院の前身、花巻共立病院の初代院長だったのが佐藤隆房氏で、賢治の主治医であり「S博士に」のモデルとされる。草稿の真贋判断を担ったのが堀場製作所のグループ会社、堀場テクノサービス(所在地:京都市南区)のX線分析装置。これまでゴッホの絵画や江戸時代の浮世絵の分析に協力しているという。
宮沢賢治は「銀河鉄道の夜」などで知られる岩手県花巻市出身の詩人・童話作家。
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東大寺 東京芸大が復元した「執金剛神立像」2体を公開
東大寺(所在地:奈良市)は、東京芸術大から寄贈された国宝「執金剛神立像(しゅこんごうじんりゅうぞう)」の復元模刻2体を報道陣に公開した。同大は東大寺や東京理科大とともに、科学分析に基づいて、本体を彫刻、彩色し、約10年がかりで完成させたという。
復元を手掛けたのは、東京芸術大学保存修復彫刻研究室の「東大寺法華堂執金剛神立像完全復元プロジェクト」。制作資金の一部はクラウドファンディングで募り、約1,800万円が集まった。
執金剛神立像(高さ173cm)は奈良時代の8世紀中ごろの作。東大寺法華堂で毎年12月16日にだけ公開される秘仏として知られる。寄贈された2体のうち1体は漆を使った技法で現状の姿を模し、もう1体は当時の極彩色を忠実に再現している。なお、
像の一般公開は秋ごろの予定。
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正倉院の屏風・織物の紋様に国内未確認の染色技法 宮内庁
宮内庁正倉院事務所の分析によると、奈良の正倉院に伝わる織物の紋様の染色に、国内ではこれまで確認されていない技法が使われていることが分かった。正倉院事務所は年に一度、秋の点検に合わせて正倉院の宝物を調査している。
今回は江戸時代に当時の東大寺の別当がつくらせた屏風に使われていた織物の紋様に、どのような染色技法が使われているか調査した。紋様の繊維を顕微鏡などで詳しく分析したところ、これまで「ロウケツ染め」という技法が使われていると考えられていたが、実際には何らかのアルカリ性の物質で染まらないように加工されていることが分かったという。
この技法は、中国・新疆ウイグル自治区にあるトルファン・アスターナ古墳群から出土した8世紀ごろのものとみられる織物で使われていることが確認されているが、国内では例がない。
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「長崎の鐘」英語版復刻の動き 永井隆博士没後70年 遺志継ぐ
1945年8月9日、長崎に投下された原爆で重傷を負いながら救護活動に身を捧げ、「長崎の鐘」などの著書で原爆被害と戦争の愚かさを訴えた医師、永井隆博士が亡くなって、5月1日で70年を迎えた。博士の遺志を継ごうと遺族やゆかりの医師らが、絶版となった「長崎の鐘」の英語版の復刻を目指している。
長崎の鐘は、37歳で被爆、白血病で43歳で亡くなるまで、原爆で医療体制が壊滅した中で負傷者の救護にあたった様子を克明に記し、家族や友人を一瞬で失った絶望から立ち上がろうともがく人々の姿を描いたもの。
博士の孫で、長崎市の永井隆記念館館長の永井徳三郎さん(55)によると、長崎の鐘は英語版など9カ国に翻訳され、幅広い人々に読まれた。だが1984年に出た英語版は10年ほど前に絶版となっている。そのため、記念館に来館した外国人客から英語版で読みたいと要望されても応えられなかったという。
このほか、没後70年の動きの一つとして、博士が小学生時代を過ごした島根県雲南市では4月、記念館がリニューアルオープンしている。
高野山三大秘宝を公開 弘法大師ゆかりの書など221点 霊宝館
和歌山県高野町の高野山霊宝館で、開館100周年を記念した展覧会「高野山の名宝」が開かれている。弘法大師ゆかりの書や、鎌倉時代の仏師、運慶・快慶が制作したとされる仏像など計221点を、11月28日まで一部入れ替えながら展示する。
今回、空海ゆかりの文化財としては「三大秘宝」と呼ばれる出家宣言の書「聾瞽指帰(ろうこしいき)」(国宝)や、密教を修めた証しとして唐(中国)から持ち帰ったとされる持仏「諸尊仏龕(しょそんぶつがん)」(国宝)、所持したとされる密教法具「金銅三鈷杵(こんどうさんこしょ)」(国重要文化財)を公開する。仏像では運慶作とされる国宝「八大童子立像」や、快慶作とされる国重要文化財の「孔雀(くじゃく)明王像」「四天王立像」などが展示される。
展示期間は4期に分かれ、1期(6月6日まで)、2期(6月8日~8月1日)、3期(8月3日~10月3日)、4期(10月5日~11月28日)。一般1,300円、高校・大学生800円、小中学生600円。
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聖徳太子の遺訓 4/3~5日 法隆寺で1,400回の遠忌法要
今年は聖徳太子(厩戸皇子=うまやどのおうじ、574~622年)の1,400回忌にあたる。100年に1度の節目。太子にゆかりの深い奈良県斑鳩町の世界遺産・法隆寺では4月3日、遺徳をしのぶ遠忌(おんき)法要が始まった。法要は5日まで。
初日は金堂や五重塔がある西院伽藍で法要が営まれ、同寺のほか、ゆかりの斑鳩寺(兵庫県太子町)の僧侶、県内外の関係者ら計450人が参列した。古谷正覚管長が表白(ひょうびゃく)分を読み上げ、太子を称えるとともに、新型コロナウイルスの早期終息を願った。
100年前の大正時代、1921年の1,300回忌には、日本の資本主義の父ともいわれる、実業界のドン、渋沢栄一(1840~1931年)が、遠忌法要の実現に尽力していたとの様々な記録が残っている。日本史の中で果たした聖徳太子の優れた功績は今更いうまでもないが、歴史の重み、近現代とは途方もなく隔たっているはずなのに、改めで歴史のつながりを強く感じさせる。
四天王寺「鳳輦」「玉輿」を初公開 聖徳太子の命日法要で
四天王寺(所在地:大阪市天王寺区)宝物館で、毎年4月22日に営まれる聖徳太子の命日法要「聖霊会(しょうりょうえ)」で使われる2台のみこし「鳳輦(ほうれん)」「玉輿(ぎょくよ)」(いずれも江戸時代)が初めて一般公開されている。それぞれ太子の像と仏舎利(釈迦の遺骨)という寺の信仰の核となる宝物を載せる特別な神輿だ。
鳳輦は高さ217.5cm、玉輿は同234cm。金具の様式から、江戸時代初期に徳川家によって寺が再興されたときにつくられたとみられる。これまで通常時は蔵に保管していたが、聖徳太子(622年没)の「千四百御聖忌(ごせいき)」に合わせて宝物館に移し、今後は一般公開することにしたという。
宝物館は正月と春、秋に公開され、今春は5月5日まで。拝観料は大人500円、高校・大学生300円。
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「お水取り」安寧祈る炎 コロナで”お松明”映像でライブ配信
奈良に春の訪れを告げる東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)、通称「お水取り」。3月1日から行われている、松明(たいまつ)を振って火の粉を散らす”お松明”。12日夜は”籠松明”と呼ばれる、長さ約8mのひと際大きな松明をを使った行事が、コロナ対策で今年は非公開で実施。その代わり迫力満点、映画監督の河瀬直美さんが撮影した映像がライブ配信された。奈良市内のホールで事前予約したおよそ80人が、圧巻の国家の安寧祈る”炎”のイベントを楽しんだ。
11人の「練行衆(れんぎょうしゅう)」を先導、「童子(どうじ)」と呼ばれる付き人が燃え盛る松明を二月堂の舞台の欄干から突き出して駆け抜ける。例年なら、詰め掛けた多くの参拝者から大きな歓声が上がるところだが、今年は静寂の中で松明の燃える音が響いた。
お松明は13日も14日も非公開で行われ、そのもようはネット配信される。
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大阪府・太子町 双方墳「二子塚古墳」発掘調査 造り方判明
大阪府南河内郡太子町の発掘調査によると、国の史跡「二子塚古墳」の古墳の造り方や構造の一部が明らかになった。東側の墳丘で大きな石を積み上げて石室の入り口を塞いでいた様子や、石室につながる墓道が長さ4.4mであることが判明した。太子町では古墳時代の終わりごろの築造方法が分かる貴重な成果としている。
二子塚古墳は四角い墳丘を2つつなげた全国的にも珍しい双方墳の古墳。墳丘長:東西約66m、南北約26m。7世紀後半に造られたとみられている。石室が盗掘を受け、中にある石の棺が露わとなっており、太子町が5年前から発掘調査を続けてきた。
二子塚古墳は、聖徳太子や推古天皇など飛鳥時代に活躍した人物が多く祀られている「磯長谷古墳群」の一つ。
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平常宮跡歴史公園で新たな観光体験の実証実験 NECなど4社
日本電気(以下、NEC、所在地:東京都港区)、凸版印刷(所在地:東京都千代田区)、マクニカ(所在地:横浜市港北区)、コトバデザイン(所在地:東京都渋谷区)の4社は2月22日、ローカル5GやMR(複合現実)を活用した、新たな観光体験の実現に向けた実証実験を2月26日から3月1日まで、奈良市の平城宮跡歴史公園で実施すると発表した。
屋外の観光資源とICTの融合により新たな観光体験を提供する。NECは全体管理、ローカル5G技術提供、凸版印刷はMR技術、映像配信制御システム開発、マクニカは8人乗り低速EVカートと自動運転システム提供、コトバデザインはAIコンダクター開発をそれぞれ担う。
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米探査車が火星着陸に成功 土壌を調べ生命の痕跡を探す
米航空宇宙局(NASA)は日本時間2月19日、探査車「パーシビアランス」が火星に着陸したと発表した。探査車の大きさは小型車ほどで、重さ約1トン。母船とともにカプセルに入った状態で、秒速5km超の猛スピードで火星の大気圏に突入。パラシュートを開いて減速した後にカプセルを離れ、母船はエンジンを逆噴射して降下し、ひもでつながった探査車を下した。
火星は数十億年前には温暖で液体の水があり、微生物が生きられる環境だったと考えられており、土壌を調べて生命の痕跡を探す。探査対象は北半球にある直径45kmのクレーター。流水で土砂が堆積したような地形から、35億年前は湖だったとみられる。NASAの探査車や探査機で火星着陸に成功したのは9件目。
豊臣期の大坂城の石垣公開 1615年の落城時の火災の痕跡確認
薬師寺・東塔竣工式 解体修理は110年ぶり 心柱・基壇を補強
秀吉の創建時の方広寺築地塀の礎石見つかる 古文書を裏付け
京都市埋蔵文化財研究所は2月10日、豊臣秀吉が桃山時代に建立した方広寺(ほうこうじ、所在地:京都市東山区)の旧境内で、創建時の築地塀(ついじべい)の礎石を見つけたと発表した。この礎石は、京都国立博物館・明治古都館の免震工事に伴い、2020年9月に始まった調査で見つかった。
築地塀は1596年の慶長伏見地震で倒壊し、秀吉の死後に子の秀頼が回廊に造り替えた。秀頼時代の回廊跡は1990年代からの発掘で確認されていたが、文書や絵図のみで知られていた創建時の姿が今回の調査で裏付けられた。
秀吉時代には、奈良・東大寺大仏殿を上回る南北約88m、東西約54m、高さ約48mの大仏殿を築地塀が囲んでいた。大仏殿は1602年に焼失し、秀頼により1614年に再建されたが、1798年落雷で焼け落ち、現在は残っていない。
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坂口安吾の未発表小説見つかる 直筆の原稿用紙41枚の作品
高槻市・芥川山城跡で”天下人”三好長慶の居城の”櫓”遺構
戦国武将、三好長慶(1522~1564年)の居城、芥川山城跡(所在地:大阪府高槻市)で、”櫓(やぐら)”とみられる塼列(せんれつ)建物が確認された。塼は瓦と同じ素材の板状のもので、それを建物の礎石の周囲に巡らせていた。この遺構周辺で家臣が住み、長慶が政務を執った裏付けとなる建物も多数見つかった。長慶が一時、近畿を制した政権の中枢が芥川山城だったことがうかがわれる。
三好長慶は、織田信長に先駆けて近畿エリアを制圧し、事実上”天下人”となったとされる武将。高槻市文化財課が2020年11~12月、芥川山城の主郭(本丸)の一段下にある第3郭の平地60㎡を発掘調査した。
発掘された建物は地面に焼土があり、1556年に記録のある火災後に建てられた、長慶の在城(1553~1560年)後半期の遺構と考えられる。このほか、約200点に及ぶ遺物も出土した。縁に煤(すす)がついた燈明皿、穴があくまで使い込まれたものなど3点の硯(すずり)、茶の湯に使う天目茶碗などが見つかった。