探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウの試料の最初の分析結果が発表された。最も始原的な隕石に似ているが、それよりさらに黒っぽくスカスカしている。試料の分析が進めば、太陽系の起源と進化、生命の素材となる水と有機物が地球にもたらされた過程を解き明かす研究が大きく前進しそうだ。
成果は2021年12月20日付の英科学誌ネイチャー・アストロノミーに報告された。日本経済新聞が報じた。
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政府「佐渡島の金山」世界文化遺産への推薦 閣議で決定
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鹿児島・種子島遺跡 巨大噴火前の7400年前の地層から土・石器
種子島開発総合センターなどの発掘調査によると、鹿児島県の種子島の西表島市の下之平遺跡で、7400年以上前の地層から土器や石器が見つかった。およそ7300年前に発生した巨大噴火の直前のものとみられ、壊滅的な被害をもたらした噴火の影響で解明されていないことが多い、この時代を知る手掛かりになると期待されている。
下之平遺跡は7400年前から7800年前の縄文時代早期のものとみられ、2021年10月から始まった発掘調査で地層から土器や石器などおよそ1,000点が出土した。このうち「トロトロ石器」は溶けたような目と、滑らかな手触りが特徴。種子島にはない黒曜石を使った石器もあり当時、島外と交流があったことを裏付けている。種子島西側の海底で、およそ7300年前に鬼界カルデラを形成した巨大噴火が発生し、火砕流などが周辺の島や、九州南部に壊滅的な被害をもたらしたと考えられている。
佐渡金山 世界遺産推薦見送りから一転、推薦へ最終調整
高松塚古墳の柩をCGで復元 科学分析踏まえ サイズは2m×58cm
奈良県明日香村の高松塚古墳で見つかった柩の破片や金具などを、橿原考古学研究所と奈良文化財研究所が共同で科学的に分析し、その結果をもとに石室に収められていたおよそ1300年前の柩をCGで復元した。
調査では柩と金具に組み合わさるものがないか調べたところ、釘穴が一致するものが見つかったほか、七角形や八角形をした5つの金具の表面に付着した化学物質の成分を調べたところ、水銀を含む朱色の顔料などが検出された。これらのことから、このタイプの金具は顔料が塗られていた柩の内側に取り付けられていたことが分かったという。柩の長さはおよそ2m、幅はおよそ58cmほどあり、表面には黒い漆が施され、内側にも釘隠しのような金具が使われるなど、丁寧なつくりだったとみられる。
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日本政府 「佐渡金山」世界文化遺産 21年度推薦見送りへ
京都・三十三間堂で新成人らが2年ぶり「弓の引き初め」
京都の国宝・蓮華王院本堂、通称・三十三間堂(所在地:京都市東山区)で弓道の全国大会が2年ぶりに開かれ、競技に先立って、晴れ着姿の新成人たちが「弓の引き初め」をした。1月15日は昨年の成人を対象に、16日は今年の成人を対象に、2年ぶりに無観客で開催された。
三十三間堂では、鎌倉時代から江戸時代に、弓の名人たちが腕前を競い合った「通し矢」が行われていた。こうした歴史に因み、毎年この時期に弓道の全国大会が開かれてきた。だが昨年は、新型コロナウイルスの影響で中止となっていた。2年ぶりに行われた引き初めで、振り袖にはかま姿の新成人の女性たちが、60メートル先の直径1mの的に狙いを定め、次々に矢を放ち、緊張感の中にも華やかな雰囲気を醸し出していた。
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東北大・山口大・東大 三畳紀末の大量絶滅の実態を解明
東北大・山口大・東大の研究グループは1月13日、約2億年前の三畳紀末の大量絶滅の実態を解明したと発表した。同グループは堆積岩の加熱実験を行い、比較的低い温度では二酸化硫黄が、高い温度では二酸化炭素がより多く放出されることを明らかにした。さらに、大量絶滅を記録した地層から発見した加熱温度に制御されて生成する堆積有機分子の種類の変化から、火山活動が低温から高温へ移行したと推定した。
以上の結果から、三畳紀末の大量絶滅は次のプロセスで起きたことを提唱した。
①大規模火山活動のマグマが、比較的低温で堆積岩を加熱した結果、大量の二酸化硫黄が生成された②二酸化硫黄が成層圏に入り、硫酸エアロゾルを形成した③硫酸エアロゾルが太陽光を反射し、光合成阻害や地球寒冷化などにより生物の大量絶滅が起こった。
これを境に、それまで繁栄していたワニの先祖の大型爬虫類が絶滅し、恐竜の多様化が始まった。それまで小さく地味だった三畳紀の恐竜は三畳紀末の大量絶滅以後に急速に大型化して、ジュラ紀以降の繁栄につながった。
これまで大量絶滅を引き起こした大規模火山活動が、どのように環境変動を引き起こしたかは不明だった。
今回の研究の成果は、国際誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載されるのに先立ち、1月12日付電子版に掲載された。
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京都・下鴨神社で2年ぶり「蹴鞠初め」平安装束の新春行事
京都の世界遺産、下鴨神社(所在地:京都市左京区)で1月4日、平安時代の貴族が嗜(たしな)んだ蹴鞠(けまり)を奉納する新春の恒例行事「蹴鞠初め(けまりはじめ)」が行われた。下鴨神社では例年1月4日に、1年の幸せや無病息災を願って蹴鞠初めを行ってきたが、昨年は新型コロナウイルスの影響で中止されたため、今年は2年ぶりの開催となった。
境内には15四方の「まり場」が設けられ、色鮮やかな平安時代の装束をまとった保存会のメンバー8人が、輪になって蹴鞠を披露した。右足だけを使う昔ながらの作法で、鹿の皮でできた直径20cmほどの白いまりを、”アリ”や”オウ”などの独特の掛け声をかけながら、サッカーのリフティングさながら、代わる代わる蹴り上げる。まりが地面に落ちずに長く続くと、参拝に訪れ居合わせた人たちが拍手を送っていた。
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遠藤周作の未発表戯曲3作品見つかる「日本人とキリスト教」
長崎市遠藤周作文学館は12月28日、作家、遠藤周作(1923~1996年)の未発表戯曲3作品の原稿が見つかったと発表した。潜伏キリシタンを描いた小説「沈黙」などと同様、いずれも同氏がテーマとした「日本人とキリスト教」について描かれており、遠藤文学の”中核”部分を伝える作品とみられる。
今回見つかったのは「善人たち」(清書原稿124枚、草稿25枚)、「戯曲 わたしが・棄(す)てた・女」(清書原稿105枚、草稿22枚)、「切支丹(きりしたん)大名・小西行長『鉄の首枷(くびかせ)』戯曲版」(清書原稿117枚、草稿28枚)。「善人たち」以外は、同氏は小説を発表している。
同文学館では昨年、同氏の未発表の中編小説「影に対して」の原稿が見つかっており、遺族からの寄託資料を再調査したところ、3作品が未発表と分かった。未発表の理由は不明。いずれもタイトルはなかったが、出版が決まったため遺族らでつけたという。
京都・知恩院で僧侶30人で「除夜の鐘」の試しづき
京都の知恩院(所在地:京都市東山区)で12月27日、大晦日を前に僧侶およそ30人が集まり、「除夜の鐘」の試しづきが行われた。知恩院では毎年、大晦日に高さが3mある大きな釣り鐘をついて新年を迎える。知恩院の除夜の鐘は「しゅもく」と呼ばれる長さ4mの棒に、いくつもの縄を付けてひく独特の打ち方で知られていて、掛け声がかかると16人の僧侶が一斉に縄を引く。
そして、別の一人が一気に縄にぶら下がるように仰向けの姿勢になって、勢いをつけて鐘をつく。すると、厳かで重厚な鐘の音が周囲に響き渡る。知恩院では感染対策のため、除夜の鐘をつく時間帯の参拝は事前に申し込んだ人に限定していて、今回はすでに定員の400人に達しているという。
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「赤穂義士祭」2年ぶりに規模縮小し実施 高校生が赤穂城跡で
「忠臣蔵」として知られる兵庫県赤穂市の「赤穂義士祭」が12月14日、2年ぶりに規模を縮小して行われた。2年ぶりの開催となった今年は、市民が街中を練り歩くパレードを取りやめるなど規模を縮小。今回は県立赤穂高校の生徒たちが四十七士に扮して赤穂城跡を練り歩いた。
行列は、大石内蔵助役の生徒が打ち鳴らす太鼓の音に合わせておよそ200mの道のりを30分かけて一歩一歩ゆっくりと練り歩き、大石神社の鳥居の前で「えい、えい、おー」と”勝どき”をあげた。
赤穂義士祭は300年余り前の江戸時代、徳川五代将軍綱吉のころ、播州赤穂藩の四十七士が主君、浅野内匠頭の敵を討つため、吉良邸へ討ち入りしたことに因むもの。その12月14日に毎年行われているが、昨年は新型コロナウイルスの影響で中止となっていた。
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大阪「鴻池組旧本店」洋館・和館など5件が国の有形文化財に
国の文化審議会はこのほど、大阪府内の建造物5件を国の有形文化財に登録するよう答申した。大阪市此花区の明治43年に建てられた「鴻池組旧本店」の洋館と和館、高槻市で現在、レストランなどに使われている「旧京都大学高槻農場」など合わせて4件の建物と、柏原市にある安田家住宅母屋も新たに登録されることになった。
鴻池組旧本店の洋館の外壁は、白いモルタルに赤いレンガでラインを巡らせたモダンなデザインが特徴。玄関ホールにはクジャクやバラをモチーフにしたステンドグラス、応接室の暖炉や棚には当時流行していたアール・ヌーボーの装飾が施されている。また、和館は屋根が瓦葺きで軒下は漆喰(しっくい)が塗り込められ、重厚な町家のつくりとなっている。
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大阪・堺市 仁徳天皇陵で多数の埴輪の破片など見つかる
宮内庁と堺市が10月から調査を進めている、国内最大の前方後円墳「仁徳天皇陵」として管理されている世界遺産、大山古墳から多数の埴輪の破片などが見つかり、11月19日、報道陣に公開された。古墳の最も内側の第1堤の10カ所で、縦2m、横は最大で13.5mの調査区域を設け、30cmほど掘り起こして行った調査結果が示された。
今回の調査では、堤の内側で円筒埴輪などの破片が見つかった。3年前に初めて行った調査で、堤の外から同様の発見があったことから、宮内庁は堤の内外両側に花輪が並べられていた可能性があるとしている。また、木製の埴輪が立っていたと推測される穴や、こぶし大の石を敷き詰めた石敷きも見つかった。
調査は12月上旬までで、堺市は史料の一部を博物館などで公開することを検討している。
奈良・橿原市で弥生時代前期の水田跡やひつぎなど発見
奈良県立橿原考古学研究所によると、弥生時代の集落を囲む溝が見つかっている奈良県橿原市の発掘調査現場(橿原市四条町)で、新たに水田の跡やひつぎが見つかったと発表した。
現場は東西25m、南北20mの範囲で、およそ2,400年以上前の弥生時代前期のものとみられる水田の跡とそこで作業していたとみられる人々の足跡が数百個見つかった。また水田跡から北西に300mほど離れた場所で、同じ時期のものとみられる土器のひつぎが2つ見つかった。ひつぎは大きいもので高さ70cm、幅80cmほどの大きさで、子どもが埋葬された可能性があるという。
これまでの発掘調査で、周辺からは集落を囲う環濠とみられる溝なども見つかっていて、同研究所は稲作をしながら人々が暮らしていた集落があった可能性が高いとみている。また、これら一連の発見は集落、食料生産、埋葬という生活の3つの要素がセットでそろって珍しいもの。この地域の弥生時代の生活をみていくうえで、貴重な史料だとしている。
奈良・高取町で古墳時代中期の人工池を発見 渡来人が築造か
奈良県高取町教育委員会は11月17日、同町の清水谷(しみずだに)遺跡で、川原石を積んで護岸を施した古墳時代中期(5世紀中ごろ)の人口の池の跡が見つかったと発表した。池は東西26m、南北13m、深さ60cm。石組みの護岸を施し、西側に排水溝を設けていた。
同町ではこれまでに大壁(おおかべ)建物と呼ばれる朝鮮半島から来た渡来人の古墳時代の住居跡が約40棟出土し、渡来人が多く住んでいたとみられる。同町教委によると、日本書紀の「応神7年の条」には「高麗(こま)人や百済人などが来朝し、池をつくり、その池を韓人(からひと)池という」と記されており、今回見つかった池は、こうした記述にみられるような渡来人が造った人口の池だったとしている。
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平安京の内裏「登華殿」の建物跡を初めて確認 柱穴発見
京都市埋蔵文化財研究所が行った発掘調査およびその報告書によると、平安京の天皇が暮らす「内裏」のうち、皇后らが住む「登華殿」の一部の柱の穴が見つかったことが分かった。平安時代の内裏の建物跡が確認されたのは初めてという。
報告書によると、建物の柱の穴が5カ所見つかり、江戸時代に記された文献と照らし合わせたところ平安京の天皇が暮らす「内裏」のうち皇后らが住む「登華殿」の跡だと分かったという。さらにこの穴は、およそ1mから2m四方の掘っ立て柱の穴で、この建物の形状が縄文時代のころからの建築様式で、中国の様式が好まれた平安時代初期になっても、古くからの様式を採用していたことが判明したとしている。また、柱の穴の間隔はおよそ3mあり、文献に基づくと南北27m、東西12mの建物だと推測できるという。
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江戸時代の人々も歯周病 現代とは異なる細菌が原因
東京医科歯科大学の研究グループによると、江戸時代の人々も細菌への感染で歯ぐきや歯を支える骨が溶ける歯周病にかかっていたとする研究結果を、スイスの分子生物学の雑誌に発表した。
これは、東京都江東区の深川付近で発掘された江戸時代後期の人骨をCTスキャンなどで解析したもので、付着していた歯石を調べると、歯周病の原因の細菌は現代とは異なることも分かったという。人骨12体のうち5体で、あごの骨の一部が溶けていて、歯周病にかかっていた。また、骨に付着していた歯石に含まれるDNAを解析したところ、24種類の細菌がいたことが分かり、このうち17種類は現代人の口の中でも見られるものだった。
しかし、現代人で歯周病の原因となっている細菌は、江戸時代の人の歯石からは1種類も検出されず、研究グループは口の中の細菌の環境は現代とは異なり、当時の人々は他の細菌によって歯周病になっていたとみられるとしている。
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東大らのチーム 雑穀を食べていた特異な縄文人集団を発見
東京大学総合研究博物館の米田穣(よねだみのる)教授らの研究チームは10月13日、長野県小諸市七五三掛(しめかけ)遺跡で出土した人骨からコラーゲンを抽出し、放射性炭素年代を測定することで、15点中13点が縄文時代晩期末ごろの人骨であることを発見したと発表した。さらに炭素・窒素安定同位体比の特徴から、縄文時代晩期末の集団が渡来文化の一部である雑穀(アワ・キビ)を食べていたことも明らかにした。
縄文終末期に中部高地に伝来した渡来文化には、水田稲作だけではなく雑穀栽培が含まれていたが、これまではそれらの穀物を利用したのが縄文人だったのか、渡来人だったのか、また食生活における雑穀の重要性などの詳細は不明だった。
今回の研究成果で、雑穀は食生活の一部のみを占めることから、狩猟採集による伝統的な生活を継続しつつ、縄文人が渡来文化を主体的に受容した様相が示された。土器表面の圧痕研究ではイネ(籾)に加え、アワ、キビの雑穀種子も見つかっていることから、縄文人集団は中部高地の環境に適した雑穀を選択して生業に取り入れていたと考えられるという。
奈良・平城宮跡資料館で木簡紹介 当時の食生活窺わせる
奈良市の平城宮跡資料館で、奈良時代の文字が書かれた木の板「木簡」を紹介する展示会が開かれている。「地下の正倉院展」と題されたこの展示会は、奈良文化財研究所が毎年この時期に開いているもの。
今年は当時の生活様式を窺わせる木簡など、国宝3点を含むおよそ50点が2回に分けて展示される。このうち、奈良時代に送検された奈良市の西大寺の井戸の跡で見つかった木簡には、寺の食事についてウリやナスなど野菜が中心だったことが記されている。ただ、同じ井戸の跡から当時、僧侶が食べてはしけないとされていたイワシやコイなどの骨が見つかったことも紹介され、木簡だけでは読み解けない当時の食生活を想像させる展示になっている。
この展示会は11月7日まで開かれている。
奈良・興福寺の五重塔 120年ぶり大規模修理を前に一般公開
秋の高山祭 神事のみ実施「屋台曳き揃え」は中止
奈良・正倉院で年に1度の「開封の儀」12/3まで実施
「岸和田だんじり祭」2年ぶり コロナ禍で観覧自粛要請
現代日本人の祖先DNAに古墳人 遺伝的特徴がほぼ一致
金沢大学や鳥取大学などの国際研究チームは、日本人のルーツ研究、DNA解析し、大陸からの渡来が進んだ古墳時代になって古墳人が登場したことで、現代の日本人につながる祖先集団が初めて誕生したとの趣旨の論文を9月18日、米科学誌サイエンス・アドバンシズに発表した。
石川県金沢市で見つかった約1,500年前の古墳時代の人骨のDNA解析から、縄文人や弥生人にはなく、現代日本人にみられる東アジア人特有の遺伝的な特徴が見つかったのだ。研究チームは、約9,000年前の縄文人や約1,500年前古墳人など計12体のDNAを解読。すでに解読済みの弥生人2体のデータなどと比較した。親から子に遺伝情報が受け継がれる際に生じるわずかな違いの痕跡から、どの集団が遺伝的に近いのかを調べた。