京都市上京区の相国寺承天閣美術館で1月31日から、同寺に伝わる掛け軸や屏風、書状など美術品およそ50点を集めた展示会が開催されている。この展示会は一部の作品を入れ替えながら4月18日まで開かれる。
主な美術品は16世紀後半の資料で、豊臣秀吉が伏見大光明寺の再建を呼びかけた際、寄付に応じた122名の武将の名前が記された「伏見大光明寺勧進帳」には、徳川家康や石田三成などの名だたる武将たちの直筆の花押を見ることができる。
このほか、「群鶏蔬菜図押絵貼屏風」は江戸時代の画家、伊藤若冲の作品で、野菜と一緒に描かれた鶏(にわとり)のコミカルな表情を楽しめる。
聖徳太子の1400年遠忌法要 4/3~5 奈良・斑鳩町 法隆寺
秀吉期の大坂城 築城当時の石垣公開 大阪市教委が発掘
大阪市教育委員会などは1月26日、大阪城の地下に埋まっていた豊臣秀吉による築城当時の石垣の一部を報道陣に公開した。石垣は過去2回の発掘調査で確認。大阪市が2023年春のオープンを目指す常設展示施設の建設に向けて、2020年3月から本丸東部の一角を発掘し、南面部分を初めて掘り出した。
今回発掘されたのは1984年の調査で発見され、埋め戻されていた石垣で、築城当時の1583年ごろに築かれたとみられる。天守閣がある本丸中心部の「詰野丸」南東角の石垣で、高さ約6m、南面幅約6.9m、東面幅約7.7mを掘り出した。その結果、1615年の大坂夏の陣で焼けたとみられる痕跡が見つかったほか、近くから豊臣期のものとみられる金箔が押された瓦も出土した。
豊臣秀吉が築いた大坂城は大坂夏の陣で落城。その後、徳川幕府が豊臣期の石垣の上に盛り土をして埋め立て新たに築城。現存する石垣などは徳川期に再建されたもの。
7世紀後半の飛鳥時代”のろし”台の穴?見つかる 奈良・高取町
戦禍伝え70年余 全国樺太連盟3月末解散 高齢化で継続困難
京都の年初めの風物詩「初弘法」「初天神」コロナで中止
世界最古か インドネシア洞窟で4万5,000年前の鮮明な動物壁画
インドネシア・スラウェシ島の洞窟で鮮明なイノシシの壁画が見つかった。豪州グリフィス大学などの研究チームは4万5,000年以上前に描かれたとみられるとの分析結果を発表した。世界最古級の発見とみられる。
同チームは2017年にこの壁画を発見。複数のイノシシが描かれ、このうち完全に近い形で残っていた絵は、横136cm、縦54cm。この時代に現地に到達していたと考えられる現生人類のホモ・サピエンス(新人)が描いた可能性が高いという。
壁画を覆うように付着した物質を採取し、含まれる放射性物質の割合が時間とともに変化する性質を利用して年代を割り出した。分析結果は、米科学誌「サイエンスアドバンシズ」に掲載された。
アンモナイト「異常巻き」の新種化石 北海道・中川町で発見
平城京から出土の木簡の高精細デジタル画像の公開始まる
奈良文化財研究所は、奈良・平城京の跡で見つかった国宝などの木の札、木簡について理解を深めてもらうため、木簡の高精細なデジタル画像の公開を始めた。同研究所などが所属する独立行政法人 国立文化財機構は、保有する文化財の高精細なデジタル画像をインターネット上のデータベースで公開する取り組みを3年前から進めている。
このデータベースに12月から、同研究所が所蔵する、墨で文字が書かれた木の札、木簡の画像およそ200点が新たに加わった。内容は様々で、当時の役人の仕事の連絡事項を書き留めたもの、都に運ばれた物品の荷札として使われたものなどが説明文付きで公開されている。中には、国宝に指定されている貴重なものもある。
京都・金閣寺の舎利殿の屋根の18年ぶり葺き替え工事完了
“黒いあごひげ”の足利義満 新たな肖像画発見 狩野派の絵師作か
室町幕府の隆盛期をつくった第3代将軍、足利義満の異例の姿を描いたとみられる肖像画が新たに見つかった。黒々としたあごひげや若々しい表情などが特徴。見つかった肖像画は縦1m余り、横40cmほどの、僧侶の姿をした人物が畳に座ったもの。
東京大学史料編纂所などが調査したところ、顔つきや衣装などから、足利義満の出家後の姿を描いたと判断された。また、肖像画の布地の絹や押された印の特徴から義満の死後150年ほど経過した1550年前後に狩野派の絵師が描いたとみられるという。
義満の肖像画として広く知られているのは、京都・鹿苑寺(金閣寺)所蔵のもの。これと比べると別物で、黒々としたあごひげや、顔のしわが少なく若々しい表情など、一気に若返った義満だ。
京都・東寺で「終い弘法」例年の半分以下の500の露店が正月用品
「はやぶさ2」小惑星の物質5.4g 目標上回る量採取の成果
日本「伝統建築工匠の技」無形文化遺産へ登録決定 宮大工・左官など
明治の「淀川大洪水」の被災時の生々しい模様記した石碑見つかる
大阪教育委員会によると、1万7,000戸の家屋が流されたり損壊、27万人以上が被災したと伝えられている、明治18年に起きた「淀川大洪水」の様子を記した石碑が大阪市内で見つかった。これは、被災した地元の名士が106年前の大正3年に建立した石碑で、大阪市東成区の蔵から見つかった。
石碑は高さ1.8m、幅50㎝ほど。深江郷土資料館や専門家が調べたところ、「濁流は滔々と流れ込み」、「財産を集めるいとまもなく」など大洪水に見舞われた当時の様子が、生々しく刻まれていたという。また、家を失った人たちが寺の境内や旧家の門前で仮住まいをして、堤防の復旧工事で生計を立てていたことなど、被災した人たちの厳しい暮らしぶりがうかがえる記述もあった。
奈良・橿原市の弥生時代後期の遺跡から全国初の川の治水跡発見
法隆寺で新年を前に恒例の仏像の“お身拭い” 迎春準備
信長の安土城 6年後の築城450年目標にデジタル再現へ 滋賀県
清水寺 本堂と舞台の大規模改修工事完了 本堂は再建当初の姿に
3万年前の人類 沖縄への移住めざし台湾から舟で航海した
BIE総会で「大阪・関西万博」開催計画承認 活動本格化へ
京都・南座で年末恒例の顔見世興行の「まねき上げ」興行は12/5から
与謝野晶子晩年の作品屏風「さかい利晶の杜」で初公開 148首披露
淡路島・舟木遺跡 国の史跡指定へ 竪穴建物など弥生期の集落跡
京都・東寺「弘法市」11/21 コロナ対策のもと7カ月ぶり再開
進む年末恒例の顔見世興行の「勘亭流」”まねき”書き
信長の安土城の天守復元プロジェクト 実物建築は困難と判断
滋賀県の三日月大造知事は11月2日、織田信長が築いた安土城(滋賀県近江八幡市安土町)の天守復元プロジェクトについて、「資料が十分でない」として、現状では構造や規模などを忠実に再現した実物の天守を城跡に建てるのは困難との見方を明らかにした。そのうえでデジタル技術の活用などで城を再現する案を軸に検討する考えを示した。年内に最終の復元方向を公表する方針。
同県は2026年の安土城築城450年に向け、2019年4月に「『幻の安土城』復元プロジェクト事業を立ち上げた。これに基づきこれまで天守の忠実な復元はじめ、コンピュータグラフィックス(CG)でつくる仮想現実(VR)や拡張する現実(AR)などデジタル技術で見せる案など計4案を検討していた。
奈良・飛鳥京跡苑池 庭園は日本風に変化?池の全容ほぼ判明
奈良県立橿原考古学研究所が行った明日香村にある国内最古の本格的な庭園跡「飛鳥京跡苑池」の発掘調査で、新たに石を階段状に積み上げて造った、中国などにはない形状の池の護岸などが見つかり、専門家は海外から伝わった庭園文化がどのように日本風に変化したかを考える貴重な資料だとしている。
明日香村の飛鳥京跡苑池は、1300年余り前の飛鳥時代に天皇の宮殿のそばに造られた国内最古の本格的な庭園の遺跡。調査の結果、最大50cmほどの石を7段から9段階段状に積み上げた護岸が新たにおよそ20m分見つかった。これまでに見つかったものを含めると、護岸は池の周囲およそ140mにわたり、池のほぼ全容が判明した。さらに池内側は中心に向かって緩やかに傾斜をつけるように土が盛られていることも分かった。
階段状の護岸は当時の中国・朝鮮の庭園の池にはほとんどなく、池の中心向かって傾斜をつける構造は、後の日本庭園にも通じるものがあるという。今回の発掘現場は10月31日午前10時から一般公開される。
国宝の絵図「六道絵」36年ぶりに15枚すべて公開 大津市
滋賀県大津市歴史博物館で、大津市の聖衆来迎寺と盛安寺が所蔵する絵図など、およそ100点を集めた企画展が開かれている。この中には国宝の絵図「六道絵(ろくどうえ)」が含まれ、36年ぶりに15枚すべてが公開されている。企画展は11月23日までだが、六道絵すべてが展示されているのは11月1日まで。
六道絵は、仏教で説かれる死後の世界を鎌倉時代に15枚にわたって描かれたもの。①閻魔大王から生前の行いの裁きを受ける場面が描かれている「閻魔庁図(えんまちょうず)」、②最も苦しい地獄での残酷な拷問を受け苦しむ人々の姿が生々しく描かれている「阿鼻地獄図(あびじごくず)」、③地獄で釜茹でにされる際、念仏を唱えると釜が割れ、救われる様子が描かれ、念仏の力が強調されている「優婆塞戒経説話図(うばそくかいきょうせつわず)」などがそれ。
初披露4件含む59件の宝物を出展 奈良「正倉院展」始まる
奈良国立博物館で10月24日から、正倉院の宝物を公開する秋の恒例行事「正倉院展」が始まった。11月9日まで。正倉院展は奈良時代の聖武天皇ゆかりの宝物を集めたものだが、今年は初出展の4件を含む59件の宝物が出展されている。
象の歯の化石「五色龍歯(ごしきりゅうし)」は、聖武天皇の妃、光明皇后が東大寺に納めたもので、当時は削って粉にしたものが鎮静作用のある漢方薬として用いられていた。また、羊毛でできた長さが2m余あるフェルトの敷物「花氈(かせん)」は、東大寺の法要で使用されたとみられ、草花の文様が円形にあしらわれている。
今年は新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、当日券の販売はなく、日時が指定された前売券が必要だが、ほぼ完売しているという。
「時代祭」巡行中止 平安神宮で神事のみ執行 コロナ終息祈る
江戸時代の国友一貫斎の望遠鏡製作道具発見 滋賀県長浜市
奈良時代 平城宮跡で出土の木簡展 今年は長屋王家の暮らしの一端
奈良市の平城宮跡資料館で、奈良時代の平城京跡で出土した、有力貴族ゆかりの木簡を集めた展示会が開かれている。同展示会は奈良文化財研究所が毎年開いているもので、今年は長屋王家の木簡が展示されている。展示会は11月23日まで。期間中、合わせて48点の木簡が3回に分けて展示される。
長屋王は天武天皇の孫にあたる有力貴族で、聖武天皇の御代、藤原氏一族が政権の枢要部をほぼ制圧していた中、藤原氏の専横に抵抗した王族の一人。長屋王家の屋敷内跡から出土した木簡のうち1,669点が2020年9月、国の重要文化財に指定されている。
領地から届いたアワビの荷札、屋敷内の使用人に米を支給した際の記録用の木簡、同じ場所から出土した土器なども展示されている。木簡には普段の生活がありのまま書いてあり、木簡を通して奈良時代の上級貴族の暮らしぶりの一端がうかがえる。
平等院鳳凰堂 創建時の扉に雲に乗った菩薩が飛び交う姿
岸和田 コロナ禍で”だんじり”引き回し中止 神事のみ執行
創建当初の東大寺東塔の再建目指し2つの復元図作製
唐招提寺で鎌倉時代の僧侶・凝然像の開眼法要
超高温・超短周期の海王星型惑星を発見 東大など研究チーム
東京大学大学院の教授らの参加する国際研究チームは9月22日、NASAが打ち上げたトランジット惑星探索衛星TESSと地上望遠鏡の連携した観測により、公転周期が19時間しかなく、惑星の温度が摂氏1,700度を超えると見込まれる超高温・超短周期の海王星型惑星LTT9779bを発見したと発表した。
LTT9779bの半径は地球の約4.7倍、質量は地球の約29倍で、海王星をやや大きくしたような系外惑星。LTT9779bの詳細、超高温の惑星がどのような大気を持つのか、またどのように生まれたのか、今後の研究が待たれる。
今回の国際研究チームには東京大学大学院総合文化研究科附属先進科学研究機構の成田憲保教授、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の田村元秀教授らが参加している。
今回の研究成果は2020年9月21日、国際科学雑誌『Nature Astronomy』の電子版に掲載される。
国宝「十二天屏風」など50点余を展示 東寺で名宝展
京都の東寺(京都市南区)の宝物館が開館して55年になるのを記念して、所蔵する貴重な文化財などを公開する名宝展が9月20日から始まった。宝物館の会場には、屏風や経典など50点余りが展示されている。11月25日まで。
国宝「十二天屏風」は鎌倉時代のもので、帝釈天など12の守護神が描かれている。平安時代の平面的な描き方とは異なり、線は強弱がつけられ、守護神の体に角度や動きなどの躍動感があるのが特徴。2019年1月に本坊の蔵から見つかった「鑑査状」には「美術上の模範になるべきものと認定する」との評価が書かれている。
鑑査状は、明治時代に当時の宮内省が発行した古典美術の評価を等級付けした証書。この作業の際、美術評論家の岡倉天心やフェノロサなどが調査員として派遣されたとの記録が残っている。
全国から城好き大集合 滋賀・大津市で初のイベント
盗まれたガリレオ、ニュートンの著書をルーマニアで発見
ルーマニアの地元メディアによると、3年前に英国で盗まれた17世紀に科学者ガリレオ・ガリレイやアイザック・ニュートンが著した書籍の初版本などおよそ200冊が、ルーマニアの住宅の床下から見つかった。
英国では同じ手口による貴重な文化財を狙った窃盗事件が相次いでいて、警察はこれまでにルーマニアの犯罪集団の13人を逮捕・起訴している。これらの本は3年前、英国のオークションにかけられるため、ロンドン西部の倉庫で保管されていたところ、屋根に穴が開けられ、侵入者を探知するセンサーをかいくぐる形で盗まれたという。
警察は被害額について、盗難に遭った書籍類は250万ポンド、およそ3億4,000万円相当の価値があるとしている。
「百鬼夜行絵巻」京都・大徳寺真珠庵で9/19から特別公開
大英博物館 葛飾北斎の未公開作103点をオンライン公開
地球への隕石衝突は定説より5億年古い44億年前か 広島大など
南滋賀遺跡で古墳時代後期の国内最古の木製のこま出土
滋賀県大津市教育委員会はこのほど、南滋賀遺跡で古墳時代後期(6世紀後半~7世紀前半)の遺跡から国内最古の木製のこまが出土したと発表した。長さ6cm、最大幅4cm、下端部に突起がある。祭祀(さいし)に使われる木札「斎串(いぐし)」なども一緒に見つかっていることから、こまも祭祀用だったとみられる。
これまでは藤原宮跡(所在地:奈良県橿原市)で見つかった7世紀後半のこまが最古とされているが、これを100年近く遡ることになる。今回、集合住宅建設に伴う事前の発掘調査で出土した。
遺跡周辺は渡来人の集落跡や古代寺院が多くあり、667年には天智天皇が近江大津宮へ遷都するなど、当時の文化的先進地だったとされる。
南滋賀遺跡で古墳時代後期の国内最古の木製のこま出土
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弥生時代前期の6つの墓・土器出土 神戸「玉津田中遺跡」
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浅井長政”姉川の戦い”後も京都に影響力 京都の寺で安堵状
近江の戦国大名、浅井長政が”姉川の戦い”で織田信長に敗れた後、京都の寺に宛てた文書が見つかった。この文書は、京都市左京区の寺、勝林院で見つかり、滋賀県長浜市の学芸専門監が調べた結果、花押や内容から、長政がこの寺に送った「安堵状(あんどじょう)」と判断された。
このことから長政は、信長に敗れた後、衰退の一途をたどったのではなく、近畿エリアで一定の勢力を保っていたことを裏付ける内容だとしている。安堵状は、幕府や領主が支配下にある寺院などに対し、領地を保証するため発行したもので、今回見つかった文書には「領地異議あるべからず候」と記されている。
長政のこの文書が書かれたのは元亀元(1570)年11月。長政はこの5カ月前、姉川の戦いで織田信長・徳川家康の軍勢に敗れている。
浅井長政”姉川の戦い”後も京都に影響力 京都の寺で安堵状
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