秀吉の豪奢な聚楽第の石垣見つかる

 京都府埋蔵文化財調査研究センターは12月21日、関白の豊臣秀吉が1587年、公邸として築いた豪奢な城郭、聚楽第(京都市上京区)の本丸南側で、東西32㍍にわたり石垣が見つかったと発表した。石垣は石を3、4段積み、高さは最大2.3㍍。一辺0.7~1.5㍍の花崗岩の自然石を使用。最も大きなものは重さ1.8㌧。上部が壊され、当時の高さは不明。石垣からさらに東へ約10㍍に大手門があったとされる。聚楽第は、秀吉待望の秀頼が誕生した後、同邸の主となっていた跡継ぎの甥・秀次を謀反の疑いで処刑した際、1595年、秀吉の命により徹底的に破壊され、遺構は残っていないと考えられていた。

大阪・野中古墳発掘時の映像発見

 大阪大学は、1964年に大量の鉄製甲冑(かっちゅう)が出土した野中古墳(大阪藤井寺市)の発掘の様子を撮影したカラー8㍉フィルムが見つかったと発表した。考古学研究室のホームページで15分間の映像を公開している。同古墳は世界遺産登録を目指す「百舌鳥・古市古墳群」の一つで、国史跡。野中古墳は5世紀半ばに造られた1辺37㍍の方墳。

ツタンカーメン暗殺?のアイの名刻んだ指輪出土

 日本のアコリス調査団によると、エジプト中部のアコリス遺跡から紀元前1320年ごろに、ツタンカーメンの次に第18王朝の王(ファラオ)だったアイの名が刻まれた指輪が出土したことが分かった。出土したのは焼き物の青い指輪で、4分の3ほどが欠けていた。大きさは縦約2.2㌢、幅約1.4㌢。アイはツタンカーメンを暗殺したとの俗説もあるが、在位が4年と短く、関連する遺物は極めて少ない。したがって、謎の多い古代エジプト王の治世を知る手がかりになるとみられる。アコリス遺跡は、カイロから南に約250㌔のナイル川東岸にある都市遺跡。紀元前2300年代の前半から約3000年間にわたり、人が生活していた痕跡が残っている。

<歴史くらぶが選んだ2012年の20大ニュース>

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4.都内収蔵庫で菱川師宣の肉筆画見つかる
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6.難波京の南で大規模建物群跡発見 京の範囲拡大も
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20.弥生時代の水田跡から採取した土でイネを栽培実験 奈良

難波京の南で大規模建物群 京の範囲拡大も

 大阪市教育委員会と大阪市博物館協会大阪文化財研究所は12月19日、同市天王寺区の北河堀町所在遺跡で、7~8世紀ごろとみられる5棟の大規模な建物跡が見つかったと発表した。中心にある建物は東西6.3㍍、南北14.3㍍。柱の直径は30㌢。この建物を囲むように、他の4棟が整然と配置されていた。有力貴族の邸宅か役所とみている。今回発見された場所が、これまで想定されていた難波京(東西約1.6㌔、南北約4.2㌔)のすぐ南側であることから、京の範囲がさらに南に広がる可能性もあるという。

石器づくりの”工房”発見 長崎・福井洞窟

 長崎県佐世保市教育委員会は12月18日、同市の福井洞窟で、旧石器時代末期(約1万8000~1万6000年前)の石器や炉の跡が出土したと発表した。縄文時代草創期の石器や土器、同早期の黒曜石の剥片も見つかり、同じ洞窟を複数の時代で繰り返し利用した様子が分かる貴重な発見という。見つかったのは細石刃や石核など。旧石器時代末期から縄文時代にかけて石器の製作技術が進歩していく過程も追えるという。炉の跡は3基見つかり、最大で幅約75㌢、長さ約67㌢だった。旧石器時代末期より古い地層からは、幅2㍍、長さ1.5㍍の範囲で、こぶし大から直径50㌢程度の石を地面に敷き詰めたとみられる跡が見つかった。何に使われたかは分からないという。