奈良・纏向遺跡 「建物群は3棟」従来見解を修正

奈良・纏向遺跡の「建物群は3棟」従来見解を修正
 奈良県桜井市纏向学研究センターは2月1日、邪馬台国の有力候補地とされる同市の纏向(まきむく)遺跡の、方位や中心軸を揃えて建ち並んでいたと考えられていた3世紀前半の建物群4棟のうち、1棟について「存在しない」と従来の見解を修正した。35年前の発掘で柱穴5つが見つかった建物群の西端の1棟について、調査区域を広げて発掘したが、想定した場所で建物の痕跡が見つからなかったという。

川端康成の未発表小説、自筆原稿を確認

川端康成の未発表小説、自筆原稿を確認
 川端康成(1899~1972年)が若き日に書いた未発表小説「勤王の神」の自筆原稿を、鶴見大図書館(横浜市)が所蔵していることが2月4日、分かった。川端文学の研究者で同大文学部の片山倫太郎教授が確認した。作品は400字詰め原稿用紙21枚にペンで書かれている。川端の直筆とみられ、片隅に「3年12月26日」と記されていることから、1928年(昭和3年)ごろに執筆されたと思われる。鶴見大図書館は2月18日から3月2日まで、この自筆原稿を一般公開する。

英リチャード3世の遺骨を確認 DNA鑑定で

英リチャード3世の遺骨を確認 DNA鑑定で
英レスター大の考古学調査チームは2月4日、中部レスターで見つかった成人男性の遺骨をDNA鑑定で、15世紀のイングランド王リチャード3世(1452~1485年)と確認したと発表した。リチャード3世は、シェークスピアがその生涯を描いた同名の戯曲で広く知られているが、埋葬場所は謎だった。遺骨は駐車場の地下から発掘されたが、英国放送協会(BBC)によると、英政府はこの遺骨をレスター大聖堂に埋葬し直す方針。

18世紀 音色再現 ノートルダムに新たに9つの鐘

18世紀の音色再現へ ノートルダムに新たに9つの鐘
 建築開始から850年になることを記念してパリのノートルダム寺院に取り付けられることになった9つの鐘が2月2日、一般公開された。新しい鐘は2月末まで公開された後、1つは南塔の大鐘「エマニュエル」の横に、8つは北塔に取り付けられる。3月23日から、鐘が同時に撞(つ)かれ、9つの鐘がハーモニーを奏でるという。14世紀に同寺院が完成した時、鐘は10以上あったが、1789年のフランス革命後の混乱でほとんどが失くなった。

唐招提寺など奈良9社寺が復興願い福島でシンポ

唐招提寺など奈良9社寺が復興願い福島でシンポ
 観光庁は奈良県と協力し2月14日、福島県郡山市で、東日本大震災からの復興を願い、唐招提寺、東大寺、興福寺、春日大社、石上神宮など奈良県の9社寺を集めたシンポジウム「祈りを通して知る日本の歴史と文化」を開催する。外国人観光客を案内する通訳案内士の育成を目的としたシンポジウムだが、一般参加も受け付けている。東北地方に伝わった奈良の文化について語り合う。郡山市公会堂で午後0時半~3時半。参加費は無料。

新宿で4000年前の縄文時代の人骨11体分発見

新宿で4000年前の縄文時代の人骨11体分発見
 東京新宿区の建設現場で縄文時代の人骨が発見された。骨は性別不詳のものも含め、少なくとも11人分見つかり、国立科学博物館の鑑定により、およそ4000年前の縄文時代中期~後期のものと判明した。現場は縄文時代の集落跡とみられ、貝塚ではない場所から保存状態の良い人骨が見つかるのは極めて異例のことという。

後白河法皇の側近・俊寛の自筆書状を初確認

後白河法皇の側近・俊寛の自筆書状を初確認
 京都・陽明文庫が所蔵する公家の日記「兵範記(ひょうはんき)」(重要文化財)の紙背文書(しはいもんじょ)から、平安時代末期の僧、俊寛の手紙が見つかった。俊寛の自筆書状が確認されたのは初めて。俊寛は後白河法皇の側近で、平家打倒の陰謀を企てた鹿ケ谷事件(1177年)に加わって事前に発覚、鬼界島に流罪となった僧で、平家物語に登場、能や歌舞伎の演目としても有名。書状は船木荘という荘園からの上申書に関して「兵範記」の筆者、平信範宛てに判断を求める内容。「法師快□」(□は途中で紙が切断されている)の末尾の署名を、今回デジタル化によって見やすくなった文字を再検討した結果、「法眼俊□」と読めることが分かった。

平泉 鳥獣戯画に似たカエルが描かれた木片出土

平泉で鳥獣戯画に似たカエルが描かれた木片出土
 岩手県教育委員会は、奥州藤原氏の政務の拠点があった岩手県平泉町の国指定史跡「柳之御所遺跡」から、擬人化されたカエルが墨で描かれた木片が見つかったと発表した。国宝「鳥獣人物戯画」(平安~鎌倉時代)に似ており、同時に出土した遺物から12世紀後半のものと推定される。

飛鳥寺西方遺跡で「槻の樹の広場」の遺構発見

飛鳥寺西方遺跡で「槻の樹の広場」の遺構発見
 奈良県明日香村教育委員会は1月30日、飛鳥寺西方遺跡で7世紀中ごろ~後半の石敷きが東西15㍍、南北24㍍にわたって見つかったと発表した。同遺跡は『日本書紀』に登場する「飛鳥寺西の槻(つき=ケヤキ)の樹の広場」とみられている。したがって、この広場は大化の改新の立役者、中大兄皇子(後の天智天皇)が蹴鞠中に初めて中臣(藤原)鎌足と出会った舞台。石や砂利を隙間なく丁寧に敷き詰めており、同村委は当時の皇族・貴族らが饗宴や儀式を催した場所にふさわしい空間だったとしている。

堂内修理ほぼ終了で東大寺法華堂の本尊戻る

堂内修理ほぼ終了で東大寺法華堂の本尊戻る
 堂内修理のため、お堂から境内の東大寺ミュージアムに移され安置されていた本尊の不空けん索観音像が1月25日、2010年以来、2年余ぶりに堂内に搬入、戻された。東大寺法華堂(8世紀、国宝)の須弥壇(しゅみだん)の解体修理や、耐震に向けた構造強化などの堂内の修理のため本尊も移されていた。この間、仏像表面に張られた金箔の剥落止めなどを施されたほか、堂内の修理もほぼ終了したため。

エチオピア南部で175万年前の原人の石おの発見

エチオピア南部で175万年前の原人の石おの発見
 日本とエチオピアの合同調査隊チームは、エチオピア南部のコンソ遺跡から175万年前に原人ホモ・エレクトスが手に持って使っていたとみられる鋭利な石器で、最古級の「握斧(あくふ)」を発見したと発表した。発見したのは打製石器約350個で、うち4個が175万年前の握斧と判明した。全長約16㌢で、石を割って剥がれた薄片を、さらに形を整えてつくったとみられる。この遺跡からは、ほかにも85万年前までの90万年間にわたる大量の握斧が出土している。

阿仁マタギ 狩猟用具を民俗文化財に 文化審答申

阿仁マタギの狩猟用具を民俗文化財に 文化審が答申
 文化審議会は1月18日、「阿仁マタギの狩猟用具」(秋田県北秋田市、秋田市)を重要有形民俗文化財、「呼子の大綱引き」(佐賀県唐津市)など3件を重要無形民俗文化財に、それぞれ指定するよう下村博文文部科学相に答申した。阿仁マタギは北秋田市を拠点とする狩猟集団。国内の狩猟習俗を知るうえで重要として、行商道具を含む293点を指定する。呼子の大綱引きは毎年6月に行われる。「浜組」と「岡組」に分かれて綱を引き、浜組が勝てば豊漁、岡組が勝てば豊作になるとされている。5月の節句に合わせて行われる綱引きとして九州に現存する唯一の事例。このほか、兵庫県三木市立金物資料館が保管、展示している「播州三木の鍛冶用具と製品」など4件を登録有形民俗文化財、小学生の女の子が演じる神事芸能「河口の稚児の舞」(山梨県富士河口湖町)など5件を無形民俗文化財にするよう求めた。

薬師寺 食堂は僧侶300人想定 別格の広さだった

薬師寺の食堂は僧侶300人想定の別格の広さだった
 奈良文化財研究所は1月24日、薬師寺(奈良市)の、僧侶が食事や修行をした食堂(じきどう)の創建時の規模は約625平方㍍と広かったことが分かったと発表した。食堂は土と砂を突き固めた基壇の上に築かれ、東西40.7㍍、南北15.4㍍。規模は僧坊に住んでいたと推測される僧侶約300人が十分に入れる大きさという。「薬師寺縁起」によると、食堂の規模は東大寺、大安寺に次ぐ大きさとされているが、その記録をほぼ裏付けている。

京都で現代語の新作能「世阿弥」の試演会

京都で現代語の新作能「世阿弥」の試演会
 能の大成者、世阿弥の生誕650年を記念し、彼を題材にした現代語の新作能「世阿弥」の試演会が1月23日、京都観世会館(京都市)で行われた。同会には作者で哲学者の梅原猛氏、ポスターデザインの美術家、横尾忠則氏らが顔を揃え、観劇した。この作品は、世阿弥と子の元雅の情愛と葛藤、政治と芸術の相克を、古語ではなく、現代人の心情に照らし現代語で分かりやすく描いた異色作。演出は能楽師の梅若玄洋氏。この新作は4月19、20日、国立能楽堂(東京)で上演される予定。

前脚だけ 翼状の羽毛 中国遼寧省 新種の恐竜化石

前脚だけに翼状の羽毛 中国遼寧省で新種の恐竜化石
 欧州や中国の研究チームは1月22日、中国遼寧省のジュラ紀(約1億6000万年前)の地層から、前脚だけに翼状の羽毛を持つ新種の恐竜化石を見つけたと発表した。全長約30㌢の小型の獣脚類で、羽毛恐竜としては最小クラス。後脚の翼や尾羽は発達しておらず、陸上を走るのに適していたとみられる。羽毛恐竜の中では初期の化石で、チームは「エオシノプテリクス」(暁の中国の翼、の意)と名付けた。

12万年前 北極圏グリーンランドは8度も温暖

12万年前 北極圏グリーンランドは8度も温暖
 国立極地研究所など14カ国の研究機関のまとめによると、12万6000年前ごろの北極圏のグリーンランド北部の気温は、現在よりも8度近く高かったことが分かった。氷床の成分分析の結果、12万8000年前から12万2000年前の間に氷床の厚さが約400㍍減り、表面の高度も現在より130㍍程度低くなっていた。昨年夏にはグリーンランドのほぼ全域で氷床の表面が解けたことが観測されている。今後、地球温暖化が進めば、最終間氷期と同様に大規模な融解の可能性があるという。

副葬品の銅鏡は中国製 新潟県胎内市・城の山古墳

副葬品の銅鏡は中国製 新潟県胎内市・城の山古墳
 新潟県胎内市教育委員会は1月15日、同市内の日本海側最北の前期古墳「城の山古墳」(4世紀前半)で昨年見つかった副葬品の銅鏡が、1~3世紀に中国でつくられたとみられる「盤竜鏡」と分かったと発表した。盤竜鏡は近畿以西を中心に出土しており、同古墳は当時の大和政権の日本海側の勢力範囲を改めて裏付けた形。盤竜鏡は直径約10㌢で、表面には竜の文様などがあった。中心のちゅうにひもを通したような跡があり、中国での使用方法と共通する。関係者は盤竜鏡の産地や文様はさらに分析が必要だが、副葬品のグレードが高く、被葬者は大和政権にかなり重視された有力な豪族とみられる-としている。

難波宮跡で瓦葺きの回廊の土壇跡見つかる

難波宮跡で瓦葺きの回廊の土壇跡見つかる
 
大阪文化財研究所などは1月16日、大阪市中央区の国史跡、難波宮跡で奈良時代の後期難波宮の中枢「大極殿」の100㍍東で、瓦葺きの回廊の土壇跡を見つけたと発表した。発見された土壇は幅約8.9㍍、高さ約30㌢。約60㌢大の礎石や多数の瓦も出土した。南北約130㍍、東西約85㍍を囲っていたとみられる。同研究所は、「続日本紀」に756年、孝謙天皇が訪れたと記されている宮殿「東南新宮」跡の可能性がある-としている。現地説明会は20日午後1時半から。

生誕100年織田作之助しのび「善哉(ぜんざい)忌」

生誕100年の織田作之助しのび「善哉(ぜんざい)忌」
 「夫婦(めおと)善哉」など大阪を舞台にした小説を数多く執筆した作家・織田作之助の生誕100年の節目の今年、織田にちなんだ催しが目白押しだ。1月12日には菩提寺のりょう厳寺(大阪市)で「善哉忌」が行われ、5月に上演される音楽劇「ザ・オダサク」の出演者らが墓参した。夏には大阪市内で映画祭「織田作之助と仲間たち」が企画され、秋には企画展も予定されている。

盛岡の研究家が友人から見た啄木論を刊行

盛岡の研究家が友人から見た啄木論を刊行
 岩手県盛岡市出身の歌人、石川啄木(1886~1912年)が、歌集「一握の砂」に収められた短歌で名前を詠んだ友人、小林茂雄氏(1886~1952年)の生涯をたどった「啄木の友人 小林茂雄」が刊行された。まとめたのは、国際啄木学会理事で近代文学研究家の盛岡市在住の森義真さん(59)。小林さんは啄木の1学年下で、啄木が盛岡中学校(現在の盛岡一高)時代に主宰した短歌グループ「白羊会」で一緒に活動した。作品では、小林氏の生涯をたどりながら、啄木が小林氏に宛てた手紙の解説を盛り込み、友人の視点から見た啄木論を展開している。

与謝野晶子 直筆短歌103首 原稿岡山で発見

与謝野晶子の直筆短歌103首収めた原稿岡山で発見
 岡山県倉敷市に寄贈された薄田泣菫の書簡類の中から、歌人・与謝野晶子直筆の短歌103首が収められた原稿用紙が見つかった。親交が深かった同市出身の詩人、泣菫に新聞掲載用に送った作品で、うち16首は未発表とみられる。短歌はB4サイズの原稿用紙12枚に黒インクのペンで記されていた。
 「街行けば涙ぐまるるおもひでの必ずわきぬまづしきがため」「砂踏むを焼けむとそしり網小屋の蔭をあゆめり物思ふ人」「物思ふ萱の葉などと並ぶ時今こし方のわれもうらめし」「髪よりも静かなるなし夕ぐれの山の色よりみづうみよりも」など16首は新聞紙面や晶子の全集に掲載が確認できず、未発表という。また、計15首を綴った2枚の原稿用紙には「紫影抄」と題名が付けられ、欄外に「一度にお載せ下さい」と朱筆で書き添えられていた。

中国の「書聖」王義之の書の写し見つかる

中国の「書聖」王義之の書の写し見つかる
 東京国立博物館(東京都台東区)は、4世紀の中国・東晋時代の「書聖」と呼ばれる書家、王義之(おうぎし、303~361年、諸説あり)の書の写しが見つかったと発表した。この貴重な写しは、縦25.7㌢、横10.1㌢の紙に3行にわたり24文字で書かれ、手紙の一部とみられる。同館の富田淳・列品管理課長が鑑定した。王義之の写しと判断した根拠は①写した文字の輪郭の内側を墨でうめる「双鉤填墨(そうこうてんぼく)」という高度な手法で書かれている②王義之の息子「期」らの名前や、よく用いた表現「日弊」がある③「妹至帖(まいしじょう)」などに字姿がよく似ている-など。
 筆使いや文面などから、7~8世紀の唐代に宮中で制作されたものの一部とみられる。王義之は楷書、行書、草書を芸術的な書体へと完成させ、古今第一の書家。優雅で力強い書風は、唐の太宗皇帝など歴代皇帝が愛好した。

現代語の新作能「世阿弥」4月 上演 生誕650年記念

現代語の新作能「世阿弥」4月に上演 生誕650年記念
 能の大成者・世阿弥の生誕650年を記念し、4月に新作能「世阿弥」が上演される。これは現代語による上演で、哲学者の梅原猛の作品を、能楽師の梅若玄祥が演出・主演する。世阿弥と子・元雅の情愛と葛藤、政治と芸術の相克を、現代人の心情に照らして、分かりやすく現代の言葉で描く異色の新作能となる。上演は4月19、20日に国立能楽堂。共演者は能楽師の大槻文蔵、狂言師の野村万作ら。

12日~皇居・東御苑 明治の元勲 肖像写真 初公開

12日から皇居・東御苑で明治の元勲の肖像写真を初公開
 明治の元勲らの肖像写真を紹介する企画展「明治十二年明治天皇御下命『人物写真帖』四五〇〇余名の肖像」が、1月12日から3月10日まで皇居・東御苑にある三の丸尚蔵館で開催される。写真はすべて初公開で、明治天皇が1879年、信頼する臣下らの写真を手元におきたいとして、当時の宮内省のトップ宮内卿に「写真帖」の編纂を命じ、大蔵省印刷局の写真撮影所が作成を担当した。

大きな歯持つ太古の鳥の化石発見 中国・遼寧省

大きな歯持つ太古の鳥の化石発見 中国・遼寧省
 米国、中国の研究チームは1月7日、中国・遼寧省の白亜紀初期の地層から、恐竜のように大きく硬い歯を持つ1億2000万年以上前の鳥類の化石を発見したと発表した。恐竜から鳥に進化した際の名残りと考えられ、硬い殻を持つカニや昆虫を食べていたらしい。こうした硬いエナメル質まで残る大きな歯を備えた鳥の化石は初めてという。

マチスの盗難絵画 25年ぶり英国で発見

 英国メディアによると、25年以上前にスウェーデンの首都ストックホルムの美術館から盗まれたフランスの画家アンリ・マチスの作品が、このほど英国で見つかった。発見されたのは「Le Jardin(庭園)」と題された作品で、100万㌦(約8700万円)相当の価値があるという。1987年に盗難に遭い、行方が分からなくなっていた。

太平洋戦争末期 海軍も移転準備を始めていた

太平洋戦争末期 海軍も移転準備を始めていた
 太平洋戦争末期に空襲を避けるため、天皇や政府機関の移転先として長野市一帯に陸軍主導で建設されたのが「松代大本営」だが、このほど同市の民家で海軍部隊名入りの「表札」が保管されていたことが分かった。表札は長野市安茂里地区の塚田興造さん(74)方で見つかり、木製で「海軍薗田部隊士官宿舎」と記されていた。海軍は当初、この移転計画に反対していたが、実際には移転準備を始めていたことを裏付けるもの。このほか、塚田さんの祖父の日記で海軍関係者が移転準備で滞在した記録や、海軍関係者が残した食器などがあるという。

伊藤博文暗殺めぐる漱石の寄稿発見

伊藤博文暗殺めぐる漱石の寄稿発見
 伊藤博文が旧満州(現在の中国東北部)のハルピンで独立運動家の安重根に射殺された事件をめぐり、夏目漱石が満州の邦字紙に寄せた所感が見つかった。漱石が寄せた記事は、1909年11月5日付と翌6日付の「満州日日新聞」の「韓満所感」。漱石はこの事件に、「稀有の兇変」と驚き、ただ「余の如き政治上の門外漢は遺憾ながら其の辺の消息を報道するの資格がない」と記し、距離を置いて見ている。漱石の全集には未収録の資料という。見つけたのは作家の黒川創さん。黒川さんはこの記事を手掛かりに時代を考察した小説「暗殺者たち」を執筆、1月7日発売の文芸誌「新潮」2月号に掲載されている。

岐阜・安八町の結神社で盗難の神像見つかる

岐阜・安八町の結神社で盗難の神像見つかる 岐阜県警大垣署は、縁結びの神社として知られる岐阜県安八町の結神社で、10月に本殿内から盗まれた木製の神像17体が見つかったと明らかにした。結神社の氏子総代の男性が12月25日朝、高さ約25㌢の神像17体が入った白い袋を境内で見つけた。大垣署は神像を盗んだ犯人が返したとみている。

秀吉の豪奢な聚楽第の石垣見つかる

 京都府埋蔵文化財調査研究センターは12月21日、関白の豊臣秀吉が1587年、公邸として築いた豪奢な城郭、聚楽第(京都市上京区)の本丸南側で、東西32㍍にわたり石垣が見つかったと発表した。石垣は石を3、4段積み、高さは最大2.3㍍。一辺0.7~1.5㍍の花崗岩の自然石を使用。最も大きなものは重さ1.8㌧。上部が壊され、当時の高さは不明。石垣からさらに東へ約10㍍に大手門があったとされる。聚楽第は、秀吉待望の秀頼が誕生した後、同邸の主となっていた跡継ぎの甥・秀次を謀反の疑いで処刑した際、1595年、秀吉の命により徹底的に破壊され、遺構は残っていないと考えられていた。

大阪・野中古墳発掘時の映像発見

 大阪大学は、1964年に大量の鉄製甲冑(かっちゅう)が出土した野中古墳(大阪藤井寺市)の発掘の様子を撮影したカラー8㍉フィルムが見つかったと発表した。考古学研究室のホームページで15分間の映像を公開している。同古墳は世界遺産登録を目指す「百舌鳥・古市古墳群」の一つで、国史跡。野中古墳は5世紀半ばに造られた1辺37㍍の方墳。

ツタンカーメン暗殺?のアイの名刻んだ指輪出土

 日本のアコリス調査団によると、エジプト中部のアコリス遺跡から紀元前1320年ごろに、ツタンカーメンの次に第18王朝の王(ファラオ)だったアイの名が刻まれた指輪が出土したことが分かった。出土したのは焼き物の青い指輪で、4分の3ほどが欠けていた。大きさは縦約2.2㌢、幅約1.4㌢。アイはツタンカーメンを暗殺したとの俗説もあるが、在位が4年と短く、関連する遺物は極めて少ない。したがって、謎の多い古代エジプト王の治世を知る手がかりになるとみられる。アコリス遺跡は、カイロから南に約250㌔のナイル川東岸にある都市遺跡。紀元前2300年代の前半から約3000年間にわたり、人が生活していた痕跡が残っている。

<歴史くらぶが選んだ2012年の20大ニュース>

1.9世紀の土器片に最古級の平仮名発見 藤原良相邸宅跡
2.尾形光琳の「八橋図屏風」全面に金箔下地
3.平城宮朱雀門前で新たに鉄鍛冶工房の跡発見
4.都内収蔵庫で菱川師宣の肉筆画見つかる
5.奈良後期の775年に大量の宇宙線 屋久杉の年輪から判明
6.難波京の南で大規模建物群跡発見 京の範囲拡大も
7.勝海舟、大久保利通らの岩倉具視宛て書簡発見
8.生麦事件の犠牲者の手紙見つかる 日本の好印象綴る
9.滋賀・園城寺の仏像内に足利尊氏?の遺髪 包み紙見つかる
10.本願寺史料研究所で春日局、吉良上野介の書状見つかる
11.森鴎外の離婚に至る書簡の下書き見つかる 気性合わず
12.米沢藩士が会津戦争の開戦の様子伝える手記見つかる
13.小林一茶自筆の草稿発見 撰集「三韓人」の一部
14.錦絵「百物語」は葛飾北斎の真作 専門家が確認
15.津波で被災した?縄文人の複数の人骨出土 宮城・東松島
16.9世紀の大宰府の長官級の墳墓見つかる 福岡堀池遺跡
17.青森県で野口雨情の直筆作品4点見つかる
18.棟方志功の未発表の35作品見つかる 青森で公開
19.大阪・瓜破遺跡で弥生期の環濠集落見つかる
20.弥生時代の水田跡から採取した土でイネを栽培実験 奈良

難波京の南で大規模建物群 京の範囲拡大も

 大阪市教育委員会と大阪市博物館協会大阪文化財研究所は12月19日、同市天王寺区の北河堀町所在遺跡で、7~8世紀ごろとみられる5棟の大規模な建物跡が見つかったと発表した。中心にある建物は東西6.3㍍、南北14.3㍍。柱の直径は30㌢。この建物を囲むように、他の4棟が整然と配置されていた。有力貴族の邸宅か役所とみている。今回発見された場所が、これまで想定されていた難波京(東西約1.6㌔、南北約4.2㌔)のすぐ南側であることから、京の範囲がさらに南に広がる可能性もあるという。

石器づくりの”工房”発見 長崎・福井洞窟

 長崎県佐世保市教育委員会は12月18日、同市の福井洞窟で、旧石器時代末期(約1万8000~1万6000年前)の石器や炉の跡が出土したと発表した。縄文時代草創期の石器や土器、同早期の黒曜石の剥片も見つかり、同じ洞窟を複数の時代で繰り返し利用した様子が分かる貴重な発見という。見つかったのは細石刃や石核など。旧石器時代末期から縄文時代にかけて石器の製作技術が進歩していく過程も追えるという。炉の跡は3基見つかり、最大で幅約75㌢、長さ約67㌢だった。旧石器時代末期より古い地層からは、幅2㍍、長さ1.5㍍の範囲で、こぶし大から直径50㌢程度の石を地面に敷き詰めたとみられる跡が見つかった。何に使われたかは分からないという。

100年ぶり修理中の正倉院内部を報道陣に公開

 宮内庁正倉院事務所はは12月14日、大正時代以来、約100年ぶりに修理中の正倉院(奈良市)の内部を報道陣に公開した。修理の中心は、傷みの激しい屋根瓦の葺き替えや軒先の垂れ下がりを抑えるための内部構造の補強。公開されたのは、3室に分かれた正倉院の北倉と中倉。修理を前に宝物を収めていた唐櫃(からびつ)や明治時代の陳列棚が解体され、校倉(あぜくら)造りの壁があらわになっている。中倉では、校木(あぜき)がよりシャープな状態で残っていた。北倉では校倉造りに隙間が目立った。

東京タワーなど27都道府県の126件を文化財に答申

 文化審議会は12月14日、東京タワーなど27都道府県の建造物126件を登録有形文化財にするよう田中真紀子文部科学相に答申した。近く答申通り告示される。東京タワーは1958年に完成した在京テレビ、ラジオ放送の総合電波塔で、高さ333㍍は当時、パリのエッフェル塔を凌いで自立式鉄塔として世界一を誇った。他には高さ44㍍で現役の灯台では国内最高の「出雲日御碕灯台」(島根県出雲市)、1811年完成の浄土真宗寺院「蓮慶寺本堂」(愛知県阿久比町)、1933年に建てられたアールデコ風の住宅「旧岡田家住宅主屋」(北海道旭川市)など。

大阪・茨木市で120個の謎の穴見つかる 弥生時代後期か

 茨木市教育委員会は12月12日、サッポロビール大阪工場跡地(同市岩倉町)で、弥生時代後期に掘られたとみられる約120個の穴が列状で見つかったと発表した。これほど多くの穴が整然と列状に連なった形で発掘されたのは近畿では初めてという。
これらの穴はそれぞれ縦2~3㍍、横1㍍、深さ40~50㌢で、南北約80㍍にわたって7列に120個並んでいた。この工場跡地は立命館大学が新キャンパスの建設を予定しており、同市教委が今年5月から約1万平方㍍の敷地で発掘調査していた。

石室入り口を土で「封印」 奈良・植山古墳

 奈良県橿原市教育委員会は12月12日、同市の国史跡、植山古墳(6世紀末~7世紀前半)で、2つある横穴式石室の入り口が、いずれも大掛かりに土を盛って「封印」してあったことが分かったと発表した。同市教委は、類例のない特異な構造-としている。同古墳は東西約40㍍、南北約30㍍の長方形古墳で、東西に2つの石室が並んでいる。推古天皇と、早世した息子の竹田皇子を一時的に同古墳に合葬し、その後の大阪府太子町付近に改葬したとの説がある。今回の発見はこの合葬墓説を裏付けるものとの見方もある。

中国の鳥類足跡は新種化石と確認

 福井県立恐竜博物館(福井県勝山市)は12月12日、中国せっ江省の白亜紀後期初め(約1億~8500万年前)の地層で2008年に発見された水かきのある鳥類の足跡化石について、新種の鳥類の足跡と確認したと発表した。水かきのある鳥類の足跡化石は韓国以外で報告されておらず、中国での発見は初めて。