江戸川乱歩 戦前の代表作「黄金仮面」の生原稿発見
少年探偵団シリーズなどで知られる作家、江戸川乱歩(1894~1965年)の戦前の代表作の一つ「黄金仮面」の生原稿453枚が、8月12日までに発見された。1930ねんから約1年間、講談社の大衆娯楽誌「キング」で連載された作品で、名探偵、明智小五郎と怪盗の闘いを描いている。戦前の乱歩作品の直筆原稿がすべて揃って見つかるのは極めて珍しい。講談社によると、原稿は展示会などに貸し出されていたが、1986年以降に所在が分からなくなった。95年に死去した同社の元編集者の家族が、会社から届いた遺品の中から発見。元編集者が所持していた経緯は不明という。
美空ひばりさん「悲しき口笛」宣伝用レコード発見
堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認
堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認
堺市は7月30日、同市堺区の住宅地で、長山古墳の葺(ふ)き石や埴輪片が初めて見つかったと発表した。長山古墳は文献に記載されていたが、開発で墳丘が削り取られ”幻の古墳”とされていた。築造が4世紀後半とみられ、百舌鳥(もず)古墳群最古級だったことも判明した。同時期の乳岡(ちのおか)古墳とともに古墳群の中で最も大阪湾寄りに位置しており、市は海岸近くから巨大古墳群が形成され始めたことを示すとみている。
堺市文化財課によると、見つかった葺き石は墳丘のすそに積み上げたとみられる石列。長さ16㍍、幅4㍍、高さ0.5㍍で直線上に並んでいた。前方後円墳の前方部の一部とみられ、長山古墳は100㍍級の前方後円墳だったと判明した。百舌鳥古墳群は4~6世紀に造営され、大山(だいせん)古墳(仁徳陵)など巨大古墳が集まり、44基が現存する。
一茶の俳句を高く評価した子規の自筆原稿を長野で発見
伊勢神宮の「式年遷宮」の関連行事「お白石持行事」
8月に高松塚とキトラ古墳壁画を一般公開 文化庁
二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会
二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会
世界遺産の二条城(京都市中京区)で7月31日、約1年半かけて行われていた重要文化財の唐門の修理がほぼ終了し、抽選で選ばれた12人が参加して特別見学会が開かれた。一般公開は9月から。参加者は、門の周囲に設置された足場に乗り、元離宮二条城事務所の職員らの説明を聞きながら門の上部に施されている極彩色の竜虎や唐獅子など、精巧な彫刻に魅入っていた。唐門は柱が6本の四脚門と呼ばれるタイプで、幅6.4㍍、奥行き5.5㍍。高さ10㍍。屋根は切妻造りの桧皮葺(ひわだぶ)き。後水尾天皇の二条城訪問に合わせ、1625年に建てられたとされる。二条城は2011年度から約20年にわたる大修理を実施中。
竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認
竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認
島根県の「竹島問題研究会」は8月1日、竹島が記された江戸時代(1760年代)の日本地図2枚を確認したと明らかにした。2枚は、1760年代作製の「日本図」(縦約66㌢、横約67㌢)と、1768年の「改製日本扶桑分里図」(縦約85㌢、横約135㌢)。2枚とも、現在の竹島を「松島」、韓国・鬱陵島を「竹島」と表記している。
竹島を描いた最古の日本地図は水戸藩の地理学者、長久保赤水(1717~1801年)作製の「改正日本輿地路程全図(1779年)だったが、この2枚も赤水が同全図の下図などとして作ったとみられる。同研究会は、これまでより少なくとも10年さかのぼって、竹島が日本領であることを補強する資料-としている。
英で盗難の名器ストラディバリウス ほぼ無傷で発見
自筆年賀状など前島密の書簡20点発見 滋賀県草津市
江戸時代のからくり人形「弓曳き童子」機械遺産に
江戸時代のからくり人形「弓曳き童子」機械遺産に
日本機械学会は7月23日、江戸時代のからくり人形「弓曳き童子」や国産初の16㍉映写機など6件を新たに、国内に現存し歴史的に意義のある「機械遺産」に認定したと発表した。この結果、機械遺産の認定は7回目で計61件となった。弓曳き童子は、童子が矢を抜いてつがえ、的に向けて射る人形で、江戸時代のからくり人形の最高傑作とされる。福岡県久留米市に動く状態で保存され、ロボットのルーツの一つと評価された。
16㍉映写機「エルモA型」(名古屋市瑞穂区で保存)は1927年に発売。持ち運びの難しかった主流の35㍉映写機に対し、手回し式の小型映写機として開発された。東京都新宿区の京王地下駐車場にある「機械式立体駐車装置ロートパーク」も選出された。入出庫に要する時間を大幅に減らした。川崎市幸区の東芝科学館が保管している昭和初期の電気冷蔵庫、洗濯機、掃除機などの「家庭用電化機器」と、江戸時代に輸入され金属の鍛造に使われた旧横須賀製作所(神奈川県)の大型機械「スチームハンマー」なども選ばれた。
坂本龍馬の血判 砲術流派の起請文で確認 高知・記念館
安土桃山期の石組みの地下排水溝・取水口見つかる
よろい竜は自らの体の骨を溶かし装甲 世界で初めて解明
よろい竜は自らの体の骨を溶かし装甲 世界で初めて解明
大阪市立自然史博物館の林昭次学芸員ら日独のチームは、突起のある装甲などを持つよろい竜は、体の骨を溶かして得たカルシウムを利用し、よろいをつくっていたことを明らかにし、7月25日、米オンライン科学誌プロスワンに発表した。発掘された全身の化石が少ないため、生態がよく分かっていないよろい竜の成長の仕方を解明したのは世界で初めて。北米と欧州で見つかったよろい竜4種14体の足の骨や肋骨の化石を薄く切り、構造を観察。よろいができていない幼体は骨の細胞や血管の数が多い一方で、よろいができた幼体や成体では骨が溶かされ、カルシウムを使った跡が多数見つかった。
8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見
8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見
大阪大はモンゴル東部のドンゴイ・シレー遺跡で、8世紀の古代トルコ文字(突厥=とっけつ=文字)による碑文を発見したと発表した。碑文はタムガと呼ばれる部族の紋章とともに発見され、横5㌢、縦7㌢ほどの文字が20行、計2832字(646の単語)が彫られていた。トルコ系遊牧国家、突厥の東方支配の実態を知る手掛かりになるという。
遺跡はモンゴルの首都ウランバートルの約450㌔南東にあり、モンゴル科学アカデミー考古学研究所と共同調査。古代トルコ文字の碑文はこれまでウランバートルより西方のオルホン川流域で発見され、東方には存在しないとされていた。突厥は中央ユーラシアの草原地帯で初めて文字を発明した遊牧民として知られる。
支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録
支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録
仙台藩主、伊達政宗の命を受け、1613年(慶長18年)スペインやローマに渡った支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料が6月、世界記憶遺産に登録された。登録されたのは、鎖国直前の日欧交渉を伝える貴重な資料として国宝の3点。所蔵する仙台市博物館では、このうち支倉常長像など2点を常設展示している。
同使節派遣から今年は400年の節目の年だ。宮城県石巻市など東日本大震災で被災したゆかりの地域では、今回の登録を機に震災からの復興の弾みにしたいという機運が高まっている。今秋から関連イベントが目白押しで、津波で被災した木造使節船「サン・ファン・バウティスタ」号の復元船を修復し再公開する予定もあり、観光客の呼び込みに期待が集まっている。
北海道で恐竜の尻尾の化石発見 新種の可能性も
滋賀・上御殿遺跡で人名が書かれた土器見つかる
角竜トリケラトプスに新種 米ユタ州で化石発見
8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見
8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見
大阪大はモンゴル東部のドンゴイ・シレー遺跡で、8世紀の古代トルコ文字(突厥=とっけつ=文字)による碑文を発見したと発表した。碑文はタムガと呼ばれる部族の紋章とともに発見され、横5㌢、縦7㌢ほどの文字が20行、計2832字(646の単語)が彫られていた。トルコ系遊牧国家、突厥の東方支配の実態を知る手掛かりになるという。
遺跡はモンゴルの首都ウランバートルの約450㌔南東にあり、モンゴル科学アカデミー考古学研究所と共同調査。古代トルコ文字の碑文はこれまでウランバートルより西方のオルホン川流域で発見され、東方には存在しないとされていた。突厥は中央ユーラシアの草原地帯で初めて文字を発明した遊牧民として知られる。
支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録
支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録
仙台藩主、伊達政宗の命を受け、1613年(慶長18年)スペインやローマに渡った支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料が6月、世界記憶遺産に登録された。登録されたのは、鎖国直前の日欧交渉を伝える貴重な資料として国宝の3点。所蔵する仙台市博物館では、このうち支倉常長像など2点を常設展示している。
同使節派遣から今年は400年の節目の年だ。宮城県石巻市など東日本大震災で被災したゆかりの地域では、今回の登録を機に震災からの復興の弾みにしたいという機運が高まっている。今秋から関連イベントが目白押しで、津波で被災した木造使節船「サン・ファン・バウティスタ」号の復元船を修復し再公開する予定もあり、観光客の呼び込みに期待が集まっている。
北海道で恐竜の尻尾の化石発見 新種の可能性も
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宝永地震の「大坂の死者2万1000人超」幕府の記録
宝永地震の「大坂の死者2万1000人超」幕府の記録
新潟大の調査によると、江戸時代中期の1707年に発生した宝永地震(マグニチュード8.6)で、大坂(現・大阪)市中の津波などによる死者は2万1000人を超えたとする記録が残っていたことが分かった。この記録は地震直後に、尾張藩士が幕府の報告書を写したもので信頼性が高く、宝永地震の被害見直しを迫る史料となりそうだ。宝永地震は有史で最大級の南海トラフ地震だが、被害実数が分かる史料は少なく、大坂の死者は数千~1万人、全国で計2万人との推計が通説だった。
「天下の台所」と呼ばれ、物流拠点として栄えていた大坂の人口は当時約35万人。死亡率は6%に達し、全国最多だったとみられる。新潟大の矢田俊文教授は、宝永地震では今の大阪市中心部の大半が浸水し、多くの橋が落ちた。将来の防災に生かしてほしい-と話している。津波の直撃を受けなかった内湾沿いの大坂でも、南海トラフ地震で死者が2万人を超えたという記録は衝撃的だ。
秀吉が築いた御土居、江戸時代に移設した跡を発見
漱石の”幻の書簡”発見 英国留学費用の工面の”跡”
啄木は128人中10位 盛岡尋常中合格時の席次表発見
墳丘と石室を同時に築造 松江の古墳時代の前方後方墳
力士の始祖 野見宿禰の雄姿石碑に 奈良・桜井で除幕式
「鳳凰堂」を平安の姿に再現 来春から拝観を再開
薬師寺東塔「心柱」の上部取り外す 解体修理で
長崎半島の白亜紀の地層から肉食恐竜の化石発見
カンボジアでアンコールワットより古い巨大遺跡発見
カンボジアでアンコールワットより古い巨大遺跡発見
筑波大はじめカンボジア、フランス、英国などの国際研究チームは6月29日までに、カンボジア北西部のアンコール地区で熱帯林に隠れた巨大遺跡を見つけたと発表した。12世紀前半に建設された世界遺産のアンコールワットより古く、9世紀ごろの建設されたクメール帝国の首都とみられる。灌漑が整備されていたことも分かった。同チームは昨年4月、ヘリコプターからレーザー光で密林370平方㌔㍍を調査し、発見した。802年ごろに建設されたとされるクメール帝国の首都マヘンドラパルバタの遺跡とみている。これまで碑文などで存在するとされていたが、証拠となる構造物は見つかっていなかった。
マヘンドラパルバタはアンコールワットから北東に約40㌔離れた山中にあり、面積は30平方㍍以上あったと考えられるという。調査では東西に走る道路や水路、寺院など土木構造物の痕跡も見つかった。クメール帝国中期のアンコールワットやアンコールトム(12世紀後半)で、これまで未発見だった道路や運河の跡も見つかっている。
平城宮跡からウリやキイチゴなどの種8万粒見つかる
平城宮跡からウリやキイチゴなどの種8万粒見つかる
奈良文化財研究所は7月2日、平城宮跡(奈良市)で役所が集中していた地区にあった8世紀の穴の跡から、ウリやキイチゴなど推定8万粒以上に及ぶ大量の種が見つかったと発表した。平城宮でこれほど多くの種が見つかるのは初めてで、役人の生ごみや糞便とみられる。奈良時代の役人の食生活を物語る貴重な資料といえそうだ。
穴は1辺70㌢、深さ30㌢。採取したコンテナ4箱分(乾燥状態で約12㍑)の土を調査したところ、1箱から野菜や果物など約40種類の種実が約2万粒確認された。総数は4箱で8万粒を超えるとみられる。
トイレットペーパー代わりの木片や、丸のみしにくいカキやアケビなどの種もあった。当時の記録にはないシソやイチジク属のイタビカズラも出土。平安時代の法令集「延喜式」に貢ぎ物として記されている珍しいムベ(アケビの一種)も見つかっている。
井伊直弼殺害の舞台 桜田門「お色直し」終わる
「薩長土肥連合」で観光PR 2018年に明治維新150年
「薩長土肥連合」で観光PR 2018年に明治維新150年
5年後の2018年に明治維新150年を迎えるのを機に、維新を推進し明治政府を担う多くの人材を輩出した鹿児島(薩摩)、山口(長州)、高知(土佐)、佐賀(肥前)の各県が観光客誘致で連携に動き始めた。共同でキャンペーンを展開したり周遊ルートを設けたりして、各地を訪れる旅行者を増やす起爆剤にする考えだ。
維新の歴史を前面に出した観光PRで連携し、旅行会社や交通機関などと組んでゆかりの地を訪れる旅行商品を企画するという。西郷隆盛、大久保利通らを生まれ育った地、鹿児島県・加治屋町、木戸孝允、高杉晋作らにゆかりのある山口県の萩市や下関市、坂本龍馬や板垣退助らが生まれた高知市などを巡るルートが想定される。4県で協力し連合組織の設立も検討、東京や大阪など大都市圏で共同イベントを開催したいとしている。
藤原定家が「明月記」に記した超新星”爆発”を解明
イランで最古級の農耕跡 メソポタミア文明起源の手掛かり
イランで最古級の農耕跡 メソポタミア文明起源の手掛かり
ドイツのチュービンゲン大の研究チームは7月4日、中東のチグリス・ユーフラテス川流域の「肥沃な三日月地帯」東端に位置する現在のイランで、1万2000~9800年前の新石器時代の農耕遺跡を見つけたと米科学誌サイエンスに発表した。流域で最も古いとされるシリアやイラク、トルコの農耕跡と大きく変わらない時期。流域の農耕が同時に複数の地域で発達したことを示す証拠-と同研究チームは指摘している。同チームは2009~10年にザグロス山脈の麓にあるイラン西部の遺跡で、当時の人々が野生の大麦や小麦などを農作物として利用し、ひき臼やすり鉢を使って食用に加工していたことを遺物やもみ殻などから確認した。定住は2000年以上の長期間に及び、野生種が農耕に適した種に変化していったことも分かった。これにより、メソポタミア文明につながる農耕技術がどのように発達したかを知る手掛かりになりそうだ。
平仮名で土器に最古の「いろは歌」全文 京都の貴族邸跡
邪馬台国の有力地「纏向遺跡」を国の史跡に 文化審答申
邪馬台国の有力地「纏向遺跡」を国の史跡に 文化審答申
文化審議会は6月21日、邪馬台国畿内説の最有力地とされる「纏向(まきむく)遺跡」(奈良県桜井市)など11件を史跡に、旧城山国民学校校舎など4件の「長崎原爆遺跡」(長崎市)を含む13件を登録記念物にするよう下村博文文部科学相に答申した。このほか「披雲閣(ひうんかく)庭園」(高松市)など2件を名勝に、「新湯の玉滴石産地」(富山市)など3件を天然記念物に、「酒谷の坂元棚田および農山村景観」(宮崎県日南市)など3件を重要文化的景観にそれぞれ指定するよう答申。近く答申通り告示され、史跡は1719件、名勝376件、天然記念物1008件、登録記念物78件、重要文化的景観38件となる。
纏向遺跡は3世紀初頭に出現し、4世紀初めまで営まれた大規模な集落跡。整然と配置された建物跡や、東海地方など他地域の土器が出土。周辺には卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳もあり、古代国家形成期の重要な遺跡と評価した。長崎原爆遺跡は、被爆の跡が残る旧城山国民学校校舎のほか、爆風で落下した浦上天主堂旧鐘楼、位置がずれた旧長崎医科大学門柱、片方の柱が吹き飛んだ山王神社二の鳥居の計4件が登録の対象となった。
「グロテスク」など藤田嗣治の未発表作2点を7月公開
正岡子規自ら添削の句稿本見つかる 弟子の句に朱筆
福井・勝山市でダチョウ型恐竜の化石発見、国内3例目
棺を飾る石製の胸像は被葬者の「遺影」パルミラ遺跡
棺を飾る石製の胸像は被葬者の「遺影」パルミラ遺跡
奈良県橿原考古学研究所は6月26日、シルクロードの中継地として栄えたシリアの古代都市、パルミラ遺跡で、2世紀に造られた地下墓から出土した頭骨を復顔したところ、棺を飾る石製の胸像が被葬者の「遺影」と分かったと発表した。当時の葬送の様子を探る重要資料という。奈良県は1990年からパルミラの地下墓を調査。今回、91~92年に出土した男性の頭骨2体の復顔をロシアと日本の専門家に依頼。復顔した像どちらも顔の輪郭や目の形などの特徴が胸像と一致した。パルミラは同国を代表する古代遺跡で、世界文化遺産に登録されている。内戦で被害を受け、6月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「危機遺産」に指定された。
京都市内で奈良時代の漆紗冠4点見つかる 長岡京
「御堂関白記」「慶長遣欧使節関係資料」世界記憶遺産に
「御堂関白記」「慶長遣欧使節関係資料」世界記憶遺産に
文部科学省は6月19日、歴史的に貴重な文書や絵画を対象としたユネスコの「世界記憶遺産」に400年前に仙台藩主・伊達政宗がスペインなどに派遣した使節に関する「慶長遣欧使節関係資料」(仙台市博物館所蔵)と、平安時代の貴族、藤原道長の自筆日記「御堂関白記」(京都市の陽明文庫所蔵)が登録されることになったと発表した。国内からは2011年の「山本作兵衛炭坑記録画・記録文書」に次ぐ登録となる。
「慶長遣欧使節関係資料」は、日本・スペイン両政府の共同推薦によるもので、仙台藩士・支倉常長が持ち帰ったローマ市公民権証書、常長とローマ法王パウロ5世の肖像画など。「御堂関白記」は栄華を誇った藤原道長が政権を握った長徳元(995)年から記し始め、何回かの中断を経た後、寛弘元(1004)年から継続的に書き続けた、日々の政務や生活の様子を綴った日記だ。現存するものは長徳4(998)年から治安元(1021)年の間の記事だ。近衛家の陽明文庫が所蔵する自筆本十四巻、古写本十二巻が伝わり、国宝に指定されている。