江戸川乱歩 戦前の代表作「黄金仮面」の生原稿発見

江戸川乱歩 戦前の代表作「黄金仮面」の生原稿発見
 少年探偵団シリーズなどで知られる作家、江戸川乱歩(1894~1965年)の戦前の代表作の一つ「黄金仮面」の生原稿453枚が、8月12日までに発見された。1930ねんから約1年間、講談社の大衆娯楽誌「キング」で連載された作品で、名探偵、明智小五郎と怪盗の闘いを描いている。戦前の乱歩作品の直筆原稿がすべて揃って見つかるのは極めて珍しい。講談社によると、原稿は展示会などに貸し出されていたが、1986年以降に所在が分からなくなった。95年に死去した同社の元編集者の家族が、会社から届いた遺品の中から発見。元編集者が所持していた経緯は不明という。

美空ひばりさん「悲しき口笛」宣伝用レコード発見

美空ひばりさん「悲しき口笛」宣伝用レコード発見
 昭和を代表する歌手、美空ひばりさん(1937~1989年)の最初のヒット曲「悲しき口笛」の宣伝用レコードが、金沢市の金沢蓄音器館で見つかった。ラベルが白いことから”白盤”と呼ばれたサンプル盤で、美空さんが歌で自己紹介している珍しいレコード。レコードはSP盤で、非売品と書かれたラベルに曲名と品番がゴム印で押され、裏面には別の歌手の曲が収録されていた。当時の美空さんはほとんど無名で、曲の前に「こんにちは、皆さん。ごきげんよろしく、美空ひばりでございます。どうぞよろしく」と別のメロディに乗せて楽しく歌いながら自己紹介している。 

堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認

堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認
 堺市は7月30日、同市堺区の住宅地で、長山古墳の葺(ふ)き石や埴輪片が初めて見つかったと発表した。長山古墳は文献に記載されていたが、開発で墳丘が削り取られ”幻の古墳”とされていた。築造が4世紀後半とみられ、百舌鳥(もず)古墳群最古級だったことも判明した。同時期の乳岡(ちのおか)古墳とともに古墳群の中で最も大阪湾寄りに位置しており、市は海岸近くから巨大古墳群が形成され始めたことを示すとみている。
 堺市文化財課によると、見つかった葺き石は墳丘のすそに積み上げたとみられる石列。長さ16㍍、幅4㍍、高さ0.5㍍で直線上に並んでいた。前方後円墳の前方部の一部とみられ、長山古墳は100㍍級の前方後円墳だったと判明した。百舌鳥古墳群は4~6世紀に造営され、大山(だいせん)古墳(仁徳陵)など巨大古墳が集まり、44基が現存する。

一茶の俳句を高く評価した子規の自筆原稿を長野で発見

一茶の俳句を高く評価した子規の自筆原稿を長野で発見
 明治時代の俳人、正岡子規(1867~1902年)が、江戸時代の俳人、小林一茶(1763~1827年)の俳句を、「特色は主として滑稽、諷刺、慈愛の三点に在り」などと高く評価した自筆原稿が、長野市の住宅で見つかった。8月1日から一茶記念館(長野県信濃町)で一般公開される。

伊勢神宮の「式年遷宮」の関連行事「お白石持行事」

伊勢神宮の「式年遷宮」の関連行事「お白石持行事」
 今年10月にヤマ場を迎える伊勢神宮(三重県伊勢市)の「式年遷宮」の関連行事、「お白石持行事」が7月26日午前始まった。市民らが新しい正殿の敷地に、市内を流れる宮川で拾い集めた白い石を敷き詰める行事で、内宮・外宮で約1カ月にわたって行われる。一連の行事には延べ約23万人が参加する予定。

8月に高松塚とキトラ古墳壁画を一般公開 文化庁

8月に高松塚とキトラ古墳壁画を一般公開 文化庁
 文化庁は、奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末~8世紀初め)の壁画修理施設を8月に一般公開するのに合わせ、高松塚、キトラ古墳の壁画の一部も公開すると発表した。キトラ古墳の壁画発見から30年を迎え、一般公開ではキトラ古墳壁画のうち朱雀と青竜、玄武をガラス越しに見学できる。また、整備のために閉鎖が決まっているキトラ古墳の石室の外観も公開される。一般公開は8月18~25日の午前9時~午後5時。定員は1日400人程度で、見学の所要時間は約1時間。申し込みは往復はがきかインターネットで。

二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会

二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会
 世界遺産の二条城(京都市中京区)で7月31日、約1年半かけて行われていた重要文化財の唐門の修理がほぼ終了し、抽選で選ばれた12人が参加して特別見学会が開かれた。一般公開は9月から。参加者は、門の周囲に設置された足場に乗り、元離宮二条城事務所の職員らの説明を聞きながら門の上部に施されている極彩色の竜虎や唐獅子など、精巧な彫刻に魅入っていた。唐門は柱が6本の四脚門と呼ばれるタイプで、幅6.4㍍、奥行き5.5㍍。高さ10㍍。屋根は切妻造りの桧皮葺(ひわだぶ)き。後水尾天皇の二条城訪問に合わせ、1625年に建てられたとされる。二条城は2011年度から約20年にわたる大修理を実施中。

竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認

竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認
 島根県の「竹島問題研究会」は8月1日、竹島が記された江戸時代(1760年代)の日本地図2枚を確認したと明らかにした。2枚は、1760年代作製の「日本図」(縦約66㌢、横約67㌢)と、1768年の「改製日本扶桑分里図」(縦約85㌢、横約135㌢)。2枚とも、現在の竹島を「松島」、韓国・鬱陵島を「竹島」と表記している。
 竹島を描いた最古の日本地図は水戸藩の地理学者、長久保赤水(1717~1801年)作製の「改正日本輿地路程全図(1779年)だったが、この2枚も赤水が同全図の下図などとして作ったとみられる。同研究会は、これまでより少なくとも10年さかのぼって、竹島が日本領であることを補強する資料-としている。

英で盗難の名器ストラディバリウス ほぼ無傷で発見

英で盗難の名器ストラディバリウス ほぼ無傷で発見
 7月31日付の英各紙によると、2010年末にロンドンで盗難に遭い、行方が分からなくなっていた120万ポンド(約1億8000万円)相当のバイオリン名器ストラディバリウスが、このほど英中部で発見されたことが分かった。英警察当局が7月下旬に発見した。見つかった際の詳細な状況は明らかにされていないが、ほぼ無傷で、本体と一緒に盗まれていた2本の弓も無事だったという。

自筆年賀状など前島密の書簡20点発見 滋賀県草津市

自筆年賀状など前島密の書簡20点発見 滋賀県草津市
 滋賀県草津市は7月19日、日本近代郵便の父とされる前島密(1835~1919年)の自筆の年賀状など20点の書簡が見つかったと発表した。いずれも1870~80年のものと推定されている。草津市出身で、駅逓寮(後の郵政省)の前島に次ぐナンバー2の地位にあった山内頼富に宛てたもの。秋田県の尾去沢銅山の所有に絡む汚職事件をめぐって、「昨暮は本寮ニ大風波起し、井上大輔・渋沢共辞表を出し」などと大蔵省にいた井上馨が73年に辞任する約半年前に辞表を提出していたことなが記された年賀状はじめ、当時のめまぐるしい政情の変化が随所に書き込まれている書簡もある。

江戸時代のからくり人形「弓曳き童子」機械遺産に

江戸時代のからくり人形「弓曳き童子」機械遺産に
 日本機械学会は7月23日、江戸時代のからくり人形「弓曳き童子」や国産初の16㍉映写機など6件を新たに、国内に現存し歴史的に意義のある「機械遺産」に認定したと発表した。この結果、機械遺産の認定は7回目で計61件となった。弓曳き童子は、童子が矢を抜いてつがえ、的に向けて射る人形で、江戸時代のからくり人形の最高傑作とされる。福岡県久留米市に動く状態で保存され、ロボットのルーツの一つと評価された。
 16㍉映写機「エルモA型」(名古屋市瑞穂区で保存)は1927年に発売。持ち運びの難しかった主流の35㍉映写機に対し、手回し式の小型映写機として開発された。東京都新宿区の京王地下駐車場にある「機械式立体駐車装置ロートパーク」も選出された。入出庫に要する時間を大幅に減らした。川崎市幸区の東芝科学館が保管している昭和初期の電気冷蔵庫、洗濯機、掃除機などの「家庭用電化機器」と、江戸時代に輸入され金属の鍛造に使われた旧横須賀製作所(神奈川県)の大型機械「スチームハンマー」なども選ばれた。

坂本龍馬の血判 砲術流派の起請文で確認 高知・記念館

坂本龍馬の血判 砲術流派の起請文で確認 高知・記念館
 高知県立坂本龍馬記念館(高知市)は7月24日、坂本龍馬が砲術を学んだ西洋砲術流派「高島流」の巻物に、龍馬の血判が押されていたと発表した。同記念館によると、龍馬の血判が確認されるのは初めて。この巻物は「高島流」を土佐で教えていた徳弘孝蔵の入門者が、流派の技術を外部に漏らさないことを誓う箱入りの起請文(誓約書)で、長さ約13㍍、幅約19㌢。龍馬の花押の上に、変色した血判が押されている。

安土桃山期の石組みの地下排水溝・取水口見つかる

安土桃山期の石組みの地下排水溝・取水口見つかる
 京都市埋蔵文化財研究所などは7月25日、同市上京区の北野天満宮で安土桃山~江戸時代初期ごろの石組みの地下排水溝や取水口が見つかったと発表した。これは、豊臣秀吉が敵の襲来や洪水から守るために築いた土塁「御土居」の外側に水を流す施設で、地下排水溝が発掘で確認されたのは初めて。長さ約19㍍で御土居の基底部に埋まっていた。

よろい竜は自らの体の骨を溶かし装甲 世界で初めて解明

よろい竜は自らの体の骨を溶かし装甲 世界で初めて解明
 大阪市立自然史博物館の林昭次学芸員ら日独のチームは、突起のある装甲などを持つよろい竜は、体の骨を溶かして得たカルシウムを利用し、よろいをつくっていたことを明らかにし、7月25日、米オンライン科学誌プロスワンに発表した。発掘された全身の化石が少ないため、生態がよく分かっていないよろい竜の成長の仕方を解明したのは世界で初めて。北米と欧州で見つかったよろい竜4種14体の足の骨や肋骨の化石を薄く切り、構造を観察。よろいができていない幼体は骨の細胞や血管の数が多い一方で、よろいができた幼体や成体では骨が溶かされ、カルシウムを使った跡が多数見つかった。

8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見

8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見
 大阪大はモンゴル東部のドンゴイ・シレー遺跡で、8世紀の古代トルコ文字(突厥=とっけつ=文字)による碑文を発見したと発表した。碑文はタムガと呼ばれる部族の紋章とともに発見され、横5㌢、縦7㌢ほどの文字が20行、計2832字(646の単語)が彫られていた。トルコ系遊牧国家、突厥の東方支配の実態を知る手掛かりになるという。
 遺跡はモンゴルの首都ウランバートルの約450㌔南東にあり、モンゴル科学アカデミー考古学研究所と共同調査。古代トルコ文字の碑文はこれまでウランバートルより西方のオルホン川流域で発見され、東方には存在しないとされていた。突厥は中央ユーラシアの草原地帯で初めて文字を発明した遊牧民として知られる。

支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録

支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録
 仙台藩主、伊達政宗の命を受け、1613年(慶長18年)スペインやローマに渡った支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料が6月、世界記憶遺産に登録された。登録されたのは、鎖国直前の日欧交渉を伝える貴重な資料として国宝の3点。所蔵する仙台市博物館では、このうち支倉常長像など2点を常設展示している。
 同使節派遣から今年は400年の節目の年だ。宮城県石巻市など東日本大震災で被災したゆかりの地域では、今回の登録を機に震災からの復興の弾みにしたいという機運が高まっている。今秋から関連イベントが目白押しで、津波で被災した木造使節船「サン・ファン・バウティスタ」号の復元船を修復し再公開する予定もあり、観光客の呼び込みに期待が集まっている。

北海道で恐竜の尻尾の化石発見 新種の可能性も

北海道で恐竜の尻尾の化石発見 新種の可能性も
 北海道大と穂別博物館(北海道むかわ町)は7月17日、同町の約7200万年前の地層から、白亜紀末期に繁栄した草食恐竜ハドロサウルスの仲間とみられる恐竜の尻尾の骨の化石を発見したと発表した。新種の可能性もある。9月から本格的な発掘作業を始める。長さ1㍍で、尾椎骨が13個つながっていた。体長は推定7~8㍍。これまでに発見されたハドロサウルスの尾椎骨にはない突起もあった。日本で骨格がつながった恐竜の化石が見つかるのは珍しい。発見した地層は白亜紀末期には海で、深さ約80~1200㍍の海底で堆積したため、ばらばらにならずに残っていたとみられる。

滋賀・上御殿遺跡で人名が書かれた土器見つかる

滋賀・上御殿遺跡で人名が書かれた土器見つかる 滋賀県文化財保護協会は7月17日、同県高島市の上御殿遺跡で「守君船人(もりのきみのふなひと)」という人名が7回書かれた奈良-平安時代の土器が見つかったと発表した。「守君」は祭祀(さいし)に関わった氏族とされ、等間隔で土器を1周するように人名が書かれていた。7回も人名を記した土器は全国初。

角竜トリケラトプスに新種 米ユタ州で化石発見

角竜トリケラトプスに新種 米ユタ州で化石発見
 米ユタ自然史博物館の研究チームは7月17日、大きな鼻と闘牛のように曲がった長い角を持つ新種の草食恐竜の化石を発見したと発表した。恐竜ファンに人気の高い角竜トリケラトプスの仲間。見つかった化石から体長5㍍、体重約2.5㌧と推定。ほかの角竜には見られない特徴から、大きな鼻と角の生えた顔を意味する「ナスートケラトプス」と命名された。

8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見

8世紀の古代トルコ文字の碑文をモンゴル東部で発見
 大阪大はモンゴル東部のドンゴイ・シレー遺跡で、8世紀の古代トルコ文字(突厥=とっけつ=文字)による碑文を発見したと発表した。碑文はタムガと呼ばれる部族の紋章とともに発見され、横5㌢、縦7㌢ほどの文字が20行、計2832字(646の単語)が彫られていた。トルコ系遊牧国家、突厥の東方支配の実態を知る手掛かりになるという。
 遺跡はモンゴルの首都ウランバートルの約450㌔南東にあり、モンゴル科学アカデミー考古学研究所と共同調査。古代トルコ文字の碑文はこれまでウランバートルより西方のオルホン川流域で発見され、東方には存在しないとされていた。突厥は中央ユーラシアの草原地帯で初めて文字を発明した遊牧民として知られる。

支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録

支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料 世界記憶遺産登録
 仙台藩主、伊達政宗の命を受け、1613年(慶長18年)スペインやローマに渡った支倉常長ら「慶長遣欧使節」の資料が6月、世界記憶遺産に登録された。登録されたのは、鎖国直前の日欧交渉を伝える貴重な資料として国宝の3点。所蔵する仙台市博物館では、このうち支倉常長像など2点を常設展示している。
 同使節派遣から今年は400年の節目の年だ。宮城県石巻市など東日本大震災で被災したゆかりの地域では、今回の登録を機に震災からの復興の弾みにしたいという機運が高まっている。今秋から関連イベントが目白押しで、津波で被災した木造使節船「サン・ファン・バウティスタ」号の復元船を修復し再公開する予定もあり、観光客の呼び込みに期待が集まっている。

北海道で恐竜の尻尾の化石発見 新種の可能性も

北海道で恐竜の尻尾の化石発見 新種の可能性も
 北海道大と穂別博物館(北海道むかわ町)は7月17日、同町の約7200万年前の地層から、白亜紀末期に繁栄した草食恐竜ハドロサウルスの仲間とみられる恐竜の尻尾の骨の化石を発見したと発表した。新種の可能性もある。9月から本格的な発掘作業を始める。長さ1㍍で、尾椎骨が13個つながっていた。体長は推定7~8㍍。これまでに発見されたハドロサウルスの尾椎骨にはない突起もあった。日本で骨格がつながった恐竜の化石が見つかるのは珍しい。発見した地層は白亜紀末期には海で、深さ約80~1200㍍の海底で堆積したため、ばらばらにならずに残っていたとみられる。

滋賀・上御殿遺跡で人名が書かれた土器見つかる

滋賀・上御殿遺跡で人名が書かれた土器見つかる
 滋賀県文化財保護協会は7月17日、同県高島市の上御殿遺跡で「守君船人(もりのきみのふなひと)」という人名が7回書かれた奈良-平安時代の土器が見つかったと発表した。「守君」は祭祀(さいし)に関わった氏族とされ、等間隔で土器を1周するように人名が書かれていた。7回も人名を記した土器は全国初。

角竜トリケラトプスに新種 米ユタ州で化石発見

角竜トリケラトプスに新種 米ユタ州で化石発見
 米ユタ自然史博物館の研究チームは7月17日、大きな鼻と闘牛のように曲がった長い角を持つ新種の草食恐竜の化石を発見したと発表した。恐竜ファンに人気の高い角竜トリケラトプスの仲間。見つかった化石から体長5㍍、体重約2.5㌧と推定。ほかの角竜には見られない特徴から、大きな鼻と角の生えた顔を意味する「ナスートケラトプス」と命名された。

宝永地震の「大坂の死者2万1000人超」幕府の記録

宝永地震の「大坂の死者2万1000人超」幕府の記録
 新潟大の調査によると、江戸時代中期の1707年に発生した宝永地震(マグニチュード8.6)で、大坂(現・大阪)市中の津波などによる死者は2万1000人を超えたとする記録が残っていたことが分かった。この記録は地震直後に、尾張藩士が幕府の報告書を写したもので信頼性が高く、宝永地震の被害見直しを迫る史料となりそうだ。宝永地震は有史で最大級の南海トラフ地震だが、被害実数が分かる史料は少なく、大坂の死者は数千~1万人、全国で計2万人との推計が通説だった。
 「天下の台所」と呼ばれ、物流拠点として栄えていた大坂の人口は当時約35万人。死亡率は6%に達し、全国最多だったとみられる。新潟大の矢田俊文教授は、宝永地震では今の大阪市中心部の大半が浸水し、多くの橋が落ちた。将来の防災に生かしてほしい-と話している。津波の直撃を受けなかった内湾沿いの大坂でも、南海トラフ地震で死者が2万人を超えたという記録は衝撃的だ。

秀吉が築いた御土居、江戸時代に移設した跡を発見

秀吉が築いた御土居、江戸時代に移設した跡を発見
 京都市埋蔵文化財研究所は、京都市下京区で、桃山時代に築かれた土塁「御土居(おどい)」が、江戸時代の1641年(寛永18年)に東本願寺の別邸・渉成園造営に伴って付け替えられた跡が見つかったと発表した。御土居の一部が崩され、東側に飛び出すように迂回していた。同研究所によると、御土居の付け替えが確認されたのは初めて。
 見つかったのは、移設された御土居の東西200㍍のうち60㍍分。幅は4㍍分を確認した。高さは0.6㍍残っていた。御土居は敵の襲来や鴨川の氾濫から京都の市街地を守るために、豊臣秀吉が築いたもので、土塁の外側は堀だった。

漱石の”幻の書簡”発見 英国留学費用の工面の”跡”

漱石の”幻の書簡”発見 英国留学費用の工面の”跡”
 熊本近代文学館は7月5日、夏目漱石が旧制五高校(熊本)の教授だった1900年(明治33年)6月、友人のドイツ語学者、菅虎雄に宛てた手紙が見つかったと発表した。研究者に存在は知られていたが、所在が分からず、”幻の書簡”と呼ばれていた。手紙は漱石が英国に留学する2、3カ月前、留学費用を工面するため、漱石が熊本から出したもの。昨年11月、古書市場に出回っていたのを業者が発見。熊本県が買い取り、文学館が収蔵した。

啄木は128人中10位 盛岡尋常中合格時の席次表発見

啄木は128人中10位 盛岡尋常中合格時の席次表発見
 岩手県出身の歌人、石川啄木(1886~1912年)が盛岡尋常中(現・盛岡一高)を受験、合格した際の席次表が見つかった。啄木の席次は合格者128人中10位。入学時の年齢は12歳と、通常より1年早いにもかかわらず、”神童”とうたわれた少年時代の英才ぶりをうかがわせる。入試成績は文献などで知られていたが、裏付ける資料が確認されたのは初めて。啄木は渋民村(現・盛岡市)の渋民尋常小に学齢より1年早く入学、首席で卒業後、盛岡高等小を経て、県内で最難関の盛岡尋常中を受験した。競争倍率は3~4倍だったという。

墳丘と石室を同時に築造 松江の古墳時代の前方後方墳

墳丘と石室を同時に築造 松江の古墳時代の前方後方墳
 島根県埋蔵文化財調査センターの発掘調査によると、松江市大草町の前方後方墳「古天神古墳」(6世紀後半、全長27㍍)の後方部は、墳丘と石室を同時に造っていたことが分かった。古墳時代後期の前方後方墳の築造手順があきらかになるのは珍しいという。前方部から後方部にかけて墳丘が崩れたために調査。墳丘断面を観察し、地層の状況から土を盛った順序を推定した。前方部は築造当時の地表面の上にそのまま土を盛っていたが、後方部は地表面を削って平らにし、土を盛って墳丘を造りながら石室を組み立てたとみられる。

力士の始祖 野見宿禰の雄姿石碑に 奈良・桜井で除幕式

力士の始祖 野見宿禰の雄姿石碑に 奈良・桜井で除幕式
 相撲発祥の地とされる奈良県桜井市の相撲神社で7月7日、『日本書紀』に登場する力士の始祖、野見宿禰(のみのすくね)の雄姿を刻んだ石碑の除幕式があり、元横綱の北勝海の八角親方も駆け付けて祝った。石碑は幅約2㍍、高さ約2.5㍍、野見宿禰の姿は、1964年開催の東京オリンピックで主会場となった国立競技場の壁に描かれているモザイク画を写した。

「鳳凰堂」を平安の姿に再現 来春から拝観を再開

「鳳凰堂」を平安の姿に再現 来春から拝観を再開
 京都府宇治市の平等院は7月9日、昨年9月から修理中の国宝「鳳凰堂」を、創建から約50年後に最初に修理した時の姿に再現すると発表した。瓦の文様や壁などの塗料を変えて金色の鳳凰を据え、平安時代の姿に蘇らせる計画。2014年4月から拝観を再開する。平等院は平安時代の1053年、関白の藤原頼通が極楽浄土をイメージして創建。半世紀に1回大修理しており、今回は56年ぶり。

薬師寺東塔「心柱」の上部取り外す 解体修理で

薬師寺東塔「心柱」の上部取り外す 解体修理で
 約110年ぶりの解体修理が行われている奈良市の薬師寺東塔(国宝)で7月8日、塔の中心を貫く心柱の上部(約13㍍)が取り外された。心柱は大木を接いでおり、下部は約17㍍。上部から3層目の裳階(もこし)まで屋根などの解体が進み、取り外しが可能になった。解体には工事用の覆い屋の天井に設置したクレーンを使用。吊り上げられた心柱がゆっくりと上昇し、約5分かけて取り外された。下部の解体は来年半ばになる予定で、創建年代の解明につながる年輪年代測定法を用いた年代調査も計画されている。

長崎半島の白亜紀の地層から肉食恐竜の化石発見

長崎半島の白亜紀の地層から肉食恐竜の化石発見
 福井県立恐竜博物館(福井県勝山市)と長崎市教育委員会は7月8日、長崎半島(長崎市)の約8400万年前(白亜紀後期)の地層から肉食恐竜の歯の化石の一部2点を発掘したと発表した。肉食恐竜の化石は岩手県や福島県など12県で見つかっているが、長崎県では初めてで、同県に肉食恐竜が存在したことが明らかになった。化石は2点とも歯で、1点は高さ35.4㍉、幅26.8㍉、厚さ11.2㍉で、歯根側の約半分に当たり、これまで見つかった肉食恐竜の歯としては国内最大級。もう1点は高さ34.2㍉、幅13.6㍉。全長約7㍍を超える大型の肉食恐竜と推定されるという。

カンボジアでアンコールワットより古い巨大遺跡発見

カンボジアでアンコールワットより古い巨大遺跡発見
 筑波大はじめカンボジア、フランス、英国などの国際研究チームは6月29日までに、カンボジア北西部のアンコール地区で熱帯林に隠れた巨大遺跡を見つけたと発表した。12世紀前半に建設された世界遺産のアンコールワットより古く、9世紀ごろの建設されたクメール帝国の首都とみられる。灌漑が整備されていたことも分かった。同チームは昨年4月、ヘリコプターからレーザー光で密林370平方㌔㍍を調査し、発見した。802年ごろに建設されたとされるクメール帝国の首都マヘンドラパルバタの遺跡とみている。これまで碑文などで存在するとされていたが、証拠となる構造物は見つかっていなかった。
 マヘンドラパルバタはアンコールワットから北東に約40㌔離れた山中にあり、面積は30平方㍍以上あったと考えられるという。調査では東西に走る道路や水路、寺院など土木構造物の痕跡も見つかった。クメール帝国中期のアンコールワットやアンコールトム(12世紀後半)で、これまで未発見だった道路や運河の跡も見つかっている。

平城宮跡からウリやキイチゴなどの種8万粒見つかる

平城宮跡からウリやキイチゴなどの種8万粒見つかる
 奈良文化財研究所は7月2日、平城宮跡(奈良市)で役所が集中していた地区にあった8世紀の穴の跡から、ウリやキイチゴなど推定8万粒以上に及ぶ大量の種が見つかったと発表した。平城宮でこれほど多くの種が見つかるのは初めてで、役人の生ごみや糞便とみられる。奈良時代の役人の食生活を物語る貴重な資料といえそうだ。
 穴は1辺70㌢、深さ30㌢。採取したコンテナ4箱分(乾燥状態で約12㍑)の土を調査したところ、1箱から野菜や果物など約40種類の種実が約2万粒確認された。総数は4箱で8万粒を超えるとみられる。
 トイレットペーパー代わりの木片や、丸のみしにくいカキやアケビなどの種もあった。当時の記録にはないシソやイチジク属のイタビカズラも出土。平安時代の法令集「延喜式」に貢ぎ物として記されている珍しいムベ(アケビの一種)も見つかっている。

井伊直弼殺害の舞台 桜田門「お色直し」終わる

井伊直弼殺害の舞台 桜田門「お色直し」終わる
 環境省は6月28日、昨年10月から修理中だった重要文化財の桜田門(東京都千代田区皇居外苑)の修理を終えた。桜田門は幕末の大老、井伊直弼が暗殺された地として知られる。旧江戸城の当時の趣はそのままに、腐った柱や瓦を取り換え、壁を白く塗り直した。桜田門は通称で、正式名称は外桜田門。

「薩長土肥連合」で観光PR 2018年に明治維新150年

「薩長土肥連合」で観光PR 2018年に明治維新150年
 5年後の2018年に明治維新150年を迎えるのを機に、維新を推進し明治政府を担う多くの人材を輩出した鹿児島(薩摩)、山口(長州)、高知(土佐)、佐賀(肥前)の各県が観光客誘致で連携に動き始めた。共同でキャンペーンを展開したり周遊ルートを設けたりして、各地を訪れる旅行者を増やす起爆剤にする考えだ。
 維新の歴史を前面に出した観光PRで連携し、旅行会社や交通機関などと組んでゆかりの地を訪れる旅行商品を企画するという。西郷隆盛、大久保利通らを生まれ育った地、鹿児島県・加治屋町、木戸孝允、高杉晋作らにゆかりのある山口県の萩市や下関市、坂本龍馬や板垣退助らが生まれた高知市などを巡るルートが想定される。4県で協力し連合組織の設立も検討、東京や大阪など大都市圏で共同イベントを開催したいとしている。

藤原定家が「明月記」に記した超新星”爆発”を解明

藤原定家が「明月記」に記した超新星”爆発”を解明
 京都大学など日米の研究チームは、鎌倉時代の歌人、藤原定家が日記「明月記」に書き残した超新星が爆発した時の様子を解明したと発表した。エックス線天文衛星「すざく」で観察して分析した。この超新星は平安時代の1006年に出現した。定家が生まれる150年以上も前だったが、日記には過去に起きた天文現象として記していた。研究チームは爆発の痕跡を観察したところ、鉄やケイ素、硫黄などの重い元素がある方向に偏っていることを突き止めた。この内容は米天文学専門誌アストロフィジカルジャーナルに発表された。

イランで最古級の農耕跡 メソポタミア文明起源の手掛かり

イランで最古級の農耕跡 メソポタミア文明起源の手掛かり
 ドイツのチュービンゲン大の研究チームは7月4日、中東のチグリス・ユーフラテス川流域の「肥沃な三日月地帯」東端に位置する現在のイランで、1万2000~9800年前の新石器時代の農耕遺跡を見つけたと米科学誌サイエンスに発表した。流域で最も古いとされるシリアやイラク、トルコの農耕跡と大きく変わらない時期。流域の農耕が同時に複数の地域で発達したことを示す証拠-と同研究チームは指摘している。同チームは2009~10年にザグロス山脈の麓にあるイラン西部の遺跡で、当時の人々が野生の大麦や小麦などを農作物として利用し、ひき臼やすり鉢を使って食用に加工していたことを遺物やもみ殻などから確認した。定住は2000年以上の長期間に及び、野生種が農耕に適した種に変化していったことも分かった。これにより、メソポタミア文明につながる農耕技術がどのように発達したかを知る手掛かりになりそうだ。

平仮名で土器に最古の「いろは歌」全文 京都の貴族邸跡

平仮名で土器に最古の「いろは歌」全文 京都の貴族邸跡
 京都市埋蔵文化財研究所は6月27日、京都市の「堀河院」と呼ばれた貴族の邸宅跡から30年前に出土した平安時代末期~鎌倉時代初期(12世紀末~13世紀初め)の土器に「いろは歌」のほぼ全文が平仮名で墨書されていたことが分かったと発表した。平仮名で全文がうかがえる資料としては最古という。土器は直径9㌢の小皿。裏面に、いろは47文字のうち43文字が8行に分けて記してあることが判明。4文字は欠損部に書かれていたとみられ、確認できなかった。筆使いはつたなく、同研究所は字を習い始めたばかりの人が、手習いで書いたものではないか-とみている。

邪馬台国の有力地「纏向遺跡」を国の史跡に 文化審答申

邪馬台国の有力地「纏向遺跡」を国の史跡に 文化審答申
 文化審議会は6月21日、邪馬台国畿内説の最有力地とされる「纏向(まきむく)遺跡」(奈良県桜井市)など11件を史跡に、旧城山国民学校校舎など4件の「長崎原爆遺跡」(長崎市)を含む13件を登録記念物にするよう下村博文文部科学相に答申した。このほか「披雲閣(ひうんかく)庭園」(高松市)など2件を名勝に、「新湯の玉滴石産地」(富山市)など3件を天然記念物に、「酒谷の坂元棚田および農山村景観」(宮崎県日南市)など3件を重要文化的景観にそれぞれ指定するよう答申。近く答申通り告示され、史跡は1719件、名勝376件、天然記念物1008件、登録記念物78件、重要文化的景観38件となる。
 纏向遺跡は3世紀初頭に出現し、4世紀初めまで営まれた大規模な集落跡。整然と配置された建物跡や、東海地方など他地域の土器が出土。周辺には卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳もあり、古代国家形成期の重要な遺跡と評価した。長崎原爆遺跡は、被爆の跡が残る旧城山国民学校校舎のほか、爆風で落下した浦上天主堂旧鐘楼、位置がずれた旧長崎医科大学門柱、片方の柱が吹き飛んだ山王神社二の鳥居の計4件が登録の対象となった。

「グロテスク」など藤田嗣治の未発表作2点を7月公開

「グロテスク」など藤田嗣治の未発表作2点を7月公開
 神奈川県箱根町のポーラ美術館は、乳白色の肌の表現で知られる洋画家の藤田嗣治(レオナール・フジタ、1886~1968年)の未発表作品2点を含む3点の油彩画を新たに収蔵、7月13日から始まる展覧会で一般公開すると発表した。未発表作品は「グロテスク」(1955年)と「シレーヌ」(1952年)。2作とも藤田が戦後、パリに戻った50年代の作で、寓話や神話の中の幻想的なモチーフを描いている。

正岡子規自ら添削の句稿本見つかる 弟子の句に朱筆

正岡子規自ら添削の句稿本見つかる 弟子の句に朱筆
 俳人の正岡子規が監修した選句集「新俳句」をまとめている過程で、自ら添削した弟子の句稿本12冊が富山県高岡市の私立図書館「眉丈文庫」で見つかった。句稿本は子規に師事していた金沢市出身の俳人、直野碧玲龍(1875~1905年)が詠んだ約1500句が和紙に綴られ、子規が朱筆で丸や二重丸を入れて評価を示したり、語句の手直しなどの添削をしている。病床にありながら、厳しく弟子を指導する姿勢がうかがえる。近代俳句を確立しようとしていた当時の子規の俳句観を知ることができる重要資料という。

福井・勝山市でダチョウ型恐竜の化石発見、国内3例目

福井・勝山市でダチョウ型恐竜の化石発見、国内3例目
 福井県立恐竜博物館(福井県勝山市)は6月24日、勝山市内の発掘現場で見つかった化石が、ダチョウ型恐竜「オルニトミモサウルス類」の指先の骨と確認されたと発表した。同じ化石の発見は、群馬県神流町、熊本県御船町に次いで3例目。博物館の発掘チームが2008年8月に約1億2000万年前の地層から発見し、種類を特定する作業をしていた。前脚の指先とみられる35㍉と46㍉ほどの2片の骨で、ダチョウ型恐竜に特徴的な細長い形だ。ダチョウ型恐竜は、後ろ足が長く発達しており、俊敏な動きをしていたと推測されている。中国やモンゴルでの発見例が多い。

棺を飾る石製の胸像は被葬者の「遺影」パルミラ遺跡

棺を飾る石製の胸像は被葬者の「遺影」パルミラ遺跡
 奈良県橿原考古学研究所は6月26日、シルクロードの中継地として栄えたシリアの古代都市、パルミラ遺跡で、2世紀に造られた地下墓から出土した頭骨を復顔したところ、棺を飾る石製の胸像が被葬者の「遺影」と分かったと発表した。当時の葬送の様子を探る重要資料という。奈良県は1990年からパルミラの地下墓を調査。今回、91~92年に出土した男性の頭骨2体の復顔をロシアと日本の専門家に依頼。復顔した像どちらも顔の輪郭や目の形などの特徴が胸像と一致した。パルミラは同国を代表する古代遺跡で、世界文化遺産に登録されている。内戦で被害を受け、6月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「危機遺産」に指定された。

京都市内で奈良時代の漆紗冠4点見つかる 長岡京

京都市内で奈良時代の漆紗冠4点見つかる 長岡京
 京都府長岡京市埋蔵文化財センターは6月27日、長岡京跡(784~794年)で、貴族がかぶった漆紗冠(しっしゃかん)が見つかったと発表した。六条大路と東一坊大路の交差点の北西部にある溝から4点出土。漆紗冠は奈良時代、網状の編み物をとじ合わせ、黒漆を塗って仕上げたかぶりもので、五位以上の貴族がかぶっていた。同センターは、長岡京から794年、平安京に遷都する際、捨てられたものではないかとみている。

「御堂関白記」「慶長遣欧使節関係資料」世界記憶遺産に

「御堂関白記」「慶長遣欧使節関係資料」世界記憶遺産に
 文部科学省は6月19日、歴史的に貴重な文書や絵画を対象としたユネスコの「世界記憶遺産」に400年前に仙台藩主・伊達政宗がスペインなどに派遣した使節に関する「慶長遣欧使節関係資料」(仙台市博物館所蔵)と、平安時代の貴族、藤原道長の自筆日記「御堂関白記」(京都市の陽明文庫所蔵)が登録されることになったと発表した。国内からは2011年の「山本作兵衛炭坑記録画・記録文書」に次ぐ登録となる。
 「慶長遣欧使節関係資料」は、日本・スペイン両政府の共同推薦によるもので、仙台藩士・支倉常長が持ち帰ったローマ市公民権証書、常長とローマ法王パウロ5世の肖像画など。「御堂関白記」は栄華を誇った藤原道長が政権を握った長徳元(995)年から記し始め、何回かの中断を経た後、寛弘元(1004)年から継続的に書き続けた、日々の政務や生活の様子を綴った日記だ。現存するものは長徳4(998)年から治安元(1021)年の間の記事だ。近衛家の陽明文庫が所蔵する自筆本十四巻、古写本十二巻が伝わり、国宝に指定されている。

奈良・山田寺跡で出土の破片は国内最古級の中国陶器

奈良・山田寺跡で出土の破片は国内最古級の中国陶器
 兵庫陶芸美術館(兵庫県篠山市)の調査によると、奈良県桜井市の山田寺跡(7世紀)で出土した陶器「三彩」の破片が、国内で出土した中国製陶器としては最古級の可能性が高いことが分かった。この破片は、奈良文化財研究所が1976年に始めた同寺跡の発掘調査で出土した陶器片43点の一部。中国・唐代の有名な唐三彩の源流とされる北斉時代(550~577年)の陶器とみられる。これまで国内最古の中国製陶器は壱岐島(長崎県)の双六古墳(6世紀後半)で出土したわんとされてきた。

京都「清水の舞台」支える最奥部の柱9本の修理開始

京都「清水の舞台」支える最奥部の柱9本の修理開始
 京都市東山区の清水寺で6月18日、国宝の本堂にある「清水の舞台」を支える柱の修理が始まった。総事業費約40億円の大規模修理の一環。8月中に終わる予定で、工事中も拝観できる。修理の対象は柱168本のうち最奥部の9本で、根元が湿気で腐ったり虫食いの被害に遭ったりしているという。京都府教育委員会によると、9本は約380年前の再建時のもの。直径は60~80㌢、長さは最長14㍍。根元部分をそれぞれ30~90㌢切り取り、そこに新しい木材を差し入れて継ぎ足す「根継ぎ」という工法をとる。

伏見城築城の際、石を切り出した採石場跡見つかる

伏見城築城の際、石を切り出した採石場跡見つかる
 京都市山科区の山中で、豊臣秀吉や徳川家康の居城だった伏見城(京都市伏見区)に用いる石を切り出したとみられる採石場跡が見つかった。石を効率的に割るための矢穴が開けられた花崗岩24個を確認。複数個には「一に〇」や「四つ目」という刻印があり、各地の大名が採石者を示すために彫った記号とみられる。豊臣時代の石垣は自然石が多く、切ったり刻印を彫ったりした石は徳川時代の特徴という。