鎌倉時代の”雅”の音色蘇る 陽明文庫の「笙」を補修

 陽明文庫(京都市右京区)が所蔵する雅楽の管楽器「笙(しょう)」のうち、鎌倉時代の「菊丸」が分解・補修され、約700年前の音色を取り戻した。制作年は1277年と判明し、演奏できる笙としては国内最古。東京大史料編纂所の研究チームが笙の第一人者、岩波滋・元宮内庁式部職楽部主席楽長の協力で笙5管を調査した。このうち「菊丸」を分解すると、17本ある竹の1本に「菩提山」などの文字が刻まれていた。さらに赤外線撮影した写真などから「貞俊」「行年三十九」などの文字が判読できた。菩提山は奈良市菩提山町にある正暦寺の山号。貞俊は1238年生まれの笙制作の名人で、39歳の1277年、正暦寺の工房で「菊丸」を制作したことが確認された。
 このほか、室町時代の作と推定される笙や「貞享二年」(1685年)の銘がある笙「雲龍」も補修され、演奏できるようになった。11月17日に京都市中京区の立命館朱雀キャンパスで行われる陽明文庫講座では、岩波さんがこれらの笙を演奏する。陽明文庫は藤原道長から続く五摂家の一つ、近衛家の宝物を所蔵する。

稲荷山古墳から出土の鉄剣を刀匠らが7年かけ再現

 5世紀後半の稲荷山古墳(埼玉県行田市)から出土した国宝「金錯銘鉄剣」を、刀匠や刀剣研師らが、当時の刀に関する資料などをもとに7年間かけて再現し、11月13日、埼玉県庁で完成品を披露した。この鉄剣は1968年に出土。78年のエックス線撮影で115文字の銘文が刻まれていたことで、一躍有名になった。この再現作業は2007年から、米ニューヨークのメトロポリタン美術館武器武具特別顧問の小川盛弘氏を代表とする6人の制作グループにより進められていた。

瓦のふき替えほぼ終わった正倉院を報道陣に公開 宮内庁

 宮内庁は11月11日、約100年ぶりの大修理で瓦のふき替えがほぼ終わった国宝・正倉院(奈良市)を報道陣に公開した。残る修理は屋根最上部の「大棟(おおむね)」と、鬼瓦が載る四方の「隅棟(すみむね)」だけとなった。大棟と隅棟に置く熨斗(のし)瓦は、地震でも崩れないようステンレスの棒と針金で固定する工法を採用する。2014年2月7~11日、修理現場の最後の一般公開を行う。今月12日から事前申し込みを受け付ける。

京都・勝林寺で本尊・毘沙門天像の胎内仏3体を公開

 京都市東山区の勝林寺で11月12日、本尊・毘沙門天像の胎内仏3体が報道陣に公開された。胎内仏は250年前の江戸時代の作とみられ、公開は初めてという。3体は毘沙門天(像高約17㌢)などで、すべて一木造り。2009年の京都市の調査で、本尊の背中部分から見つかった。本尊は平安時代の仏師、定朝の作とされる。11月15日~12月8日、秋の特別拝観が行われる。

モンゴル・ゴビ砂漠で最大級の肉食恐竜の営巣地発見

 北海道大学など国際研究チームは11月2日、モンゴルのゴビ砂漠の東部にある白亜紀後期(約8000万年前)の地層から、獣脚類恐竜(肉食恐竜)の世界最大級の営巣地の化石が見つかったと発表した。営巣地は獣脚類のテリジノサウルス類のものとみられる。幅22㍍、長さ52㍍で、河川の扇状地で見つかった。巣は18カ所あり、球形の卵(直径約13㌢)3~8個もあった。獣脚類は単独生活していたと考えられてきたが、産卵期は集団で過ごしていたとみられる。北海道大の小林快次准教授によると、獣脚類恐竜の営巣地は米モンタナ州やポルトガルでも見つかっているが、これだけ大きな営巣地は初めてという。

熊谷直実ゆかりの「鎧掛けの松」枯死 京都金戒光明寺

 京都市左京区の浄土宗の大本山、金戒光明寺で平安~鎌倉時代の武将、熊谷直実(1141~1207年)ゆかりの「鎧掛けの松」として知られるクロマツが枯死した。同寺によると、樹齢200年以上とみられ、枯死の詳しい原因は不明。寺では2014年3月ごろまでに境内の別のクロマツを同じ場所に移植する予定だ。「鎧掛けの松」は御影堂近くにあり、高さ6.6㍍、枝張り16.6㍍。今回枯死したクロマツは、寺伝などから「2代目」とされる。2003年、京都市が美観に優れた樹木を指定する「保存樹」に選ばれていた。
 熊谷直実は平安時代末期の源平争乱時、源氏方の武将として「一の谷の戦い」(1184年)などで活躍。若き平敦盛との一騎打ちが平家物語の題材となり、歌舞伎や能にも登場する。世の無常を感じて浄土宗の開祖、法然上人を訪ね、教えを聞いて出家した際、身につけていた鎧をクロマツに掛けたとの伝承がある。

江戸期の小石川後楽園の絵図発見 水戸市徳川ミュージアム

 水戸藩主・徳川光圀が江戸時代前期に完成させた「小石川後楽園」(東京都文京区)の絵図が水戸市の徳川ミュージアムで新たに見つかり、11月1日、報道陣に公開された。光圀は中国・明代の儒学者、朱舜水の意見を取り入れ、円月橋など主要施設をつくった。江戸時代の絵図は数点しか見つかっていない。今回見つかった絵図は江戸後期の作とみられる。中国風の円月橋や満開の桜などが色鮮やかに描かれている。

豪州で歯を持つ巨大カモノハシの化石見つかる

 オーストラリアのニューサウスウェールズ大のチームは11月4日、クイーンズランド州で体長が現存種の2倍の約1㍍に達し、大きな歯を持つカモノハシの仲間の化石を発見したと発表した。チームは、1500万~500万年前に水辺に生息していたと推定している。また、歯が退化した口で昆虫などをすりつぶして食べる現存種と異なりカメやカエルなども捕食していた可能性があるとみている。鳥のようなくちばしを持ち、哺乳類なのに卵を産むというユニークな生態のカモノハシの進化過程を知る手掛かりになりそうだ。

ティラノサウルス類の新属新種恐竜 米ユタ州で発見

 米ユタ大学自然史博物館などの研究チームは、米ユタ州南部の約8000万年前(白亜紀後期)の地層から、大型肉食恐竜ティラノサウルス類の後頭部が盛り上がった化石を発見し、科学誌プロスワン電子版に新属新種に分類したと発表した。「ライスロナクス・アルゲステス」と名付けられたこの恐竜は頭や腰、脚、尾の骨の化石が見つかり、体の長さ8㍍、重さは2.5㌧と推定された。約7000万年前に出現し、史上最強といわれるティラノサウルス・レックスより、小型だが、レックスと同様に後ろ脚で歩き、前脚は短かったとみられる。後頭部が盛り上がっているほか、両目が前向きに付き、鋭い歯が並ぶ特徴があった。

山形・舘山城跡で石垣の一部発見 伊達政宗の命で建設か

 山形県米沢市教育委員会は、伊達政宗(1567~1636年)の祖父、晴宗が築いたとされる舘山城跡(米沢市)の発掘調査で、新たに石垣の一部を発見したことを明らかにした。今回、本丸跡付近で、7~8個の切り石からなる幅約5㍍、高さ約80㌢の石垣の一部を確認した。権力を象徴していた石垣が発見されたことで、伊達家の本格的な居城だった可能性が高まった。同市教委では「当時としてはかなり立派な石垣で、文献などから政宗が命じて造らせたものとみられる」と分析している。

福岡・船原古墳から大陸文化伝える馬かぶと・旗立て金具

 福岡県古賀市教育委員会は10月31日、6世紀後半から7世紀初めの古墳時代後期の船原古墳で、馬の頭に付けるかぶと「馬冑(ばちゅう)」と馬上に旗などを立てる金具「蛇行鉄器」が出土したと発表した。いずれも極東アジアで流行した騎馬戦術で使われた馬具で、大陸の文化を伝える貴重な史料という。馬冑は鉄製で長さ50㌢、幅18㌢。完全な形で見つかるのは和歌山市の大谷古墳に続き2例目。蛇行鉄器は国内最多の3点が見つかり、最大のもので長さは約80㌢。人が座る鞍の後部に取り付けたとされる。出土した金銅製馬具を福岡県立九州歴史資料館(小郡市)がCTスキャンで分析した結果、ハート形の飾り金具に一対の鳳凰(ほうおう)が、馬の轡(くつわ)の金具に唐草文が透かし彫りされていることが分かった。船原古墳は直径約20㍍の円墳。

織田作之助の生誕100年祝い生国魂神社に新たな銅像

 作家、織田作之助の生誕100年を祝い10月26日、生国魂神社(大阪市天王寺区)で新たな銅像がお披露目された。生国魂神社は作之助の生家の向かいにあり、彼の幼少時の遊び場であると同時に、作品に何度も登場する。銅像は1.3㍍の立像で、愛用のマントと帽子を身につけ、師と仰いだ井原西鶴の銅像に顔を向けている。愛好家らでつくるオダサク倶楽部の会員、石田英治さんが寄贈。

京都・浄福寺 鎌倉時代に制作の秘仏 100年ぶり公開

京都市上京区の浄福寺で、秘仏「栴檀瑞像釈迦牟尼仏(せんだんずいぞうしゃかむにぶつ)」(高さ1.3㍍)と釈迦堂内部が約100年ぶりに公開されるのを前に10月29日、報道陣に公開された。一般公開は11月1~10日。秘仏は、清涼寺(京都市右京区)に祀られている「三国伝来生身釈迦如来立像」(国宝)を鎌倉時代にまねて造った最初の像とされている。釈迦堂は総ケヤキ造りで、1756年に建立。2011年から木材を解体し、修復工事をしていた。正確な記録は残っていないが、同寺関係者によると公開は約100年ぶりという。

「和食」世界の文化遺産に 社会の連帯に大きな役割果たす

 政府がユネスコの無形文化遺産に提案した「和食 日本人の伝統的な食文化」について、事前審査を担う補助機関が新規登録を求める「記載」の勧告をしたことが10月22日、分かった。登録の理由として、和食は世代から世代に受け継がれる中で、社会の連帯に大きな役割を果たしていることを挙げている。文化庁によると、過去の事前審査で記載勧告された提案が覆されたケースはなく、12月2~7日、アゼルバイジャンのバクーで開かれるユネスコの政府間委員会で正式に登録される見込み。
 食と関係する無形文化遺産としては、これまでにフランスの美食術、スペインやイタリアなどの地中海料理、メキシコの伝統料理、トルコのケシケキ(麦がゆ)がすでに登録されている。無形文化遺産は世界遺産や記憶遺産と並ぶユネスコの遺産事業の一つ。

杉田玄白の漢詩2首発見 将軍家斉との面会の喜び記す

 江戸時代の蘭方医・杉田玄白(1733~1817年)が晩年、西洋医学発展の功績が認められ、江戸城での11代将軍・徳川家斉との面会を許された喜びなどを詠んだ漢詩2首が10月19日までに見つかった。直筆で1枚の紙に記していた。前野良沢らとオランダ医学書「ターヘルアナトミア」を翻訳し、日本で初めて著わされた医学書「解体新書」で知られる玄白が、医学への情熱を生涯燃やし続け、長年の苦労が報われた玄白の感激をうかがわせる貴重な史料といえる。玄白の漢詩が新たに確認されたのは、1936年に漢詩が書かれた日記を子孫が公開して以来、約80年ぶり。
 群馬県高崎市の古書店「名雲書店」の名雲純一さんが今秋、古書市で発見。京都外大の松田清教授らが、玄白の別宅名に由来する「小詩仙翁」の署名があることや、内容が玄白の日記と合致することなどから本物と確認した。

国内最古の将棋の駒「酔象」奈良・興福寺境内で発見

 奈良県立橿原考古学研究所は10月24日、奈良市の興福寺旧境内で11世紀末(平安時代)の将棋の駒「酔象(すいぞう)」など4点が見つかったと発表した。現在、主流の将棋では使われない酔象の駒としては最古。過去の出土例を約250年さかのぼり、将棋の変遷を知るうえで貴重な資料となりそうだ。今回、井戸の遺構から「承徳二年」(1098年)と書かれた木簡とともに見つかった。長さ約2.5㌢、幅約1.5㌢、厚さ約2㍉の木製。表に「酔象」と墨書きされ、裏の文字は確認できなかった。僧侶や寺の関係者が指していたとみられる。酔象は真後ろ以外の7方向に1つ動けるのが特徴。

和歌山「稲むらの火祭り」400人がたいまつ手に防災訓練

 和歌山県広川町で10月19日、江戸時代の1854年に安政南海地震で津波が押し寄せた際、収穫された稲のわらを積み上げた「稲むら」に火を放ち、村人を高台に誘導した浜口梧陵の史実を再現する「稲むらの火祭り」が行われた。祭りは将来予想される東南海・南海地震に備え、防災意識を高めようと2003年に始まった。当時の避難道となった町役場前から神社までの約2㌔を町民ら約400人がたいまつを持って移動。梧陵の子孫、浜口道男さん(70)らが稲むらに火を放つと、暗闇で住民を導く赤々とした炎が浮かび上がり、参加者は災害に備える気持ちを新たにしていた。

大阪と奈良を結ぶ最古の官道「竹内街道」で時代行列

 飛鳥時代に整備され、大阪と奈良を結ぶ最古の官道とされる「竹内街道」の誕生から1400年を迎え、街の中心部を街道が通る大阪府太子町で10月19日、時代行列が行われた。「日本書紀」には、推古天皇在位の613年に「難波より京に至る大道(おおじ)を置く」と記されている。現在の堺市から奈良県葛城市の約24㌔が整えられたとされ、国道166号は今も「竹内街道」と名が残っている。行列では地元の子供ら約50人が推古天皇や聖徳太子らに扮装して練り歩き、約1000人の見物客らを楽しませた。

竹久夢二の新聞小説の挿絵の原画6枚 新潟で見つかる

美人画で知られ、大正ロマンを代表する画家、竹久夢二(1884~1934年)が描いた原画6枚が、新潟県阿賀野市で発見された。原画は1925~26年に読売新聞に連載された小説「審判」の挿絵。2005年まで営業していた旅館「石水亭」の経営者、二瓶文和さん(87)が昨年、市に寄贈した美術品約130点の中から見つかった。審判の原画が見つかったのは初めて。原画は11月1日~12月25日、吉田東伍記念博物館で一般公開される。

和歌山の木造校舎などが重文に 戦前生まれで今も現役

 文化審議会は10月18日、現役で使われている戦前の木造建築「旧高野口尋常高等小学校校舎」(和歌山県橋本市)や、武家の崇敬を集めた古社「那須神社」(栃木県大田原市)など6件の建造物を、重要文化財に新規指定するよう下村博文文部科学相に答申した。また、秋田県横手市の増田地区2地区を、重要伝統的建造物群保存地区に選定するよう求めた。いずれも近く答申通り告示され、指定される予定。これにより建造物分野の重要文化財は計2412件(うち国宝218件)、保存地区は106地区になる。

福岡県八女市で明治時代のロシア向け紅茶箱見つかる

 お茶の名産地で知られる福岡県八女市で、ロシア語で「第一級の日本の紅茶」と書かれたラベルが貼られた明治時代のものとみられる紅茶箱が見つかった。木製で横約24㌢、縦と高さがそれぞれ約18㌢。浮世絵風のカラフルなラベルには黒髪を結い上げた和装の女性たちによる茶の製造工程が描かれていた。箱はお茶の老舗問屋「このみ園」の蔵から見つかった。輸出先としてロシア市場を開拓しようとしていたことが分かる貴重な史料という。

タイタニック号沈没直前まで演奏のバイオリン1.4億円

 1912年に沈没した英豪華客船「タイタニック号」で沈没直前まで演奏されたバイオリンが10月19日、英国南部ディバイジズで競売に掛けられ、90万ポンド(約1億4000万円)で落札された。沈没後に演奏者の遺体とともに回収された逸話も注目され、予想価格を大幅に上回ったという。タイタニック関連の競売品としては過去最高の落札額を記録。落札主は明らかにされていない。

5億年前の節足動物の化石 CTで脳や神経の撮影に成功

 海洋研究開発機構や英国自然史博物館などの研究チームは、約5億年前のカンブリア紀の節足動物の化石をコンピューター断層撮影装置(CT)で観察し、ほぼ完全な形で残っていた脳や神経を撮影することに成功した。化石に神経が残っていることは極めて珍しいという。この節足動物は、その構造から現存するクモやサソリの近縁種と分かった。生物の進化の解明に役立つ成果とみられる。

初期人類2種は同系統の「ホモ・エレクトス」グルジア

 グルジア国立博物館のチームは10月18日付の米科学誌サイエンスに、約200万年前にアフリカにいたとされる初期人類ホモ・ハビリスとホモ・ルドルフェンシスが、同じホモ・エレクトスという系統に属するという研究結果を発表した。両者に近く、グルジアのドマニシ遺跡で発見された約180万年前の原人の化石と比較し、推定した。グルジアで見つかった頭部化石は5種類。そのうち完全な形で発掘された頭部化石を分析すると、小さな頭蓋容積や突き出たあご、大きな歯など、ハビルスやルドルフェンシスの特徴が混在しており、系統が近いことをうかがわせた。両者の系統が同一か別々かは専門家の間でも分かれており、論争に一石を投じそうだ。

「和食 日本人の伝統的な食文化」世界の文化遺産に?

 政府が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に提案した「和食 日本人の伝統的な食文化」について、事前審査を担うユネスコの補助機関は11月上旬にも新規登録の可否を勧告する。最終決着は12月上旬だが、仮に登録勧告なら、そのまま正式決定されるのが通例だ。新規登録を決めるユネスコの政府間委員会は12月2~7日、アゼルバイジャンのバクーで開かれる。
 政府は2012年3月、「四季や地理的多様性による新鮮な山海の幸」「自然の美しさを表した盛り付け」「正月や田植えなどとの密接な関係」などとアピールし、「和食 日本人の伝統的な食文化」の登録を提案した。ユネスコ側がこうした日本側の主張をどう評価するかが審査のポイントになる。無形文化遺産は「世界遺産」や「記憶遺産」と並ぶユネスコの遺産事業の一つ。

京都・北野天満宮の額の下書きを発見 後西天皇の筆

 京都の北野天満宮(京都市上京区)で、中門(重要文化財)に掛かっている額に記されている文字「天満宮」の下書きとみられる江戸時代の掛け軸が見つかり10月15日、報道陣に公開された。中門は別名三光門とも呼ばれる。掛け軸は縦110.6㌢、横52.4㌢。天満宮の字を第111代・後西(ごさい)天皇(在位1654~63年)が書いたことは分かっていたが、下書きは知られていなかった。

「新古今和歌集」に”幻”の一首 一旦収録、後に削除

 鶴見大学(横浜市鶴見区)が収蔵する「断簡」と呼ばれる写本の切れ端を集めた「古筆手鑑(こひつてかがみ)」から、三大和歌集の一つで鎌倉時代初期に編纂された「新古今和歌集」にいったん収録されながら、後に削除されたとみられる一首がこのほど見つかった。見つかったのは「さのみやはつれなかるべき春風に山田の氷うちとけねかし」という一首。早春に解ける氷のように打ち解けてほしいと相手に呼び掛ける恋の歌で、紫式部の夫の孫にあたる藤原隆方(1014~78年)の作品。
 古筆手鑑は同大が京都の古書業者から購入し、久保木秀夫准教授が発見した。800年以上も埋没していた一首とみられ、10月4~27日まで同大図書館で展示される。「新古今和歌集」は後鳥羽上皇の勅命で編集され、約2000首を収録。1205年に一度完成したが、その後も切り継ぎが行われ、30首前後が削除されたとされる。

7世紀の飛鳥の宮殿「飛鳥浄御原宮」復元を 明日香村

7世紀の飛鳥の宮殿「飛鳥浄御原宮」復元を 明日香村
 奈良県明日香村で、天武天皇、持統天皇の二代が営んだ7世紀のドラマチックな歴史の舞台となった飛鳥の宮殿「飛鳥浄御原宮(あすかきよみがはらのみや)」を復元しようという計画が進んでいる。同村には数多くの歴史遺産が、土の下に眠っている。そこで、宮殿の復元を端緒に「遺跡の可視化」を進め、観光振興や世界遺産登録に弾みをつけたい考えだ。ただ、計画の実現には学術的な検討や財源、景観問題など課題も多い。
 宮殿復元の背景にあるのは、ユネスコの世界遺産登録を目指す動きだ。同村などにある遺跡群は「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」として2007年、暫定リスト入りした。ただ今年1月、ユネスコの諮問機関ICOMOS(イコモス)の担当者らが来村した際、もっと分かりやすく遺産の意義を説明できないか-と指摘されたためだ。
 だが、現状では復元へのハードルは高い。飛鳥時代の建物は残っておらず、宮殿がどのような建物だったのか、高さや装飾など不明な点が多いからだ。また、同村には景観保全のため、全域に厳しい規制が敷かれ、建物は高さ10㍍以下に制限されている。復元する宮殿の高さが10㍍を超す場合、規制の見直しが必要になる。莫大な費用の負担方法もメドがついていない。3年前に国が復元した平城宮大極殿(奈良市)は、当時の工法を再現する一方、土台の下に免震構造を組み込むなどし、総事業費は約180億円以上に上っている。

スイス北部でダビンチ作の肖像画?発見 伊紙が報道

スイス北部でダビンチ作の肖像画?発見 伊紙が報道
 イタリアメディア数紙は4日付で、同国の巨匠レオナルド・ダビンチが描いた新たな肖像画がスイス北部で見つかったと報じた。確認はされていないが、弟子が加筆しているものの、ダビンチの作品だということに疑問の余地はない-との鑑定した専門家のコメントを掲載している。新たな作品とされるのは、イタリア北部のマントバ侯妃イザベラ・デステを描いた油絵だ。

 

「黄金」収穫の秋 大阪・千早赤阪村で棚田の稲刈り

「黄金」収穫の秋 大阪・千早赤阪村で棚田の稲刈り
 日本棚田百選の一つ、大阪府千早赤阪村にある「下赤阪の棚田」で10月6日、黄金色の穂をつけた稲の刈り取りが行われた。稲は早乙女が6月に植えたヒノヒカリで、刈り取りは棚田保全を目指す任意団体などが主催した。棚田は約20戸の農家で管理。高齢化や後継者不足などの課題を克服するため、村などは今年から「大人の棚田塾」を開講。公募で選ばれた塾生らに米作りを学んでもらう取り組みをしている。11月9日には棚田の魅力を伝えるライトアップや収穫祭が行われる予定。

出雲阿国の装束華やかに60年ぶり新調 京都・時代祭

出雲阿国の装束華やかに60年ぶり新調 京都・時代祭
 京都三大祭の一つ、10月22日に開催される「時代祭」で着用される出雲阿国(いずものおくに)の装束が1953年以来初めて新調され10日、報道陣に公開された。出雲阿国は約1㍍の大刀を持ち、派手な帯を何重にも腰に巻き付け、十字架の首飾りを身に着けた姿で、当時のはやり物をまとって目立つ若衆を指す「傾(かぶ)き者」を再現した。これまで阿国は巫女の装束だった。今回、江戸時代の「歌舞伎図巻」に描かれた派手な装いで舞う出雲阿国の姿や、同時期につくられた装束を参考に、京都市内の装束店などが約3年かけて制作した。

伊勢神宮で古式ゆかしく「式年遷宮・遷御の儀」挙行

伊勢神宮で古式ゆかしく「式年遷宮・遷御の儀」挙行
 
20年に1度社殿を建て替える伊勢神宮(三重県伊勢市)の式年遷宮で、最も重要な神事「遷御(せんぎょ)の儀」が10月2日夜、皇大神宮(内宮)で行われ、絹の幕で隠されたご神体が旧正殿から新正殿に移された。1300年の歴史を持つとされる式年遷宮は今回が62回目。8年かけて続いてきた神事はクライマックスを迎えた。豊受大神宮(外宮)でも5日夜、ご神体を新正殿に移す神事が行われる。
 式年遷宮は伊勢神宮で20年に1度、社殿や鳥居などを建て替える神事。持統天皇時代の690年に始まったとされ、内宮と外宮のほか、14ある別宮でも行われる。8年間かけて30以上の行事を重ね、奉納する神宝や装束もすべて新調する。20年ごとに行われる理由ははっきりしないが、社殿の尊厳を保つ限界とする説や、技術伝承のためとする説などがある。

大阪・茨木市の遺跡で弥生人が銅鐸を描いた土器?発見

大阪・茨木市の遺跡で弥生人が銅鐸を描いた土器?発見
 大阪府茨木市教育委員会は10月1日、同市の東奈良遺跡で見つかった弥生時代中期(約2000年前)の土器のつぼに、線刻で銅鐸(どうたく)が描かれていたことが分かったと発表した。このような土器の発見は初めてという。つぼは、ほとんどが欠けていたが、銅鐸上部のつり手部分が縦3㌢、横4㌢にわたり描かれていた。「綾杉紋」という紋様のほか、「飾り耳」と呼ばれる突起部分もあった。反対側にはシカのような絵と「流水紋」と呼ばれる紋様もあった。つぼは2日から同市文化財資料館で展示される。絵は写実的で、東奈良遺跡の弥生人が銅鐸を見ながら描いたのではないか-と同資料館の担当者は話している。
 東奈良遺跡は1974年、全国で唯一の完全な形の銅鐸鋳型(重要文化財)が見つかり、青銅器の生産工房があった遺跡として知られる。銅鐸は全国で500個ほど出土しているが、鋳型は奈良県の唐古・鍵遺跡など近畿を中心に約10カ所でしか見つかっていない。

マドリードで文楽「曽根崎心中」交流400周年事業

マドリードで文楽「曽根崎心中」交流400周年事業
 仙台藩主・伊達政宗が1613年、支倉常長を代表とする慶長遣欧使節をスペインに派遣して以来、日本・スペイン交流400周年の記念事業の一環として、9月27日(日本時間9月28日)、スペイン・マドリードのエスパニュール劇場で文楽「曽根崎心中」が上演された。現代美術作家の杉本博司さんが演出。劇場には観客約700人が詰め掛け、人形浄瑠璃の舞台を楽しんだ。

正倉院で「開封の儀」11/29まで年に1度の宝物点検

正倉院で「開封の儀」11/29まで年に1度の宝物点検
 聖武天皇ゆかりの品を納めた奈良市の正倉院で10月3日、毎年秋の恒例行事、年に1度、宝庫の扉を開ける「開封の儀」が行われた。11月29日までの間、光明皇后が献納した数多くの宝物を点検し、防虫剤を入れ替えるほか、今年は奈良時代に宮中で使われた貴族の履物を特別調査する。
 午前10時過ぎ、勅使の西野博之侍従ら17人が宝庫に到着。竹の皮に包んだ天皇陛下直筆の封紙が添えられた麻縄をはさみで切り、勅封を解いた。開封中の10月26~11月11日、奈良県国立博物館で蓮の花をかたどった華麗な仏具「漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)」など計66件の宝物が公開される。

110年ぶり解体修理中の薬師寺東塔の木組みあらわ

110年ぶり解体修理中の薬師寺東塔の木組みあらわ
 奈良県文化財保存事務所は10月3日、約110年ぶりの解体修理で最上階の3層目が解体され、2層目の木組みがあらわになった薬師寺東塔(奈良市)を報道陣に公開した。3層目の部材は9月中旬までにほぼすべて分解され、今週から2層目の解体に着手。2本の大木を接いでいる心柱の下半分(約17㍍)が露出し、屋根の部材の間には鳥の巣とみられる枯れ葉や土が散らばっていた。11月9、10日に一般公開する。

興福寺の阿修羅像が36万7000円のプラチナ製メダルに

興福寺の阿修羅像が36万7000円のプラチナ製メダルに
 仏像ファンに圧倒的人気の興福寺(奈良市)の阿修羅像が36万7000円のプラチナ製メダルで登場した。表には3つの顔を持った阿修羅像の上半身を浮き彫りにし、裏には東金堂と五重塔をデザイン。造幣局(大阪市)が貨幣の製造や偽造防止の技術を生かし、難易度の高い表情を描き出した。プラチナ製は300枚、純銀製も2万4000円で3000枚販売する。

伊達政宗の遣欧使節派遣から400年 イベントで盛り上がる

伊達政宗の遣欧使節派遣から400年 イベントで盛り上がる
 支倉常長が仙台藩主・伊達政宗の命を受け、慶長遣欧使節を率いてスペインに向け出帆したのは1613年(慶長18年)10月28日 。今年は400周年の節目の年にあたる。両国で交流記念事業が相次ぎ、中でも日本では仙台市や石巻市など宮城県内でイベントが盛り上がりをみせる。
 石巻市の渡波(わたのは)の高台にあるサン・ファン館(宮城県慶長使節船ミュージアム)。東日本大震災の被害を受けて休館中だが、11月3日の再開に向け復旧工事が急ピッチで進められている。慶長使節の渡航船「サン・ファン・バウティスタ号」の航海シミュレーションシアターなどがある。同館近くの入り江には再建工事中のサン・ファン号の復元船(総トン数500㌧)が11月3日の公開を静かに待っている。松島の庭園の美しい円通院近くの「みちのく伊達政宗歴史館」では慶長使節パネル展を実施中だ。
 仙台城三の丸跡に立地する仙台市博物館でのお目当ては今年6月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に登録された慶長使節の国宝3点。支倉常長像、ローマ教皇パウロ5世像、ローマ市公民権証書だ。慶長使節関連の国宝47点も常設展示されているが、10月4日~11月17日にはスペイン、イタリアから貸与された資料も含めて特別展が開かれる。このほか、仙台城跡に立地する青葉城資料展示館でも、来年3月末まで慶長使節記念の写真展が開かれている。

イコモスの調査員が富岡製糸場など現地調査を開始

イコモスの調査員が富岡製糸場など現地調査を開始
 2014年の世界文化遺産登録を目指す群馬県の「富岡製糸場と絹産業遺産群」の保全状況などを調べるため、国際記念物遺跡会議(イコモス)の調査員による現地調査が9月25日、始まった。イコモスはユネスコの諮問機関で、調査員は中国国立シルク博物館の館長を務める絹産業専門家の趙豊氏。文化庁や群馬県職員ら約20人とともに富岡製糸場を訪れ、赤レンガの繭倉庫などを視察した。近代養蚕農家の原型となった同県伊勢崎市の田島弥平旧宅も調査する予定。富岡製糸場は1872年に設立された官製製糸場。 

台風で惨禍の京都・嵐山渡月橋を元の姿に 流木を撤去

台風で惨禍の京都・嵐山渡月橋を元の姿に 流木を撤去
 京都に「大雨特別警報」が出た台風18号による大雨で、大きな被害に遭った京都の観光名所・嵐山で9月26日、渡月橋の橋脚や杭(くい)に絡まった流木やごみを重機を使って取り除く作業が始まった。午前8時過ぎ、京都市が委託した業者が、渡月橋の上に止めたクレーン車で小型重機を持ち上げて川に下ろし、重機が何重にも絡まった木の枝をはぎ取った。作業は27日までに終了予定。市の担当者は「渡月橋を元の姿に戻し、早期の復旧をアピールしたい。多くの方に、以前のように美しい景観を写真に撮っていただければ」と話している。

5世紀の文字が刻まれた須恵器 石川県・和田山23号墳から出土

5世紀の文字が刻まれた須恵器 石川県・和田山23号墳から出土
 石川県能美市教育委員会は9月19日、同市の能美古墳群の和田山23号墳(国指定史跡)から出土した古墳時代中期(5世紀末)の須恵器2個に、「未」と「二年」の文字が記されていたことが分かったと発表した。同市教委によると、文字が刻まれた須恵器としては日本最古という。口径約10㌢、高さ約15㌢の小型のつぼから、約2㌢四方の「未」の文字が見つかったほか、食物を盛る高つきのふたに縦書きで「二年」(縦3.5㌢、横1.3㌢)と刻まれていた。
 文字は須恵器を焼き上げる前に刻んだとみられることから、同市教委は工人などより広い階層に文字が普及していたことを示す史料としている。須恵器は5世紀初頭ごろに朝鮮半島から伝わった。当時の北陸地方は朝鮮半島と交流があったと考えられている。須恵器の生産技術のほか、漢字や暦といった先進的な文化を、北陸の豪族が積極的に受け入れていたことがうかがえる。

2.1億年前,直径7.8㌔隕石が地球に衝突 生物の大量絶滅に

2.1億年前,直径7.8㌔隕石が地球に衝突 生物の大量絶滅に
 九州大と熊本大などのチームは9月16日付の英科学誌に、約2億1500万年前に最大で直径7.8㌔巨大隕石が地球に衝突したとの研究結果を発表した。岐阜県と大分県の地層で隕石の成分を見つけ、地球の広い範囲に降り積もったとみて大きさを推定した。その結果、生物の大量絶滅につながった可能性があるという。約6500万年前に直径10㌔程度の隕石が地球に衝突、恐竜絶滅の原因とみられており、今回はそれに次ぐ規模。
 チームは昨年、岐阜県坂祝町の川沿いで、また今年1月に大分県津久見市の海岸沿いでそれぞれ隕石衝突の痕跡を見つけた。これは「オスミウム」という金属元素で、地表では非常に少ないが、隕石には多く含まれる。両県の地層には高い濃度で含まれていた。「同位体」という成分の比率を分析すると、地表に存在するものと異なっており、隕石に含まれていたものと判断した。過去の研究から、隕石の酒類ごとに大きさとオスミウムの量には一定の関係があることが判明しており、隕石の直径を3.3~7.8㌔と算出した。重さは約5000億㌧と推定される。約2億~2億3700万年前には生物の大量絶滅が起きている。

軍艦島や八幡製鉄所など明治日本の産業革命遺産を推薦へ

軍艦島や八幡製鉄所など明治日本の産業革命遺産を推薦へ
 政府は9月17日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)へ推薦する世界文化遺産の候補を「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」に決めた。「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」と比較したうえで選んだ理由として、菅義偉官房長官は産業革命遺産が「日本がものづくり大国となる基礎をつくった歴史を物語る」と指摘した。
 月末までに暫定版推薦書をユネスコに提出し、2015年度の世界遺産委員会で登録の審査を受ける運びだ。産業革命遺産は「軍艦島」として有名な長崎市の端島炭坑など幕末から明治にかけての重工業の発展を刻んだ施設群で構成している。福岡や鹿児島、熊本など8県にまたがり、現在も稼働している八幡製鉄所(北九州市など)や長崎造船所(長崎市)を含んでいる。

イコモスが25~26日,遺産登録候補の群馬・富岡を現地調査

イコモスが25~26日,遺産登録候補の群馬・富岡を現地調査
 文化庁は、国際記念物遺跡会議(イコモス)の調査員が9月25日から2日間の日程で、2014年の世界文化遺産登録を目指す「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)を現地調査すると発表した。イコモスは国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関。調査員は中国人の絹産業の専門家で、富岡製糸場などを訪れ、施設の保全状況などを確認する。現地調査を踏まえ、イコモスは来年5月上旬ごろ、世界遺産に登録すべきかを勧告する。ユネスコは勧告を受け、同年6月ごろに開く世界遺産委員会で登録の可否を決める見通しだ。

元寇の沈没船の部材 塩抜き10年 保存法を模索 長崎・鷹島

元寇の沈没船の部材 塩抜き10年 保存法を模索 長崎・鷹島
 長崎県松浦市の鷹島埋蔵文化財センターに設置された大型水槽に巨大な木材が沈められている。2002年、同島沿岸の港湾工事に伴う発掘で海底から出土した元寇(げんこう、13世紀)の沈没船の部材だ。最大のもので長さ約4㍍超。隔壁板とみられる。水漬けにして10年以上。塩分を抜くためだが、樹脂含浸や凍結乾燥など保存処理に移ろうにも、これほど大きな遺物が入る装置がない事情もある。
 発掘では約600点の木製品を引き揚げたが、保存処理を終えたのは3分の2にとどまる。どう処理すればよいか、まだ見定められない遺物が多いのが一因だ。鉄釘(くぎ)が打たれた木材は処理の前に塩分を抜かないと、変色やさびのおそれがある。だが、中心部まで塩分が除去できたか、非破壊で確かめる方法はまだない。また、船の部材にチークなど南洋材が多いが、国内で出土例がなかったため、保存技術は未確立だ。

織田作之助の代表作「夫婦善哉」の草稿や日記 遺品から発見

織田作之助の代表作「夫婦善哉」の草稿や日記 遺品から発見
 大阪歴史博物館は9月13日、織田作之助(1913~47年)の代表作「夫婦善哉」の草稿や、「続夫婦善哉」の執筆時に書いた日記など約10点が新たに見つかったと発表した。今年生誕100年を迎える”無頼派”作家の創作過程が分かる貴重な資料だ。 生誕100周年の記念事業推進委員会が、遺品を保管していた織田の養女、織田禎子さん(千葉県船橋市在住)から入手した。「夫婦善哉」の鉛筆書きの草稿は9枚で、タイトルが「めおとぜんざい」と平仮名書きになっている。主人公も蝶子が「春枝」、柳吉が「兵吉」と異なり、春枝が中心に描かれている。41年の日記からは、同年6月10日から7月4日までほぼ毎日、「続夫婦善哉」の原稿を書いて作品を完成させたことが分かり、執筆年の特定につながるという。 草稿などは9月25日から10月18日まで、同博物館の「織田作之助と大大阪」展で展示される。

徳川家康が英国で記念コインに 日英交流400年祝う

徳川家康が英国で記念コインに 日英交流400年祝う
 日本と英国の間で交流が始まって400周年を迎えたのを祝って、徳川家康像などをあしらった金と銀の記念硬貨が9月8日発行された。片面にエリザベス女王の横顔、もう片面に東インド会社の船を背景にしてジェームス1世と家康の像を並べたデザイン。24金製の50ペンス硬貨と銀製の5ペンス硬貨の2種類があり、各400枚の限定販売。価格は金貨が755ポンド(約11万7000円)、銀貨が59ポンド95ペンス。家康が描かれた硬貨の発行は日本を含めて初めてという。日英交流は当時の英国王ジェームス1世から江戸幕府への親書などを託された東インド会社の船が1613年6月に長崎県平戸市に到着して始まった。9月8日は英国の使節団代表が徳川家康と面会した日にあたる。

「鹿ケ谷の陰謀」に加わった俊寛の自筆書状を初公開

「鹿ケ谷の陰謀」に加わった俊寛の自筆書状を初公開
 1177年、平氏打倒を図った「鹿ケ谷の陰謀」に加わり流罪となり、能や歌舞伎の演目でも有名な平安時代末期の僧侶、俊寛の自筆書状(陽明文庫所蔵)が、京都市の京都文化博物館で9月14日から始まる展覧会「近衛家 王朝のみやび 
 陽明文庫の名宝3」で初めて公開される。東京大史料編纂所の尾上陽介准教授が平信範(1112~87年)が書いた日記「兵範記」の裏面から今年1月、確認した。俊寛の自筆書状はこれまで確認されていなかった。兵範記は重要文化財に指定されている。

島根で2000万年前 東アジア最古の巨大ワニの化石発見

島根で2000万年前 東アジア最古の巨大ワニの化石発見
 島根県立三瓶自然館は9月12日、同県隠岐の島町で巨大ワニとしては東アジア最古となる約2000万年前の化石の一部を発見したと発表した。マチカネワニの祖先とみられ、全長は推定7㍍。見つかったのは第3、4胸椎部分の2つの骨で、長さ約21㌢、高さ約18㌢。同館では、もともと小型だったマチカネワニが巨大化した時期を特定するうえで、貴重な資料としている。