神戸の生誕地に嘉納治五郎翁の石碑建立

神戸の生誕地に嘉納治五郎の石碑建立

「柔道の父」と呼ばれる嘉納治五郎の功績を称えようと、現在の神戸市東灘区、幕末の1860年当時の御影村に、西端の場所を示す石碑が建立され、12月20日披露された。御影石でつくられた石碑は高さ1.4㍍、幅2㍍、横書きで「嘉納治五郎翁 生誕地」と刻まれている。
嘉納は日本古来の柔術を「柔道」として発展、普及させた。また、日本人初の国際オリンピック委員としても活躍し、戦争の影響で”幻”となった1940年の東京オリンピックの招致に尽力した。

「大坂幕府構想」検討の可能性示す新たな書状見つかる

「大坂幕府構想」検討の可能性示す新たな書状見つかる

江戸時代初期、大坂を徳川幕府の本拠地とする「大坂幕府構想」が検討されていた可能性を示す、将軍の側近周辺の人物が記した新たな書状が見つかった。
書状は花押や筆跡などから「大坂の陣」(1614~15年)の後、大坂城の建て直しを担当していた小堀遠州が、義理の父親でニ代将軍(大御所)徳川秀忠の側近、藤堂高虎(津藩主)に宛てたもので、記された内容から寛永3(1626)年に書かれたと考えられる。
書状の中で遠州は、大坂城の茶室の庭に置く石を献上するように進言し、その理由について「大坂はゆくゆくは御居城にもなさるべきところ」と説明している。誰の城になるかは明記されていないが、調査にあたった三重大学の藤田達生教授によると、城に「御」という敬称が付けられていることなどから、当時江戸城にいた大御所の秀忠や三代将軍、家光の居城になるという前提で、遠州が大坂城の整備を進めていたことが分かるという。
徳川幕府の拠点を大坂に移す構想は、実は別の史料にも記されている。1615年に豊臣家が滅亡した「大坂夏の陣」の直後に上洛した薩摩藩の島津家久の話だ。この史料には家久が幕府の上層部から大坂城を当時の将軍、秀忠の居城にするという計画を聞いたと記録されている。

藤原京遺跡で漆付着の土器大量出土、周辺に工房存在か

藤原京遺跡で漆付着の土器大量出土、周辺に工房存在か

奈良県橿原考古学研究所の発掘調査によると、持統天皇が造営した藤原京があった橿原市の四条遺跡で、漆が付着した大量の土器が数十点見つかった。同研究所では周辺に漆を使っていた工房があった可能性があるとみている。
飛鳥時代の都、藤原京の主要な道路「四条大路」の南側の溝から、漆が付着した土器が大量に見つかった。そして、この溝の近くから南北4㍍、東西10㍍ほどの建物跡が東西に4棟並んで見つかり、同研究所では工房に関係する建物の可能性があるとしている。

平城宮跡 東区朝堂院の大きさ判明 奈文研

平城宮跡 東区朝堂院の大きさ判明 奈文研

奈良文化財研究所が10月から行った平城宮跡東区朝堂院の東門の跡の発掘調査によると、門の大きさは幅およそ20㍍、奥行きおよそ10㍍であることや、その正確な位置が分かった。この結果、東区朝堂院の東西の大きさも確定し、東西およそ177㍍、南北およそ284㍍となった。
奈良文化財研究所では「時代ごとに変わる朝堂院の変遷を知るうえで貴重な成果だ」としている。東区朝堂院は奈良時代後半に、天皇が政治や儀式を行った「第二次大極殿」の南側にあり、大臣などの役人が国家的な政務を行う場所だった。

今年の漢字は「災」地震、豪雨、台風などの自然災害の年を反映

今年の漢字は「災」地震、豪雨、台風などの自然災害の年を反映

日本漢字能力検定協会(本部:京都市)によると、毎年恒例の今年1年の世相を漢字一文字で表す「今年の漢字」に「災」が選ばれ12月12日、清水寺(京都市東山区)で発表された。
地震や豪雨、台風、猛暑などの自然災害に、近年では稀なほど繰り返し見舞われ、数多くの人が被災したことで、応募数19万3,000票余りの中でも最も多くの人の気持ちを捉えた漢字となった。
2番目は「平」、3番目は「終」だった。「平」は平昌(ピョンチャン)冬季五輪や、メジャーリーグで二刀流の大活躍で驚かせた大谷翔平の印象が大きかった。また、「終」は天皇退位のセレモニーなどのスケジュール一式が公表され、平成最後の年となったことが特に印象付けられたためとみられる。

法隆寺で迎春準備 恒例の「お身拭い」

法隆寺で迎春準備 恒例の「お身拭い」

奈良県斑鳩町の法隆寺で12月8日、新年を前に毎年この時期に行われる恒例の「お身拭い」が行われた。これは仏像に積もったほこりを落とすもの。
作業姿でマスクをつけた9人の僧侶が国宝の「金堂」に入り、本尊の釈迦三尊像や薬師如来坐像などの仏像に積もったほこりを、はたきやはけを使って払い落していた。これらの作業を、居合わせた多くの参拝客らが見守っていた。

京都・城陽市で奈良時代の平地造成・建物の遺跡見つかる

京都・城陽市で奈良時代の平地造成・建物の遺跡見つかる

京都府埋蔵文化財研究センターの発掘調査で、京都府城陽市の芝山遺跡で古墳時代から奈良時代の丘陵地を切り崩して平地に造成した跡が新たに見つかった。
その集落跡は縦約40㍍、横約30㍍の範囲で丘陵地を平地に造成。出土した土器などから奈良時代に行われたとみられ、同じころに地面に掘った穴に柱を立ててつくった掘立柱建物の跡も新たに9棟見つかった。このうち8棟は人工的に造成した平地の上に建てられ、新しくなるほど建物は北側から西側に向くようになっていたことが分かったという。

中国・長江デルタで約4400年前の大規模な気候寒冷化の発生を発見

中国・長江デルタで約4400年前の大規模な気候寒冷化の発生を発見

東京大学と日中の研究機関の共同研究グループは、中国・長江デルタの近傍から採取された海洋堆積物コアを用いて、過去の表層海水温変動を復元した結果、約4400年前~3800年前に大規模かつ複数回の急激な気候寒冷化イベントが発生したことを発見した。
長江デルタでは約7500年前から、世界最古の水稲栽培を基盤とした新石器文明が栄えたが、約4200年前に突然消滅し、その後約300年間にわたり文明が途絶えた。原因について、これまで統一的な見解は得られていなかったが、今回明らかになった気候寒冷化イベントがこの一因になった可能性が高いとしている。

ナマハゲなど8県の「来訪神」が無形文化遺産に登録決定

ナマハゲなど8県の来訪神が無形文化遺産に登録決定

インド洋・モーリシャスで開催されている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の政府間委員会は11月29日、無形文化遺産に日本の「男鹿(おが)のナマハゲ」(秋田県)など8県の10行事で構成される「来訪神(らいほうしん) 仮面・仮装の神々」を登録することを決めた。
今回無形文化遺産に登録されたのは①男鹿のナマハゲ(秋田県男鹿市)②吉浜のスネカ(岩手県大船渡市)③米川の水かぶり(宮城県登米市)④遊佐の小正月行事(山形県遊佐町)⑤能登のアマメハギ(石川県輪島市能登町)⑥見鳥のカセドリ(佐賀市)⑦甑島(こしきじま)のトシドン(鹿児島県薩摩川内市)⑧薩摩硫黄島のメンドン(鹿児島県三島村)、➈悪石島のボゼ(鹿児島県十島村)⑩宮古島のバーントゥ(沖縄県宮古島市)。
2009年に単独で登録された「甑島のトシドン」(鹿児島県)に、新たに9行事を加えて1つの無形文化遺産として申請していた。したがって、日本の無形文化遺産登録件数は21件で変わらない。

奈良県高取町で渡来人の「大壁建物」跡発見、最大・最古級か

奈良県高取町で渡来人の「大壁建物」跡発見、最大・最古級か

奈良県高取町の教育委員会は11月27日、同町の市尾カンデ遺跡で古墳時代、朝鮮半島から日本にわたってきた渡来人が建てたとされる「大壁建物」の複数の建物跡が新たに16棟見つかったと発表した。
同委員会では、周辺で見つかった土器などから古墳時代の4世紀末から5世紀初めの、これまで見つかった中で最も古いものだとしている。また、今回見つかったうちの1棟は東西14.5㍍、南北13㍍あり、これまでで最大級だという。
大壁建物はこれまで奈良県、滋賀県を中心に150棟が見つかっており、これまではすべて5世紀中ごろ以降のものとされていた。

惑星誕生の謎に迫れるか 火星に米探査機「インサイト」着陸

惑星誕生の謎に迫れるか 火星に米探査機「インサイト」着陸

米国NASA(アメリカ航空宇宙局)の探査機「インサイト」が日本時間の11月27日午前5時前、火星への着陸に成功した。火星の内部を詳しく調べることで、地球がどのようにできたのか、惑星の誕生の謎に迫ることができると期待されている。
インサイトはこれから2年間にわたり、火星で起こる地震の揺れの大きさや伝わリ方を観測するほか、深さ5㍍の穴を掘って地下深くから伝わる熱を計測する。
インサイトは5月に打ち上げられておよそ7カ月間、4億8,000万㌔㍍余を飛行して、日本時間の27日、火星の大気圏に突入した。そしてパラシュートなどを使って、火星の赤道のやや北にある「エリシウム平原」と呼ばれる比較的平らな地表に無事着陸した。

「仁徳陵」で埴輪列、石敷き確認 宮内庁・堺市が初の共同調査

「仁徳陵」で埴輪列、石敷き確認 宮内庁・堺市が初の共同調査

宮内庁と大阪府堺市は、10月下旬から今回初めて共同調査している国内最大級の前方後円墳の調査状況を11月22日、報道陣に発表した。これは堺市にある「仁徳天皇陵」とも「大山古墳」とも呼ばれている古墳の調査で、墳丘を取り囲む堤の部分から築造当時のものとみられる一列に並べられた円筒埴輪や石が敷き詰められた跡が見つかった。
調査は墳丘を3重に取り囲む濠(ほり)と濠の間にある2つの堤のうち、内側にある堤の3カ所を掘り下げて行われた。現場には22日、考古学や歴史学に関する16の団体の40人余りの研究者も入り、およそ1時間半ほど見学した。
宮内庁が管理している陵墓は外部の立ち入りが厳しく制限されており、今回初めて共同調査として行われた。

安土桃山時代に初期キリシタンが描いた宗教画発見

安土桃山時代に初期キリシタンが描いた宗教画発見

安土桃山時代に日本人の信徒、初期のキリシタンが描いたとみられる宗教画が見つかった。見つかったのは和紙をつなぎ合わせた幅22㌢、長さ3㍍余の巻物で、「受胎告知」や「聖霊の降臨」などキリストと聖母マリアの生涯の15の場面が墨絵で描かれている。
巻末には安土桃山時代にあたる「千五百九十二年」と書かれていて、和紙の成分の分析からも16世紀後半から17世紀前半のものと分かり、明記されたこの年に描かれた可能性が高いという。専門家は、キリスト教が日本に伝わって間もない、最も初期の信仰の様子を知る重要な発見としている。
この宗教画はキリシタンをめぐる歴史的な資料を収集している神奈川県大磯町の澤田美喜記念館の収蔵品の中から見つかり、横浜市歴史博物館が専門家などと鑑定した。澤田美喜さんは岩崎弥太郎の孫。

「本能寺の変」直後の柴田勝家直筆の書状 新潟県で見つかる

「本能寺の変」直後の柴田勝家直筆の書状 新潟県で見つかる

天下統一を目前にした織田信長が、家臣の明智光秀に討たれた「本能寺の変」。その8日後の天正10年6月10日、現在の福井市の居城にいた柴田勝家が、織田方の武将、溝口半左衛門に宛てて書いた直筆の書状が、新潟県新発田市で見つかった。新発田市の溝口家に残る歴史資料の中から見つかった。
文面には、光秀の討伐に出遅れた勝家が当時、京都から大坂に展開していた光秀の居場所を正確に把握できていなかったことがうかがえる内容が記されている。そのうえで、光秀が拠点としていた江州、現在の滋賀県にいるとみて、当時の大坂にいた織田方の重臣、丹羽長秀と連携して光秀を討伐する計画を明らかにしている。

奈良・当麻寺で最古級の金銀銅の舎利容器見つかる

奈良・当麻寺で最古級の金銀銅の舎利容器見つかる

奈良県葛城市の当麻寺で飛鳥時代につくられたとみられる金、銀、銅の容器が三重の入れ子になった舎利容器が見つかった。
一番外側の銅製のものは高さおよそ9㌢、内側の銀製がおよそ3㌢、最も内側の金製がおよそ1㌢で、いずれもふたの付いたお椀のような形をしている。奈良国立博物館によると、形などの特徴から飛鳥時代後期につくられたとみられるが、この時期につくられた金、銀、銅の舎利容器で完全に残っているのは全国でも法隆寺など数例で、極めて貴重な発見だとしている。
この舎利容器は2019年2月から奈良国立博物館で公開される。

平成最後の園遊会 変わりなく赤坂御苑で和やかに懇談

平成最後の園遊会 変わりなく赤坂御苑で和やかに懇談

天皇、皇后両陛下が主催する秋の園遊会が11月9日、東京・元赤坂の赤坂御苑で開かれ、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻ら皇族方とともに、およそ1800人が出席した。
来春(2019年4月30日)の退位を控え、平成最後となった園遊会。あいにくの雨が降りしきる中だったが、いつもと変わらず両陛下は、1つの傘に入り、およそ1時間にわたり各界の功労者ら招待客と和やかに懇談された。

インドネシアの洞窟に4万年前の野生牛の壁画

インドネシアの洞窟に4万年前の野生牛の壁画

インドネシアやオーストラリア・グリフィス大学の研究チームが、インドネシアのカリマンタン島東部の洞窟に残る野生の牛とみられる動物などを描いた壁画は、4万年以上前のものとする調査結果を、11月7日付の英科学誌ネイチャーの電子版で発表した。
この壁画について同チームは、現生人類が欧州で残した最も古い洞窟の壁画とほぼ同時期とみている。そして、その根拠として「この壁画は単純な絵ではなく、具体的な描き方をしている」と強調している。

昭和の復興から3代目大阪城天守閣が”米寿”迎える

昭和の復興から3代目大阪城天守閣が”米寿”迎える

昭和6(1931)年11月7日、市民の寄付によって復興された大阪のシンボル、大阪城。この3代目の天守閣が7日、数え年で88歳の”米寿”を迎えた。
5000枚限定の記念の証明書(縦およそ10cm、横およそ19cm)が、午前9時から訪れた観光客に記念の証明書が配られた。この証明書は天守閣の屋根をかたどった形で、日本語と英語の両方で米寿を迎えた内容が書かれている。
豊臣秀吉が淀君のために建てたといわれる大坂城の初代天守は1585年に完成したが、1615年の大坂夏の陣で豊臣秀頼、淀君ら豊臣氏の滅亡とともに焼失。徳川幕府が再建した2代目天守も1665年に落雷で焼失している。
当時としては最先端だった、鉄筋コンクリート造で建設された現在の3代目天守の高さは地上55m。

昭和の復興から3代目大阪城天守閣が”米寿”迎える

昭和の復興から3代目大阪城天守閣が”米寿”迎える

昭和6(1931)年11月7日、市民の寄付によって復興された大阪のシンボル、大阪城。この3代目の天守閣が7日、数え年で88歳の”米寿”を迎えた。
5000枚限定の記念の証明書(縦およそ10cm、横およそ19cm)が、午前9時から訪れた観光客に記念の証明書が配られた。この証明書は天守閣の屋根をかたどった形で、日本語と英語の両方で米寿を迎えた内容が書かれている。
豊臣秀吉が淀君のために建てたといわれる大坂城の初代天守は1585年に完成したが、1615年の大坂夏の陣で豊臣秀頼、淀君ら豊臣氏の滅亡とともに焼失。徳川幕府が再建した2代目天守も1665年に落雷で焼失している。
当時としては最先端だった、鉄筋コンクリート造で建設された現在の3代目天守の高さは地上55m。

天皇陛下在位30年記念貨幣 大阪・造幣局で打ち初め式

天皇陛下在位30年記念貨幣 大阪・造幣局で打ち初め式

大阪市北区の造幣局で11月5日、天皇陛下の在位30年を記念した1万円金貨と500円銅貨の打ち初め式が行われた。
1万円金貨は純金で20㌘あり、表には翼を広げた鳳凰(ほうおう)がデザインされ、500円銅貨には天皇皇后両陛下のご成婚のパレードで使用された馬車がデザインされている。また、いずれも桐と白樺があしらわれ、裏には菊の紋章が描かれている。
1万円金貨は単体の場合、13万8000円、金貨と銅貨のセットは14万円で通信販売され、銅貨だけの場合は金融機関の窓口で額面と同じ500円で引き換える。通信販売の申し込みは11月21日までで、販売と引き換えは2019年2月ごろから予定されている。

和歌山で大津波の教訓伝える「稲むらの火祭り」

和歌山で大津波の教訓伝える「稲むらの火祭り」

和歌山県広川町で10月28日、江戸時代末期の安政南海地震(1854年)の際、豪商、濱口梧陵が収穫された稲の束に火をつけて、村人たちに大津波の襲来を知らせ高台に避難させたという”稲むらの火”の逸話を今に伝える「稲むらの火祭り」が開かれた。
この火祭りは教訓として毎年開かれているが、今回は地元の人たちはじめ、10月31日から和歌山県で開かれる「世界津波の日 高校生サミット」に参加する世界48カ国の高校生およそ250人も加わり、改めて地震が起きたら高台に避難するという津波防災の意識を高めていた。

平城京の南端から庶民の倉庫・井戸など住宅跡見つかる

平城京の南端から庶民の倉庫・井戸など住宅跡見つかる

奈良市教育委員会の発掘調査によると、奈良時代の都、平城京の南端にあたる場所から、庶民の住宅跡が倉庫や井戸などとともに見つかった。
住宅跡が見つかったのは、現在の奈良市西九条町にある工場の敷地。通路や溝で区切られた一辺約30㍍四方の広さの約900平方㍍の住宅の敷地の中に、東西約10㍍、南北約4㍍の母屋とみられる建物の跡あ、その近くで倉庫や井戸の跡も確認された。
同市教委は、今回見つかった住宅跡はその立地などから平城京内で働いていた下級役人か庶民の住宅だと考えられるという。

「風神雷神図屏風」など約50点をパリで公開

「風神雷神図屏風」など約50点をパリで公開

フランスで開催されている日本文化を紹介するイベント「ジャポニズム2018」の一環で、10月26日から京都・建仁寺(京都市東山区)が所蔵する国宝「風神雷神図屏風」が欧州で初めて、フランス・パリで公開される。
今回公開されるのは江戸時代を代表する絵師、俵屋宗達が描いた風神雷神図屏風をはじめ、桃山時代から明治時代にかけての屏風や陶芸作品など約50点も合わせて展示される。
フランスのメディアから約90人を招いて25日開かれた内覧会では、日本を代表する美術作品に高い評価の声が寄せられた。

近江商人・伊藤忠兵衛直筆の財団設立時の書類見つかる

近江商人・伊藤忠兵衛直筆の財団設立時の書類見つかる

滋賀県豊郷町で著名な近江商人の一人、2代目伊藤忠兵衛が100年前、故郷の豊郷町のために財団を設立した際の直筆の書類が見つかった。
今回、廃校となった小学校に残されているのが見つかった資料は、合わせておよそ100ページで、財団の定款を忠兵衛が直筆で書いたもの。「自治ノ発展ニ貢献セムトス」と故郷への思いを表現している。また、「金 参萬圓(さんまんえん)」を財団設立のために寄付するとある。現在の物価に換算すると6000万円余りになるという。
忠兵衛は教育や福祉の分野でも多額の寄付を行っており、専門家は「近江商人は社会貢献の意識が高かったことで知られ、忠兵衛もその一人だったことがうかがえる貴重な資料だ」としている。
2代目伊藤忠兵衛は滋賀県豊郷町の出身で、現在の大手商社、伊藤忠商事、丸紅の礎を築いたとされている。

京都・新南座で2年ぶり顔見世興行の「まねき上げ」

京都・新南座で2年ぶり顔見世興行の「まねき上げ」

11月にリニューアルオープンする京都の南座で10月25日、年末恒例の歌舞伎の顔見世興行を前に、出演者を紹介する看板を掲げる「まねき上げ」が行われた。
南座は耐震補強工事のため、2016年から休館しており、まねき上げは2年ぶり。それだけに、25日は大勢の見物客が詰めかけ、坂田藤十郎、松本幸四郎ら、独特の「勘亭流」と呼ばれる書体の太い毛筆で書かれた看板が掲げられていくのを見守っていた。
今年の顔見世興行は11月1日から始まる。

京都・秋の都大路で「時代祭」2000人の行列が練り歩く

京都・秋の都大路で「時代祭」2000人の行列が練り歩く

5月の「葵祭」、7月の「祇園祭」とともに京都の三大祭の一つ、「時代祭」が10月22日行われ、秋の都大路を様々な衣装を身にまとったおよそ2000人の行列が練り歩いた。
華やかで雅な衣装の平安時代から甲冑姿の戦国時代、そして明治時代にかけて、それぞれの時代を象徴する衣装を身に着けた、皇女和宮、坂本龍馬、桂小五郎、織田信長らに扮した行列が続き、秋晴れのもと、見物客らは華やかな”時代絵巻”を楽しんでいた。
なお、平安神宮の通用口を通る際、この行列に参加していた馬が突然暴れ、落馬した男性や観客の女性など合わせて4人がけがをした。

JAXA 水星探査機「みお」打ち上げ 7年後周回軌道へ

JAXA 水星探査機「みお」打ち上げ 7年後周回軌道へ

JAXA(宇宙航空研究開発機構)が開発した「みお」など2機の水星探査機が10月20日午前10時45分(日本時間)、南米・フランス領ギアナのクールー宇宙基地からアリアン5ロケットで打ち上げられた。探査機は正常に飛行。欧州宇宙機関(ESA)の探査機(MPO)とともに、2025年12月に水星周回軌道に到着し、約1年間にわたり、水星の構造や成り立ちなどを探る予定。
太陽の一番近くを回る水星は高温で、探査にはその熱さ対策が最大の課題。大気はほとんどなく、クレーターに覆われた姿は月に似ているが、地球と同様に磁場を持つ。直径は4880㌔㍍で地球の約4割しかなく、太陽系で最も小さい。

旧石器時代の人類の外洋航海の手段は丸木舟か?

旧石器時代の人類の外洋航海の手段は丸木舟か?

国立科学博物館などの研究グループはこのほど、長さおよそ8㍍の杉の大木を石器で加工した丸木舟を使い、千葉県館山市沖合で実験を重ねた結果、外洋での航海に耐え得る性能を確認できたと発表した。2019年夏、台湾からの航海に臨む予定。
同グループは、沖縄の島々でおよそ3万年前の旧石器時代の遺跡が見つかったことから、人類が黒潮を越えて台湾から移り住んだと想定。これまで草・植物を束ねて作った舟などで数回、実験航海を行い、その航海方法・手段の解明に取り組んでいるが、いずれも途中で断念していた。

鳥取の遺跡の人骨 弥生時代に到来か DNAで判明

鳥取の遺跡の人骨 弥生時代に渡来か DNAで判明

国立科学博物館や山梨大学などの研究グループのDNA分析の結果、2000年に鳥取市の青谷上寺地遺跡で出土した大量の人骨は1世紀から2世紀の弥生時代後期に新たに大陸から渡来した人々だったことが分かった。
ほとんどの人骨のDNAの特徴が、中国や朝鮮半島の人のものと共通していることが分かったという。今回のようにまとまった数の弥生人のDNA分析から渡来人の集団の実態に迫る研究は初めて。

豊臣期の大量の金箔瓦 静岡・駿府城公園で発見

豊臣期の大量の金箔瓦 静岡・駿府城公園で発見

静岡県は10月16日、同市葵区の駿府城公園内の駿府城天守台跡から、豊臣期につくられたとみられる大量の金箔瓦と、徳川家康が築城した駿府城とは異なる形状の石垣が見つかったと発表した。
今回、「秀吉の城」に使われていたとされる金箔が施された瓦約330点と南北約37㍍、東西約33㍍の天守台が見つかった。天守台の石垣は徳川家康が建てた駿府城とか異なる形状で、自然石を積む野面積みだった。
今回の調査で家康による1585~1588(天正13~16)年の駿府城築城と、1607~1610(慶長12~15)年の駿府城大改修の間、駿府城の地に豊臣秀吉が家臣・中村一氏に1590~1601(天正18~慶長6)年の間に、城を建てさせていたことが裏付けられたとしている。

パリで縄文展 国宝・重文の土偶や土器64点を展示

パリで縄文展 国宝・重文の土偶や土器64点を展示

日本文化の原点、縄文時代の「美」をテーマに、日本各地で出土した国宝の土偶や土器を揃えた展覧会が、10月17日から海外で初めてフランスで開かれる。
フランスで日本文化を紹介する一連の行事「ジャポニズム2018」に合わせて、日本文化会館で開催されるもの。国宝や重要文化財に指定された縄文時代の土偶や土器など64点が展示される。

「仁徳陵」を初の共同発掘調査 宮内庁・大阪府堺市

「仁徳陵」を初の共同発掘調査 宮内庁・大阪府堺市

宮内庁は10月15日、「仁徳天皇陵」として管理する大阪府堺市の世界最大級の前方後円墳を、10月下旬から12月上旬まで堺市と共同で発掘調査すると発表した。立ち入りや調査が厳しく制限される陵墓で、自治体との共同発掘調査が行われるのは、これが初めて。
今回の共同調査は、堺市の専門の学芸員も加わり、古墳の3重の濠(ほり)のうち、一番内側と2番目の間の堤で3カ所発掘して、埴輪が埋まっている位置などを調べるという。

京都・仁和寺の明王壁画初公開 大迫力の5体

京都・仁和寺の明王壁画初公開 大迫力の5体

京都の世界遺産、仁和寺(京都市右京区)で、本尊の奥にある5体の色鮮やかな明王の壁画が、10月13日から初めて一般公開されている。12月16日まで。
高さおよそ2㍍、幅およそ15㍍の木製の壁に、江戸時代初期、370年余り前に描かれてから1度も修繕されていないという5体の明王が、天井のライトで照らし出されている。中央の「不動明王」は剣を握り、正面をにらみ付けて堂々と座る姿が描かれ、金色の装具、真っ赤に燃え盛る背後の炎などが色鮮やかに表現され、迫ってくる。このほか、3つの顔と6本の手を持つ明王、手足に巻き付けた明王もあり、その迫力には目を見張るものがある。
これらは普段は一般に人が入れない「裏堂」の壁画、邪悪な者が入ってこないように描かれたという。

平城宮跡で出土の荷札の木簡80点を展示 国宝26点も

平城宮跡で出土の荷札の木簡80点を展示 国宝26点も

奈良文化財研究所は10月13日から、平城宮跡から出土した国宝の荷札など木簡だけを集めた展示会を、平城宮跡資料館で開く。11月25日まで。
今回は奈良時代、全国から税として都に納められていた荷札の木簡およそ80点が3回に分けて展示される。この中には国宝26点が含まれている。平城宮跡からこれまでに、当時は全国の地方それぞれの特産物が税として納められたことをうかがわせる木簡が出土している。下総国海上郡、今の千葉県銚子市などからワカメ、今の山口県周防大島町から塩など、様々な特産物が都に送られたことが分かる荷札が見つかっている。
また、奈良時代の実力者で、絶大な権勢を誇った藤原氏と対立し、非業の最期を遂げた長屋王の邸宅跡からもこの種の木簡が見つかっており、中央の権力者と地方の関わりを示すものだ。

和歌山で西行生誕900年記念特別展 ゆかりの300点展示

和歌山で西行生誕900年記念特別展 ゆかりの300点展示

平安時代末期から鎌倉時代初期の歌人、西行(1118~1190年)の生誕900年を記念して、出身地・和歌山でゆかりの文化財などを集めた特別展が10月13日から開かれる。会場は和歌山県立博物館で、11月25日まで。
同展では、西行ゆかりの文化財約300点が展示される。国宝の「僧円位(西行の法名)書状」は、全国で6点しか確認されていない西行直筆の書の一つで、高野山への課税をめぐり平清盛との交渉の様子が認(したた)められている。また、熊野古道に咲く桜を愛(め)でる西行の姿をはじめ、俗名・佐藤義清が出家し、西行と称してから亡くなるまでの生涯を描いた「西行法師行状絵巻」なども展示される。
佐藤義清は平清盛と同い年で、鳥羽上皇に北面の武士として仕えるが、後に出家。仏道修行、和歌に励み、諸国を遍歴した。平清盛・時忠、崇徳院らと交わった。

奈良・天理市で「ササン朝ペルシャ」の美術展

奈良・天理市で「ササン朝ペルシャ」の美術展

奈良県天理市の天理大学附属参考館で、3~7世紀にかけて現在のイランやイラクの西アジアの一帯を支配していた「ササン朝ペルシャ」の美術品を集めた特別展が開かれている。同展は11月26日まで。
同展は正倉院の宝物の源流の一つとされる、古代国家・ササン朝ペルシャの美術品およそ100点を集め展示している。現在のイランで見つかった「円形切子ガラス碗」や「鍍金裸体婦人文銀八曲長杯」などは、正倉院の宝物にも同じデザインのものがあるという。シルクロードを通って運ばれてきたものと考えられ、美術品を通して東西の交流があったことが分かる。

興福寺 中金堂300年ぶり再建 落慶法要 10/20から公開

興福寺 中金堂300年ぶり再建 落慶法要 10/20から公開

奈良・興福寺の中金堂が300年ぶりに再建され10月7日、完成を祝う落慶法要が営まれた。法要に先立ち除幕され、優美な中金堂が姿を現すと参列した約3000人の中から拍手が湧き起こった。
再建された中金堂は高さ約20㍍、幅約37㍍で、堂内には本尊の釈迦如来像などが安置されている。この落慶法要は11日まで毎日営まれ、20日から一般公開される。
興福寺の中金堂は奈良時代の創建以来、焼失と再建を繰り返し、300年前の江戸時代の火災を最後に失われたままだったが、今回約20年がかりで再建された。

正倉院で「開封の儀」第70回「正倉院展」10/27から

正倉院で「開封の儀」第70回「正倉院展」10/27から

奈良市の正倉院で10月3日、宝物(ほうもつ)も点検や調査のため年に一度、部屋の封印を解く「開封の儀」が行われた。宮内庁はこの後、およそ2カ月にわたって宝物の点検や調査を行う。
これに合わせて、奈良国立博物館では第70回目となる「正倉院展」が10月27日から開かれ、初出展の10件を含む56件の宝物が公開される。
正倉院では、奈良時代に造られた校倉(あぜくら)造りの正倉に入っていた、聖武天皇ゆかりの品や東大寺ゆかりの宝物などおよそ9000点が宝庫と呼ばれる建物に移され、保管されている。

「はやぶさ2」の探査ロボ、小惑星「りゅうぐう」に着陸

「はやぶさ2」の探査ロボ、小惑星「りゅうぐう」に着陸

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は9月22日、探査機「はやぶさ2」から投下された探査ロボット2台が小惑星「りゅうぐう」に着陸したと発表した。ロボットはいずれも正常という。先代の「はやぶさ」は2005年に小惑星「イトカワ」への探査ロボット投入に失敗している。今回13年ぶりの再挑戦に成功した。
送られてきた画像では、りゅうぐうは予想外に岩石が多く、予定されているはやぶさ2の着陸は簡単ではないようだ。だが、はやぶさ2は10月下旬から3度の着陸で、生命の起源を解明する手掛かりとなる有機物などを含む岩石を採取する。そして2019年末にりゅうぐうを離れ、2020年末に地球へ持ち帰る予定だ。

龍馬花押の唯一の直筆原本を初披露 福井で特別展

龍馬花押の唯一の直筆原本を初披露 福井で特別展

福井県立歴史博物館(福井市)で9月22日から始まった特別展「幕末維新の激動と福井」で、坂本龍馬の花押(サイン)が記された書簡が国内初公開されている。特別展は11月4日まで。
この書簡は越前福井藩士村田氏寿宛てに、元治元(1864)年10月6日付で書かれたもの。訪ねた村田が不在だったため、同行していた薩摩藩の重役、岩下方平とともに近日中に関東へ向かう旨、伝える内容となっている。龍馬直筆の花押を原本で確認できるのはこの書簡だけという。
今回の特別展では初公開されるものが数多く集められている。西郷隆盛が村田に宛てた書簡が初公開されているほか、橋本左内の「啓発録」の原本も展示されている。

日本人の起源探る新プロジェクト始動 DNA解析・海外データと比較

日本人の起源探る新プロジェクト始動 DNA解析・海外データと比較

国立遺伝学研究所や国立歴史民俗博物館など複数の研究機関と大学がプロジェクトチームを結成し、日本人の起源を探ることになった。旧石器時代から現代までの人々の遺伝情報を解析することで、日本列島に暮らしてきた人々の起源を5年かけて調査・研究を進める。
チームは、旧石器時代や弥生時代など古代人の人骨からDNAを取り出して遺伝情報を解析し、日本各地に住む現代人500人と比較するほか、海外のデータとも比べる。これにより、およそ4万年前、日本列島に初めて渡ってきたとされる人々が、いつ・どのような過程を経て、今の日本人にできていったのか明らかにしたいとしている。

藤原宮跡「大極殿院」の北門跡を確認 奈文研

藤原宮跡「大極殿院」の北門跡を確認 奈文研

奈良文化財研究所の発掘調査によると、飛鳥時代の都、藤原宮跡(奈良県橿原市)で、天皇が儀式を行った「大極殿院」の北門の跡が確認された。9月15日午後1時半から現地説明会が開かれる。
大極殿院の北側に柱を立てた跡とみられる穴が23カ所、東西に並んで確認された。穴の中には柱の基礎となる、こぶし大の石が複数置かれていて、穴の位置などから大極殿を取り囲む屋根がついた廊下「回廊」の跡とみられている。中央付近には柱と柱の間隔が広くなっている場所があり、ここに天皇が大極殿で儀式を行う際に出入りしたとされる「北門」があったとみられるという。
藤原宮跡はおよそ1300年前の飛鳥時代、日本で初めて置かれた本格的な都の中心。その大極殿院は天皇が重要な儀式を執り行った大極殿を含む一角。

沈没「咸臨丸」は見つかるか?9/7から現地沖合で潜水調査

沈没「咸臨丸」は見つかるか?9/7から現地沖合で潜水調査

東京海洋大学の岩淵聡文教授らの研究チームが9月7~9日、北海道・木古内町(上磯郡木古内町)サラキ岬沖で沈んだ幕末のオランダ製軍艦「咸臨丸(かんりんまる)」の船体を探すため、現地で潜水調査を実施する。
同調査にはオランダ文化庁から委託を受けたレオン・デルクセン調査官が参加する。地元ダイバーの案内で水中考古学の専門ダイバー2人が潜水。船体を見つけ、その場で咸臨丸と判断できない場合はサンプルを採集し、年代の測定や樹種などの分析を行う。

ブラジルのアマゾンで未確認の部族の姿をドローンで撮影

ブラジルのアマゾンで未確認の部族の姿をドローンで撮影

ブラジルの政府機関「国立インディオ基金」によると、アマゾン奥地のブラジルとペルーとの国境付近で、これまで確認されていなかった先住民の部族の姿をドローンを使って撮影することに成功した。
映像では森の中を弓矢のようなものを持って歩く複数の人の姿が捉えられている。AP通信によると、確認された人は合わせて16人に上るという。
国立インディオ基金によると、ブラジルでは文明から孤立した部族が100余り確認されていて、過去には外部との接触が伝染病の流行を招いたこともあることから、直接的な接触をせずに調査を行っているという。

幕末の徳川将軍、家茂・慶喜使用の印「経文緯武」の実物確認

幕末の徳川将軍、家茂・慶喜使用の印「経文緯武」の実物確認

徳川記念財団などによると、幕末の14・15代将軍、徳川家茂と慶喜が西洋諸国との間で交わした外交文書に使用した印の実物が確認された。
今回見つかったのは「文武両道の政治を行う」という意味の「経文緯武」と彫られた縦・横9.2㌢、重さ2.7㌔㌘の銀印で、徳川家に伝わる資料などを管理する徳川記念財団が蔵を整理した際、漆塗りの箱の中に残されていた。
東京大学史料編纂所の調べにより、家茂と慶喜が国の代表として外交文書などに使用していた印の実物と確認された。この印は安政5(1858)年に結ばれた日米、日英、日仏間の修好通商条約の批准書などに、将軍の署名とともに押されたことが、残されている書面から確認できるが、実物がどこにあるのか、わかっていなかった。
この印は9月15日から新潟県立歴史博物館で開かれる「徳川の栄華」展で、9月30日までの期間限定で公開される予定。

日本初の有人月面着陸機開発へ JAXAが構想

日本初の有人月面着陸機開発へ JAXAが構想

宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、日本初の有人月面着陸機を開発する構想がこのほど明らかになった。構想によると、着陸機は4本脚のテーブルのような形状で、上部に欧州が開発する離陸船と連結させる。月の上空を周回する基地に係留し、飛行士4人が船内に乗り移り降下。エンジンを逆噴射して月面に軟着陸する。
カナダの探査車に乗って2日程度滞在し、月面を探査。帰還時は着陸機を月に残し、離陸船だけが上昇し基地に戻る。基地出発から帰還まで4、5日の予定で、ほぼ年1回計5機程度の着陸を見込んでいる。
欧州と連携し、2030年ごろに月面着陸を目指す。機体は米国のロケットで打ち上げる。2020年代に建設を目指す米国の月基地への参加を念頭に置いたもの。

法隆寺 4市との交流協定締結1周年「食封で結ばれた文化交流展」

法隆寺 4市との交流協定締結1周年「食封で結ばれた文化交流展」

奈良・斑鳩町の法隆寺ゆかりの都市文化交流協定締結1周年記念「法隆寺食封(じきふ)で結ばれた文化交流展-法隆寺がつなぐ各地域の古代の様相」が、同町法隆寺西1丁目の斑鳩文化財センターで開かれている。入場無料、9月2日まで。
食封は、朝廷が皇族や寺社などに、一定地域の住民が納める税の一部(米や特産品)を支給した制度。斑鳩町は、奈良時代に法隆寺の運営を支えた食封の存在した兵庫県姫路市、、同朝来市、神奈川県小田原市、群馬県高崎市の4市と2017年7月、同協定を締結している。
同展では、同寺や同町、4市の歴史、文化がうかがえる飛鳥、奈良時代を中心とする考古資料約110点を公開。同寺の五重塔出土舎利容器(模造)や軒瓦、百萬塔をはじめ、各地の寺院から出土した木簡や土器、ユネスコの世界記憶遺産に登録された高崎市の巨大な石碑「上野三碑」(レプリカ)などが展示されている。

お盆の夜空に5つの炎「京都五山送り火」

お盆の夜空に5つの炎「京都五山送り火」

お盆に先祖の霊を送る、300年以上の歴史があるとされる伝統行事「京都五山送り火」が8月16日夜、例年通り行われた。
京都市は同日夕方、一時的に雨足が強まり、その挙行が危ぶまれたが、夜には上がり午後8時、左京区の大文字山の斜面に設けられた火床に火が一斉に灯され、暗い夜空に炎の「大」の文字が浮かび上がった。そして、「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の順に火が灯され、京都市を囲む5つの山々が炎で描かれた文字と形で彩られた。
地元の人や観光客らは、上京区や中京区のビルの屋上はじめ思い思いの様々な場所から、それぞれ少し異なる表情の、闇夜に浮かび上がる炎がつくりだす幻想的な風景に見入っていた。

国宝や重文含む文化財115件が盗難 58件は行方不明

国宝や重文含む文化財115件が盗難 58件は行方不明

朝日新聞社の調べによると、国宝や国の重要文化財(重文)、都道府県の文化財に指定された美術工芸品について、行政機関に盗難被害が届けられた件数が115件(うち国78件、18都道府県計37件)に上ることが分かった。
そして、このうち半数の58件(重文28件、都道府県指定30件はその行方が分からないという。6件は所在が分かったものの、届け出た側に戻っていない。転売されて所有権を争っている重文の刀剣などがそれだ。行方不明になって時間が経過するほど、関与した人が増えるほど事情は複雑で、簡単に元の所有者には戻ってこないというわけだ。

京都・清水寺の伝統行事「千日詣り」に多くの参詣客

京都・清水寺の伝統行事「千日詣り」に多くの参詣客

京都・東山区の清水寺で「千日詣り(せんにちまいり)」が行われ、多くの他府県からの参詣者を含め、終日にぎわっている。
千日詣りは、1度お参りすると1000日お参りしたのと同じ御利益があるとされる夏の伝統行事。8月16日まで行われている。
この期間中は、普段は入ることのできない、本尊の千手観音が祀られている本堂の奥が特別に公開される。訪れた多くの参詣客は、願い事を書いたろうそくを観音像の周りに供え、千手観音と縁が結ばれるという5色のひもでを握っては、思い思いに手を合わせていた。