石田三成の重臣・島左近の直筆、書状2通発見

石田三成の重臣・島左近の直筆、書状2通発見

東京大史料編纂所などが7月1日、大阪府内で石田三成の重臣・島左近(不詳~1600年)の直筆とみられる書状2通が見つかったと発表した。
1通は1590年7月19日付で常陸国(茨城県)を治めた佐竹義宣(よしのぶ)の重臣・小貫頼久宛てで、豊臣方に人質を出すのを渋る近隣大名への対応を相談している。もう一通は同25日付で、一族の佐竹義久宛て。当時、佐竹氏に預けられていた織田信長の次男、信雄(のぶかつ)への対応をねぎらっている。
島左近は、器量、世間の声望などから「三成に過ぎたるもの」と称された武将だが、史料が少なく謎が多い。左近の直筆書状の発見は初めて。

平城宮跡・東方官衙地区ですごろく?用木の棒2本出土

平城宮跡・東方官衙地区ですごろく?用木の棒2本出土

平城宮跡で朝鮮半島の伝統的なすごろく「ユンノリ」用のさいころとみられる木の棒が出土したことが6月28日、分かった。発掘した奈良文化財研究所が、研究所紀要に掲載した。
棒は奈良時代の役所が集中する「東方官衙(かんが)地区」の穴から2本出土。木の枝を用いており、太さ約1㌢、長さ5~6㌢。断面はかまぼこ形になっていた。同研究所では、当時の役人が身近なものを使って楽しんだのではないか-とみている。

関ケ原での小早川秀秋の寝返りに新説 決断遅れは肝疾患

関ケ原での小早川秀秋の寝返りに新説 決断遅れは肝疾患

豊臣氏の時代から徳川期への移行にあたり、天下分け目の戦いとなった関ケ原の戦い(1600年)の勝敗の分岐点となったとされる戦国武将、小早川秀秋が西軍から東軍へ寝返った際、決断が遅れたのは、過度の飲酒で肝疾患に病み、判断力が低下していたためだ-とするユニークな説が発表された。兵庫県姫路市御立東の脳神経外科医、若林利光さん(63)が、秀秋の当時の症状などを記した史料からまとめたもの。
若林さんは安土桃山時代から江戸時代初めに活躍し、秀秋も診た医師・曲直瀬玄朔(まなせげんさく)の診療録「医学天正記」の記述に注目。秀秋について「酒疸一身黄 心下堅満而痛 不飲食渇甚」(大量の飲酒による黄だん、みぞおち付近の内臓が硬く痛みがあり、飲食できずのどの渇きが激しい)の記述から、肝硬変と考えられるという。
国立国際医療研究センター肝炎情報センター(千葉県市川市)も、大量の飲酒は肝硬変の原因の一つで、「記述にある症状からは肝硬変が疑わしい」としている。
静岡大名誉教授(戦国史)の小和田哲男氏も「当時は15歳ごろからの飲酒も多く、医師の見地からはそのような解釈も成り立つのではないか」と今回のユニークな説に肯定的な見方をしている。
秀秋は、当時東軍を率いた徳川家康から寝返りを誘われていたが、開戦後もなかなか動かず、家康が怒り出すほどだったと伝えられている。

祇園祭長刀鉾の「見送」若冲「旭日鳳凰図」を織物で再現

祇園祭長刀鉾の「見送」若冲「旭日鳳凰図」を織物で再現

京都・祇園祭の山鉾の一つ、長刀(なぎなた)鉾の背面を飾る「見送(みおくり)」が新調され、長刀鉾保存会が公開した。生誕300年を迎えた江戸時代の絵師、伊藤若冲の作品「旭日鳳凰(きょくじつほうおう)図」を織物で再現した。
新しい見送は縦3.5㍍、横1.8㍍。長刀鉾近くに住んでいた若冲の絵を基に、朝日を背景に雌雄2羽の鳳凰が波間の岩礁に立つ姿を、800の絹糸と本金糸を使って精巧に表現した。
川島織物セルコン(京都市左京区)が制作した。製作期間には2年を要したという。

歌麿の浮世絵 史上最高値8,800万円で落札 パリ競売

歌麿の浮世絵 史上最高値8,800万円で落札 パリ競売

AFP時事によると、フランス・パリで6月22日行われた競売で、江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿の版画が74万5,000ユーロ(約8,800万円)で落札されたことが分かった。
主催者によると、落札額は日本の木版画としても、歌麿の作品としても史上最高という。落札されたのは歌麿の連作画集「歌撰恋之部」に含まれる「深く忍恋」。
ポルティエ(Portier)家が4世代にわたって所有してきた150万ユーロ(約1億7,800万円)相当のコレクションの目玉で、落札予想価格は約10万ユーロ(約1,190万円)だった。
このほか、東洲斎写楽の谷村虎蔵の役者絵は10万1,000ユーロ(約1,200万円)、歌川国政の岩井半四郎の役者絵は7万8,680ユーロ(約930万円)でそれぞれ落札された。

大政奉還150年 京都二条城で16自治体首長サミット開催

大政奉還150年 京都二条城で16自治体首長サミット開催

京都市は6月20日、2017年の「大政奉還150周年」を記念したプロジェクトの概要を明らかにした。
幕末に京都で活躍した雄藩の先人らとゆかりのある16自治体と連携し、大政奉還の舞台となった世界遺産・二条城(中京区)の二の丸御殿大広間で首長のサミットを開催する予定。京都を中心に繰り広げられた激動の明治維新を振り返るとともに、都市間連携による地方の活性化を目指す。
参画するのは、京都守護職を務めた会津藩主松平容保ゆかりの福島県会津若松市、15代将軍・徳川慶喜ゆかりの居住地、東京都千代田区、木戸孝允や高杉晋作らゆかりの山口県萩市、坂本龍馬の国家観や思想に大きな影響を与えたとされる横井小楠ゆかりの熊本市など。
2017年1月にオープニングイベントを京都市内で開き、明治維新に関わった様々な人たちの功績や歴史的意義を考える。また、10月には倒幕派と佐幕派ゆかりの自治体関係者が一堂に会する。

熊本城の天守閣などの被害210億円 熊本市が試算

熊本城の天守閣などの被害210億円 熊本市が試算

熊本市は6月17日、熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城の天守閣、本丸御殿、飯田丸五階櫓(やぐら)の3つの復元構造物などの被害額を計約210億円と試算し市議会に報告した。
53カ所約8,000平方㍍が崩落した石垣の約350億円と合わせ、被害額は約560億円となった。市は今後、文化庁と協力して残り17の復元構造物や13の重要文化財の調査を進める。

鎌倉・由比ガ浜で古墳時代の2体の人骨見つかる

鎌倉・由比ガ浜で古墳時代の2体の人骨見つかる

神奈川県鎌倉市の「由比ガ浜こどもセンター(仮称)」建設地で、古墳時代の2体の人骨がほぼ完全な形で見つかった。見つかったのは石棺墓と土葬された人骨。
石棺墓は部分的に加工した磯石の泥岩を長さ2.35㍍、幅1.14㍍に積み上げ、その中につくった長さ1.62㍍、幅0.35㍍、深さ0.45㍍の埋蔵施設に泥岩を砕いて敷き詰めたもの。埋葬された人物は頭を東南に向けて仰向けで体を伸ばした「仰臥伸展葬(ぎょうがしんてんそう)」の姿勢をしており、身長は156.2㌢。骨や歯の状況から15歳前後の男性とみられる。親族も近くに埋葬されている可能性が高いという。
一方、土葬された人骨は、頭を東に向けて仰向けに体を伸ばしており、性別や年齢は現在調査中という。

平城京 “想定外”の二条大路横断の溝出土

平城京 “想定外”の二条大路横断の溝出土

奈良文化財研究所はこのほど、平城宮跡(奈良市)の朱雀門南西から、奈良時代に平城京東西の主要道路「二条大路」を横断した排水溝とみられる遺構が出土したと発表した。二条大路の大路交差点以外を横断する溝は「想定外」といい、工夫された排水計画がうかがえるうえ、北側の宮内と関係した可能性もあるという。
二条大路は平城宮のすぐ南を通り、朱雀門前で京内南北のメーンストリート「朱雀大路」に接続する。過去の調査では幅約37㍍と確認されており、今回は二条大路南側の東西2カ所を調査した。
その結果、朱雀大路から約90㍍離れた西側調査区で、二条大路の南側溝が東西約18㍍にわたり出土。二条大路を横断する溝は、これに流れ込む形で南北の約8㍍を確認した。幅は3~3.8㍍で、深さ0.8㍍。一帯の土地は北から南へと緩やかに傾斜していた。
一方、東側調査区から二条大路南側溝と、朱雀大路西側の溝の接続部分が出土。朱雀大路西側溝は南北約18㍍にわたって見つかり、二条大路を横断していたことを再確認した。

東大寺で雅楽の奉納演奏「ムジークフェストなら」開幕

東大寺で雅楽の奉納演奏「ムジークフェストなら」開幕

奈良県内各地の寺社や文化ホールなどを会場に行われる音楽ベント「ムジークフェストなら2016」が6月11日開幕し、オープニング会場の東大寺大仏殿(奈良市) では、笙(しょう)や縦笛など雅楽や和太鼓で奉納演奏が披露された。
イベントは26日まで。奈良の文化振興を目的に同フェスト実行委が主催し、今回が5回目。今年はこの音楽祭期間中、約160会場で多彩な関連イベントを含め300の公演が行われる。

「時の記念日」滋賀県・近江神宮で漏刻祭

「時の記念日」滋賀県・近江神宮で漏刻祭

「時の記念日」の6月10日、日本で初めて水時計(漏刻=ろうこく)を設置した天智天皇ゆかりの近江神宮(滋賀県大津市)で、恒例の「漏刻祭」が行われた。
漏刻祭では、王朝装束をまとったびわ湖大津観光大使や時計業界の関係者らが、掛け時計や腕時計など最新モデル7点を奉納。業界の繁栄を願った。
『日本書紀』によると、天智天皇は671年4月25日、近江大津宮に漏刻を設置し、時刻制度を導入したとされる。これを記念して、この日を太陽暦に換算した6月10日が大正9年、「時の記念日」に制定された。

京都・八坂神社前に日本初の”漢字”ミュージアム6/29開館

京都・八坂神社前に日本初”漢字”ミュージアム6/29開館

京都に6月29日オープンする日本初の”漢字”ミュージアムが9日、報道陣に公開された。国内外から多くの観光客が訪れる京都・八坂神社の目の前に誕生した日本で初めての漢字専門の博物館だ。
5年前に閉校した中学校の跡地に、”漢検”を運営する「日本漢字能力検定協会」が総工費およそ25億円をかけて建設した。
館内には遊びながら漢字を学べるおよそ30種類のゲームなどが用意されている。施設の目玉は漢検協会が毎年、年末に発表する「今年の漢字」。2015年、清水の舞台で書かれた「安」の字の実物のほか、過去21年分の歴代の「今年の漢字」も展示されている。
漢検漢字博物館図書館の高坂節三館長は「漢字文化の研究、普及活動に広げていきたい」としている。年間20万人以上の来館を見込んでいる。

キリシタン大名・高山右近に国内外で関心 大阪で式典へ

キリシタン大名・高山右近に国内外で関心 大阪で式典へ

禁制下の江戸時代に国外追放されたキリシタン大名・高山右近(1552?~1615年)を、キリスト教カトリックの崇敬対象「福者」と称える式典が2017年2月にも大阪で開かれる見通しだ。その式典を控え国内外の右近ゆかりの地では、多くのキリシタン戦国大名が棄教した中で、地位や財産を捨て、信仰に殉じた右近の生きざまに関心が高まっている。
織田信長、豊臣秀吉の事実上の治政下、安土桃山時代に右近が12年間にわたり、城主を務めた大阪府高槻市。カトリック高槻教会では信徒が今年4月から、右近の生涯と信仰について学ぶ連続講座を開いている。
今年1月21日、バチカンが右近を「福者」と認定したことを受け、高槻市も右近ゆかりの地を紹介するパンフレットを作製し、観光資源としてPRに乗り出した。
イタリア人女性映画監督のリア・ジョバナッツイ・ベルトラミさん(48)は、ドキュメンタリー映画『右近サムライ 剣の道、十字架の道』(イタリア版43分、英語版37分)を製作した。この中で戦国武将だけでなく、カトリック信仰を死守する一方、茶道など日本の文化にも通じていた文化人、右近の姿が描かれている。DVD化されて、イタリア国内で9月1日から発売される予定。

宮城・多賀城内内館跡 空撮で室町後期の屋敷跡発見

宮城・多賀城内内館跡 空撮で室町後期の屋敷跡発見

宮城県多賀城市教育委員会によると、同市南宮の内館館跡(うちだてたてあと)で、室町時代後期の堀に囲まれた屋敷跡が見つかった。航空写真の分析で見つかった農地のクロップ(農作物)マークが発見のきっかけとなった。埋没していた遺構の影響で農作物の生育に違いが出ており、その場所を調べるとマーク通りに堀の跡が見つかった。
クロップマークは、JR東北線陸前山王駅から北西約1.5㌔の水田で確認された。航空写真では幅2~3㍍の二重の堀に囲まれた隣接する2区画の形がうっすらと浮き上がって見えた。堀の内側にあった井戸跡などからは漆器の椀(わん)、すり鉢型の土器、木製の下駄、ひしゃくなどの生活用品が出土。このほか、柱を立てた穴も数カ所確認され、有力者の屋敷跡と推定された。
多賀城西部は、鎌倉時代の陸奥国府留守所(るすどころ)の長官の子孫で、代々この地を治めた「留守氏」の屋敷跡がある。内館館跡は、室町時代後期の武将、留守顕宗(るすあきむね、1519~86年)が隠居後に暮らした地とされている。

平等院鳳凰堂の屋根の木材はコウヤマキ

平等院鳳凰堂の屋根の木材は創建時のコウヤマキ

京都府宇治市の国宝で世界遺産、平等院鳳凰堂で保管されていた屋根の木材が、このほど調査の結果、平安時代の創建当時のものであることが分かった。
この木材はコウヤマキで、変色して古びているが、傷みがほとんどなく保存状態が良かったという。今回調査された木材は明治時代に鳳凰堂の屋根から取り外された ものと伝えられていたが、詳細な研究はされていなかった。このため、鳳凰堂は総ヒノキ造りとされていたこれまでの説は覆された。
平等院鳳凰堂はおよそ1,000年前、栄華を誇った関白・藤原頼通によって建立されたと伝えられる。

松尾芭蕉直筆の連句・画、書簡16点見つかる 柿衞文庫

松尾芭蕉直筆の連句・画、書簡16点見つかる 柿衞文庫

俳諧に関連した収集品を展示する「柿衞(かきもり)文庫」(兵庫県伊丹市)は6月2日、江戸時代前期の俳人、松尾芭蕉(1644~1694年)直筆の連句・画、書簡など16点が京都府や愛知県の個人宅で見つかったと発表した。
連句は1685(貞享2)年3月、『野ざらし紀行』の旅で水口(現在の滋賀県甲賀市)を訪れた時のもの。芭蕉は3番目に「三股(みつまた)の桜にのぼる人有(あり)て」と詠んでいる。「三股」は川の合流地点を指すとみられ、近くに咲く桜を船から観賞する人たちの様子をみて、表現したものだ。
芭蕉が詠んだ句に自ら描いた画を添えた、句自画賛「朝顔に」も確認された。これまで偽物しか見つかっていなかった。1682(天和2)年に詠んだ「朝顔にわれはめし喰(くう)おとこ哉(かな)」(私は朝顔が咲く早朝に食事している、きちんとした男だ、の意)の句に、生け垣にはう朝顔や月が描かれている。
柿衞文庫によると、芭蕉の画は約40点残っているが、晩年の作品が中心。今回見つかった画は40~42歳ごろ描いた初期の作品とみられるが、この時期の作品は他に2点しか知られていないという。
このほか、芭蕉が亡くなる2年前の1692(元禄5)年、門人で膳所(ぜぜ)藩士の怒誰(どすい)に宛てた書簡なども見つかった。

奈良で「万葉蹴鞠の宴」飛鳥時代の華麗な足技披露

奈良で「万葉蹴鞠の宴」飛鳥時代の華麗な足技披露

奈良市の春日大社などで5月29日、「万葉蹴鞠の宴in飛火野」(奈良公園)が開かれた。これは、飛鳥時代の衣装を身にまとった人たちが蹴鞠の華麗な足技を披露するもので、当時の蹴鞠の試合を再現した万葉蹴鞠競技や体験会も行われ、多くの観光客でにぎわった。
万葉蹴鞠は鹿革のボールを蹴り合い、相手の陣地にボールを落とすことを競い合う競技。日本書紀などに蹴鞠をシことなどが記され、軍事教練の一環としても行われていたとされる。

三浦春馬ら17年大河「おんな城主 直虎」キャスト発表

三浦春馬ら17年大河「おんな城主 直虎」キャスト発表

女優の柴咲コウさん(34)が主演する2017年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」のキャスト発表会が5月26日、東京都内で行われた。
戦国時代に男の名前で家督を継ぎ、知恵と負けん気で井伊家を守った”おんな城主”の生涯を描く。井伊直虎の許婚者(いいなずけ)である井伊直親役で三浦春馬さん(26)が出演する。三浦さんは2003年の「武蔵」、2006年の「功名が辻」に続く3回目の大河となる。
このほか、貫地谷しほりさん、杉本哲太さん、高橋一生さんらが出演する。

奈良明日香村・都塚古墳 築造に3万人動員か

奈良明日香村・都塚古墳 築造に破格の3万人動員か

奈良県明日香村教育委員会はこのほど、同村の都塚古墳が石材の採取から運搬、墳丘築造の作業過程と総重量を分析し、延べ約3万人もの作業員が動員されたとの試算を明らかにした。
同村教委では「破格の労働量で大王陵墓をしのぐクラス。明日香を掌握していた有力者の墓と考えられる」としている。通常の平均的な古墳築造に要する労働量は5,000~6,000人といわれる。
都塚古墳(6世紀後半~7世紀初め、奈良県高市郡明日香村)は類例のほとんどない「階段ピラミッド」形状を持つ古墳として知られている。
被葬者は一時、大王をもしのぐ勢力を誇った蘇我氏の基礎を築いた蘇我稲目(いなめ)と推定されている。物部氏との戦いを制し、有力豪族による連合政権を実質的に主導した蘇我馬子の父だ。

大阪・北浜「適塾」で特別展 36年ぶり洪庵自筆資料も

大阪・北浜「適塾」で特別展 36年ぶり洪庵自筆資料も

大阪・北浜の「適塾」(大阪市中央区)で5月31~6月12日、特別展「洪庵・惟準から伝わる緒方家の至宝」が開かれる。主催は大阪大学適塾記念センター(大阪府豊中市)。
国の重要文化財に指定されている適塾は、医師で蘭学者の緒方洪庵が江戸末期に開いた私塾で、大村益次郎、橋本左内、福沢諭吉ら数多くの偉才を輩出している。6月10日の洪庵の命日に合わせ、毎年この時期にゆかりの資料を期間限定で公開している。
今回の展示では今年1月に洪庵の玄孫(やしゃご)にあたる故・緒方惟之(これゆき)さんから寄贈された資料を中心に、11点を公開する。
「名利を顧みず」など医師の心得を記した「扶氏医戒之略(ふしいかいのりゃく)」や、天然痘ワクチン接種普及の苦難を記した「除痘館記録」は、洪庵自筆の貴重な資料で、一般に公開されるのは36年ぶりという。
入場料は一般260円、高校生・大学生140円、中学生以下は無料。開館時間は10時~16時。月曜休館(ただし、月曜が祝日の場合は翌日休館)。

「姫路お城まつり」で豪華な時代絵巻を披露

「姫路お城まつり」で豪華な時代絵巻を披露

姫路市恒例の市民まつり「第67回姫路お城まつり」の時代パレードが5月21日、姫路市中心部の大手前通りで開催された。今年は徳川家康の孫・千姫が姫路に輿入れしてから400年となるため、夫で当時姫路城主だった本多忠刻役も新たに行列に加わり、豪華な時代絵巻を披露した。
同まつりは、夏の風物詩として定着、従来8月に開催されていたが、姫路城の「平成の大改修」が完了した平成27年から5月に開催時期を変更して催されている。
今年の同まつりは20日夕方に開かれた「姫路城薪能」で幕開け。2日目のこの日は、第48代「姫路お城の女王」の3人が、千姫など姫路ゆかりの姫3人に扮し、輿に乗ってパレードに参加した。まつり最終日の22日は、姫路城三の丸広場周辺で人気アニメ「妖怪ウォッチ」のキャラクタショーなど子供向けイベントが行われる。

記憶遺産登録へ「杉原リスト」など申請書提出

記憶遺産登録へ「杉原リスト」など申請書提出

第2次世界大戦中にユダヤ人のビザを大量発給し、ナチス・ドイツの迫害から救った外交官、杉原千畝氏(1900~1986年)の関連資料「杉原リスト」のユネスコ(国連教育科学文化機関)記憶遺産登録に向け、岐阜県八百津町の金子政則町長は5月19日、古田肇同県知事とともに文部科学省に山脇良雄国際統括官を訪ね、申請書を日本ユネスコ国内委員会に提出した。
群馬県高崎市にある古代石碑「上野石碑」の登録を目指す同県なども同日、申請書を提出した。日本ユネスコ国内委は5月中にユネスコへ申請書を送付する。

国立西洋美術館 世界遺産登録へ ル・コルビュジエ設計

国立西洋美術館 世界遺産登録へ ル・コルビュジエ設計

「近代建築の巨匠」と呼ばれたフランス人建築家、ル・コルビュジエが設計した東京・上野の国立西洋美術館について、ユネスコの諮問機関・イコモスは「世界遺産に登録することがふさわしい」とする勧告をまとめた。これにより国立西洋美術館は7月にトルコで開かれるユネスコの世界遺産委員会で正式に世界遺産に登録される見通しとなった。
国立西洋美術館は、ル・コルビュジエが設計した日本で唯一の建造物。日本やフランスなど7カ国は、コルビュジエが20世紀の世界中の建築や都市計画に大きな影響を与えたとして、世界文化遺産への登録を目指し合わせて17の作品を共同で推薦している。
日本の世界遺産は文化遺産が15件、自然遺産4件の19件あるが、他国との共同推薦で登録されるのは初めて。

伊東マンショ肖像画初公開 16世紀の天正遣欧使節

伊東マンショ肖像画初公開 16世紀の天正遣欧使節

2014年にイタリアで発見された天正遣欧少年使節団メンバーの一人、伊東マンショの肖像画(ドメニコ・ティントレット筆)が、東京・上野の東京国立博物館で初公開されている。
これはイタリア・ミラノのトリヴルツィオ財団が所蔵する油絵で、1585年にキリシタン大名の代理としてローマ法王に謁見するため、ベネチアを訪問した時の姿とされる。肖像画のサイズは縦54㌢、横43㌢。日本とイタリアの国交樹立150周年になるのを記念した行事の一つ。
一般公開されるのは世界で初めて。5月17~7月10日(月曜休館)まで。一般620円、大学生410円、70歳以上は無料。

葵祭 新緑の都大路に平安装束の行列 沿道に8万人の観客

葵祭 新緑の都大路に平安装束の行列 沿道に8万人の観客

京都三大祭りの一つ「葵祭」が5月15日行われ、平安装束に身を包んだ行列が京都御所~上賀茂神社まで新緑の都大路を練り歩いた。
葵祭はおよそ1,400年前に欽明天皇が五穀豊穣を祈って馬を走らせたのが始まりとされている。
京都御所で今年、「斎王代」を務める西村和香さん(26)が「輿(こし)」に乗り込むと、祭の名前の由来になった植物のフタバアオイを衣装などに飾ったおよそ500人の行列が出発。沿道には、警察発表でおよそ8万人の観光客・見物客が集まり、長い行列を見守った。行列は出発からおよそ5時間後に京都市北区の上賀茂神社に到着した。

国宝や重文172件がいぜん所在不明 文化庁

国宝や重文172件がいぜん所在不明 文化庁

文化庁は5月13日、国宝や重要文化財(重文)の美術工芸品が多数所在不明になっている問題で、調査状況を発表した。2015年1月21日現在で所在不明だった180件のうち10件と、調査中の68件のうち9件の所在を確認し、新たに2件の所在不明が判明した。
これにより、所在不明の文化財は172件となった。また、国宝7件を含む58件は引き続き調査中としている。所在が確認できたのは国宝3件と重文16件。

『神皇正統記』の中世写本 福島県只見町で発見

『神皇正統記』の中世写本 福島県只見町で発見

福島県只見町教育委員会は5月12日、南北朝時代の歴史書『神皇正統記』を1587年(安土桃山時代)に書写した写本が町内で見つかったと発表した。同署の中世写本の発見は県内で初めて。県や町の文化財指定を受けることを検討している。
今回見つかった写本は①綴葉装(てつようそう)という、『源氏物語』など平安時代以降の文学書で用いられている、日本の伝統的な装丁②大部分の漢字に振り仮名が付けられている③音読みと訓読みの符号がある④歴史的なできごとを記したページに付箋がある-などが特徴。
本には上野国(群馬県)の寺で祐俊という僧侶が書写したことが記されている。この写本は江戸時代の医者だった同町黒谷の原田家にあった。
調査を担当した東洋大の久野俊彦講師は「中世末期の本の読まれ方が分かる貴重な資料。表紙や糸が装丁当時のままで破損がなく、文化財として重要だ」としている。また、国立歴史民俗博物館の小池淳一教授は「会津の中世文化を解明する手掛かりになる」と話している。
神皇正統記は公家の北畠親房が1339年に著した、天皇を中心に歴史をたどり、南朝の正統性を主張した歴史書。原本は現存せず、約20点の中世写本が伝えられ、国や自治体の文化財に指定されている。

前方後円墳の原型か 橿原で大型の円形周溝墓見つかる

前方後円墳の原型か 橿原で大型の円形周溝墓見つかる

奈良文化財研究所は5月12日、奈良県橿原市城殿町の瀬田遺跡で、前方後円墳の原型と考えられている陸橋を持つ弥生時代末期(2世紀中ごろ~後半)の大型円形周溝墓(直径約31㍍)が見つかったと発表した。
墳丘は失われていたが、周溝ははっきり残り、国内最大級の規模。奈良県内では初の発見で、専門家は「前方後円墳を考えるうえで重要な史料」とみている。また同研究所では「纏向石塚古墳(3世紀初め)など『纏向型』と呼ばれる前方後円墳につながる形を持つ周溝墓だ。奈良県内で見つかったことに大きな意義がある」としている。
今回見つかった周溝墓は墳丘部の直径約19㍍、幅6~7㍍、深さ約50㌢の溝を巡らせ、南西部に長さ約7㍍、最大幅6㍍の陸橋がついていた。埋葬施設は見つかっていない。現地説明会は5月15日、午前10時~午後3時。

無残!石垣崩れ、巨石転がる 市が熊本城郭内公開

無残!石垣崩れ、巨石転がる 市が熊本城郭内公開

熊本市は5月11日、熊本地震で大きな被害を受けて立ち入り禁止となっている熊本城郭内を初めて報道陣に公開した。
一連の地震で石垣の崩落は53カ所に及び、加藤清正による1607(慶長12)年の築城当時の姿を残すとされていた「宇土櫓(やぐら)」など国指定需要文化財が数多く損傷した。城郭内では石垣が至るところで無残に崩れ落ち、地面には巨石が転がっていた。
熊本市では現時点では復旧に要する期間や費用についていずれも不明としているが、10~20年単位で、100億円を上回る規模の巨額の費用がかかるとの見方もある。

江戸時代の高級陶磁器片が多数出土 新京都府警建設現場

江戸時代の高級陶磁器片が多数出土 新京都府警建設現場

京都府教育委員会によると、幕末、徳川幕府が京都の治安警護のため設置した京都守護職上屋敷跡が出土した京都市上京区の新京都府警建設現場から、江戸時代初期の豪商の存在を裏付けるような高級陶磁器片が多数出土した。ベトナムや中国からの輸入品も含まれている。
出土したのは美濃焼の志野茶碗、や向付(むこうづけ)皿、口部分が不規則に湾曲した唐津の沓茶碗、天目茶碗のほか、ベトナムや中国の陶磁器や茶陶など、いずれも17世紀の江戸時代初期の高級品・珍品ばかり。
この周辺では、これまでも高級陶磁器が出土していたことから、高級品を取り扱う店が並んでいたと想定され、18世紀には火災で屋敷を失った京都屈指の茶屋家が現在の中京区から移り住んだ場所としても知られる。
約2600平方㍍の調査地の西寄りの、南北に連なる形で掘られた一辺2.5㍍~5㍍のゴミ捨て穴から出土した。壊れるなどして捨てられたとみられる。

草刈正雄が合流 和歌山県九度山町で「真田まつり」

草刈正雄が合流 和歌山・九度山町で「真田まつり」

関ヶ原の戦いの後、戦国武将、真田昌幸・幸村父子が蟄居(ちっきょ)した地として知られる和歌山県九度山町で5月7、8日、父子をしのぶ恒例の「真田まつり」が開かれた。
7日には真田鉄砲隊の演武、8日には武者行列などが行われた。現在放送中のNHK大河ドラマ「真田丸」で昌幸役を演じる俳優、草刈正雄さん(63)が武者行列の途中からオープンカーで合流。沿道を埋めた見物客から大きな歓声を浴びていた。
武者行列では朱色の甲冑「赤備え」を身に着けて馬にまたがった昌幸・幸村、その子・大助の真田三代と、真田十勇士、鉄砲隊、やり隊など総勢約200人が五月晴れの街中約2.5㌔㍍をパレードした。

福井・一乗谷朝倉氏遺跡で「曲水の宴」平安の雅再現

福井・一乗谷朝倉氏遺跡で「曲水の宴」平安の雅再現

平安時代の公家・貴族が愛好した雅な歌遊びを再現した「越前朝倉曲水の宴」が5月5日、福井市の一乗谷朝倉氏遺跡で開かれた。実行委員会が2010年から開いているもので、今年で7回目。公募した男女12人が演者を務めた。
「曲水の宴」は小川沿いに座った歌人が上流から杯が流れてくる間に即興で歌を詠み、杯の酒を飲み干して再び流す雅な遊び。
今年のお題は「風」。晴れ渡った青空のもと、彩鮮やかな装束を身にまとった演者たちは、風にちなんだ、あるいは風を詠み込んだ歌を認(したた)めていた。演者の20代のカップルらが相互に恋文を披露し、会場は温かい雰囲気に包まれていた。

特別展『真田丸』出足好調 大河&歴史ファンが支持

特別展『真田丸』出足好調 大河&歴史ファンが支持

NHK大河ドラマ『真田丸』に合わせ、東京・両国にある江戸東京博物館で4月29日から開催中の特別展『真田丸』の出足が好調だ。5月1日までの開催3日間で入館者が1万人を突破。視聴率17%前後(関東地区)で安定した支持を得ている大河ドラマと歴史ファンの関心を集めている。同特別展6月19日まで。
同展は、真田一族ゆかりの武具・書状をはじめ約145件に及ぶ貴重な史料を展示し、真田信繁(幸村)と父・昌幸、兄・信幸(信之)ら一族の人間像と彼らの生きた激動の時代を紹介している。
信繁の肖像画や所用の品々など数少ない史料はじめ、江戸時代に絵画化された「大坂の陣」で奮戦する信繁の様子を描いた『大坂の陣図屏風』や、大坂の陣の経緯を詳しく綴った『難波戦記』、錦絵など、さらに信繁が「真田幸村」として語り継がれていく様子の一端を紹介している。

「小田原北條五代祭り」和太鼓・鉄砲実演披露

「小田原北條五代祭り」和太鼓・鉄砲の実演披露

神奈川県小田原市で恒例の「小田原北條五代祭り」が開かれ多くの観客でにぎわった。小田原北條五代祭りは、小田原城を拠点とした戦国大名、北条氏を称える祭りで、今回で52回を数える。
祭りでは和太鼓や鉄砲の実演が披露された。また、メインイベントの大名行列に際し、今回は戦国大名・北条家の始祖、北条早雲に扮したタレント、柳沢慎吾さんの掛け声とともに武者隊が出陣した。
武者隊には北條五代の小田原城主を模した行列のほか、地元の吹奏楽部、御輿(みこし)など総勢およそ1700人が参加して、小田原市内を練り歩き、観光客含め訪れた見物客およそ24万人を楽しませた。

旧海軍の拠点・鎮守府など新たに19件が日本遺産に

旧海軍の拠点・鎮守府など新たに19件が日本遺産に

文化庁はこのほど、地域の有形・無形の文化財で構成した”ストーリー”を認定する日本遺産に、新たに19件を認定した。
旧海軍の拠点、鎮守府が置かれていた4市が申請した「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴」(神奈川・広島・長崎県、京都府)は、砲台や造船施設などが構成文化財で、軍港の施設とともに、水道や鉄道なども重点整備され、日本の近代化を推し進めた側面を打ち出した。
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城・福島県からも、「政宗が育んだ”伊達”な文化」(宮城県)と、「会津の三十三観音めぐり~巡礼を通して観た往時の会津の文化~」(福島県)、「未来を拓いた『一本の水路』-大久保利通”最期の夢”と開拓者の軌跡 郡山・猪苗代-」(同)の3件が選ばれた。

小田原城天守閣 新装公開「平成の大改修」終了

小田原城天守閣 新装公開「平成の大改修」修了

神奈川県の小田原城の天守閣が、2015年7月から行われていた「平成の大改修」を終え、5月1日から一般公開が始まった。
戦国時代、ここを本拠とした北条氏の「難攻不落」の城として知られた小田原城は、2015年7月から耐震工事などの「平成の大改修」が行われていた。1日、装いを新たにした天守閣が一般公開され、訪れた観光客らは真っ白に化粧し直された天守閣や、一新された展示物に見入っていた。
一般公開初日となった1日の入館料は、今回の地震で大きな被害を受けた熊本城の復旧に向けて全額寄付されるという。

京都・城南宮で「曲水の宴」平安の雅の世界再現

京都・城南宮で「曲水の宴」平安の雅の世界再現

京都・城南宮(京都市伏見区)で4月29日、平安時代の貴族の歌会を再現した「曲水の宴」が行われた。新緑に囲まれた庭園で、狩衣(かりぎぬ)や小袿(こうちぎ)といった色とりどりの装束を身にまとった歌人7人が、歌題の「卯花」に合わせた歌を短冊に認(したた)めていく。訪れた約2100人の観客らは、ひととき宮中の雅(みやび)の世界に浸っていた。
曲水の宴は、古代中国で始まったとされ、平安時代に朝廷の貴族の間で行われていたという宮中行事。「遣水(やりみず)」と呼ばれる曲がりくねった小川に酒盃を乗せた器を流し、ほとりに座った歌人が手元に杯が流れてくるまでに歌を詠み、盃を飲み干す。

熊本地震で九州6県の文化財200件超が被災

熊本地震で九州6県の文化財200件超が被災

熊本地震で九州各地の文化財に大きな被害が出ている。文化庁によると4月27日現在、国が指定・選定・登録した文化財の被害は鹿児島県を除く6県で計118件に上る。14日の地震発生後、2週間経過したが、いぜんとして活発な地震活動が続いており、被災件数はさらに増える見通しだ。
熊本県では国の文化財の被災が70件。熊本城(熊本市)の石垣や櫓(やぐら)が壊滅的被害を受け、若き日の夏目漱石が教壇に立った旧制第五高等学校の本館(熊本大五高記念館)も、れんが造りの煙突が折れた。日本三大楼門の一つとされる阿蘇神社(阿蘇市)の楼門も全壊した。大分県でも滝廉太郎が作曲した「荒城の月」の舞台となった岡城跡(大分県竹田市)の石垣に”たわみ”が生じるなどの被害が出ている。
被災件数を県別にみると、国の文化財は最多が熊本で、以下、大分18件、福岡15件など。地方自治体指定の場合、文化庁と異なる集計方法だが、熊本51件、福岡21件、佐賀20件などとなっている。

茶園広がる太閤堤再現へ 京都・宇治市が史跡整備

茶園広がる太閤堤再現へ 京都・宇治市が史跡整備

京都府宇治市が整備を進める国史跡・宇治川太閤堤跡で、堤を築いた後にできた砂州に茶園が広がっていた江戸後期の景観を再現する取り組みが始まった。同市兎道の三室戸小の5年生75人が茶の苗木を植えたほか、5月14日に予定されている植樹イベントでは「昔の茶園をつくろう!」をテーマに、一般から参加者を募集し、取り組みを盛り上げる。
絵図などに描かれた江戸時代の茶園は、現在のような列状ではなく、株と株の間隔が広く、一株ごとの島状に栽培されていた。勝和30年ごろまでは宇治市内でも多く見られたが、次第に姿を消し、現在ではほとんど残っていない。
宇治市は史跡整備の取り組みとして、発見された太閤堤を埋め戻した真上に、豊臣秀吉によって築かれた当時の堤を再現するとともに、茶園として利用された江戸後期の様子を再現する。茶園は約2300平方㍍。遺跡の壮大さを体感するとともに、歴史の流れを感じてもらえるものにしたいとしている。

四天王寺で「聖霊会舞楽大法要」雅の平安絵巻ほうふつ

四天王寺で「聖霊会舞楽大法要」雅の平安絵巻ほうふつ

大阪・四天王寺(大阪市天王寺区)で4月22日、毎年の恒例行事「聖霊会(しょうりょうえ)舞楽大法要」が執り行われた。同寺を創建した聖徳太子の命日(旧暦2月22日)にちなみ、毎年4月22日に行われる同法要。
同寺で約1400年の歴史を誇る重要な行事で、聖霊会の舞楽は重要無形民俗文化財にも指定されている。平安時代には都の貴族の四天王寺詣の楽しみだったとも伝わる。
当日は多くの観覧客が見守る中、重要文化財の石舞台で四天王寺-山衆僧による聖徳太子を称える声明で始まり、天王寺楽所による雅(みやび)で絢爛(けんらん)豪華な平安絵巻を彷彿(ほうふつ)させる舞楽が披露された。

東大寺・東塔跡で「七重塔」示す瓦が大量出土

東大寺・東塔跡で「七重塔」示す瓦が大量出土

東大寺、奈良文化財研究所、奈良県立橿原考古学研究所は4月22日、奈良時代に創建され、高さ70~100㍍の七重塔だったとされる東大寺(奈良市)東塔跡から、「七」の文字が刻まれた鎌倉時代の瓦がまとまって出土したと発表した。
「七」は七重塔を意味するといい、鎌倉時代の東塔再建に使われたとみられる。瓦は昨年度の調査で出土した鎌倉時代の基壇周辺から計30点以上出土。「七」が中央に入った直径15㌢の軒丸瓦と、左右反転した軒平瓦の2種類あった。過去にも同様の瓦は見つかっていたが、どの建物に使われたかは分かっておらず、今回基壇周辺でまとまって出土したことで東塔に使われたと分かった。
東大寺は創建当初、大仏殿を挟んで東西に塔が並んでいたが、東塔は平安時代、隆盛を誇った平家の”南都焼き討ち”で焼失。鎌倉時代に再建されたが落雷で再び焼失し、基壇だけが残っている。瓦などは4月29~5月13日、東大寺ミュージアム(奈良市)で公開される。

土方歳三の愛刀 4/29から京都・霊山歴史館で公開

土方歳三の愛刀 4/29から京都・霊山歴史館で公開

京都の霊山歴史館(京都市東山区)は4月21日、新選組の副長、土方歳三が愛用したとされる刀「大和守源秀國(やまとのかみみなもとのひでくに)」が、新たに収蔵品に加わったと発表した。29日から同館で一般公開する。
刀は1866(慶應2)年8月の制作。長さ約69㌢で「大和守源秀國 秋月種明懇望帯之」と銘打たれ、裏に「幕府侍土方義豊戦刀 慶應二年八月日 秋月君譲請高橋忠守帯之」と土方の名前が入っている。鞘(さや)にはきらめく螺鈿(らでん)が施されていた。
同館によると、刀は戊辰戦争で土方が宇都宮、会津などへ転戦する中、共に戦った会津藩士、秋月種明に贈られたもの。会津藩に従って入洛した刀工・秀國にオーダーメードした可能性が高いという。今回、同館が東京都の所有者から購入した。しゃれた細工ながら、実践を重んじた土方の性格を感じさせる刀だ。

近代造船技術の礎「ヘダ号」再建プロジェクト立ち上げ

近代造船技術の礎「ヘダ号」再建プロジェクト立ち上げ

静岡県東部の経営者や学識経験者らが、江戸時代末期、駿河湾で沈没したロシア艦「ディアナ号」の代替船として現在の沼津市戸田(へだ)地区で建造され、ロシア人乗組員を母国に送り届けた「ヘダ号」を復元する「ヘダ号再建プロジェクト会」を立ち上げる。4月23日に同市内で発足式を開く。
海を生かしたまちづくりを推進する民間団体「セイルタウンNUMAZUクラブ」が同会の中核となる。日本の近代造船技術の礎であるヘダ号を再建することで、史実を伝える地域の象徴的存在とし、これをまちづくりに活用しようというもの。
復元する船は50人乗りを予定。構造は原型に倣うが、安全性を考慮して材料はFRP(繊維強化プラスチック)を用いる。エンジンを装備し、機動性を高める。

日本三名城の熊本城 地震で石垣崩落など甚大な被害

日本三名城の熊本城 地震で石垣崩落など甚大な被害

「日本三名城」の一つといわれ、観光客の間でも長い間根強い人気を集めてきた熊本城が、今回の熊本地震で甚大な被害を受けた。
熊本城総合事務所によると、「頬当御門」といわれる正門や天守閣の入り口周辺など約6カ所の石垣が崩落。建物の壁のひび割れが各所で出たほか、城の周辺を囲む国重要文化財の長塀が約100㍍にわたって崩れた。天守閣の上にあった「しゃちほこ」も落下した。
このほか、引き続き断続的に続く大きな余震の影響で城の中に入れないことから、内部の被害状況は確認できていない。

満開の桜咲く中、豪華絢爛屋台巡行 岐阜・高山で山王祭

満開の桜咲く中、豪華絢爛屋台巡行 岐阜・高山で山王祭

絢爛(けんらん)豪華な12台の祭り屋台で知られる岐阜県・高山祭。その春の高山祭「山王祭」(国重要無形民俗文化財)が4月14、15の両日、岐阜県高山市で開催された。
折良く満開の桜が咲き誇る中、屋台は14日午前9時過ぎ、各屋台蔵から引き出され、市中を巡行。絶景ポイントの朱塗りの中橋をゆっくりと屋台が通ると、その豪奢なさまを待ち構えた大勢の観光客らが一斉にカメラに収めていた。
この後、国史跡・高山陣屋前で三番叟(さんばそう)、龍神台(りゅうじんだい)、石橋台(しゃっきょうだい)の3台が人形からくりを披露。夕方にはこれらの祭り屋台が提灯で飾られて市中を巡り、昼間とは一変、街は幻想的な雰囲気に包まれていた。
高山祭は春の「山王祭」と秋の「八幡祭」の総称。春の訪れを告げる山王祭は旧高山城下町南半分の氏神、日枝神社(山王様)の例祭。

尾形光琳の代表作 国宝「燕子花図屏風」公開 根津美術館

尾形光琳の代表作 国宝「燕子花図屏風」公開 根津美術館

江戸時代の画家、尾形光琳(1658~1716年)の代表作、国宝「燕子花(かきつばた)図屏風」が4月13日から東京・南青山の根津美術館で公開されている。5月15日まで。
この作品は平安時代に成立した伊勢物語の第九段東下り、燕子花の名所八つ橋の一節をテーマにしたと考えられている。双金地の六曲一双屏風で、琳派最大の巨匠の一人、尾形光琳が40代前半ごろに手掛けたとされる傑作。

諏訪大社・御柱祭下社山出しの観客9万1000人減少

諏訪大社・御柱祭下社山出しの観客9万1000人減少

下諏訪町を舞台とする勇壮な諏訪大社御柱祭の下社山出しは4月10日、目通り(目の高さ)周囲3.35㍍と最も太い「秋宮一之」など御柱3本の「木落し」を行い、3日間の日程を終えた。計8本の御柱は終着点の「注連掛(しめかけ)」で、5月14日に始まる「里曳(び)き」まで安置される。
諏訪地方観光連盟御柱祭観光情報センターによると、氏子と観客を合わせた3日間の人出は延べ46万8000人。平成22年の前回に比べ氏子は2万3000人増えたが、観客は9万1000人減少、合計で6万8000人前回を下回った。同センターでは、安全面を考慮した周辺での通行規制や、木落し坂の無料観覧席の廃止などが影響したと分析している。

日本初の兵糧パン再現 江川英龍家の秘蔵資料公開

日本初の兵糧パン再現 江川英龍家の秘蔵資料公開

伊豆の国市韮山の江川英龍邸を管理する公益財団法人江川文庫は4月9日、「江川邸パンフェスタ」を開いた。日本で初めて兵糧パンを焼いたことから「パン祖」と呼ばれる江川英龍(坦庵)にちなんだ催しで、2015年に続き2回目。
江川家に残るレシピに基づき英龍が焼いたパンを再現したほか、秘蔵資料の特別公開や特産市などを行った。パンの再現には、三島市芝本町の石渡食品が協力した。
当時のレシピは小麦粉と塩、水、酒種を使用。今回は食べやすくするため、多少のイースト菌を加えた。土間の大かまどに火を入れ、レシピに習って鉄鍋を焼いた。本来は携帯食として1年ほど保存できるように、水分を飛ばしてカリカリに仕上げたという。
パンはキリスト教徒ともに日本に伝わったが、徳川幕府が禁止した。それを進取の精神に富み合理的な考え方の持ち主でもあった英龍は、工夫して伝来したもののレシピを変えてパンを焼きあげ、砲術を学ぶために全国各地から江川塾に集まった塾生を通じて全国に広めたのだ。

顕如の書状2通修復 一向一揆の一級資料 石川・林西寺

顕如の書状2通修復 一向一揆の一級資料 石川・林西寺

石川県白山市白峰の林西寺は、16世紀後半、浄土真宗本願寺の11代法主・顕如(けんにょ)が鳥越城主の鈴木出羽守(でわのかみ)に宛てた書状2通(同寺所有)を修復した。
この書状は、一向一揆に対する織田信長軍の弾圧に、勇猛に戦った白山山麓の一揆衆への感謝などを記したもので、県史を語るうえで重要な史料とされる。しかし、傷みが進んでいたため、ここ10年以上公開されていなかった。4月16日から寄託先の石川県立歴史博物館で展示される。
2通の書状「顕如上人書翰(しょかん)二双」は、鈴木出羽守の子にあたる林西寺6代目住職釈幸信(しゃくこうしん)が、同寺へ養子に入る際に持参したと伝わっている。
1578(天生6)年4月12日付の書状は、鈴木出羽守が率いる山麓の山内衆(やまのうちしゅう)の活躍を称え激励する内容で、1580(同8)年4月1日付の書状は、織田信長との講和を伝えている。
石川県文化財修復保存協会は、横折れ対策として太い芯を採用し、風合いを損ねないため、、本紙部分に薄美濃紙、台紙部分に美濃紙を使って展示に耐えられるよう修復した。

天下三名槍「御手杵の槍」旧前橋藩主の末裔が復元

天下三名槍「御手杵の槍」旧前橋藩主の末裔が復元

旧前橋藩主の松平大和守家(やまとのかみけ)が代々継承し、東京大空襲で焼失した「御手杵(おてぎね)の槍(やり)」を、17代目の現当主、松平直泰さん(71)が復元した。先祖の徳川家康が逝去して400年の命日にあたる4月17日に前橋東照宮に奉納される。
御手杵の槍は、福岡藩主の黒田家伝来の「日本号」(福岡市博物館所蔵)、戦国武将の本多忠勝が愛用した「蜻蛉切(とんぼきり)」とともに、日本三名槍(そう)として称えられた名高いやりのレプリカは、東照宮で常設展示される。
戦国時代につくられた槍で、手杵の形をした鞘(さや)が名前の由来。刃渡り約140㌢で、柄を含めた全長は約380㌢。同家は参勤交代の際に、馬印として先頭に配置した。近年の刀剣ブームを受けて、松平さんは17日に行われる家康の400回忌、「薨去(こうきょ)400年祭」に合わせて家宝を私費で復元したもの。