京都・木津川市 山城国分寺跡から食堂院の建物群遺構発見

京都府による京都府木津川市の山城国分寺跡の発掘調査で、僧侶の食事に関する施設、食堂院(じきどういん)の建物群の遺構が見つかった。建物の柱の跡や、柱の土台となる礎石が新たに見つかった。
今回見つかった建物跡は南北10m余、東西およそ38mの大規模なものだった可能性があるという。全国にある国分寺の跡では初めてのことで、調査した京都府では当時の中央との特別なつながりがうかがえる成果だとしている。
木津川市にある山城国分寺跡は、奈良時代、聖武天皇が全国各地に造らせた国分寺の一つで、一時、都が置かれた「恭仁京」の跡地に西暦746年建てられたとされている。

日本遺産「古代日本の『西の都』」初の取り消し 小樽を認定

文化庁は2月4日、同庁が認定する日本遺産について「古代日本の『西の都』」(福岡県)を外し、「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽」(北海道)を新たに認定したと発表した。2015年の制度開始以来、認定遺産が取り消されたのは初めて。今回取り消された「古代日本の『西の都』」は、古代の大宰府政庁跡を中心に大陸との交流の場を伝える遺産群。
日本遺産は、地域ならではの歴史や文化財を織り込んだ「ストーリー」を評価・認定し、観光の活性化などを目指す制度。地域によって温度差があることから、今年度から取り組みが不十分な認定地域と、認定を目指す候補地域を入れ替える点数評価が始まった。

茨城・大子町で和紙の原料”こうぞ”の皮剥き作業最盛期

茨城県・大子町で朝晩の冷え込みが強いこの時期、和紙の原料”こうぞ(楮)”を蒸して皮を剥く作業が最盛期を迎えている。
釜で1時間半ほど蒸して柔らかくしたこうぞの枝から皮を丁寧に手で剥き取り、重さ15kgごとの束にした後、さらに丁寧に包丁を使って皮を削ぎ取っていく。こうして集めた繊維部分は数日間、天日で乾燥させ春先、全国各地の和紙生産地の取引先に出荷される。
大子町で生産される”大子那須楮”は繊維が細かく、絹のような滑らかな和紙ができるとして珍重され、福井県の越前和紙などの産地から高い評価を得ているという。

富雄丸山古墳で見つかった木棺の7割腐食せずに残る

奈良県教育委員会によると、4世紀後半の築造とされる奈良県の富雄丸山古墳で「蛇行剣」とともに見つかった「割竹型木棺」と呼ばれる木製の棺(ひつぎ)の7割程度が腐食せずに残っていたことが分かった。
棺は一本の丸太をくり抜いて作った割竹型木棺で、幅がおよそ70cm、長さは5.8m余。内部は2枚の仕切り板で、埋葬された人物と青銅製の鏡など副葬品を納める場所を分ける構造担っていることが確認できた。
古墳時代の棺が、詳細な構造がわかるように残っている例は少なく、当時の権力者の埋葬のあり方を考えるうえで貴重な資料になるとしている。

政府 奈良「飛鳥・藤原の宮都」を世界遺産登録へ推薦決定

政府は1月28日、2026年の世界文化遺産登録を目指し、「飛鳥・藤原の宮都」(奈良)を推薦することで閣議了解した。提出期限の31日までに国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦書を提出する。順調にいけば、2025年秋ごろにユネスコ諮問機関が現地調査を実施し、2026年夏に開かれる世界遺産委員会で登録可否が審議される。
飛鳥・藤原の宮都は、日本で初めて生まれた古代国家の宮都の遺跡群。飛鳥宮跡や藤原宮跡、高松塚古墳などで構成される。

アウシュビッツ強制収容所解放 1/27で80年 跡地で追悼式典

第2次世界対戦(1939〜1945年)中、ナチス・ドイツがユダヤ人を中心におよそ110万人を虐殺したアウシュビッツ強制収容所が1945年1月27日に解放されてから80年。同収容所の跡地で2025年1月27日、追悼式典が開かれた。式典には生き延びた人やその家族のほか、ドイツのシュタインマイヤー大統領、フランスのマクロン大統領、英国のチャールズ国王などおよそ50カ国の代表者が出席した。アウシュビッツ強制収容所はナチス・ドイツがポーランド南部に建設し、ユダヤ人の大量虐殺、ホロコーストの中心的役割を担った大規模な施設。ガス室などでおよそ110万人(このうち100万人がユダヤ人)が虐殺されたといわれる。