京都大学数理解析研究所の柏原正樹特任教授(78)に対する、「数学のノーベル賞」とも呼ばれる「アーベル賞」の授賞式が5月20日、ノルウェーの首都オスロで行われた。柏原氏は、ノルウェーのハラルド国王からガラス製の盾を渡され、にこやかな表情で握手を交わした。
アーベル賞は、優れた業績を挙げた数学者にノルウェー政府が贈る国際的な賞。賞金は750万ノルウェー・クローネ(約1億円)。今年は代数解析学の分野で「D加群」と呼ばれる理論を構築するなどした柏原氏が、日本人として初めて選ばれた。
受賞スピーチで柏原氏は、21歳のときに出会った恩師・佐藤幹夫氏から教わった「数学において、新しいものを創造することの大切さ」を挙げ、「これが私の研究自生の重要な指針となった」と感謝の思いを述べた。
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喜多川歌麿「ポッピンを吹く娘」初期に刷られた作品発見
東京国立博物館によると、江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿の版画「ポッピンを吹く娘」のうち、これまで海外にしか現存していないとされていた初期に刷られた作品が国内にもに残されていることが分かった。「ポッピンを吹く娘」は、東京国立博物館が所蔵するものなど数点しか現存しない版画で、美人画を得意とする喜多川歌麿の代表作の一つ。
今回分かったのは、作品の題名部分には東京国立博物館が所蔵する「婦女人相十品」ではなく、「婦人相学●(身ヘンに本)」と書かれていることから、より古い初期に刷られたものだと判断したという。
この作品は40年余前にフランスでオークションに出品された後、所在が分からなくなっていた。初期に刷られた作品には、ほかにハワイのホノルル美術館が所蔵するものがある。
幻の1940年”東京万博”の回数券使えます 万博の歴史継承
日本国際博覧会協会(万博協会)は5月5日、日中戦争の影響で急遽、中止となった1940年「東京万博」の回数券と、大阪・関西万博の入場券の引き換えを始めた。1970年大阪万博や2005年愛知万博でも同様の対応が取られたことで、今回も「万博の歴史を継承したい」としている。
東京万博は神武天皇の即位2600年を記念し、日本初の万博として東京を主会場に計画され準備が進められていたが、日中戦争の激化で中止された。正式名称は「紀元2600年記念日本万国博覧会」で、”幻の万博”とも呼ばれる。1冊12枚綴りの回数券は、戦時中の混乱で払い戻しされなかったケースも多く、1970年大阪万博や2005年愛知万博では招待券との引き換え措置が取られた。
応神天皇陵の前方部に巨大石室 旧宮内省が90年前に調査
宮内庁の資料などによると、応神天皇陵として同庁が管理する大阪府羽曳野市の前方後円墳・誉田御廟山古墳(5世紀前半、全長425m)で、旧宮内省が1935年が調査し、前方部から巨大な竪穴式石室が見つかったことが分かった。宮内庁関係者によると、古墳時代の天皇陵で埋葬施設が公式に調査された唯一の事例。
これにより、前方後円墳の意味・内容の修正が必要になる。これまで、ヤマト政権の象徴である前方後円墳の埋葬施設は後円部に造られ、前方部は祭祀の場などと考えられていたが、前方部にも血縁者や政権を支えた有力者ら葬った可能性が浮上した。このことは、大型の前方後円墳が王一人のための墓ではないことを示し、謎の多い天皇陵の実態を知る貴重な手掛かりになる。
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「日本国宝展」絵画, 仏像, 土器など135点展示 4/26開幕
大阪市立美術館(所在地:大阪市天王寺区)で4月26日から、先人から受け継がれてきた日本の国宝を集めた「日本国宝展」が始まった。6月15日まで。
大阪・関西万博の開催と同館のリニューアルオープンを記念した特別展。絵画、仏像、土器など歴史の教科書にも登場するような国宝135件を入れ替えながら展示する。縄文時代から近世にかけての”厳選された美”に触れる格好の機会となりそうだ。
中国・後漢王朝の皇帝から贈られた「金印『漢委奴國王』」(きんいん かんの・わの・なの・こくおう)、「袈裟襷文銅鐸」(けさだすきもんどうたく)はじめ、「火焔型土器」(かえんがたどき)はおよそ5,000年前の縄文時代中期を代表する土器だ。江戸時代に活躍した絵師、伊藤若冲の代表作「動植綵絵 群鶏図」などは出色。
宮内庁 奈良・正倉院に伝わる「虹龍」はニホンテンと判明
宮内庁正倉院事務所の調査によると、奈良・正倉院に伝わる宝物で貂(てん)のミイラとされる「虹龍(こうりゅう)」が、11〜12世紀のニホンテンだったことが分かった。同事務所が4月23日、「正倉院紀要第47号」で発表した。貂のミイラは全長23cm。頭部や鋭い歯、首やかぎ爪のある後ろ脚、皮膚や内臓のいち部などが残り、両前脚は欠落している。今回の2021〜2023年の調査で、骨や歯の特徴などからニホンテンの雌の成獣だと特定された。
1429年に室町幕府の第6代将軍・足利義教が正倉院で「竜の日干し(ひぼし)」を見たことを、当時の京都・醍醐寺の座主(ざす)が日記に書いているが、実際にはこの虹龍だった可能性が高いという。
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足尾銅山記念館が完成式典 古河グループ 8月に一般公開
古河機械金属など古河グループは4月21日、足尾銅山記念館(所在地:栃木県日光市足尾町)の完成記念式典を開いた。報道陣らに内部を公開した。一般社団法人 古河市兵衛記念センターが建設し、運営する。延床面積は1,245㎡。館内では1884年に銅の生産量が日本一になった足尾銅山に歴史や、1877年に足尾銅山の経営を始めた古河グループの創業者、古河市兵衛の人物像などを伝えるブースを設けている。
銅山から有害物質が流出して大きな被害をもたらし、日本の公害の原点とされる足尾鉱毒事件についても、一部屋を使って展示している。
足尾町はインバウンド(訪日外国人)に人気の日光から車で30分のところに位置し、新たな観光スポットとなりそうだ。
富岡鉄斎「画業70年の足跡」57点集め兵庫・宝塚市で企画展
近代を代表する文人画家、富岡鉄斎(1836〜1924年)の青年期から晩年までの作品など57点を集めた企画展「鉄斎の画業七十年ー画を以て法を説く」が、清荒神清澄寺(所在地:兵庫県宝塚市)内にある鉄斎美術館で開かれている。
鉄斎は京都の商家に生まれ、国学や漢学、儒教に親しみ、独学で大和絵や山水画など、様々な技法を習得した。今回は、鉄斎が19歳で絵を学び始めた時代のキジの模写から、亡くなる直前に仕上げた仙人の地の絵までを、年代順に展示している。圧巻は、六曲一双の屏風「青緑山水図」(各縦1.7m、横3.5m)。77歳のころの作品で、山々から湖水に流れる渓流が色鮮やかに描かれている。
企画展は5月4日まで(月曜休館)。一般600円、高校大学生400円、小中学生200円。
ユネスコ 家康寄進 仏教叢書 増上寺聖典「世界の記憶」登録
国連教育・科学・文化期間(ユネスコ)は4月17日、歴史的な文書類の保存を目的とする「世界の記憶」(国際登録)に、日本から申請した「増上寺が所蔵する三種の仏教聖典」を登録することを正式に決めた。日本関連の「世界の記憶」は10件目となる。
これは、浄土宗と浄土宗大本山の増上寺(所在地:東京都港区)が登録申請した。12〜13世紀に中国の南宋・元、朝鮮半島の高麗の各時代に、当時最高の技術で制作された版木による木版経典群だ。徳川家康が収集し、増上寺に寄進したもの。総数は約1万2,000点に及ぶ。
このほか、日本からは広島市と5つの報道機関が「広島原爆の視覚的資料ー1945年の写真と映像」も共同申請したが、登録されなかった。
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信長の書状発見 室町幕府と畿内武士の調整役務める
織田信長(1534〜1582年)が、室町幕府第15代将軍足利義昭の後見役として、義昭の意を汲んで幕府と畿内の武士の調整役を務めていたことが分かった。
信長が元亀2年(1571年)に書いた、河内(現在の大阪府東部)の武士の安見宗房が戦乱で失った領地の回復を要望していたことから、幕府有力者の細川昭元の家臣、三好為三に宗房と昭元の対面の取り次ぎを依頼する書状が発見された。文末に、「詳しくは明智(光秀)が伝える」と書かれ、当時信長の家臣として台頭していた光秀に、幕府との連絡役を任せていた様子も分かる。
信長は1568年、義昭を立てて入京し、良好な関係を築く。だが、後に2人は対立し、1573年に義昭を京都から追放する。短い期間だったが、対立前は畿内での権益調整の役を担っていたことが分かる史料として注目される。
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纏向遺跡で出土の織物は最古級の矢入れの一部と判明
奈良県立橿原考古学研究所の調査によると、邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纏向遺跡で、1971年に出土した3世紀中頃(古墳時代初め)の織物が、箱形の矢入れ「ゆき」の一部とみれらることが分かった。
織物は用途不明のまま同研究所付属博物館で保管され、マイクロスコープで調べ直した。長さ20.2cm、幅7.9〜8.2cmで、細い絹糸を使ったとみられる。経糸と緯糸を交差させた”綾織り”で”杉綾文様”をつくり出していた。絹の綾織りは、中国の技術とみられる。
ゆきは3世紀後半〜4世紀(古墳時代前期)の古墳の副葬品として知られ、中央から地方に配布されたと考えられている。また、ゆきは普通の繊維製品ではなく、古墳時代の三角縁神獣鏡と同様に政治的な意図が込められていた。
今回判明した国内最古級のゆきの出土で、同研究所では纏向遺跡が古代王権の中心地だったことを改めて示す発見としている。
大阪・関西万博 4/13開幕「いのち輝く未来社会のデザイン」
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマとする大阪・関西万博の開会式が4月12日、大阪・夢洲(所在地:大阪市此花区)の会場で開かれ、国内外の要人ら約1,300人が出席した。日本と海外の158カ国・地域、7国際機関が参加する万博が13日に開幕し、10月13日まで184日間にわたる祭典が始まった。万博を運営する日本国際博覧会協会は会期中、国内外から2,820万人の来場を見込んでいる。
開会式には天皇、皇后両陛下、万博名誉総裁の秋篠宮ご夫妻が出席されたほか、石破首相や大阪府の吉村知事、参加国の代表らが参加した。
会場の面積は東京ドーム33個分に相当する約155ha。参加国や国内企業が出展する計84のパビリオンが建ち並び、貴重な文化財や次世代の技術が展示される。
中心部には、今回の万博のシンボルともいえる世界最大の木造建築物となる大屋根リング(1周2km)が組まれ、海外各国の57館をすべてリングの内側に置くことで、「多様でありながら、ひとつ」というメッセージが込められている。
①入場券の販売低迷②熱中症対策③メタンガス発生リスク④大混雑必至の会場へのアクセスーーなど様々な課題・難題を抱えながらも、6カ月余りにわたる万博がスタートした。ともかく何より「安心で安全な万博の実現」を祈りたい。
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人気漫画『日出処の天子』が能狂言に 野村萬斎さん演出で
人気漫画『日出処の天子』が新作の能狂言として初めて舞台化されることになり、原作者の山岸凉子さんはじめ、演出を手掛ける狂言師、野村萬斎さん、人間国宝の能楽師、大槻文藏さんらが4月9日、記者会見し公演への意気込みを語った。
原作の漫画『日出処の天子』は、少女漫画の金字塔として知られる作品。聖徳太子を超能力のある美少年と設定し、周囲の人物との関わりを同性愛の要素も取り入れながら、独自の解釈で描いた壮大な物語。野村萬斎さんが演出と主人公の厩戸皇子、後の聖徳太子の役を演じる。
原作の山岸さんは「漫画は二次元の世界ですが、三次元で生身の人間が演じる舞台で、どう表現されるのかとても楽しみにしている」と語った。また演出の野村さんは「この作品は理詰めではなく、象徴性を含めたシーンで、なにか飛び越えられるスケールの大きさがあり、能狂言の手法で表現できるのではないか」と構想を話していた。公演は8月に東京・銀座の観世能楽堂で行われる。
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富岡製糸場 世界遺産登録10年 入場者ピークの1/4 継承課題
群馬県の富岡製糸場は2014年6月の世界遺産登録から昨年、10年が経過した。大挙して列をなした来場者は大きく減少。昨年度は、ピークの登録時(2014年度)の133万人余りから、4分の1ほど(28%)の36万8,919人にとどまっている。これでもコロナ禍の後、少しずつ回復、4年連続で増えた結果の数値だ。
富岡製糸場では、施設の維持管理や整備の予算を確保するためには年間45万人以上の入場者が必要だとしている。明治時代、生糸・絹織物で日本経済を牽引した生産現場の再現、歴史遺産を次世代へ継承するためにも新たな安定的誘客策が求められる。
全国各地でオーバーツーリズムが指摘されているが、富岡製糸場の昨年度、外国人観光客はわずか2,785人にとどまり、全体の1%にも満たなかった。海外への魅力発信も課題となっている。
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信長築城の安土城 城下町の石垣発見 滋賀・近江八幡市
滋賀県近江八幡市が2024年8月から10月にかけて行った発掘調査の結果、織田信長築城の安土城の城跡から南西およそ1kmの「西の湖」の湖岸で、新たに城下町のものとみられる石垣が見つかったことが分かった。
調査前の時点で、湖岸から50mほど離れた畑に石が並ぶように埋まっているのが見えていたが、地面を深く掘り進めたところ、幅およそ17m、高さおよそ1.6mの石垣が見つかったという。石垣は4段ほど積み上げられているが、下の2段は大きな石を整列させたような積み方をしていることや、湖東流紋岩と呼ばれる付近から採られる石が多く使われていることなどから、安土城の城下町のもとみられるという。
これらの石垣は①湖からの敵の侵入を防ぐ防御の役割②湖の水の浸食を防ぐーーなどの役割があったと考えられるという。
市によると、安土城の城下町のものとみられる本格的な石垣が、湖岸で見つかったのは今回が初めて。
”火星の石”国立極地研から万博「日本館」へ 常時展示
文久遣欧使節団がマルタに贈呈した友好の甲冑が里帰り
古事記 編纂者・太安萬侶の墓誌, 伎楽面など国宝に 文化審
飛鳥宮跡で天皇かその周辺の最大級の建物跡 新たに発見
京都 嵯峨嵐山文華館 ”日本画と楽しむ小倉百人一首”企画展
京都・北野天満宮で「曲水の宴」平安 宮中行事を再現
京都・北野天満宮(所在地:京都市上京区)で3月8日、平安時代の宮中行事「曲水の宴」が行われ華やかで雅の宴の様子が再現された。曲水の宴は、小川の上流から流れてくる盃が自分の前を通り過ぎるまでにお題に沿った和歌を認(したた)める、平安時代、宮中で行われた歌会。
北野天満宮の曲水の宴は2016年から再開。和歌や漢詩の名手だった菅原道真を祀るだけに、和歌だけでなく漢詩も詠むのが特徴。
同日は色鮮やかな平安装束に身を包んだ8人の詠み手が庭園の小川のほとりに座り、ひととき雅の世界に浸った。庭園の周りにはおよそ500人が集まり、「神」や「梅」などお題とした詠み手の作品が詠み上げられると、静かに聴き入っていた。
仁徳天皇陵 考古学・歴史学学術団体G17人が立ち入り調査
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佐紀古墳群にヤマト王権の200m古墳跡 平城京造営時 破壊
奈良市教育委員会埋蔵文化財調査センターは3月1日、奈良市の平城宮跡周辺に広がる佐紀古墳群にかつて、全長約200mの前方後円墳「佐紀池ノ尻古墳(仮称)」が存在していたと発表した。航空レーザー測量などから確認した。
この古墳は4世紀後半に築造された後、平城京造影で破壊されたとみられ、被葬者はヤマト王権の中枢を担った有力者の可能性があるという。
同センターが行った発掘調査で2023年8月、平城京造営に伴って整地された地層の下から大きな溝が見つかった。また、4世紀後半の鰭(ひれ)のような突起がある盾形埴輪なども出土し、古墳南端の周濠(幅約30m)と判断された。これらの研究成果を踏まえ、南北約260m、東西約200mの盾形の周濠を伴った大型前方後円墳があったと結論付けた。
東大寺二月堂 3/1から”お水取り”の「お松明」始まる
三島由紀夫の石原慎太郎宛て書簡発見 石原の政界進出促す
作家の三島由紀夫(1925〜1970年)が石原慎太郎(1932〜2022年)に宛てた書簡計6通が石原の遺品から見つかった。うち1通は三島が「楯の会」の主宰者として自衛隊市ヶ谷駐屯地(所在地:東京都新宿区)で自決する3年前に送ったもので、石原の政界進出(参議院全国区)への決断を促す要因となった。石原は後年、著作でこの書簡の存在に触れていたが、実物が確認されたのは初めて。
三島由紀夫の研究で知られる井上隆史・白百合女子大学教授は「時代や社会を向こうに回して、原稿用紙のマスを埋めていくという創作姿勢において、両者は共通していた。やがて、政治や天皇を巡り対立するが、それは接近した同極の磁石が激しく反発し合うのに似た現象で、書簡はその経緯をうかがわせる重要な資料だ」と語る。
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奈良・桜井市「寒仕込み」三輪そうめんづくり 最盛期
奈良県桜井市でいま、特産の三輪そうめんの中でも、寒さの厳しいこの時期に生産される「寒仕込み」のそうめんづくりが最盛期を迎えている。同市内の製麺所では、軟らかい状態の麺を専用の機械を使って引き伸ばした後、さらに人の手で引き伸ばし、通常の半分、0.5ミリほどの細さに仕上げていた。
この時期は、寒さで熟成が緩やかになり時間が掛かるものの、通常より細くてコシがあることから”寒仕込み”の高級品として出荷される。現在生産されているものは、箱詰めした後、1年余り熟成させ、2026年の夏向けに全国に出荷される。
三輪そうめんは、およそ1300年前に大神神社に小麦を練ったものをお供えしたことが始まりとされ、細く、歯ごたえのあるのが特徴。