京都 豊臣秀吉の「聚楽第」跡地で西外堀の遺構?発見

京都市文化財保護課は1月9日、安土桃山時代、豊臣秀吉の公邸だった「聚楽第」跡地(所在地:京都市上京区)で、西側の外堀とみられる遺構が見つかったと発表した。市が2023年9月から発掘調査した結果、幅約12m、深さ約3mの南北方向の堀状遺構が発見された。断面の主な形状は緩やかなU字状だった。聚楽第と同時期と推定される金箔瓦や平瓦も見つかった。これまで西外堀の存在は文献や絵画で確認されておらず、今後の調査で実態が明らかになるとみられる。
1586年に造営が始まった聚楽第は政務のほか、後陽成天皇や海外施設をもてなす場としても使われた。秀吉が関白の座を譲った甥の秀次の失脚に伴い、聚楽第は破却された。

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