京都・北野天満宮で「曲水の宴」平安 宮中行事を再現

京都・北野天満宮(所在地:京都市上京区)で3月8日、平安時代の宮中行事「曲水の宴」が行われ華やかで雅の宴の様子が再現された。曲水の宴は、小川の上流から流れてくる盃が自分の前を通り過ぎるまでにお題に沿った和歌を認(したた)める、平安時代、宮中で行われた歌会。
北野天満宮の曲水の宴は2016年から再開。和歌や漢詩の名手だった菅原道真を祀るだけに、和歌だけでなく漢詩も詠むのが特徴。
同日は色鮮やかな平安装束に身を包んだ8人の詠み手が庭園の小川のほとりに座り、ひととき雅の世界に浸った。庭園の周りにはおよそ500人が集まり、「神」や「梅」などお題とした詠み手の作品が詠み上げられると、静かに聴き入っていた。

仁徳天皇陵 考古学・歴史学学術団体G17人が立ち入り調査

世界文化遺産の一つで、宮内庁により「仁徳天皇陵」として管理されている大阪府堺市の大山古墳で3月7日、学術団体の研究グループによる立ち入り調査が行われた。同日は、考古学、歴史学などの研究者17人が参加した。
グループは2時間半にわたって墳丘全体を観察し、①前方部について、時期の推定は難しいものの、石積みが後世に整えられたこと②斜面に溝状の亀裂が入り、崩れている部分が多いことーーなどを確認できたとしている。大山古墳は5世紀前半に築造された大規模な前方後円墳。

オーストリアで発見された「豊臣期大坂図屏風」万博で蘇る

およそ400年前に色鮮やかに描かれた「豊臣期大坂図屏風」が、4月13日開幕する万博で最新の技術を使って蘇ることになった。この屏風には栄華を誇った太閤・豊臣秀吉の時代に栄えた大阪の城下町が精細かつ色鮮やかに描かれている。
屏風は2006年、どのような経緯があったのか不明だが、オーストリアで発見されたもので、保管状態が極めて良く、恐らく描かれた当時に近い、ほとんど劣化していないと思われるという。

佐紀古墳群にヤマト王権の200m古墳跡 平城京造営時 破壊

奈良市教育委員会埋蔵文化財調査センターは3月1日、奈良市の平城宮跡周辺に広がる佐紀古墳群にかつて、全長約200mの前方後円墳「佐紀池ノ尻古墳(仮称)」が存在していたと発表した。航空レーザー測量などから確認した。
この古墳は4世紀後半に築造された後、平城京造影で破壊されたとみられ、被葬者はヤマト王権の中枢を担った有力者の可能性があるという。
同センターが行った発掘調査で2023年8月、平城京造営に伴って整地された地層の下から大きな溝が見つかった。また、4世紀後半の鰭(ひれ)のような突起がある盾形埴輪なども出土し、古墳南端の周濠(幅約30m)と判断された。これらの研究成果を踏まえ、南北約260m、東西約200mの盾形の周濠を伴った大型前方後円墳があったと結論付けた。

東大寺二月堂 3/1から”お水取り”の「お松明」始まる

奈良・東大寺二月堂の「お松明」が3月1日から始まった。これは古都・奈良に春の訪れを告げる”お水取り”の名で知られる二月堂の「修二会」の一環。修二会は、「練行衆」と呼ばれる僧侶たちが国の安泰を願って修行する奈良時代から続く伝統行事。
お松明は、「童子」と呼ばれる僧侶の補佐役が、二月堂の舞台の欄干から燃え盛る大きな松明を突き出すように振って火の粉を散らし駆け抜ける。この火の粉を浴びると健康に過ごせるとされ、訪れた人たちからは歓声や拍手が挙がっていた。

三島由紀夫の石原慎太郎宛て書簡発見 石原の政界進出促す

作家の三島由紀夫(1925〜1970年)が石原慎太郎(1932〜2022年)に宛てた書簡計6通が石原の遺品から見つかった。うち1通は三島が「楯の会」の主宰者として自衛隊市ヶ谷駐屯地(所在地:東京都新宿区)で自決する3年前に送ったもので、石原の政界進出(参議院全国区)への決断を促す要因となった。石原は後年、著作でこの書簡の存在に触れていたが、実物が確認されたのは初めて。
三島由紀夫の研究で知られる井上隆史・白百合女子大学教授は「時代や社会を向こうに回して、原稿用紙のマスを埋めていくという創作姿勢において、両者は共通していた。やがて、政治や天皇を巡り対立するが、それは接近した同極の磁石が激しく反発し合うのに似た現象で、書簡はその経緯をうかがわせる重要な資料だ」と語る。

「五色百人一首」初の全国大会 大津市に160人余の小学生

子どもたちに気軽に百人一首を楽しんでもらおうと札の色を5つの色に分け20枚の札で競う「五色百人一首」の初めての全国大会が2月16日、滋賀県立武道館で開かれた。同大会には近畿地区を中心に全国から160人余の小学生が参加した。
五色百人一首は、本来100枚ある札を青、黄色、ピンクなど5色に色分けし、同じ色の20枚だけを使って競うもの。

「銀河団」中心部の高温ガスの流れ詳細観測に成功 JAXA

JAXA(宇宙航空研究開発機構)などの国際研究グループは、多くの銀河が集まる「銀河団」の中心部にある高温ガスの流れを詳しく観測することに成功した。同グループは2023年に打ち上げられた天文観測衛星「XRISM」で、地球からおよそ1億光年離れた「ケンタウルス座銀河団」を観測した。
その結果。銀河団は秒速130キロから310キロの速度で地球の方向に動いていることが分かった。また、ガスの流れは銀河団同士の衝突や合体によるものと考えられるという。これらは、銀河団が衝突や合体を経て膨張していく過程を示す証拠で、様々な天体の進化を理解するうえで重要な手がかりになるとしている。

全国の「日本遺産」一堂に会して86ブースが魅力をPR 京都

文化庁が地域の文化や伝統を広く発信するため認定を進める「日本遺産」の魅力をPR、体験するイベントが2月15、16の両日、全国の日本遺産が一堂に会し、京都市下京区の東本願寺前の広場に86のブースが設けられ、行われた。これは、制度の創設から10年となるのを機に、広く紹介するため行われたもの。
インバウンドにも人気の、忍者発祥の地とされる三重県伊賀市と滋賀県甲賀市のブースでは、忍者の装束に身を包んだスタッフが対応。投げ方のアドバイスを受けながら手裏剣投げに挑戦。鳥取県三朝町のブースでは足湯・手湯などが設けられ、親子連れらが”ほっこり”笑顔を見せていた。

奈良・桜井市「寒仕込み」三輪そうめんづくり 最盛期

奈良県桜井市でいま、特産の三輪そうめんの中でも、寒さの厳しいこの時期に生産される「寒仕込み」のそうめんづくりが最盛期を迎えている。同市内の製麺所では、軟らかい状態の麺を専用の機械を使って引き伸ばした後、さらに人の手で引き伸ばし、通常の半分、0.5ミリほどの細さに仕上げていた。
この時期は、寒さで熟成が緩やかになり時間が掛かるものの、通常より細くてコシがあることから”寒仕込み”の高級品として出荷される。現在生産されているものは、箱詰めした後、1年余り熟成させ、2026年の夏向けに全国に出荷される。
三輪そうめんは、およそ1300年前に大神神社に小麦を練ったものをお供えしたことが始まりとされ、細く、歯ごたえのあるのが特徴。

茨城・偕楽園で2/11恒例の「水戸梅まつり」始まる

日本三名園の一つで梅の名所として知られる茨城県水戸市の偕楽園で2月11日、恒例の「水戸梅まつり」が始まった。3月20日まで。期間中、様々な催しが開かれる。偕楽園にはおよそ100品種、3,000本の梅の木が植えられている。日本列島を襲った、近年にはない最強寒波で梅の開花は全体的には例年より遅れ気味で、まだつぼみがほろび始めたばかりという。それでも同日、早咲きの一部がピンクの花を咲かせていた。

京都・木津川市 山城国分寺跡から食堂院の建物群遺構発見

京都府による京都府木津川市の山城国分寺跡の発掘調査で、僧侶の食事に関する施設、食堂院(じきどういん)の建物群の遺構が見つかった。建物の柱の跡や、柱の土台となる礎石が新たに見つかった。
今回見つかった建物跡は南北10m余、東西およそ38mの大規模なものだった可能性があるという。全国にある国分寺の跡では初めてのことで、調査した京都府では当時の中央との特別なつながりがうかがえる成果だとしている。
木津川市にある山城国分寺跡は、奈良時代、聖武天皇が全国各地に造らせた国分寺の一つで、一時、都が置かれた「恭仁京」の跡地に西暦746年建てられたとされている。

日本遺産「古代日本の『西の都』」初の取り消し 小樽を認定

文化庁は2月4日、同庁が認定する日本遺産について「古代日本の『西の都』」(福岡県)を外し、「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽」(北海道)を新たに認定したと発表した。2015年の制度開始以来、認定遺産が取り消されたのは初めて。今回取り消された「古代日本の『西の都』」は、古代の大宰府政庁跡を中心に大陸との交流の場を伝える遺産群。
日本遺産は、地域ならではの歴史や文化財を織り込んだ「ストーリー」を評価・認定し、観光の活性化などを目指す制度。地域によって温度差があることから、今年度から取り組みが不十分な認定地域と、認定を目指す候補地域を入れ替える点数評価が始まった。

茨城・大子町で和紙の原料”こうぞ”の皮剥き作業最盛期

茨城県・大子町で朝晩の冷え込みが強いこの時期、和紙の原料”こうぞ(楮)”を蒸して皮を剥く作業が最盛期を迎えている。
釜で1時間半ほど蒸して柔らかくしたこうぞの枝から皮を丁寧に手で剥き取り、重さ15kgごとの束にした後、さらに丁寧に包丁を使って皮を削ぎ取っていく。こうして集めた繊維部分は数日間、天日で乾燥させ春先、全国各地の和紙生産地の取引先に出荷される。
大子町で生産される”大子那須楮”は繊維が細かく、絹のような滑らかな和紙ができるとして珍重され、福井県の越前和紙などの産地から高い評価を得ているという。

富雄丸山古墳で見つかった木棺の7割腐食せずに残る

奈良県教育委員会によると、4世紀後半の築造とされる奈良県の富雄丸山古墳で「蛇行剣」とともに見つかった「割竹型木棺」と呼ばれる木製の棺(ひつぎ)の7割程度が腐食せずに残っていたことが分かった。
棺は一本の丸太をくり抜いて作った割竹型木棺で、幅がおよそ70cm、長さは5.8m余。内部は2枚の仕切り板で、埋葬された人物と青銅製の鏡など副葬品を納める場所を分ける構造担っていることが確認できた。
古墳時代の棺が、詳細な構造がわかるように残っている例は少なく、当時の権力者の埋葬のあり方を考えるうえで貴重な資料になるとしている。

政府 奈良「飛鳥・藤原の宮都」を世界遺産登録へ推薦決定

政府は1月28日、2026年の世界文化遺産登録を目指し、「飛鳥・藤原の宮都」(奈良)を推薦することで閣議了解した。提出期限の31日までに国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦書を提出する。順調にいけば、2025年秋ごろにユネスコ諮問機関が現地調査を実施し、2026年夏に開かれる世界遺産委員会で登録可否が審議される。
飛鳥・藤原の宮都は、日本で初めて生まれた古代国家の宮都の遺跡群。飛鳥宮跡や藤原宮跡、高松塚古墳などで構成される。

アウシュビッツ強制収容所解放 1/27で80年 跡地で追悼式典

第2次世界対戦(1939〜1945年)中、ナチス・ドイツがユダヤ人を中心におよそ110万人を虐殺したアウシュビッツ強制収容所が1945年1月27日に解放されてから80年。同収容所の跡地で2025年1月27日、追悼式典が開かれた。式典には生き延びた人やその家族のほか、ドイツのシュタインマイヤー大統領、フランスのマクロン大統領、英国のチャールズ国王などおよそ50カ国の代表者が出席した。アウシュビッツ強制収容所はナチス・ドイツがポーランド南部に建設し、ユダヤ人の大量虐殺、ホロコーストの中心的役割を担った大規模な施設。ガス室などでおよそ110万人(このうち100万人がユダヤ人)が虐殺されたといわれる。

奈良・若草山で山焼き 古都の冬空朱く染める火炎ショー

奈良市で1月25日、古都の冬の伝統行事、若草山の山焼きが行われた。家族連れやカップルなど多くの見物客は激しい火炎が、冬の夜空を朱く染める幻想的な光景をカメラに収めるなどして楽しんだ。
山焼きは午後5時半過ぎ、若草山のふもとの神社に春日大社から御神火を灯した松明(たいまつ)が届けられ、神職が山焼きの無事を祈った。その後およそ600発の花火が打ち上げられたあと、ほら貝とラッパの音を合図に、松明を手にした消防団員およそ300人が斜面の枯れ草に一斉に火を放つと、徐々に大きな炎となり火勢を増し、山頂に向かって広がり、夜空を焦がしていった。

水戸 偕楽園 例年より2週間早く早咲きの梅の花咲き始める

日本三名園の一つ、茨城県水戸市の偕楽園で早咲きの梅の花が咲き始めている。偕楽園公園センターによると、今シーズンは早咲きの品種の咲き始めが例年より2週間ほど早いという。すでに濃い紅色の花びらが重なって咲く「八重寒紅」や、白い一重の花びらが特徴の「冬至」などの品種が花をつけている。
偕楽園では、多くの品種が開花し始める2月11日から「水戸の梅まつり」が開かれる予定。そして、例年3月上旬に開花の最盛期を迎える。同園にはおよそ100品種、3,000本の梅の木が植えられている。

50年に一度公開の秘仏, 元三大師坐像 奈良国立博物館で公開

東京・調布市の深大寺が所蔵し、50年に一度、一般公開される秘仏、元三大師坐像(がんざんだいしざぞう)が奈良国立博物館・なら仏像館で特別公開されている。同秘仏の特別公開は3月16日まで。
同坐像は平安時代中期に天台宗のトップ、天台座主を務めた高僧、良源(りょうげん)の姿を彫った高さ2mの木像。像は木材の接合部分が劣化したり、表面の漆が剥がれたりしていたことから、3年前から奈良国立博物館で修復が進められていた。修復は2024年12月に終わったが、所蔵する同寺ではこの機会に関西の人にも像を見てもらおうと、特別公開されることになった。東京以外で公開されるのは今回が初めて。

「桜田門外の変」子孫が集まり彦根市と鹿児島が交流協定

幕末の彦根藩主で、幕府で大老を務め「安政の大獄」を主導した井伊直弼が水戸藩、薩摩藩などの脱藩浪士18人に襲撃、暗殺された「桜田門外の変」。この遺恨の関係、当事者の子孫や関係自治体の首長が1月16日、滋賀県彦根市に集まり、この事変の遺恨やわだかまりを解消し、交流を深めようと、彦根市と鹿児島市が交流連携協定を結んだ。
今回集まったのは彦根藩主の井伊家と薩摩藩主の島津家、それに薩摩藩を脱藩し暗殺に関わった有村家(有村次左衛門)の子孫。揃って、彦根藩主井伊家墓所を訪れ、墓参りした。このあと、彦根城内で交流連携協定の締結式が行われ、子孫らが見守る中、彦根市の和田裕行市長と鹿児島市の下鶴隆央市長が協定書に署名した。協定には井伊家、島津家の歴史的なつながりを礎として、両市が連携していくことなどが盛り込まれている。

京都・三十三間堂で20歳の男女1,600人が恒例の”通し矢”

京都市東山区の三十三間堂(蓮華王院)で1月12日、20歳の男女が弓の腕前を競う全国大会、新春恒例の通称”通し矢”が開かれた。今冬最強の寒波で手指がかじかむ寒さの中、全国から集まった約1,600人が華やかな振り袖・袴姿で、いずれも真剣な眼差しで60m先の的を見据え、次々と屋を放っていた。通し矢は鎌倉時代に始まってとされる。

「飛鳥・藤原の宮都」世界遺産登録へ事前調査本格化

国は1月中に「飛鳥・藤原の宮都」を正式に世界文化遺産登録に推薦することを決め、ユネスコに推薦書を提出する見通しだ。推薦書に不備がなければユネスコの諮問機関、イコモスによる事前調査が本格的に始まり、今年の夏ごろ調査員が遺跡の保全管理や地元の協力の状況等を調べる予定。そして2026年夏ごろ、ユネスコの世界遺産委員会が開かれ、事前調査の結果を踏まえて登録の可否が決定する。
「飛鳥・藤原の宮都」は奈良県明日香村、橿原市、桜井市にある飛鳥時代の宮殿や古墳など22件の文化財で構成され、2024年9月の文化庁の審議会でユネスコの世界文化遺産の推薦候補に選ばれた。

東邦大など 弥生時代の渡来人のルーツはアジア2系統

東邦大学と東京大学の研究チームは、山口県の土井ヶ浜遺跡で見つかった約2,300年前の弥生時代の人骨からDNAを取り出し、ゲノム(全遺伝情報)の解読に成功した。その結果、東アジア系と北東アジア系の2系統のDNAを併せ持つ人々が、弥生時代に朝鮮半島から日本列島に渡ってきて、縄文人と混ざり合って現代日本人の祖先になったと分析した。
現代日本人のルーツについては、後期旧石器時代に日本列島に住み着いた縄文人と弥生時代の渡来人が混ざって成立したとする「二重構造モデル」が定説。ただ、弥生時代の渡来人のルーツはよく分かっていなかった。今回、ゲノム解析に成功したことで有力説が打ち立てられた。

京都・八坂神社 平安装束で雅な新春恒例「かるた始め式」

京都・八坂神社(所在地:京都市東山区)で1月3日、色鮮やかな平安装束に身を包んだ女性らにより百人一首の手合わせを披露する、新春恒例の「かるた始め式」があった。会場となる能舞台に、全日本かるた協会近畿支部の女性12人が「かるた姫」「童女」として参加。かるた姫らは、百人一首の上の句が読み上げられると、ゆったりと優雅な仕草で札に手を伸ばし、観客らは古来の雅な雰囲気を楽しんでいた。
かるた始め式は、八坂神社の主祭神、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、日本最古の和歌を詠んだと伝えられることにちなんだ行事。

400年前の”豊臣大坂城”石垣館 天守閣の南東に4/1オープン

400年前、豊臣秀吉が築いた「大坂城」の石垣の一部が、「大阪城 豊臣石垣館」として整備され、今年4月1日にオープンする。同施設は現在の大阪城天守閣から南東におよそ60m離れた場所に設けられた。地上1階・地下1階建てで、地下では昭和の発掘調査で掘り起こされた当初の豊臣大坂城の石垣の実物が展示されるほか、豊臣期と徳川期の大坂城の違いを紹介するコーナーが設けられる予定。
豊臣期の大坂城は大坂成の陣(1615年)に勝利した徳川幕府によって消失・解体、その存在を覆い隠すように埋められ、徳川期の大坂城はその上に築城された。

島原城跡, 古代「大宰府」守った前畑遺跡 国史跡指定へ

文化審議会は12月20日、江戸時代に起きた島原・天草一揆(1637〜1638年)を退けたことで知られる島原城跡(所在地:長崎県島原市)や、古代の役所「大宰府」政庁を守る土塁があった可能性がある前畑遺跡(所在地:福岡県筑紫野市)など6件を史跡に指定するよう文部科学省に答申した。このほかの答申は次の通り。【史跡】松倉城跡(所在地:岐阜県高山市)、越高(こしたか)遺跡(同長崎県対馬市)、臼杵城跡(同大分県臼杵市)、与論城跡(同鹿児島県与論町)。【名勝】納池(のいけ)(同大分県竹田市)【登録記念物】明神山(同奈良県王寺町)、丸井氏庭園(同鳥取県倉吉市)、上林(かみはやし)の風穴(同愛媛県東温市)、穴井戸観音(同大分県豊後高田市)。

信長の安土城「本丸取付台」建物の規模判明 滋賀県調査

滋賀県は12月17日、「令和の大調査」を進めている織田信長が築いた安土城(所在地:滋賀県近江八幡市、東近江市)跡地で、天主台の東側にある「本丸取付台」にあった建物の規模が判明したと発表した。今回、南端とみられる石列が新たに見つかり、昨年度の調査と合わせて本丸取付台の建物は屋根も含めた大きさが東西約9.5m、南北17.5mと推定した。
静岡大学の小和田哲男名誉教授は「礎石は天主の礎石とほぼ同じ大きさで、重要な建物だったと考えられる」としている。
12月22日午前10時〜午後3時、現場を一般公開する。入山料(大人700円、小中高生200円)が必要、発掘現場は公開のみで、説明はない。

秀吉時代の”石垣” 間近で 25年4月 大阪城公園に展示施設

大阪市は12月13日、豊臣秀吉時代に築かれた石垣を展示する「大阪城 豊臣石垣館」(所在地:大阪市中央区)を2025年4月1日にオープンすると発表した。これは徳川幕府によって豊臣家が滅ぼされた「大坂夏の陣」(1615年)で落城した際の大坂城の火災の痕跡が残る石垣を展示するもの。豊臣家の痕跡を消すため徳川幕府によって埋められたが、2013年度から発掘が行われていた。
施設は大阪城公園内にある天守閣南東に整備された。地上1階、」地下1階の延床面積786㎡。地下1階で展示される秀吉時代の石垣は高さ4.5m。大小様々な自然石をそのまま利用した古い技法「野面(のずら)積み」で築かれている。

京都・千本釈迦堂 師走伝統行事「大根だき」無病息災願う

京都・千本釈迦堂(所在地:京都市上京区)で12月7、8の両日、大きな釜で炊いた大根を食べて無病息災を願う師走の伝統行事「大根だき」が行われた。
両日、境内には直径およそ1mの大きな釜が用意され、大根が油揚げと一緒に炊き上げられた。朝から同境内には長い行列ができていた。訪れた人たちは、1杯1,000円で振る舞われる、湯気の立つお椀を受け取ると出汁がしっかりと染み込んだ大根を頰張り体を温めていた。
大根だきは、釈迦が”悟り”を開いた日を祝う行事で、鎌倉時代に始まったとされる。

日本の「伝統的酒造り」ユネスコの無形文化遺産登録決定

南米のパラグアイで開かれているユネスコの政府間委員会は12月4日(日本時間5日)、日本が提案した日本酒や焼酎、泡盛など日本の「伝統的柵造り」について審議、全会一致で無形文化遺産に登録することを決めた。
500年前に原型が確立した日本の「伝統的酒造り」は①米や麦などを蒸す②こうじをつくる③もろみを発酵させるーーなど伝統的に培われてきた技術が各地の風土に応じて発展し、自然や気候と深く結びつきながら伝承されてきた。こうした技術で製造される酒は、儀式や祭礼行事などにも使われ、日本文化で不可欠な役割を果たしてきたとされている。
今回の登録決定で、国内の無形文化遺産は「能楽」「和食」「風流踊」など23件となる。

奈良・明日香村で最古の鋳造貨幣「富本銭」初の展示会

奈良県明日香村の飛鳥池工房遺跡で、1990年代の調査で大量に見つかった国内最古の鋳造貨幣「富本銭(ふほんせん)」と、当時の歴史や文化を紹介する展示会が開かれている。7世紀後半の飛鳥時代につくられた富本銭は直径およそ2.5cmの銅製の貨幣。
同遺跡の上に建てられた県立万葉文化館で開かれている展示会では、2点の富本銭のほか、富本銭の鋳造を命じたとされる天武天皇ゆかりの銅製の釈迦如来像や和同開珎など富本銭の後、平安時代にかけて鋳造された12種類の貨幣など、およそ80点が紹介されている。展示会は12月8日まで。

鎌倉時代の元寇から750年 対馬市で戦死者の慰霊大祭

鎌倉時代最初の元寇、文永の役(1274年)から今年で750年。総勢3万人ともいわれる元軍などが約900隻の軍船が対馬を襲った。この文永の役では、小茂田浜一帯で迎撃した対馬の守護代・宗資国(そうすけくに、宗助国)ら80騎余が全滅したと伝えられている。
その長崎県対馬市の小茂田浜神社で、戦死者らを慰霊する例大祭がこのほど行われた。大祭では本殿での神事で、古くから伝わる巫女神楽「命婦(みょうぶ)の舞」などが奉納された。神幸式では武者姿の氏子らが本殿から浜辺まで練り歩いた後、小茂田浜神社の舎利倉(しゃりくら)政司宮司(60)が沖合に弓矢を射る儀式「鳴弦(めいげん)の儀」を行った。

ケニアで150万年前の猿人と原人の足跡発見 共存していた

米国チャタム大やストーニーブルック大など国際研究チームは11月29日付の米科学誌サイエンスに、アフリカ、ケニア北部のトゥルカナ湖沿岸の約150万年前の地層から、同時期に残ったとみられる猿人と原人の足跡を発見したと発表した。今回見つかったのは猿人の「パラトロプス・ボイセイ」と、より進化した原人の「ホモ・エレクトス」が残したと推定される足跡だ。
他の場所で見つかっている頭骨や骨格の化石から、ボイセイは小柄でも頑丈な顎で植物の茎や根、堅い実などを食べていたとみられる。一方、エレクトスは現生人類(ホモ・サピエンス)と同属で、直立二足歩行を確立し、その後の時代に欧州やアジアに進出したと考えられている。異なる種の古人類がどのように共存して暮らしていたかを探る貴重な手掛かりになるという。

奈良「飛鳥宮跡」で大型建物の柱穴跡発見 新たに14基

橿原考古学研究所が10月下旬から進めてきた奈良県明日香村の「飛鳥宮跡」およびその周辺調査で、7世紀後半の建物の柱を据えた跡と見られる四角い穴が合わせて14基、新たに見つかった。
柱の穴はすでに見つかっていた建物の一部とみられ、橿原考古学研究所では建物全体の大きさは東西35.4m、南北15mで、当時の建物としては最大規模としている。
この建物について、後の平城宮に設けられていた「内裏」と呼ばれる、天皇の私的空間の先駆けだったのではないかとみている。

京都・南座で師走恒例の吉例顔見世興行「まねき上げ」

京都に師走の訪れを告げる京都・南座の恒例の歌舞伎公演「吉例顔見世興行」(12月1〜22日)を前に、出演する役者名を書いた看板を劇場正面に飾る「まねき上げ」が11月26日、行われた。この日、人間国宝・片岡仁左衛門さんのまねきが掲げられ、出演者全員のまねきが揃った。
太く丸みを帯びた「勘亭流」と呼ばれる独特の書体で書かれたまねき(看板、縦1.8m、横30cm)は」59枚。南座では、劇場関係者らが清めの塩をまき、手締めを行った。

佐渡金山で初の労働者追悼式「深い哀悼の意」韓国不参加

新潟県、同県佐渡市、民間団体等で組織する実行委員会は11月24日、佐渡市で世界文化遺産「佐渡島(さど)の金山」で金の採掘に携わり、亡くなった朝鮮半島出資者を含む労働者の追悼式を初めて開いた。参加を予定していた韓国側は意見調整に必要な時間が十分ではないと出席しなかった。式典には生稲晃子外務政務官が日本代表として出席し、花角英世知事、渡辺竜五市長、民間団体の代表らおよそ70人が参列、黙祷を捧げ、献花した。
生稲氏はあいさつで、朝鮮半島出身の労働者も過酷な労働環境のもとで、作業に従事したと指摘、「亡くなったすべての方々に深い哀悼の意を表したい」と述べた。

滋賀「あづち信長まつり」安土城跡周辺を武将らが練り歩く

滋賀県近江八幡市で11月17日、織田信長の居城だった安土城跡の周辺を戦国武将らに扮した人たちが練り歩く「あづち信長まつり」が行われた。この催しは織田信長の命日とされている6月に毎年行われてきたが、新型コロナウイルス禍で4年前に秋に移して、この時期に行われている。
今年は武者行列におよそ200人が参加した。行列には武将のほか、宣教師や着飾った姫に扮した参加者もみられた。

「関西将棋会館」が大阪・高槻市に完成 「西の拠点」に

大阪府高槻市のJR高槻駅西口前に完成した、新しい「関西将棋会館」の開館記念式典が11月17日に行われた。日本将棋連盟の羽生善治会長や谷川浩司十七世名人、藤井聡太竜王ら関係者が顔を揃えた。大阪市福島区にあった従来の関西将棋会館が老朽化したため移転したもの。
新会館は地上5階建てで延床面積2,000㎡。低層部は地域に開かれた場として、1階に将棋道場や物販のスペース、2階に多目的ホールや椅子対局室などを目置けている。3階には事務所などが入り、棋士ら関係者向けの4、5階には和室の対局室がある。
式典ではテープカットの後、羽生会長と谷川十七世名人が、特別対局室で”こけら落とし記念対局”を行った。12月3日から一般公開される。

江戸時代の江戸ー東京結ぶ東海道「五十七次」完成400年

大阪府枚方市・淀川河川公園で11月17日、江戸時代に幕府が、江戸と大坂を結ぶ東海道に57の宿場「五十七次」が完成させ、今年で400年になるのを記念したイベントが開かれた。東海道五十七次は江戸・日本橋から京都・三条大橋に向かわず、その手前で分かれ伏見、淀、枚方、守口の4つを合わせた「57」の宿場。江戸時代後期に各宿場の規模などを記した「東海道宿村大概帳」に記載されている。
会場には沿道の自治体や企業、団体などが特産品の販売や五十七次に関するクイズのブース、キッチンカーなどが並び、来場者らは買い物や地元グルメを楽しんだ。また、京都と大坂をつないだ淀川の水上交通への関心を高めようと、約60人が参加し大阪市中央区・八軒家浜船着場から船に乗り、同公園まで約3時間かけて淀川を上るツアーも行われた。
東海道の宿場の数については、浮世絵師、歌川広重が描いた「東海道五十三次」を取り上げたことで、「53」と広く知られるようになったもの。

山崎豊子さん生誕100年 堺・3会場で巡回パネル展

『大地の子』『白い巨塔』『沈まぬ太陽』など社会派小説で数多くのベストセラー作品を残した作家、山崎豊子さん(1924〜2013年)の生誕100年を記念し、山崎さんが半生を過ごした堺市で、執筆風景や書斎の写真などを展示した巡回パネル展が開かれている。市役所高層館(11月13日まで)、さかい利晶の杜(11月15日〜12月13日」)、西区役所(12月16日〜2025年1月10日)の3会場を巡回する。
山崎さんは大阪・船場の老舗昆布商の家に生まれ、新聞記者をしながら作家デビュー。後に堺市西区の浜寺公園近くに居を構え、終生、大阪で作家生活を送った。

日本の伝統的酒造り 無形遺産に ユネスコ評価機関が勧告

文化庁は11月5日、ユネスコの無形文化遺産に日本が提案している、日本酒や焼酎、泡盛などをつくる技術「伝統的酒造り」について、ユネスコの評価機関が登録を勧告したと発表した。12月2日から7日まで、南米パラグアイで開かれる政府間委員会で登録が決まる見通し。
評価機関は、日本の酒造りが職人と地域住民を結び、環境に持続可能性に貢献していることなどが、無形文化遺産の登録基準を満たしていると判断している。登録勧告の場合、同委員会では勧告通り登録を決めるのが通例となっている。

「第76回正倉院展」開幕 天平文化の宝物57件公開

奈良・正倉院の宝物を紹介する「第76回正倉院展」(主催:奈良国立博物館)が10月26日、奈良市の奈良国立博物館で開幕した。天平文化の華やかさを物語る57件の至宝が公開されている。11月11日まで(会期中無休)。事前予約が必要な日時指定入場制。観覧券はローソンチケットなどで販売。
今回は①「七宝」で装飾を施した、ガラスを使った宝物②甲羅や金属で装飾を施した木製の献物箱③現代では途絶えた幻の技法「撥鏤(ばちる)」を施した宝物④現存するわが国最古の戸籍である正倉院古文書正集第二十六巻、下級官人が役所に提出した盗難届が収められた正集第四巻ーなどが出展されている。
ガラス質の釉薬を焼き付ける技法「七宝」で装飾された鏡「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡(おうごんるりでんはいじゅうにりょうきょう)」や、魚の形をしたアクセサリー「深緑瑠璃魚型(ふかみどりるりのうおがた)」、甲羅や金属で彩色した献物箱「緑地彩絵箱(みどりじさいえのはこ)」、本物のウミガメの甲羅を使った杖「玳瑁八角杖(たいまいはっかくのつえ)」、撥鏤の宝物で代表的なものが「紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)」など。

京都「鞍馬の火祭」勇壮な”炎の乱舞”が見物客を魅了

京都市左京区の鞍馬山中腹で10月22日、無数の松明(たいまつ)が夜空を焦がす「鞍馬の火祭」が営まれた。同祭は鞍馬寺の鎮守社・由岐神社の祭礼。平安時代中期、御所に祀られていた祭神を鞍馬に移す際、篝火(かがりび)を焚いて迎えたのが由来とされる。
この日は、氏子らの家々の軒先に松明が灯される中、締め込み姿の若者らが山門前に参集。長さ約3m、重さ100キロの大松明を一斉に担ぎ上げると、夜空に朱々と火の粉が舞い上がった。見物客らは、勇壮な炎の乱舞に見入っていた。

太平洋戦争の学徒出陣壮行会から81年で追悼式 神宮外苑

太平洋戦争(1941〜1945年)中、多くの学業半ばの学生たちが戦地に赴いた学徒出陣の壮行会が行われてから10月21日で81年となるのに合わせて、犠牲者を悼む式典が都内で開かれた。
学徒出陣は戦況の悪化に伴い、1943年10月21日、10万人に上るとされる学生たちが召集されたもの。現在の国立競技場がある東京・明治神宮外苑競技場で、今回壮行会が開かれた。国立競技場の敷地内に設置された学徒出陣を伝える碑の前で追悼式が開かれ、参列した遺族や関係者などが黙とうを捧げた後、1人ずつ花を手向け、志半ばで戦陣に散った若者たちを悼んだ。

京都で”動く時代絵巻”総勢2,000人が都大路を練り歩く

葵祭(5月)、祇園祭(7月)とともに京都三大祭に数えられる、”動く時代絵巻”と呼ばれる時代祭が10月22日行われた。平安時代から明治時代までの衣装を身に着けたおよそ2,000人の行列が、京都御所から平安神宮までの4.5kmを練り歩いた。
行列は明治時代から平安時代まで、歴史を遡る形で順番が組まれており、まず明治維新のヒーロー、坂本龍馬が登場。戦国時代の織田信長、そして次々にその時代を彩った人物が現れ、平安時代のヒロイン清少納言、紫式部も台車に乗って登場した。
この日は平日にもかかわらず、警察発表でおよそ4万2,000人の観光客らが詰めかけ、沿道で次々に通り過ぎるヒーロー、ヒロインらを写真に収め、楽しんでいた。

一期一会 今年最大級の天体ショー「紫金山・アトラス彗星」

全国各地で2024年最大級の天体ショー「紫金山(しきんざん)・アトラス彗星」が観測されている。条件が良ければ10月20日ごろまでは、肉眼で観測できる可能性があるという。
国立天文台によると、この彗星は2023年1月、中国の紫金山天文台が最初に発見し、その後、南アフリカにある小惑星の衝突警報システム「アトラス」の望遠鏡が確認。紫金山・アトラス彗星と命名された。水やチリが集まる太陽系の果てにある領域「オールトの雲」から飛来したとみられる。いずれ太陽系外に出て、二度と戻ってこないと推測され、秋の夜空を飾る”一期一会”の天体ショーとして話題となっている。

キトラ古墳 東アジア最古の「天文図」公開 奈良明日香村

奈良県明日香村のキトラ古墳の国宝の壁画のうち、東アジアで最古とされる「天文図」が一般に公開されている。公開は11月10日まで。事前の申し込みが必要だが、空きがあれば当日でも受け付ける。
およそ1,300年前の飛鳥時代に描かれたキトラ古墳の国宝の壁画は、明日香村の専用の施設で年4回、一般公開されている。今回は石室の天井に描かれた天文図が紹介されている。この天文図は、金箔で表現した300個以上の星を朱色の線でつないで、古代中国の70個余りの星座を描いたもので、東アジアで最も古い天文図とされている。

被団協にノーベル平和賞 核廃絶訴え68年 核なき世界を!

ノルウェーのノーベル賞委員会は10月11日、2024年のノーベル平和賞を被爆者団体の全国組織「日本原水爆被害者団体協議会(被団協)」(事務局:東京)に授与すると発表した。被爆体験の伝承を通じて68年にわたり、核兵器廃絶を世界に訴え続けていることが評価された。
被団協は、広島や長崎の被爆者が中心となって1956年に結成された。以来、長年にわたり”唯一の被爆国”の日本から、核爆弾による凄惨な体験を世界に発信し”核兵器のない世界”の実現を訴えてきた。日本からのノーベル平和賞受賞は、非核三原則を提唱した1974年の佐藤栄作元首相以来で2例目となる。