“差し押さえを心配” 直木三十五の生活ぶり示す手紙

“差し押さえを心配” 直木三十五の生活ぶり示す手紙

「直木賞」に名を残す作家、直木三十五(さんじゅうご、1891~1934年)の手紙が見つかった。大阪朝日新聞学芸部、白石記者に宛てた速達便で、新聞に連載した小説の原稿料や著作権が、借金のカタに差し押さえられることを心配する内容。
封筒の消印から昭和7(1932)年2月17日の日付が分かり、このころ人気はあったが、金遣いも並みはずれて荒かった大衆作家の暮らしぶりの一端がうかがえる資料だ。
文面は「小生の負債甚だ多く」と切り出し、「或(あるい)ハ著作権差押(さしおさ)へがまいるかもしれず」「もし稿料差押(さしおさ)へが行ったなら全額支払済みと云って下さるか」などと頼んでいる。

首飾りした人骨出土 群馬県渋川・金井下新田遺跡

首飾りした人骨出土 群馬県渋川・金井下新田遺跡

群馬県埋蔵文化財調査事業団は5月29日、古墳時代後期の金井下新田遺跡(渋川市金井)で、首飾りをした人骨が見つかったと発表した。古墳以外の遺跡で首飾りをした人骨が出土する例は極めて少なく、同県内では隣接する金井東裏遺跡に次いで2例目。
この人骨について専門家は、祭祀(さいし)行為に携わる地位の高い人物で、金井東裏遺跡で出土した甲(よろい)を身に着けた人骨と同族だった可能性がある-とみている。
人骨は5世紀後半と推定される竪穴建物跡で発見された。10代とみられ、性別は不明。歯と上腕、大腿部と推定される骨が残り、首の位置から勾玉(まがたま)あ管玉で構成される首飾りが出土した。
このほか、同事業団は地上に直接建築した「平地式建物」の炭化した屋根、鍛冶遺構とみられる建物跡などが見つかったことも明らかにした。

滋賀・甲良町で飛鳥~奈良時代の集落跡見つかる

滋賀・甲良町で飛鳥~奈良時代の集落跡見つかる

滋賀県甲良町在士の法養寺遺跡と横関遺跡で、飛鳥時代から奈良時代の集落跡が見つかった。建物跡や溝跡が発掘され、当時の生活様式を知る手がかりになるとみられる。甲良町教育委員会が明らかにした。
今回発掘された建物跡は奈良時代の竪穴住居2棟と掘立柱建物3棟。竪穴住居のうち1棟には建物を拡張した跡が残っていた。一方、溝跡は幅3~5㍍で深さ約1㍍。水源として利用されていたと考えられる。
このほか、複数の土器と銅銭「神功開寶(じんぐうかいほう)」1枚も見つかった。

3万年前の航海再現 6月に台湾沖で30㌔テスト航行

3万年前の航海再現 6月に台湾沖で30㌔テスト航行

国立科学博物館と国立台湾史前文化博物館は5月24日、3万年以上前に人類が台湾から沖縄に渡った航海を再現する実験について、6月に台湾沖で約30㌔テスト航海を実施すると発表した。
2019年に台湾~沖縄県与那国島間、最短で約110㌔の航行を予定しており、今回は途中遭遇する黒潮による航行への影響を調べるため、あらかじめ短距離を航行することにした。
テスト航行には、竹を熱して緩いカーブをつけた小舟のようなかたちのいかだを使う。長さ約10㍍、幅1㍍ほどの大きさで5人が乗る。
再現実験は2区間に分けて進められており、2016年7月に沖縄県与那国島~西表島間約70㌔を航行している。

奈良・法輪寺で飛鳥時代の鉄製舎利孔蓋を確認

奈良・法輪寺で飛鳥時代の鉄製舎利孔蓋を確認

奈良県斑鳩町教育員会および奈良文化財研究所の調査によると、斑鳩町の法輪寺で仏舎利(ぶっしゃり=釈迦の遺骨)の壺を納めた穴の蓋「舎利孔鉄蓋(しゃりこうてつぶた)」が確認された。法輪寺が5月23日発表した。
鉄製で、飛鳥時代の7世紀後半のものとみられる。蓋は円盤状で直径約33㌢、厚さ0.5~1㍉、重さ712㌘。仏舎利の入った「銅壺(どうこ)」(国重要文化財、飛鳥時代)を納めるため三重塔の心柱の礎石に開けられた穴を塞ぐ蓋とみられる。もとは直径34㌢ほどで中央につまみがあったとみられるが、錆びて周辺部やつまみは失われていた。
解体修理中の1739(元文4)年に仏舎利などが見つかった時の記録「仏舎利縁起」(国重要文化財)には、仏舎利に関する9つの品の一つとして「金蓋(かなぶた)」が描かれており、大きさや形などの特徴が似ていることから同一品と判断した。
古代寺院での鉄製の舎利孔蓋が確認されたのは初めての事例という。法輪寺は聖徳太子の子、山背大兄皇子の創建と伝わる古刹。

京都・西本願寺 国宝「唐門」34年ぶり1日限りの公開

京都・西本願寺 国宝「唐門」34年ぶり1日限りの公開

世界遺産の京都・西本願寺(浄土真宗本願寺派本山)で5月21日、2018年6月から修復工事が行われるのを前に、宗祖・親鸞聖人の生誕日に合わせ、国宝「唐門(からもん)」が開けられ、1日限りで一般公開された。1983年以来34年ぶり。
唐門は豊臣秀吉治政下、桃山時代の建造物で、高さ約8.7㍍、幅約5.4㍍。唐獅子や虎、孔雀など豪華な彫刻が施されている。
法要参拝のため、唐門をくぐる僧侶らに続いて入る観光客らは、見事な彫刻に見入って、カメラを向け盛んにシャッターを切っていた。

国宝・松本城 耐震工事へ 市が19年度着工めざす

国宝・松本城 耐震工事へ 市が19年度着工めざす

長野県松本市は、国宝・松本城が震度6強から7の地震が起きた場合、天守の一部に倒壊の恐れがあることが分かり、耐震工事や避難誘導の計画を策定することになった。着工は2019年度内を目指し、工期は数年間にわたる見込み。
同市は文化庁の指針に基づいて耐震診断に乗り出し、同市から委託を受けた「文化財建造物保存技術協会」(東京)が実施した。
松本城は築城から400年以上経過しているとされる。16年度は約99万人が訪れ、有力観光スポットの一つとなっている。

古代中国貨幣「貨泉」3枚淡路島で出土 弥生期に伝来

古代中国貨幣「貨泉」3枚淡路島で出土 弥生期に伝来

兵庫県南あわじ市教育委員会は5月18日、紀元14~40年にかけ中国古代国家の「新」「後漢」で鋳造されたとされる貨幣「貨泉」3枚が、同市八木入田稲荷遺跡で見つかったと発表した。
貨泉は、今回を含め国内で179枚見つかっているが、今回のように複数枚が重なった状態で発見されるのは珍しいという。3枚は直径2.27~2.32㌢、重さは1.45~2.53㌘。重さから、後漢初頭に造られた可能性が高いと判断した。
同市教委は、古代中国の貨幣が伝わったのは弥生時代後期に淡路島が海上交易の要衝だったことを示す貴重な史料-と話している。

平城京跡で2棟の大型建物跡 貴族の邸宅か

平城京跡で2棟の大型建築物跡 貴族の邸宅か

奈良市教育委員会の発掘調査によると、奈良市の平城京跡で貴族の邸宅だったとみられる大型の建物跡が見つかった。
場所は平城京の中心地の東側にあたる、奈良市法蓮町のマンション建設予定地。塀に囲まれた全長18㍍と12㍍の、2棟の大型建物の柱の跡が見つかった。
2つの建物は南北に接するように建てられ、北側の建物は外側に庇(ひさし)が張り出していて、南側の建物と床が内部でつながり、一体として使われていたと考えられている。こうした建物の利用のしかたは位の高い貴族の邸宅などでみられるという。

国宝・重文いぜん164件所在不明、7件確認 文化庁

国宝・重文いぜん164件が所在不明、7件確認 文化庁

文化庁は5月17日、国宝や国の重要文化財(重文)指定の美術工芸品約1万件のうち、昨年度末時点でいぜんとして164件(うち国宝2件)が不明のままだと発表した。
一昨年度末時点で不明だった172件のうち7件の所在が確認できたほか、1件について「所在情報」が寄せられた。今回確認された7件は、金襴手花鳥文瓢形大瓶(きんらんてかちょうもんひょうけいたいへい)(東京都)、太刀「銘 景光(かげみつ)」(島根県)、蘆屋霰地真形釜(あしやあられじしんなりかま)(大阪府)、埴輪馬(東京都)などですべて重要文化財。現所有者が所有者変更の届け出などして分かったという。
文化庁は国宝、重文の所在不明のものが多数判明したため2014年以降、継続的に調査結果を発表している。

家光供養の不明の法華経2巻見つかる 徳川美術館

家光供養の不明の法華経2巻見つかる 徳川美術館

徳川美術館(名古屋市東区)は5月17日、三代将軍・徳川家光の17回忌のために作られた法華経33巻のうち、所在不明になっていた2巻が見つかったと発表した。
今回発見されたのは僧侶・俊海筆の「化城喩品(けじょうゆほん)」と、公家・園基福(そのもとよし)筆の「法師功徳本(くどくほん)」で、金を使った豪華な経典。経典は一巻ずつ、当時の一流文化人の手で書かれた。経文は紺色の紙に金泥で書かれ、見返し部分も金泥で釈迦と弟子たちが描かれている。巻物の軸に水晶を使い、先の部分を葵をかたどった金具で飾ってある。
これらは徳川美術館で開催中の特別展「金と銀の国 ジパング」で5月18~28日、一般公開される。

新緑の都大路で「京都・葵祭」華やかに平安絵巻

新緑の都大路で「京都・葵祭」華やかに平安絵巻

京都三大祭の一つ、「葵祭」が5月15日、行われた。雅な平安装束に身を包んだ、祭の主役・斎王代はじめ、およそ500人の行列が新緑の都大路を練り歩いた。沿道には警察発表でおよそ5万人の観光客らが見守り、ひととき華やかな”雅の世界”に浸っていた。
祭のスタートは上京区の京都御所で、下鴨神社を経由して、出発からおよそ5時間後に上賀茂神社に到着した。今年は斎王代を同志社大学2年、宮田紗代さん(19)が務めた。
葵祭はおよそ1400年前、欽明天皇が五穀豊穣を祈って馬を走らせたのが始まりとされている。

エジプト・地下墓地で初の民間人ミイラ17体見つかる

エジプト・地下墓地で初の民間人ミイラ17体見つかる

エジプト考古省によると、エジプト中部ミニア県の砂漠地帯で、地下墓地からミイラ17体が見つかった。これらのミイラは王家のものではないという。このほかに金板1枚、古代エジプトの民衆文字「デモティック」が書かれたパピルス2枚、石灰岩や粘土製の石棺が多数、動物や鳥のひつぎなども見つかっている。
ミイラの年代はまだ特定できていないが、考古省はアレクサンダー大王に征服される紀元前332年までのエジプト王朝末期の300年間に属するものとしている。
エジプト当局者らは同地で王家に属さない民間人のミイラが見つかったのは今回が初めてであり、発見は前代未聞だとしている。AFP時事が報じた。

九州の5山笠・山鉾が勢揃い特別巡行 ユネスコ登録記念

九州の5山笠・山鉾が勢揃い特別巡行 ユネスコ登録記念

山笠・山鉾が登場する九州の5つの祭りが初めて勢揃いするイベントが5月13日、福岡市で始まった。ユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されたことを記念したもので、夕方から福岡市役所の周辺道路で、伝統の山笠、山鉾などが特別巡行した。
今回「祭 WITH THE KYUSHU」と題し集結したのは、博多祇園山笠(福岡市)、戸畑祇園大山笠(北九州市)、唐津くんち(佐賀県唐津市)、日田祇園(大分県日田市)、八代妙見祭(熊本県八代市)の5つ。
イベントは14日も行われ、午後1時から巡行の予定。

飛鳥美人色鮮やかに 高松塚古墳壁画の修理画像公開

飛鳥美人色鮮やかに 高松塚古墳壁画の修理画像公開

文化庁は、奈良県明日香村の国特別史跡、高松塚古墳(7世紀末~8世紀初め)の国宝の極彩色壁画のうち「飛鳥美人」で知られる西壁女子群像の最新画像を公開した。
極彩色壁画はカビが発生したため、2007年に石室を解体し、修理が続けられている。その結果、カビなどで黒ずんでいた部分が、約10年の修理で取り除かれつつある。村内の修理施設を5月13~19日、一般公開する。無料。定員は各日400人。事前申し込みが必要。

名古屋城天守 江戸中期の姿に復元へ 市が方針

名古屋城天守 江戸中期の姿に復元へ 市が方針

名古屋市は5月10日、木造化する名古屋城天守を江戸時代中期にあった「宝暦の大修理」後の姿で復元する方針を決めた。江戸時代初期の創建時の姿に比べて資料が豊富で、史実に従った再現が可能と判断した。
名古屋城天守は1612年に完成し、1750年代に「宝暦の大修理」と呼ばれる大掛かりな修理が行われた。同市や施工の竹中工務店によると、創建時の屋根は最上層が銅板ぶき、残る層はすべて本瓦ぶきだったが、大修理で1層を除くすべての層が銅板ぶきになった。これによって天守の外観は一変した。そしてその姿は1945年の焼失まで変わらなかった。

薬師寺「食堂」再建工事ほぼ完了 5/26から落慶法要

薬師寺「食堂」再建工事ほぼ完了 5/26から落慶法要

奈良市の薬師寺で進められていた「食堂(じきどう)」と呼ばれる建物の再建工事が、このほどほぼ完了した。今回の食堂の完成でおよそ50年にわたって進められてきた薬師寺の伽藍の復興はほぼ完了することになり、同寺では5月26日から3日間、完成を祝う落慶法要が営まれる。
再建された食堂の高さはおおそ15㍍、東西40㍍。建物の中は間仕切りのない、大きな空間になっていて、中央には日本画家の田渕俊夫氏が描いた6㍍四方の「阿弥陀三尊浄土図」が本尊として据えられている。また、周囲の壁には仏教伝来と薬師寺の歴史を描いた壁画が描かれている。
薬師寺の食堂は、かつて僧侶が食事を摂ったり仏教儀礼を行ったりするのに使われていたが、中世の戦火で焼失していた。

福岡県・沖ノ島 世界文化遺産へ イコモスが登録勧告

福岡県・沖ノ島 世界文化遺産へ イコモスが登録勧告

ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界文化遺産に福岡県宗像(むなかた)、福津(ふくつ)両市の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連文化遺産群」が登録される見通しとなった。
事前審査する諮問機関の国際記念物遺跡会議(イコモス)が「登録」を勧告したため。ただ、日本が推薦していた主要な5件の構成遺産群のうち、認められたのは沖ノ島だけで、それ以外は除外するとの条件が付いた。したがって、関係者の思いは複雑で、喜びも半ばといった印象。関係自治体のコメントにも、推薦意義が十分に理解されなかったことに無念の思いがにじむ。7月2日からポーランドで開かれる世界遺産委員会で最終的に判断される。
遺産群は「日本書紀」に登場する海の女神が鎮座する宗像大社沖津宮がある沖ノ島、本土から約11㌔沖の大島にある中津宮と沖津宮遥拝(ようはい)所、本土にある宗像大社辺津宮(へつのみや)、信仰を支えた宗像族の墓とされる新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群-などが国内候補として推薦されていた。

弥生時代後期淡路「五斗長垣内」の鉄器復元

弥生時代後期の淡路「五斗長垣内」の鉄器復元

兵庫県淡路市黒谷にある弥生時代後期の鍛冶公房跡「五斗長垣内(ごっさかいと)」遺跡」(国史跡)にこのほど、発掘された鉄器の復元品を集めた展示室が設けられた。
切り出しナイフのような小型工具や矢じり、長さ17.9㌢の鉄斧のほか、同時期の鉄器加工法を実験した道具類を含む18点が並びパネル10枚で遺跡の全容を解説している。遺跡からは120点を超す鉄器が見つかったが、空気に触れると腐食が進むため、実物の展示が難しい。
同市教育委員会は実物から採った型で樹脂製の復元品をつくり、本物と寸分違わないよう着色。加工実験に用いた道具類では、ハスの茎製の送風管、焼いた鉄を叩いて加工するため遺跡周辺や瀬戸内海沿岸で拾い集めた石材が並ぶ。同市教委では、島で栄えた鉄器文化に理解を深めてほしい。今後展示室で実物を見てもらう機会を設けたい-としている。

京都・下鴨神社の勇壮「流鏑馬神事」に2万人

京都・下鴨神社の勇壮「流鏑馬神事」に2万人

8月の祇園祭、10月の時代祭とともに、京都三大祭の一つとして知られる葵祭(5月15日)の平穏無事を祈る「流鏑馬(やぶさめ)神事」が5月3日、世界遺産、下鴨神社(京都市左京区)で行われた。
約2万人の参拝者、観光客らが見守る中、公家や武家の装束に身を包んだ弓馬術礼法、小笠原流の射手が次々と登場。馬を駆り、約400㍍の馬場を砂を巻き上げながら疾走。途中、3カ所ある約50㌢四方の杉板の的に、馬上から放った矢が命中すると、その都度「カーン」という乾いた音が境内に響き渡った。
この人馬一体の勇壮な伝統技、流鏑馬神事は5世紀ごろから行われていたとされるが、たびたび中断。昭和48年に約100年ぶりに復活してからは、新緑の季節の恒例行事となっている。

江戸風俗画の傑作、国宝「彦根屏風」特別公開

江戸風俗画の傑作、国宝「彦根屏風」特別公開

江戸時代の風俗画の傑作とされ、彦根藩主の井伊家に伝わる国宝の「彦根屏風」が滋賀県彦根市の彦根城博物館で特別公開されている。5月16日まで。
彦根屏風は縦およそ1㍍、横およそ3㍍で、江戸時代に世相・風俗など流行の発信源の一つだったとされる京都の遊郭、「遊里」で遊女が三味線を弾いたり、男女がすごろくを楽しむ様子など、当時の文化や暮らしぶりが、狩野派と思われる絵師により、生き生きと描かれている。

朝倉義景の書状発見 既定の評価とは違う一面示す

朝倉義景の書状発見 既定の評価とは違う一面示す

福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館(福井市)は、戦国大名、朝倉義景の書状が見つかったと発表した。書状は縦11㌢、横36.7㌢で、一部で剥落はあるが、ほとんどは読める状態で、筆遣いや義景の花押などから本物と確認した。
この書状は現在の滋賀県高島市の一部を治めていた朽木元網へ宛てたもので、将軍足利義昭と織田信長の対立の状況をうかがうことができる内容が記されている。
将軍義昭が信長と敵対する状況を受けて、義景が前日に敦賀へ出陣したという報告や、義昭の意向に従って行動する意志なども記されている。信長方武将とみられてきた朽木氏が義昭方についたことに触れている。
このほか、現存する書状などから”弱腰”との評価の多い義景だが、実は義景が情報収集しながら、出兵の機を狙っていたことがうかがわれる内容も含まれている。これまでの義景の評価・人物像とは違う一面が見える書状だ。
この書状は同資料館で5月31日まで公開されている。

内陸部の岐阜で1700万年前のヒゲクジラの化石発見

内陸部の岐阜で1700万年前のヒゲクジラの化石発見

岐阜県瑞浪市化石博物館は4月28日、海のない岐阜県の同市内で約1700万年前のヒゲクジラ類とみられる化石が発見されたと発表した。
同館と名古屋大学などの調査の結果、約1700万年前には海底だった「瑞浪層群明世(あけよ)層」と呼ばれる地層から頭骨や耳骨、下顎(かがく)、肋骨(ろっこつ)、背骨など約40点を確認した。全長は推定4~5㍍。頭部から尾の先までほぼすべての部位がまとまって見つかったのは、東海地方では初めてといい、新種の可能性もあるという。

岐阜・高山祭 23の絢爛屋台勢揃い「総曳き揃え」巡行

岐阜・高山祭 23の絢爛屋台勢揃い「総曳き揃え」巡行

岐阜県高山市で4月29日、春12台と秋11台の高山祭の合わせて23の屋台が市中心部に勢揃いした。午前9時から屋台の「総曳き揃え」、午後6時過ぎから揺らめく提灯とともに「夜の屋台引き廻し」がそれぞれ行われ、大型連休初日、同地を訪れた観光客らは、絢爛豪華な屋台の巡行を楽しんだ。
これは昨年、高山祭の屋台行事を含む国内の「山・鉾・屋台行事」33件がユネスコ(国連教育科学文化機関)に無形文化遺産に登録されたことを記念した行事。23台の屋台が一堂に会するのは55年ぶりのことという。

国内最大の恐竜全身化石 北海道・むかわ町で確認

国内最大の恐竜全身化石 北海道・むかわ町で確認

北海道大学と北海道むかわ町立穂別博物館は4月27日、国内で最大となる恐竜の全身骨格化石を確認したと発表した。全身8㍍超と推定される白亜紀後期のハドロサウルス科恐竜で、新種の可能性もあるという。
全部の骨の半分以上が確認された「全身骨格」は、国内では福井県勝山市で発掘された白亜紀前期の獣脚類(肉食恐竜)「フクイベナートル」(全長約2.5㍍)に次いで2例目という。また白亜紀後期の、植物食恐竜の全身骨格は国内初としている。
2013年から北大と穂別博物館が共同で大規模な発掘調査を進めていた。

呉市が4/26から潜水調査の「海底の戦艦大和」展

呉市が4/26から潜水調査の「海底の戦艦大和」展

2016年5月、呉市が初めて実施した戦艦大和の潜水調査の結果を紹介する企画展「海底の戦艦大和—呉市潜水調査の成果—」が、4月26日から同市宝町の大和ミュージアムで始まった。
旧日本海軍の戦艦大和は、太平洋戦争(1941~45年)末期、米軍の攻撃で鹿児島沖に沈んだ。呉市は2016年、初めて詳しい調査を実施し、海底350㍍に沈む船体などをハイビジョンカメラで撮影。約50時間の映像と約7000枚の写真を分析中で、一部はすでに一般公開している。
企画展では調査の成果を映像4本(9~2分)と写真60点など計90点の資料で展示解説している。とりわけ、第2主砲塔の上部や探照灯(サーチライト)など同市の調査で初めて確認された部位の映像あ写真、分析結果が公開されている。
同展は11月27日まで。火曜休館。大学生以上800円、高校生500円、小中学生300円。

天才仏師・運慶の傑作一堂に 今秋東京で特別展

天才仏師・運慶の傑作一堂に 今秋東京で特別展

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけ活動した、天才仏師・運慶の代表作を集めた特別展『運慶』の開催概要が発表された。
全国に31体あるとされる運慶作品のうち22体をはじめ、運慶父子らの作品を含め仏像計74体が展示される予定。東京国立博物館で9月26~11月26日まで開かれる。
主な作品をみると、興福寺(奈良市)の無著(むじゃく)・世親(せしん)両菩薩立像(国宝)はじめ、瀧山寺(たきさんじ、愛知県岡崎市)の聖観音(しょうかんのん)菩薩立像(国重要文化財)は寺外では初公開。願成就院(がんじょうじゅいん、静岡県伊豆の国市)の毘沙門天立像(国宝)や、浄楽寺(神奈川県横須賀市)の阿弥陀三尊像など5体(重要文化財)は国内で42年ぶりの寺外公開となる。

福井・勝山市で世界最古のスッポン化石を発見

福井・勝山市で世界最古のスッポン化石を発見

福井県立恐竜博物館は4月20日、同県勝山市北谷町の白亜紀前期(約1億2000万年前)の地層から見つかった化石が、世界最古のスッポンの化石だと確認されたと発表した。
化石は全長約40㌢、甲羅の長さ約20㌢(推定)。現代のスッポンとほぼ同じ大きさで、白亜紀前期からほとんど姿を変えていないことも判明した。1989~2010年の同県などの調査で同地層から甲羅などの化石が数十点見つかり、腹甲(おなか側の甲羅)の面積が著しく退縮するなど骨格にスッポン科特有の特徴が認められたという。
これまで最古とされていたスッポンの化石の発掘場所の中国の地層は約1億1000万年前のものだったが、今回の地層はこれを約1000万年遡る。

熊本城天守閣 損傷激しい一部は解体し再建へ

熊本城天守閣 損傷激しい一部は解体し再建へ

熊本市は復興のシンボルである熊本城の再建について、被災状況の激しい熊本城天守閣の一部は解体し再建するなどの方針を発表した。4月下旬から着手し、11月に解体を終える予定。
市によると、大天守側の出口がある附櫓(つけやぐら)と、大天守6階の展望フロア、小天守の入り口のある下屋から大天守につながる続櫓(つづきやぐら)の3カ所の解体を順次進める。2019年までの復旧・公開を目指している。

エジプトで3500年前のミイラ8体など発掘

エジプトで3500年前のミイラ8体など発掘

エジプト考古省は4月18日、エジプト南部ルクソールで3500~3300年くらい前の古代エジプト新王国時代第18王朝期の墓が発掘されたと発表した。
発掘場所はツタンカーメンの墓などで知られる「王家の谷」の付近。8体のミイラ、10の棺おけ、1000を超すミイラの形をした「ウシャブル」と呼ばれる像(人形)。この人形は死後の世界で死者に代わって働くために埋葬されるとされる。ただ、1000体も見つかるのは珍しいという。
今回は2部屋ある墓の一室を発掘したが、さらにミイラが見つかる可能性が高いとしている。

退位後は「上皇・上皇后」 政府が特例法骨子案

退位後は「上皇・上皇后」  政府が特例法骨子案

政府が検討を進めている天皇陛下の退位を認める特例法案「天皇陛下の退位に関する皇室典範特例法」の骨子案が4月18日、明らかになった。
退位に至る事情について「国民は陛下のご心情を理解し共感している」と明記。昨夏、示された率直なご心情等に鑑みて「陛下の退位と皇嗣(天皇の世継ぎ)の即位を実現する」とした。
そして、天皇の退位後の呼称を「上皇」、上皇のきさきは「上皇后」とするなど、退位後の制度設計も合わせて盛り込んでいる。

土星の衛星の海に「水素分子」生命誕生の条件

土星の衛星の海に「水素分子」生命誕生の条件

米ジョンズ・ホプキンス大学などの研究チームは、土星の衛星エンケラドスで氷に覆われた海から噴出する水蒸気(プルーム)を分析し、水素を検出したと発表した。分析の結果、最大で1.4%の水素分子と0.8%の二酸化炭素が含まれることが分かった。米欧の探査機カッシーニが観測した。
水素は地球の原始的な微生物が”食料”にしており、生命誕生の条件がエンケラドスにある可能性を示唆するものという。4月14日付の米科学誌サイエンスに掲載された。
エンケラドスは直径約500㌔㍍。表面は厚さ2~60㌔の氷で覆われている。ただ、氷の下には液体の水を湛えた海が存在する。

太宰治の東京の下宿先、大分・由布院へ移築

太宰治の東京の下宿先、大分・由布院へ移築

作家の太宰治(1909~1948年)が下宿した「碧雲(へきうん)荘」(東京都杉並区)が、大分県由布院市湯布院町へ移築され、観光施設「ゆふいん文学の森」として4月16日、オープンした。
杉並区にあった碧雲荘は木造2階建ての日本家屋で、太宰は1936年11月から約7カ月間ここで暮らし、代表作『人間失格』の原型となる作品などを執筆した。杉並区が一帯に福祉施設を造ることになり、所有者が移転先を探していた。
今回、建物は一度解体し、柱など多くの部材を湯布院町に運んで建て直した。太宰が住んだ8畳間も再現され、見学できる。
熊本地震から1年、大きな打撃を受けたものの、元気な由布院町をぜひみてほしいとの思いから、この日のオープンとなった。

無形文化遺産登録祝い曳山13基が11年ぶり勢揃い 長浜

無形文化遺産登録祝い曳山13基が11年ぶり勢揃い 長浜

滋賀県長浜市の「長浜曳山(ひきやま)まつり」が例年以上の盛り上がりを見せた。本日(ほんび)の4月15日、2016年12月にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されたことを祝い、11年ぶりに曳山全13基が勢揃いした。
午前中は長浜八幡宮で子供歌舞伎が奉納され、夜には13基が御旅所(おたびしょ)に勢揃い。闇夜に明かりをともした曳山の提灯が、幻想的に浮かび輝いていた。

日本最古の「山の辺の道」観光拠点施設リニューアル

日本最古の「山の辺の道」観光拠点施設リニューアル

古代豪族が群雄割拠した時代の様々な文献・史料に登場する、日本最古の道とされ、今日も散策コースとして人気がある「山の辺の道」の観光拠点施設がリニューアルオープンした。
山の辺の道は奈良市から天理市を通って桜井市に至る山沿いの道で、日本最古の道とされる。4月14日、リニューアルオープンし、記念の式典が開かれた。施設には新たに「観光コンシェルジュ」が常駐し、山の辺の道沿いに点在する古墳などの観光名所について詳しく案内する。15日からは地域の食材を使った料理が楽しめるレストランもオープンした。

三条西実隆の直筆 宗碩との「千句連歌」見つかる

三条西実隆の直筆 宗碩との「千句連歌」見つかる

戦国時代の代表的文化人で公家の三条西実隆(さねたか、1455~1537年)が、連歌師・宗碩(そうせき、1474~1533年)と和歌を詠み合った「住吉法楽千句連歌」が見つかった。実隆の自筆とみられる。
実隆は学者や能書家として知られ、清水寺や北野天満宮の絵巻物の詞(ことば)書きなどを手掛けたほか、日記「実隆公記」(重要文化財)は室町時代後期~戦国時代の史実を伝える一級史料とされる。宗碩は近畿や九州で大名らと交流し、連歌を指導したことで知られる。
見つかったのは1521年、宗碩邸で4日間に詠まれた約1000句。大坂の住吉大社の祭神に捧げる目的で、実隆公記に当時の様子が記されている。

2000年前の古代ローマ「ポンペイ壁画展」

2000年前の古代ローマ「ポンペイ壁画展」

2000年前の南イタリアの古代都市ポンペイなどの住宅などに描かれていた壁画を紹介する「ポンペイの壁画展」が4月15日から、福岡市早良区百道浜の市博物館で始まる。6月18日まで。
ポンペイの都市は西暦79年、ベズビオ火山の大噴火で火山灰により埋もれ消失した。18世紀に発掘され、悠久のときを超え、古代ローマの遺跡がそのままの形で姿を現した。壁画は住宅や公共施設の壁などに描かれており、これを見れば当時の人々の趣味や暮らしぶりがうかがえる。
会場では別荘の部屋に、壁の向こうに広がる空間を作り出した日本初公開の「赤い建築を描いた壁面装飾」やケンタウロス族が竪琴の弾き方を教えるギリシャ神話の世界を描いた「ケイロンによるアキレウスの教育」など約80点の壁画を展示、紹介する。会場内は作品を自由に撮影できる。
入場料は一般1500円、高校・大学生800円、小中生500円。月曜日休館。

陛下の退位は18年12月中 改元は19年元日 政府検討へ

陛下の退位は18年12月中 改元は19年元日 政府検討へ

政府は天皇陛下の退位と皇太子さまの天皇即位を、2018年12月中に行う方向で検討に入った。2019年元日に想定する新元号への改元まで、一定の期間を置く方針だ。
即位と改元を19年元日とする案も検討されたが、早朝から新年の宮中行事が続くため元日の即位は難しいと判断した。
政府が5月上旬にも国会に提出する退位を実現するための特例法案に、退位の日付に関連する規定を盛り込む。退位の具体的な日付は特例法の成立後、政府内で決定したうえで政令に明記する。

「月下渓流図屏風」60年ぶりに里帰り 京都で海北友松展

「月下渓流図屏風」60年ぶり里帰り 京都で海北友松展

安土桃山時代を代表する絵師の一人、海北友松(かいほうゆうしょう、1533~1615年)の作品76点を集めた海北友松展が4月11日から、京都国立博物館で始まった。5月21日まで。月曜日休館。
この展覧会は、京都国立博物館の開館120周年を記念して企画されたもので、海北友松の最高傑作とされる「月下渓流図屏風」が60年ぶりにアメリカから里帰りし展示されているほか、迫力あふれる「雲龍図」や豪華な「花卉(かき)図屏風」など重要文化財17点を含む、襖絵、屏風絵など計76点が展示、公開されている。

「平城宮跡」横断の近鉄奈良線移設へ3者が連携協定

「平城宮跡」横断の近鉄奈良線移設へ3者が連携協定

平城宮跡(奈良市)を横断する近鉄奈良線の宮跡外への移設を目指す奈良県は4月7日、近畿日本鉄道と奈良市の3者で移設について具体的に検討する連携協定を結んだ。
3者は今後、移設の具体的な方法や、それに伴う最寄駅の近鉄西大寺駅や、踏切の立体交差化などを検討する。

16年日中韓交流事業の奈良来場者は延べ126万人余

16年日中韓交流事業の奈良来場者は延べ126万人余

奈良市などのまとめによると、2016年、奈良市を会場に開かれた日中韓3カ国の交流事業「東アジア文化都市」の催しに、奈良を訪れた人は延べ126万6000人余に上り、奈良市が当初見込んでいた100万人の予想を大きく上回ったことが分かった。
東アジア文化都市は、日本、中国、韓国の3カ国の都市が、それぞれの国で1年間持ち回りで古流を深めるため、様々な文化や芸術の催しを企画し開く。2016年は、日本は奈良市が会場となり、3月から12月にかけて東大寺などの寺や神社でアートの作品が展示されたり、演劇やシンポジウムが行われるなど関連する93の催しが開かれた。この結果、奈良県内での経済効果は118億8700万円に上ったという。

谷崎、林芙美子らの直筆短歌 中国文学者と交流の証

谷崎、林芙美子らの直筆短歌 中国文学者と交流の証

谷崎潤一郎や林芙美子らが中国の文学者に宛てた未公開のはがきや手紙などが見つかった。専門家は、日中間で戦時下の当時の時代背景を考え合わせると、こうした文学者同士の交流は奇跡に近く、貴重な史料だとしている。
新たに見つかったのは、谷崎潤一郎、林芙美子のほか、志賀直哉、武者小路実篤など日本の近代文学作家が記したはがきや手紙など合わせて18点。これらは2016年5月、福山大学の久保卓哉名誉教授が、中国の文学者で戦前、今の東京大学で講師を務めた方紀生の遺族が住む京都市内の居宅で見つけた。
このうち、谷崎潤一郎直筆の短歌は妻が箸でそうめんをすくいあげる夏の情景を詠んだもので、一緒に見つかったはがきから昭和16年ごろ、方紀生から土産をもらったお礼に贈られたとみられるという。また、林芙美子が昭和11年に中国を訪れた際、方紀生の手帳に書いた俳句は、林が前の年に発表した小説の一節がもとになっている。

代表作など88件集め仏師・快慶展 奈良国立博物館

代表作など88件集め仏師・快慶展 奈良国立博物館

運慶と並び称される鎌倉時代の仏師・快慶の代表作を集めた展覧会が4月8日から奈良国立博物館で始まった。6月4日まで。
会場では国宝の「僧形八幡神坐像」や「弥勒菩薩立像」など国内外から集められた快慶の代表作など国宝7件、重要文化財50件を含む88件が展示されている。
僧形八幡神坐像は、東大寺境内にある手向山八幡宮の前身にあたる神社で祀られていた坐像だ。僧の形をしたご神体で、内部には後鳥羽天皇や後白河法皇などの名前が墨で記されている。弥勒菩薩立像は、アメリカのボストン美術館所蔵の像で、これまで確認されている中で、最も初期の快慶の作品だ。瑞々しく、若々しい体つきが特徴。

「日本100名城」続編に真田丸ゆかりの城など選出

「日本100名城」続編に真田丸ゆかりの城など選出

日本城郭協会(東京)は「続・日本100名城」を選び、「城の日」にあたる4月6日発表した。「日本100名城」の続編で、同協会では「さらなる地域活性化につながれば」としている。2016年7月~2017年1月、約300人の推薦の中から専門家が精査した。
今回は、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」に登場した沼田城や岩櫃(いわびつ)城(いずれも群馬)はじめ、日本最北の古代城柵(さく)とされる秋田城(秋田)、幕末の砲台跡の品川台場(東京)、徳川家康ゆかりの浜松城(静岡)、羽柴秀吉による水攻めの舞台として知られる備中高松城(岡山)、古代の対外防衛施設の水城(みずき)(福岡)など、全国47都道府県から多彩な「城」が選ばれた。

京都・二条城唐門にCGで華麗な幻影の桜吹雪

京都・二条城唐門にCGで華麗な幻影の桜吹雪

世界遺産・二条城(京都市中京区)で、華麗な装飾が施された唐(から)門(国重要文化財)に、桜の花が舞う映像を投影するプロジェクションマッピングが行われ、訪れる人を楽しませている。
これは二条城が歴史の舞台となった、徳川15代将軍慶喜による「大政奉還」から150年を記念した事業の一環で、これまで行っていたライトアップを格段に充実させたもの。能で表現されることが多い「桜の精霊」をモチーフに、唐門に描かれた2羽の鶴が舞うと、桜が咲き乱れる物語をCG映像で表現した。
ライトアップは午後6時~9時(入城時間)。料金は一般400円。城内の50品種300本の桜は今週末が見ごろという。

米で発見の短刀は吉田松陰の形見 前橋市が確認

米で発見の短刀は吉田松陰の形見 前橋市が確認

前橋市は幕末の英傑、吉田松陰の形見として伝わり、市に寄託された短刀が「総合的に判断して松陰のものと確認した」と発表した。
群馬県出身の実業家・新井領一郎が生糸輸出の販路の開拓で1876年に渡米する際、当時、初代県令の妻だった松陰の妹、寿(ひさ)が新井に贈ったものだという。この短刀は5月7日まで前橋文学館で一般公開されている。
短刀は柄(つか)と鞘(さや)を合わせて全長42㌢、刀身31㌢。もともとは室町時代につくられた槍で、後に短刀に改造されたとみられる。新井にひ孫で米カリフォルニア州在住のティム新井さん(57)が受け継いでいた。
短刀の存在は、新井の孫でティムさんのおばのハル・ライシャワー松方さん(元駐日米国大使夫人・故人)が1987年に出版した『絹と武士』の中に記述にあったもの。ただ、それがどこにあるのかはっきりとせず、前橋市が関係者にあたるなどして調べていた。

京の春彩る「都をどり」4/1から春秋座で公演

京の春彩る「都をどり」4/1から春秋座で公演

京都の春を彩る「都をどり」が4月1日から、京都市左京区の京都芸術劇場「春秋座」(京都造形芸術大)で始まる。艶(あで)やかな衣装の芸舞妓(げいまいこ)らが京舞を披露する。本拠地・祇園甲部歌舞練場が耐震調査で休館中のため、「春秋座」に舞台を移して公演する。
今年のテーマは「洛北名所逍遥(そぞろあるき)」(全6景)。貴船、鞍馬山、寂光院など洛北の名所を織り込んだものだ。4月23日(10、17日は休演)まで。1日3回公演。観覧券は4600円、3500円。

百舌鳥・古市4度目挑戦、佐渡鉱山も準備 世界遺産へ

百舌鳥・古市4度目挑戦、佐渡鉱山も準備 世界遺産へ

2019年の世界文化遺産登録を目指し、大阪府はじめ北海道、東北の自治体などが動き出している。
現在明らかになっているのは、「仁徳陵古墳をを含む百舌鳥・古市古墳群」(大阪府堺市、羽曳野市、藤井寺市)、「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森、岩手、秋田3県)、「金を中心とする佐渡鉱山の遺跡群」(新潟県)などだ。
このうち2013年から国内候補を3度落選し、今回4度目の挑戦になるのが大阪府の百舌鳥・古市古墳群だ。大阪府と堺、羽曳野、藤井寺3市の登録推進本部会議が3月29日、大阪府庁で開かれ、文化庁に提出する推薦書原案を了承した。原案は約650ページ。国が英文でユネスコに提出する推薦書のベースになる。今回の原案では歴史的な価値をより丁寧に説明。保存状態が万全でない古墳10基を候補から除外し、構成資産を45件(49基)に見直した。

石見銀山の坑道跡「大久保間歩」7月から一般公開

石見銀山の坑道跡「大久保間歩」7月から一般公開

島根県太田市は3月23日、世界遺産・石見銀山遺跡内で最大規模の坑道跡「大久保間歩」の公開区域拡大工事を終え、報道陣に公開した。世界遺産登録から10周年を迎える今年7月から一般公開される。
大久保間歩は、江戸時代の初代銀山奉行・大久保長安が馬に乗って入ったという伝承がこの名前の由来で、全長900㍍とされる。同間歩は江戸~明治時代に掘削された。
坑道口から160㍍までは、2008年から一般公開されていたが、市は約3000万円を投じ、さらに15㍍奥まで公開区域を拡大した。これにより良質な銀が豊富に採取された空間「福石場」(高さ約20㍍、幅約15㍍)が見学可能となった。遺跡の坑道図面には11カ所の福石場が記載されているが、一般公開は初めて。

南極の海氷 観測史上最小に 2000年代より3割減

南極の海氷 観測史上最小に 2000年代より3割減

国立極地研究所と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月23日、南極域の海氷面積が3月1日に過去最小を記録したと発表した。JAXAの観測衛星「しずく」のデータを分析した。
発表によると、この日の面積は約214.7平方㌔㍍。1978年に始めた観測で、これまでの年最小面積だった1997年2月19日の約225.1万平方㌔㍍を下回った。今回の値は2000年代の年最小面積の平均より3割も少ないという。今年は2月11日に97年の記録を更新、3月1日まで小さくなり、2日から回復傾向が確認されている。
海氷は、南極では9月ごろ最大に、2月ごろに最小となる。北極はほぼその反対で、地球上にある海氷面積の合計は例年2月ごろに最小となる。米航空宇宙局(NASA)も3月23日、今年2月13日に合計面積が観測史上最小になったと発表している。