橘諸兄が建立の奈良期の井手寺・五重塔の基壇見つかる

京都府埋蔵文化財調査研究センターは4月14日、奈良時代の皇族・公卿で左大臣、橘諸兄(たちばなのもろえ、684~757年)が建立した「井手寺」跡と伝わる京都府井手町の「栢ノ木(かやのき)遺跡」で、奈良時代中期(8世紀)の五重塔の基壇跡が初めて確認されたと発表した。
今回発見された基壇跡は東西15.3m、南北15.1mのほぼ正方形。それを囲むように石敷きと北側と西側には階段も見つかった。井手寺関連で主要な建物の遺構が見つかったのは初めて。

400年前の江戸城最古の石垣か 皇居の発掘調査で見つかる

皇室のゆかりの美術品などを収蔵・展示する皇居・東御苑の「三の丸尚蔵館」の建て替え工事に伴う発掘調査の現場で、新たな江戸城の石垣が見つかった。江戸城の石垣としては、およそ400年前の江戸初期、慶長期後半から元和期の最も古いものとみられる。
石垣は幅16m、高さ4mほどで、7段程度に石が積み上げられ、積み方などにこれまで知られてきた江戸城の石垣とは異なる、「乱積み」技法が使われている。

国宝「鳥獣戯画」4巻全場面を一挙公開 4/13から東京で特別展

擬人化した動物などや人間の営みを墨で躍動的に描いた国宝「鳥獣戯画」の全容を紹介する特別展が、4月13日から東京国立博物館で開かれ、4巻すべての場面が同時に公開される。
全44m余りに及ぶ4巻のすべての場面が展覧会として同時に公開されるのは初めてで、巻ごとの特徴などを見比べることができる。特別展「国宝鳥獣戯画のすべて」は事前予約制で、4月13日~5月30日まで。

三島由紀夫の埋もれた超短編作品「恋文」文芸誌に掲載へ

作家の三島由紀夫(1925~70年)の20代半ばに執筆したとみられる未発表作品が、長い時を経て文芸誌に掲載されることになった。これは「恋文」と題した超短編小説で、全集や単行本には未収録で、専門家にも存在を知られていなかった。4月7日発売の文芸誌「新潮」に掲載される。
匿名の恋文に隠された秘密が米占領下の日本の状況を暗示するような短い物語。

聖徳太子の遺訓 4/3~5日 法隆寺で1,400回の遠忌法要

今年は聖徳太子(厩戸皇子=うまやどのおうじ、574~622年)の1,400回忌にあたる。100年に1度の節目。太子にゆかりの深い奈良県斑鳩町の世界遺産・法隆寺では4月3日、遺徳をしのぶ遠忌(おんき)法要が始まった。法要は5日まで。
初日は金堂や五重塔がある西院伽藍で法要が営まれ、同寺のほか、ゆかりの斑鳩寺(兵庫県太子町)の僧侶、県内外の関係者ら計450人が参列した。古谷正覚管長が表白(ひょうびゃく)分を読み上げ、太子を称えるとともに、新型コロナウイルスの早期終息を願った。

100年前の大正時代、1921年の1,300回忌には、日本の資本主義の父ともいわれる、実業界のドン、渋沢栄一(1840~1931年)が、遠忌法要の実現に尽力していたとの様々な記録が残っている。日本史の中で果たした聖徳太子の優れた功績は今更いうまでもないが、歴史の重み、近現代とは途方もなく隔たっているはずなのに、改めで歴史のつながりを強く感じさせる。

四天王寺「鳳輦」「玉輿」を初公開 聖徳太子の命日法要で

四天王寺(所在地:大阪市天王寺区)宝物館で、毎年4月22日に営まれる聖徳太子の命日法要「聖霊会(しょうりょうえ)」で使われる2台のみこし「鳳輦(ほうれん)」「玉輿(ぎょくよ)」(いずれも江戸時代)が初めて一般公開されている。それぞれ太子の像と仏舎利(釈迦の遺骨)という寺の信仰の核となる宝物を載せる特別な神輿だ。
鳳輦は高さ217.5cm、玉輿は同234cm。金具の様式から、江戸時代初期に徳川家によって寺が再興されたときにつくられたとみられる。これまで通常時は蔵に保管していたが、聖徳太子(622年没)の「千四百御聖忌(ごせいき)」に合わせて宝物館に移し、今後は一般公開することにしたという。
宝物館は正月と春、秋に公開され、今春は5月5日まで。拝観料は大人500円、高校・大学生300円。