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志賀直哉の『暗夜行路』の舞台 京都時代の旧居宅、解体へ

文豪・志賀直哉(1883~1971年)の京都時代の旧居の一つで、代表作『暗夜行路』でも重要な舞台として描かれた京都市北区の住宅が近く取り壊されることが分かった。この旧居は北野白梅町交差点から南西約200mにあり、1910年代当時の衣笠村に郊外型住宅として開発され、文化人が数多く住んだ衣笠園の一角。志賀は実父との確執が激しく、わずか4カ月余りだったが、新婚間もない大正4年1月にここに移り住んでいる。暗夜行路の作品では、自らを投影させた主人公の作家、時任謙作と妻・直子が新婚生活をスタートさせた家として登場する。旧居は大正期の木造2階建てで、老朽化が著しく、現在の所有者が解体・売却の手続きを進めている。

山形県内陸部の竪穴住居跡からマグロの骨出土、縄文草創期

山形県南陽市教育委員会などによると、約1万1,000~1万2,000年前の縄文時代草創期の竪穴住居跡が確認された同市赤湯の北町遺跡で、内陸部の縄文遺跡としては全国的に珍しいマグロの骨が出土した。見つかったのは成長段階のマグロの背骨の一部と判明した。白竜湖西側に位置する同遺跡は、枯れた植物が分解せずに積もった泥炭層の湿原だった場所に広がる。こうした環境にあったからか、専門家は「これだけの内陸部で海洋魚の骨が見つかったこと自体、驚き」としている。いずれにしても、当時から内陸部と海岸部で人的、物的交流があったことが推察される。

弥生~飛鳥時代の木製品60点集め奈良・橿原市で特別展

奈良県橿原市の「歴史に憩う橿原市博物館」で、同市内の遺跡から出土した木製の食器や農具などおよそ60点を集めた企画展が開かれている。9月1日まで。これらはいずれも2,000年ほど前の弥生時代から飛鳥時代の木製品。新堂遺跡から出土した古墳時代の「腰掛け」は高さ14cm、幅36cmほどの小さな椅子で、儀式で使われた特別なものと考えられる。持統天皇が造営した藤原京の跡から出土した「漆塗り匙」は、長さ27cmほどの飛鳥時代のスプーンで、官位の高い貴人が使っていたとみられる。

“辻回し”に歓声と拍手 祇園祭・前祭で23基の山鉾巡行

京都・祇園祭の前祭(さきまつり)の山鉾巡行が7月17日、京都市内中心部で行われた。午前9時半ごろ、先頭の長刀鉾(なぎなたぼこ)に乗った稚児がしめ縄を刀で断ち切ったのを合図にスタート。長刀鉾の次は2年連続で山一番を引き当てた「蟷螂山(とうろうやま)」が続き、総勢23の山・鉾が「コンチキチン」の祇園囃子を奏でながら夏の都大路を進む。四条河原町の交差点に差し掛かると山鉾巡行の見せ場の一つ、”辻回し”を披露した。辻回しは、水をまいた竹の上で車両を滑らせて、山・鉾自体と乗り込んでいる人らを含め何トンにもなる山や鉾を直角に方向転換するもの。沿道の人たちからは歓声や拍手が起こっていた。警察によると、沿道にはおよそ12万人が見物に訪れた。

松江城の石垣下に50m超の巨大空洞”防空壕”見つかる

島根県松江市によると、松江城の石垣の下から、長さ50m以上ある戦時中の”防空壕”とみられる巨大な空洞が見つかった。空洞は岩盤に「コ」の字型に掘られ、高さ2m、幅が最大4.5m、長さ53mあるという。同市によると、終戦の5カ月前、島根県が空襲時、職員を避難させるため、城の敷地内に防空壕を掘ると記した文書が残されていて、空洞の場所と一致するとしている。ただ、石垣が崩落するおそれがあることから、同市は戦争遺跡として調査したうえで、埋める方向で検討している。

“新装”薬師寺東塔の修理現場を一般公開

“新装”薬師寺東塔の修理現場を一般公開

約110年ぶりに、約10年かけて大規模な修理が行われた奈良市の薬師寺の東塔の作業がほぼ終わったことから、4月27日から現場の様子が一般に公開されている。訪れた人たちは、普段は公開されていない現場にヘルメットをかぶって入り、美しい姿が蘇った国宝の東塔の細部を興味深げにカメラに収めていた。
今回の修理で約3万枚の屋根瓦が葺き替えられ、併せて創建当初からの屋根の上の銅製の飾り「水煙(すいえん)」も新調されている。
薬師寺の東塔は、寺が創建された1300年前から残る高さ34mの国宝の三重塔。東塔修理現場の一般公開は5月6日まで、午前10時から午後4時まで行われる。