和歌山県の霊場・高野山の金剛峯寺の広場で3月3日、春の訪れを告げ、山開きの合図でもある恒例の「高野の火まつり」が行われた。広場には杉や檜(ひのき)で組まれた高さ1.7m、直径およそ3mの護摩壇が設けられた。
およそ1,200人の参拝客らが儀式を見守る中、山伏姿の僧侶らがほら貝を吹き鳴らし、弓で矢を四方に放って厄除けする”宝弓の作法”が行われた後、護摩壇に火がつけられた。読経の声が響く中、参拝客らの願い事が書かれた護摩木が古い御札などとともに次々と火に投げ入れられ、訪れた参拝客らは護摩壇の周りで手を合わせ、1年の家内安全などを祈っていた。
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京都・宇治 平等院で創建した藤原頼通しのぶ「関白忌」
奈良・本薬師寺跡「正門」構造判明 飛鳥時代の国家寺院
奈良県橿原市は、飛鳥時代に創建された国家寺院の本薬師寺跡で、南門基壇の南東隅と基壇を取り囲む石敷きが見つかったと発表した。石敷きは基壇東側と南側にあり、幅3.3m。20〜40cm大の石が敷き詰められ、中央に雨落ち溝があった。
この結果、正門にあたる南門の構造や位置が明らかになり、同市は「藤原京以前の寺院で正門の状況が分かる例は非常に少ない。古代の寺院史研究における貴重な成果」としている。
本薬師寺跡は過去の調査で、金堂と東西塔、中門などからなる伽藍(がらん)配置が分かっている。本薬師寺は、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願し建立した国家寺院。平城京への遷都に伴い、現在の奈良市にある薬師寺に移ったとされる。
京都・北野天満宮で道真しのび「梅花祭」 野だて茶会も
2,500年前にも能登半島に大津波 津波浸水域が酷似
新潟大災害・復興科学研究所の卜部厚志教授らの津波堆積物の調査、分析によると、震度7を記録した能登半島地震で甚大な津波災害を受けた石川県珠洲市と富山県沿岸部が、約2,500年前にも大津波に襲われていたことが分かった。今回の能登半島地震の津波浸水域とよく似ており、約2,500年前にも同様の大津波が起きていた可能性がある。堆積物は2015年に確認されたが、当時は震源域を特定できていなかった。
同教授は2014〜2015年、文部科学省の日本海地震・津波調査プロジェクトの一環として、石川県と富山県でボーリング調査を行った。その結果、珠洲市で①約2,500年前〜2,000年前②約2,000年前〜1,800年前③9〜10世紀ーの少なくとも3回、富山県沿岸では①約7,900年前〜7,800年前②約4,700年前〜4,500年前③約2,700年前〜2,500年前④13世紀ーの少なくとも4回津波があったことを示す砂層などを見つけた。堆積物の状況から、両県とも約2,500年前の津波が最も大きかったとミられるという。