藤原定家『明月記』の「赤気」はオーロラ 極地研など
国立極地研究所や国文学研究資料館などのチームは、平安・鎌倉時代の著名な歌人、藤原定家(1162~1241年)が日記『明月記』に書き記した「赤気(せっき)」という現象について、研究・解析した結果を米地球物理学連合の学術誌に発表した。
これによると、赤気とは「太陽の異常な活発化によって京都の夜空に連続して現れたオーロラだった可能性が高い」という。同チームは過去2000年の地磁気の軸の傾きを計算した。その結果、北米大陸方向に傾いている現在の軸が、1200年ごろには日本列島側へ傾いていてオーロラが出現しやすい時期だったことが分かった。また、中国の歴史書『宋史』の同2月の記録に「太陽の中に黒点があり、ナツメのように大きい」と書かれていることに着目。この時期は太陽活動が活発化していた可能性が高いと分析した。
明月記には1204年2~3月にかけて、京都の北から北東の夜空に赤気が連続して現れ、定家は「山の向こうに起きた火事のようで、重ね重ね恐ろしい」と書き記している。この時代、連続したオーロラの観測記録としては国内最古という。