八角形で5段構造 宮内庁が「野口王墓古墳」の復元案
宮内庁は5月24日、天武・持統両天皇の合葬陵として管理する奈良県明日香村の野口王墓(のぐちおうのはか)古墳について、7世紀の天皇陵に特有とされる八角形で、5段構造だったとする詳細な復元案を初めて公表した。根拠となる発掘時の写真なども公表。同古墳は古墳時代終末期を代表するひとつだが、陵墓は宮内庁が管理し、一般の立ち入りを原則禁じ、実地調査に基づく詳しい情報をこれまでほとんど公表していなかった。
同庁の復元案では、墳形は最下段の一辺が約15㍍、対角辺約40㍍、正八角形。高さは約7.7㍍。表面は切り石で覆われ、5段構造の最上段は高さ約3㍍と他の段より高く、仏塔のような形だったと推定している。この復元案などは明日香村教育委員会が5月25日に発売する「牽牛子塚(けんごしづか)古墳発掘調査報告書」に収録される。
大王墓は6世紀までは前方後円墳だったが、7世紀に即位した舒明天皇(天武天皇の父)から八角形になったとされる。舒明天皇陵とされる段ノ塚古墳(奈良県桜井市)や天智天皇(天武天皇の兄)陵とされる御廟野古墳(京都市)は墳丘の八角形部分が2段で、大型で色の異なる岩が使われている。