永井荷風晩年の創作ノート発見 膨大な推敲の跡

永井荷風晩年の創作ノート発見 膨大な推敲の跡

江戸文化や花柳界を題材にした作品などで知られる作家、永井荷風(1879~1959年)の晩年の創作ノート2冊が見つかった。大学ノートで2冊あり、合わせて約200㌻に鉛筆書きされている。
短編小説「吾妻(あづま)橋」や戯曲「渡鳥(わたりどり)いつかへる」など、1950~59年に発表された小説・戯曲13作品や随筆などが下書きされていた。題名や構成、そして言葉を何度も練り直した、膨大な推敲(すいこう)の跡がうかがえ、孤高の作家の創作過程を伝える貴重な資料といえそうだ。
秀明大学の川島幸希学長が2016年春、東京都内の古書店で購入し、詳細が確認された。

大宰府の大規模土塁2/3保存へ 筑紫野・前畑遺跡

大宰府の大規模土塁2/3保存へ 筑紫野・前畑遺跡

福岡県教育委員会は同県筑紫野市の前畑遺跡で見つかった7~8世紀ごろの大規模土塁について、確認された長さ約390㍍のうち約3分の2を現状のまま保存する方針を発表した。
土塁は、西鉄筑紫駅(福岡県筑紫野市)周辺で実施されている市の区画整理事業に伴う発掘調査で見つかり、丘陵の尾根に沿って確認された。発見場所では高さ1.5㍍、底部の幅13.5㍍。学術的価値が極めて高いとして、日本考古学協会(東京)が国や県などに史跡指定と保存を求めていた。
発表によると、保存するのは市が公園整備を予定する区域にある約250㍍分。残る約140㍍分は市の区画整理事業に沿って取り壊される見通し。

国内最古級の陶器製水洗便器 滋賀・東近江の古民家で

国内最古級の陶器製水洗便器 滋賀・東近江の古民家で

滋賀県東近江市五個荘竜田町の古民家で、国内最古級とみられる大正時代の大小1組の陶器製水洗便器が見つかった。商標マークから、小便器は「TOTO」の前身にあたる日本陶器が1914~17(大正3~6)年に製造したものと判明した。ただ、大便器はTOTOに資料がなく、詳細は不明だが、創成期の製品の可能性が高い。
今回便器が見つかったのは繊維製品、実用雑貨などを幅広く扱っていた近江商人、松居久右衛門の本宅。約2000平方㍍の敷地に築約250年の母屋と5棟の蔵などが並ぶ一角だ。便器は和式で、大正時代に増築された別棟に設置されており、管を通じて戸外に排水する仕組みも残っていた。

和歌刻まれた10世紀中ごろの土器出土 山梨で全国初

和歌刻まれた10世紀中ごろの土器出土 山梨で全国初

山梨県甲州市は8月25日、同市塩山下於曽(えんざんしもおぞ)の平安時代のケカチ遺跡から、和歌1首が刻まれた珍しい土器が出土したと発表した。京の都の平安京文化が成熟、和歌や仮名文字が広がり始めた10世紀中ごろに作られたとみられる。
平安時代の土器は、一般には墨で地名などが書かれたものの出土例が多い。ところが、今回の出土品は焼く前の土器に文字を刻み込んでおり、甲州市教育委員会は「和歌を丸々1首刻んだ土器の発見は全国で初めて」としている。

奈良・小山田古墳で石舞台級の巨大石室?見つかる

奈良・小山田古墳で石舞台級の巨大石室?見つかる

奈良県立橿原考古学研究所は8月24日、舒明天皇や有力豪族・蘇我蝦夷の墓説がある小山田古墳(奈良県明日香村、7世紀中ごろ)で、横穴式石室の入り口部分の遺構と通路(羨道=せんどう)が見つかったと発表した。
羨道は前年度調査の延長部分で、長さは8.7㍍以上あることが分かった。日本最大級の規模を持つ石舞台古墳(奈良県明日香村)の羨道は11.7㍍で、同研究所では石舞台に並ぶ大型の石室だった可能性が高い-としている。
今回の調査ではひつぎを安置する玄室に通じる羨道の両側に壁として積まれた巨石を抜き取った穴を左右4カ所ずつ、計8カ所確認した。羨道は石舞台古墳と同じ幅の約2.6㍍で、中央には排水溝も見つかった。
小山田古墳は一辺約70㍍の方墳とされ、墳丘規模も日本最大級。現地説明会は8月26日、午前10時から午後3時まで。

正岡子規の晩年の未発表5句見つかる 自画像2点も

正岡子規の晩年の未発表5句見つかる 自画像2点も

今年生誕150年を迎えた明治期の俳人・正岡子規(1867~1902年)が死の前年の正月に詠んだ俳句5句と、自画像2点などが載った冊子「歳旦帳(さいたんちょう)」が見つかった。いずれも全集などにも掲載されたことがない、未発表のものだ。
和綴じの32㌻の冊子(縦24㌢、横26㌢)で、子規と、河東碧梧桐(かわひがし・へきごとう)、伊藤左千夫ら弟子や友人13人が俳句や短歌、画をしたためている。正岡子規晩年の句風が分かる貴重な資料という。
子規は掲載されている8句のうち5句が新出。無署名だが筆跡や、それ以前にも似た句があることなどから、子規の句と判断された。子規の未発表句は、
寝後れて新年の鐘を聞きにけり
暗きより元朝(がんちょう)を騒く子供哉
うらうらと初日の影や枯木立
初夢や巨燵(こたつ)ふとんの暖まり
留守の戸に名刺投込む御慶かな
の5句。当時患っていた脊椎カリエスの病状はすでに重かったが、ふとんの中から感じ取った新年の朗らかな雰囲気が伝わってくるような作品だ。
このほか、前年の暮れに撮影された、有名な子規の横顔写真をもとに描いた自画像や、友人の画家・中村不折(ふせつ)が病床の子規を描いた画、伊藤左千夫の新出の短歌2首も載っている。
この歳旦帳は長い間不明で、今回「子規庵」(東京都台東区)を運営する子規庵保存会に数年前に寄託された個人の資料から見つかった