@club2 のすべての投稿

国内最古、縄文草創期のクリの実か 長野の遺跡

国内最古、縄文草創期のクリの実か 長野の遺跡

長野県・上松(あげまつ)町は12月25日、町内の「お宮の森裏遺跡」で見つかったクリの実が、国内の発見例として最古となる縄文時代草創期(1万6000~1万1000年前)のものと判明したと発表した。
見つかった多くのクリの実・破片のうち、形が残る実が2個(縦横1.2~1.3㌢)に、乾燥などで収縮しているが、人為的に開けたと思われる小さな穴があり、今後調査を進めるという。
上松町によると、これらのクリの実は国道19号線バイパス工事に伴い、1992年ごろ竪穴式住居跡から出土し、保管されていた。これらは2016年、民間の分析機関に依頼し、放射性炭素年代測定などで1万2900~1万2700年前のものと特定された。
これまでは静岡県沼津市の遺跡から出土した縄文時代早期(1万1000~7000年前)のものが国内最古として知られていた。

縄文時代の”幻の貝塚”約120年ぶりに見つかる 東京・豊島区

縄文時代の”幻の貝塚”約120年ぶりに見つかる 東京・豊島区

東京・豊島区の住宅街で、研究者の間で”幻の貝塚”と呼ばれていた縄文時代の遺跡、「池袋東貝塚」がおよそ120年ぶりに見つかった。周辺には大規模な集落が広がっていたとみられ、貴重な発見だと注目を集めている。
およそ3000年から4000年前の縄文時代後期の遺跡、池袋東貝塚は明治時代に発見されたという記録があったが、豊島区教育委員会によると周辺の宅地化が急速に進んだことなどから、その後所在が分からなくなっていた。
今年10月、豊島区の東武東上線の下板橋付近の住宅街で建物の建て替え工事が行われた際、大量の土器や貝が見つかり、当時の記録と出土した遺物や場所がおおむね一致したことなどから、池袋東貝塚と確認された。
遺跡からは縄文土器のほか、ハマグリやカキ、それにシカやイノシシなどの動物の骨が大量に見つかった。また当時の人が土を盛ってつくった盛土遺構が見つかったほか、火を起こした跡も確認され、豊島区教育委員会は遺跡が集落の一角だったと考えられるとしている。

「縄文人」は他のアジア人から分かれ独自進化した集団

「縄文人」は他のアジア人から分かれ独自進化した集団

国立遺伝学研究所(静岡県三島市)の斎藤成也教授らのグループによる縄文人の核DNA解析の結果、日本人のルーツの一つ「縄文人」は2万~4万年前、他のアジア人集団から分かれ、独自に進化した特異な集団だったことが分かった。現代日本人(東京周辺)は、遺伝情報の約12%を縄文人から受け継いでいることも明らかになった。
グループは東大総合研究博物館所蔵の福島県・三貫地(さんかんじ)貝塚の縄文人人骨の奥歯の提供を受け、中から核DNAを抽出。コンピューターを駆使した「次世代シークエンサー」と呼ばれる解析措置を使用、核DNAの塩基32億個のうちの一部、1億1500万個の解読に成功した。
その結果、驚くべきことが分かった。これまで縄文人は身体的な特徴などから東南アジアに起源を持つ人々と近いと思われていたが、実際にはこれらアジアの人々とはかけ離れていたことが分かったのだ。グループによると、縄文人の祖先は4万~2万年前、他のアジア人集団から分かれ、独自の進化を遂げた後、日本列島に渡来したという。

平城宮跡から大規模な”洗い場”の遺構 宴の準備施設跡か

平城宮跡から大規模な”洗い場”の遺構 宴の準備施設跡か

奈良市の平城宮跡で、大規模な”洗い場”の跡とみられる遺構が見つかった。発掘調査を行った奈良文化財研究所によると、「続日本紀」などの古代の歴史書に、この付近で天皇や貴族が盛大な宴を催したとの記述があることから、宴の準備をするための施設だったのではないかとみている。
今回遺構が見つかったのは、平城宮跡の東にある皇太子の宮殿などがあった東院地区で、4㍍四方の巨大な井戸の跡と、井戸の水を流したとみられる幅1㍍ほどの溝の跡が見つかった。溝は井戸から近くにある建物跡に続いていて、周辺からは奈良時代の食器やたらいといった、食事に関連する土器などが数多く見つかった。平城宮跡で洗い場の跡が見つかったのは初めて。

三十三間堂 1001体の千手観音像の修復完了

三十三間堂 1001体の千手観音像の修復完了

40数年にわたって少しずつ進められてきた、京都・三十三間堂(京都市東山区)の国の重要文化財に指定されている1001体の千手観音像の修復が12月22日、すべて終わり、最後の9体が堂内に運び込まれた。
修復では長年にわたり付着したほこりを取り除いたうえ、表面の金箔がはがれるのを防ぐため、にかわを塗るなどの処置が施されたという。その結果、いずれも落ち着いた黄金色の輝きを取り戻した。
千手観音像の修復は、昭和48年度から文化庁の補助金を含め、およそ9億2300万円をかけて毎年少しずつ行われ、45年目の今年ようやく完了したもの。

過去にも北海道沖で超巨大地震「切迫の可能性」

過去にも北海道沖で超巨大地震「切迫の可能性」

政府の地震調査研究推進本部は12月19日、北海道沖の千島海溝沿いで、マグニチュード(M)8.8以上の「超巨大地震」の発生が「切迫している可能性が高い」と発表した。30年以内に発生する確率は7~40%だという、
同本部によると、超巨大地震が想定されるのは十勝沖や根室沖、択捉島沖にまたがる震源域。過去には平均340~380年ごとに発生し、直近では約400年前の17世紀前半に起きたとみられる。この時の津波は北海道の大樹町で高さ18㍍まで達したほか、豊頃町では4.4㌔内陸まで浸水した痕跡が見つかっているという。