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平城天皇の退位後の住まいの2重塀の跡見つかる 平城宮・西宮

奈良文化財研究所によると、奈良市の平城宮跡の「西宮」で、平安時代の天皇、平城天皇が退位後、住んだ住まいを囲んでいた外側の塀の跡が見つかった。2重の塀に囲まれていて、当時の天皇の住居「内裏(だいり)」と同様のつくりとしていたとみられる。同研究所の4月からの発掘調査で、南北に一直線に並ぶ柱の跡が10基見つかったという。研究所では、これまでの調査から「西宮」を2重に囲む塀のうち、外側の塀とみている。平城天皇は、これまで都を置いた奈良県下を出て、784年長岡京、そして794年平安京に遷都した桓武天皇の息子で、病で天皇の座を弟(後の嵯峨天皇)に譲った後、以前の都・平城京の「西宮」に住まいを移したとされている。6月7日に現地で説明会が開かれる予定。

初公開「頼政一代記」など京都・平等院で840回忌記念展

京都府宇治市の平等院で5月25日、同院にゆかりの深い従三位・源頼政の840回忌を記念した特別展「源頼政-歴史と伝説の交叉(こうさ)」が始まった。9月27日まで。期間中、展示品を一部入れ替える。公家と武家姿の頼政像のほか、初公開の絵図「頼政一代記」はじめ、弓やかぶと16点が展示されている。総帥・平清盛のもと、平家の天下が続いていた中、頼政は本心を胸に秘め、平家とも交流し、強かに生き抜き、その機会を待っていた。そして、源氏再興を期して挙兵した。しかし機熟さず1180年、宇治橋での合戦で敗れ、5月26日、平等院の境内で自刃、無念の最期を遂げた。こんな頼政には御所での鵺(ぬえ)退治の伝説や、亡くなった後の魂が「源氏蛍」となり、「平家蛍」と入り乱れて宇治川を乱舞したとの伝承も残っている。

「大坂夏の陣図屏風」など大阪城天守閣で企画展

大阪城天守閣で5月22日から、「サムライたちの躍動」と銘打った重要文化財の屏風などを展示する企画展がスタートした。7月17日まで。同展では大阪城天守閣で収蔵しているコレクションの中から屏風や甲冑(かっちゅう)など合わせて71点展示されている。中でも目を引くのが重要文化財「大坂夏の陣図屏風」で、慶長20(1615)年の大坂夏の陣の戦いを描いたもの。屏風は左右一対で、右側には徳川家康率いる徳川連合軍と真田幸村らが主導した豊臣軍が激突する様子が躍動感あるタッチで描かれ、左側には民衆たちが川を渡って逃げ惑う様子が描かれている。6月28、29日、日本で初めて開催される「G20大阪サミット」に合わせて、これから一段と増加が見込まれる訪日外国人にもサムライ文化の一端を紹介しようと企画されたもの。

日本遺産 今年度は全国で16件認定、近畿で西国巡礼など

文化庁が認定する「日本遺産」に今年度は全国で16件が認定された。このうち「1300年続く日本の終活の旅~西国三十三所観音巡礼」は、近畿2府4県と岐阜にある33カ所の観音信仰の霊場を巡礼で訪れた人々に、日本人の優しさや心遣いといった豊かな心を伝えるきっかけになるとして認定された。滋賀県内の大津市の三井寺や石山寺など3つの市にある6つの寺の観音像や建物が含まれる。このほか近畿では兵庫県赤穂市の塩づくりが選ばれた。赤穂の塩づくりは江戸時代、入浜塩田と呼ばれる干満の差を利用して海水を引き入れる製塩法を確立し、国内の著名ブランドとして名を馳せたことなどが評価された。日本遺産は2015年、文化庁が各地に点在する有形、無形の文化財を地域のつながりや特徴ごとにまとめ、観光資源としてその魅力を国内外に発信しようと設けたもの。

京都・六波羅で平家一門の屋敷遺構見つかる

京都市東山区の「六波羅」と呼ばれる地域で、平安時代後期、総帥・平清盛のもと隆盛を誇った平家一門の屋敷の一部とみられる堀の跡などが見つかった。この付近には平家一門が拠点を築いていたことは、平家物語など記録に残っているが、実際に遺構が見つかるのは初めてという。堀の跡は東西に長さ15m、深さ1.4mで一番上の部分の幅は3mほどだが、深くなるにつれ狭くなっている。南側に土塁が積まれた跡があることから、南に屋敷が広がっていたとみられ、堀の中からは平安時代後期にあたる12世紀ごろの土器が多く出土したという。この地域でホテル建設が計画され、民間の発掘調査会社が2018年12月から調査を進めていた。

コウモリの翼持った恐竜の化石 中国遼寧省で発見

中国遼寧省のおよそ1億6,300万年前の地層から、2017年見つかった、コウモリのような翼を持つ新種の恐竜の化石が、恐竜から鳥類へと進化していく過程をめぐる研究に一石を投じている。化石は全身の骨格がほぼ完全な状態で、体長は32cmとハトほどの大きさ。前足の手首から細長に骨が伸び、指と骨との間に膜状の翼の痕跡があったほか、化石の首から肩にかけて羽毛が生えていたことを示す痕跡も確認された。このため、この恐竜は全身が羽毛で覆われる一方で、コウモリのような膜の翼を持ち、ムササビのように滑空していたと考えられている。これらの研究成果は、英国の科学雑誌「ネイチャー」に掲載された。

「ㇺジークフェストなら」開幕 23日間に300のコンサート

奈良県の世界文化遺産、東大寺をはじめ元興寺、唐招提寺などを会場に、23日間にわたって約300のコンサートが開かれる音楽祭「ムジークフェストなら」が5月18日、開幕した。初日の18日あ東大寺の大仏殿で記念の式典が行われ、プロの歌手や地元の子供たちがクラシックや民謡などを次々と奉納した。訪れた人たちは、厳かな大仏殿には非日常的な、響き渡る歌声とピアノや三味線の音色を堪能した。ムジークフェストならは、奈良の魅力を、奈良ならではの有名な寺社仏閣を会場に使用し、音楽とともに発信しようと、毎年この時期に開かれている。

京都「葵祭」都大路に雅な平安装束の行列

京都「葵祭」都大路に雅な平安装束の行列

京都三大祭の一つ、「葵祭」が5月15日行われ、平安装束を身に着け、祭りの名前の由来となっている”フタバアオイ”を飾り付けた、およそ500人の雅な雰囲気の行列が、京都御所→下鴨神社→上賀茂神社をおよそ5時間かけて巡行した。沿道には警察発表でおよそ4万7,000人が詰めかけ、華やかな平安絵巻を楽しんだ。十二単(ひとえ)に身を包んだ祭りの主役、令和元年の「斎王代」を務めたのは負野李花さん(23)。
葵祭はおよそ1,400年前、欽明天皇が五穀豊穣を祈って馬を走らせたのが始まりとされている。

縄文人の全遺伝情報を解読 日本人のルーツに迫れるか

縄文人の全遺伝情報を解読 日本人のルーツに迫れるか

国立科学博物館、国立遺伝学研究所、東京大学などの研究グループは5月13日、縄文人の全遺伝(全ゲノム)情報を解析し、縄文人に関する様々なことが分かったと発表した。これにより、アフリカで生まれた人類集団がどのようにして東アジア各地に広がったのか?日本人の祖先がどこから来たのか?こうした謎に迫る貴重なデータとなるはずだ。
同グループは、北海道・礼文島の船泊遺跡で発掘された3,800年前の縄文人女性の人骨の歯からDNAを取り出して、最先端の解析装置を使い30億対の塩基配列すべての遺伝情報を解読。現代人のゲノム解析と同じ精度でDNA上の配列を特定した。
この結果、縄文人の祖先となる集団が東アジアの大陸に残った集団から分かれた時期が約3万8,000年前から1万8,000年前であることが分かった。また、今回の解析で国内の地域ごとに、縄文人から現代人に受け継がれたゲノムの割合が大きく異なることも分かった。
東京でサンプルを取った本州の人々では縄文人のゲノムを約10%受け継ぎ、北海道のアイヌの人たちでは割合が約7割、沖縄の人たちで約3割だった。
同グループは、詳細を5月末にも学術誌で発表する。

百舌鳥・古市古墳群 世界遺産登録へ イコモスが勧告

百舌鳥・古市古墳群 世界遺産登録へ イコモスが勧告

ユネスコの諮問機関、イコモスはこのほど、世界文化遺産への登録を目指していた大阪府南部の「百舌鳥・古市古墳群」について、登録することがふさわしいとする勧告をまとめた。これにより、今年アゼルバイジャンで開かれる世界遺産委員会で正式に世界文化遺産に登録される見通しとなった。
同古墳群は、堺市、羽曳野市、藤井寺市にまたがる2つの古墳群で、宮内庁が「仁徳天皇陵」として管理する国内最大の前方後円墳など4世紀後半から5世紀後半ごろに築造された49基が構成要素になっている。大阪府からの登録はこれが初めて。

信長祀る京都・建勲神社でゆかりの金平糖奉納

信長祀る京都・建勲神社でゆかりの金平糖奉納

織田信長を祀る京都市北区紫野の建勲神社で5月12日、450年前のこの日、信長がポルトガルの宣教師ルイス・フロイスと面会し、金平糖とろうそくが献上されたと伝えられていることにちなみ、金平糖が奉納される神事が行われた。
奉納したのは京都市内の金平糖専門店の社長。小分けした金平糖100袋を奉納した。神職が祝詞をあげた後、社長が玉串を捧げ、南蛮文化を好んだという信長の遺徳をしのんだ。

橋本左内「啓発録」の活字本 福井・あわら市で発見

橋本左内「啓発録」の活字本 福井・あわら市で発見

幕末、大老・井伊直弼がらつ腕を振るった「安政の大獄」で散った福井藩の若き英才、橋本左内(1834~59年)が著した「啓発録」の、1889(明治22)年に出版された活字本が福井県あわら市内の民家で見つかった。
国立国会図書館の蔵書履歴によると、今回見つかったものは啓発録の活字本では最も早い出版とみられる。縦19cm、横12.5cmで38ページ。漢字カナ交じり文で書かれている。巻末には編集・発行は鹿児島県士族 山本忠輔と記載がある。
啓発録は、左内が幼少期から人生の目標や規範を書き記したもの。

朝鮮通信使受け入れで功績の雨森芳洲の展示を一新

朝鮮通信使受け入れで功績の雨森芳洲の展示を一新

江戸時代、朝鮮半島から派遣された外交使節団「朝鮮通信使」の幕府側の窓口として大きな役割を果たした儒学者、雨森芳洲の業績を紹介する滋賀県長浜市高月町の展示施設がこのほど、35年ぶりにリニューアルされオープンした。
同施設は、平成29(2017)年に朝鮮通信使に関する歴史的な資料が、ユネスコの「世界の記憶」に登録されたことを受け、オープンから35年ぶりに初めてリニューアル、展示内容が一新された。
新たな展示では、芳洲の生い立ちや朝鮮通信使との関わりなどを8枚のパネルで分かりやすく説明している。また、芳洲が書いた外交の意見書で、世界の記憶にも登録された「交隣提醒」など20点の関連文書の複製なども展示されている。

令和初の一般参賀に14万人超「国民の幸せと世界の平和を」

令和初の一般参賀に14万人超「国民の幸せと世界の平和を」

5月1日に即位された天皇陛下の、令和初の一般参賀が4日、皇居で行われ合わせて14万1,130人が訪れた。
皇居の正門前には、午前9時過ぎの時点でおよそ5万人が集まり、予定より20分早く開門された。即位後、初めて一般の人たちを前に天皇陛下は「ここに皆さんの健康と幸せを祈るとともに、わが国が諸外国と手を携えて世界の平和をを求めつつ、一層の発展を遂げることを心から願っております」と述べられた。
天皇陛下は1日で皇后さまや秋篠宮さまなど皇族方とともに、合わせて6回ベランダに立ち、手を振って訪れた人たちに応えられた。

葵祭の無事祈り下鴨神社で勇壮な「流鏑馬」

葵祭の無事祈り下鴨神社で勇壮な「流鏑馬」

京都市左京区の世界遺産、下鴨神社で5月3日、京都三大祭の一つ、5月15日開かれる「葵祭」の無事を祈って、勇壮な「流鏑馬(やぶさめ)」の神事が行われた。
境内の「糺の森(ただすのもり)」に設けられたおよそ400mの”馬場”には、100mおきに3つの的が置かれている。そこに武士の装束に身を包んだ”射手”が登場。勢いよく駆け抜ける馬の上で、バランスを取りながら矢を放ち、次々と的を射抜いていく。的を射抜くと「カーン」と乾いた音が立つ。そのたびに訪れた人たちは歓声を上げ拍手を送っていた。

古代「難波宮」の石組み水路を特別公開

古代「難波宮」の石組み水路を特別公開

飛鳥時代の宮殿「難波宮」にあった巨大な石組みの水路の見学会が5月3日、大阪市中央区の大阪歴史博物館で行われた。
難波宮跡にある同博物館の地下6mのところに保存されている水路は、幅6m、深さ1mほどの巨大なもの。この古代の水路は、湧き水を難波宮の外に流す目的でつくられたと考えられている。
クレーンがない時代にどのようにしてこれらの大きな石を運んだのか?見学に訪れた人たちは、普段は一般公開されていない、1300年余り前の古代の土木技術に見入っていた。

安土城の史料280点集めた展示会 滋賀・近江八幡市で

安土城の史料280点集めた展示会 滋賀・近江八幡市で

天下統一を目前にした織田信長が築いた”幻の城”安土城に関係する史料およそ280点を集めた展示会が、城跡がある滋賀県近江八幡市の県立安土城考古博物館で開かれている。6月9日まで。
2020年、明智光秀が主人公のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が放送されるのを前に、同ドラマに登場する安土城について、多くの人に知ってもらおうというもので、築城の状況が分かる貴重な史料として国宝に指定されている書状など、城に関する史料をできる限り集めたとしている。
安土城は信長が「本能寺の変」で明智光秀に討たれた後、焼失。豪華絢爛で、異例の構造だったと伝わるが、その詳細や全体像はほとんど分かっていない。

「命のビザ」杉原千畝の功績称えイスラエルで記念式典

「命のビザ」杉原千畝の功績称えイスラエルで記念式典

イスラエル中部の中高一貫の公立学校で5月2日、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害から大勢のユダヤ人を救った日本の外交官、杉原千畝の功績をたたえ、より理解を深めようと記念式典が開かれた。
第二次世界大戦中、リトアニア駐在の外交官だった杉原は、人道的な立場から本国の指示を無視して、ナチス・ドイツの迫害から逃れるユダヤ人のためにビザを発給し続け、およそ6,000人の命を救ったとされている。
5月2日は、イスラエルではナチス・ドイツによるユダヤ人の大虐殺、ホロコーストの犠牲者を追悼する日にあたる。

秋篠宮さま「皇嗣」に 政府が内閣告示

秋篠宮さま「皇嗣」に 政府が内閣告示

政府は5月1日の臨時閣議で、皇位継承を国民に知らせる内閣告示を決定した。天皇陛下の即位に伴い、秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」に就かれた。2位は秋篠宮さまの長男、悠仁(ひさひと)さま、3位は上皇の弟の常陸宮さまとなった。
皇嗣の秋篠宮さまの待遇は皇太子と同等に拡充され、紀子さまとともに担われる公務も大幅に増え、負担も重くなる。

堺では江戸時代も盛んに鉄砲生産 古文書で判明

堺では江戸時代も盛んに鉄砲生産 古文書で判明

大阪府堺市と関西大学の分析によると、徳川政権が確立した江戸時代でも、堺では盛んに鉄砲が生産されていたことを示す古文書が見つかった。これは堺市の、かつての鉄砲鍛冶の屋敷、井上関右衛門家から5年前に見つかった、およそ2万点の古文書の分析の結果、判明したもの。
井上家は江戸時代を通じて鉄砲生産に関わっていたとされ、代金の決済などが記された「萬覚帳」からは、1866年の売り上げが現在に金額でおよそ3億円もあったことが分かった。このほか、当時の注文票や鉄砲の設計図などから、全国各地の大名から注文を受けて鉄砲を盛んに生産していたことが分かるという。
天下統一を目指した織田信長や、これを継承した豊臣秀吉が戦乱を収める最大の武器の生産基地として、堺の商人らをを重用したことは知られているが、大きな戦乱がなくなったはずの江戸期になっても、堺で鉄砲生産がこれほど盛んに行われていたことはほとんど知られていなかった。それだけに専門家らは、日本の鉄砲の歴史を書き換える貴重な史料だとしている。

奈良・談山神社で春の「蹴まり祭」

奈良・談山神社で春の「蹴まり祭」

奈良県桜井市の談山神社で4月29日、古代の装束を身に着けて鞠(まり)を蹴り合う「蹴まり祭」が行われた。烏帽子(えぼし)や袴(はかま)装束の「蹴鞠保存会」のメンバー8人が輪になり、さながらサッカーのリフティング並みに、「アリ」「ヤ」「オウ」など独特の声をあげながら、右足の甲だけを使ってまりを蹴りあげるのが作法。訪れた人たちは周囲を遠巻きにして、高く蹴りあげられるまりを見ながら時々、歓声をあげていた。
蹴まり祭は、談山神社に祀られている藤原鎌足(当時は中臣鎌足)が蹴まりを通じて中大兄皇子と出会い、当時の政治を意のままにしていた蘇我氏(蝦夷・入鹿の親子)打倒に向けた、「大化の改新」の計画を練ったという故事にちなみ、毎年春と秋に行われている。

壬生狂言「炮烙割」に歓声 春の公演始まる

壬生狂言「炮烙割」に歓声 春の公演始まる

京都市中京区の壬生寺で4月29日、国の重要無形民俗文化財に指定されている「壬生狂言」の春の公演が始まった。5月5日まで。
今回の公演では最初に人気の演目「炮烙割」が行われた。「悪さをはたらくと、報いを受ける」という教えを伝える演目で、約1,000枚の皿が割られるクライマックスのシーンでは、皿の割れる大きな音が会場に響き渡り、詰め掛けた観客から大きな拍手が起こっていた。
壬生狂言は、壬生寺の僧侶が仏教の教えを分かりやすく伝えようと、約700年前の鎌倉時代に始めたとされ、面をつけた演者たちが太鼓や笛の音色に合わせて身振り手振りだけで演じるのが特徴。

「平成」から「令和」へ 天皇202年ぶり退位 皇太子即位

「平成」から「令和」へ 天皇202年ぶり退位 皇太子即位

天皇陛下は皇室典範の特例法に基づいて、4月30日で退位され「平成」の時代は終わる。翌5月1日に皇太子さまが即位され、新しい「令和」の時代が始まる。
江戸時代後期の光格天皇以来202年ぶりとなる退位。天皇陛下はまず、30日午前10時から皇居の「宮中三殿」で「退位の礼」を行うことを皇室の祖先や神々に伝える儀式に臨まれる。そして午後5時から「退位礼 正殿の義(たいいれい せいでんのぎ)」が皇居宮殿の「松の間」で国事行為として行われる。
また、皇太子さまは即位した5月1日午前10時半から皇居・宮殿で、新しい天皇として三種の神器のうちの剣と勾玉などを受け継がれる「剣璽等承継の儀(けんじとう しょうけいのぎ)」に臨まれる。午前11時10分からは皇后になられた雅子さまとともに、内閣総理大臣をはじめ国民を代表する人たちと会う「即位後 朝見の儀(そくいご ちょうけんのぎ)」に臨まれる。

“新装”薬師寺東塔の修理現場を一般公開

“新装”薬師寺東塔の修理現場を一般公開

約110年ぶりに、約10年かけて大規模な修理が行われた奈良市の薬師寺の東塔の作業がほぼ終わったことから、4月27日から現場の様子が一般に公開されている。訪れた人たちは、普段は公開されていない現場にヘルメットをかぶって入り、美しい姿が蘇った国宝の東塔の細部を興味深げにカメラに収めていた。
今回の修理で約3万枚の屋根瓦が葺き替えられ、併せて創建当初からの屋根の上の銅製の飾り「水煙(すいえん)」も新調されている。
薬師寺の東塔は、寺が創建された1300年前から残る高さ34mの国宝の三重塔。東塔修理現場の一般公開は5月6日まで、午前10時から午後4時まで行われる。

四天王寺の亀形石槽は飛鳥時代につくられた

四天王寺の亀形石槽は飛鳥時代につくられた

大阪の四天王寺と奈良の元興寺(がんごうじ)文化財研究所のグループによると、大阪の四天王寺にある亀の形をした石造物が7世紀の飛鳥時代につくられたものであることが分かった。
四天王寺の亀井堂には亀をかたどった石の水槽と、そこから出た水を受ける同じく亀の形をした石の水槽があり、古くから儀式などで使われれきた。こうした構造は奈良県明日香村にある斉明天皇ゆかりとされる酒船石遺跡の亀形石造物と同じで、つくられたのも同じ7世紀ごろと考えられるという。
同グループはこれらを考えわせると、四天王寺が当時の国家にとって重要な場所だったことを示す重要な資料だとしている。

奈良・纒向遺跡で祭祀用のカエルの骨出土

奈良・纒向遺跡で祭祀用のカエルの骨出土

古代、邪馬台国の有力な候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、祭祀(さいし)に使われたとみられるカエルの骨(12匹分)が見つかった。専門家らはカエルは古代、霊力のある動物とされており、カエルが供えられていたことを示す具体的な資料で、当時の祭祀を知るうえで貴重な発見だとしている。
同遺跡では9年前、邪馬台国の女王・卑弥呼の宮殿との説もある3世紀前半の大型建物跡のそばに掘られた穴の跡から、古代中国で神聖な果物とされ、当時の祭祀に使われたとみられる2,000個以上の桃の種と動物の骨が見つかった。この動物の骨を詳しく調べたところ、魚のほかカエルの骨が含まれていたという。

一遍上人の肖像や絵巻を一堂に 京都で特別展

一遍上人の肖像や絵巻を一堂に 京都で特別展

踊り念仏で知られる、時宗を開いた鎌倉時代の一遍上人の肖像画や、その生涯を描いた国宝の絵巻などを一堂に紹介する特別展「国宝 一遍聖絵と時宗の名宝」が、京都国立博物館(京都東山区)で開かれている。6月9日まで。
会場には、一遍上人の生涯を描いた国宝の絵巻「一遍聖絵」の全12巻、肖像画、彫刻などおよそ200点が展示されている。時宗は一遍らが一般庶民の中に入って布教した宗派。展示されている作品に目を凝らすと、描かれた中世の人々の息吹や、様々な階層の暮らしぶりの一端がうかがえる。

「梅原日本学」の梅原猛さん 京都でお別れの会

「梅原日本学」の梅原猛さん 京都でお別れの会

日本の歴史や文化、思想を独自の視点で研究した哲学者で、今年1月に93歳で亡くなった梅原猛さんのお別れの会が4月21日、京都市内のホテルで開かれた。柔和な表情の梅原さんの遺影が飾られた祭壇を前に、幅広い分野で親交のあった人およそ500人が黙とうをささげ、最期の別れを惜しんだ。
梅原さんは京都大学文学部を卒業。京都市立芸術大学や国際日本文化研究センターの初代所長などを務め、後に「梅原日本学」と呼ばれる、独自の日本の歴史・文化・思想のもと、幅広い分野で著作活動を展開した。

ロシアの永久凍土から4.2万年前の子馬の血液

ロシアの永久凍土から4.2万年前の子馬の血液

CNNによると、ロシアの研究グループはこのほど、極東シベリアのベルホヤンスク地域の永久凍土で、4万2000年前に死んだ子馬から液体の血液と尿が見つかったことを明らかにした。
体液は検視の過程で採取したもので、クローン作製に向け検査も行ったという。死んだときの子馬は生後2週間程度だったとみられると説明。泥にのみ込まれ、その泥が永久凍土の一部になった可能性が高いとしている。この馬は絶滅種。

「先住民族」と明記のアイヌ新法成立

「先住民族」と明記のアイヌ新法成立

法律上、初めてアイヌを「先住民族」と明記し、必要な支援策を盛り込んだアイヌ新法が4月19日、参院本会議で与党などの賛成多数で可決、成立した。
アイヌ民族の誇りを尊重し、産業・観光振興などに使える交付金を創設すると定めた。アイヌと地域住民の交流の場の整備やアイヌ文化に焦点を当てた観光プロモーションなども想定される。このほか、市町村計画に応じ、祭具づくりのため国有林の樹木採も特定で認めるとしている。公布後1カ月以内に施行される。

法隆寺の国宝・救世観音像 春の特別公開

法隆寺の国宝・救世観音像 春の特別公開

奈良県斑鳩町の法隆寺・夢殿に安置されている国宝・救世観音像(くせかんのんぞう)が4月11日から特別公開されている。
救世観音像は高さおよそ1.8mの飛鳥時代の木造の仏像で、聖徳太子を模して造られたとされ、神秘的な微笑みをたたえた細身の姿が特徴。毎年春と秋に特別に公開されている。今回は5月18日まで。
公開に先立って法要が営まれた。読経があげられる中、厨子(ずし)の扉が開けられると、訪れた人たちは像に見入り、静かに手を合わせていた。近在からはもとより、東京をはじめ遠方から訪れた人もみられた。

新種の人類か フィリピン・ルソン島の洞窟で化石見つかる

新種の人類か フィリピン・ルソン島の洞窟で化石見つかる

フランスの国立自然史博物館やフィリピン大学などの研究グループは、フィリピンルソン島のカラオ洞窟で小型の人類の化石が見つかり、調査・分析した結果、およそ5万年前に姿を消した新種の人類だとする内容の論文を4月10日、英国の科学雑誌「ネイチャー」に発表した。
同洞窟の石灰岩の地層から2007年以降、人類のものとみられる歯や足の指の骨、そして太ももの部分とみられる骨の化石が見つかっており、分析の結果、身長1mほどの人類のものであることが分かった。
足の指の骨は300万年ほど前にアフリカに生息していた初期の人類「アウストラロピテクス」と同じように曲がり、木登りしやすいようになっている一方で、歯の根の部分の形が現在の人類「ホモ・サピエンス」を含めた、これまでに知られているすべての人類と異なっているという。このため、同研究グループは「ホモ・ルゾネシス」(=ルソン島の人)と名付けた。

世界初 ブラックホールの輪郭撮影に成功

世界初 ブラックホールの輪郭撮影に成功

日本などの国際研究グループは4月10日、極めて強い重力で光も吸い込む天体、ブラックホールの輪郭を撮影することに世界で初めて成功したと発表、画像を公開した。撮影したのは、地球から5500万光年離れたおとめ座の「M87」と呼ばれる銀河の中心にあるブラックホール。
世界各地の電波望遠鏡をつないで、口径がおよそ1万kmという地球サイズの巨大な望遠鏡を構築したことによる成果で、ブラックホールの存在を直接示すものとして世界的に注目されている。日米欧などでつくる研究グループが世界6カ所で同時に会見し明らかにした。

新一万円札「渋沢栄一」など3紙幣デザイン一新へ

新一万円札「渋沢栄一」など3紙幣デザイン一新へ

日本政府は偽造防止などを目的に、一万円札、五千円札、千円札の3種類の紙幣のデザインを一新すると発表した。新たな肖像画には、一万円札に「近代日本経済の父」と呼ばれる渋沢栄一、五千円札に日本で最初の女子留学生として米国で学び、津田塾大学を創立した津田梅子、千円札に破傷風の治療法を開発した細菌学者の北里柴三郎を使用し、5年後をめどに発行する方針。
紙幣の裏面には、一万円札は東京駅の駅舎、五千円札は藤の花、千円札は葛飾北斎の代表作「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」がそれぞれ描かれる。
偽造防止のため最先端の技術を用いたホログラムなども導入される予定。紙幣のデザインが一新されるのは平成16年以来となる。5年後の2024年度上半期をめどに発行する。また、五百円硬貨についても偽造防止を目的に、素材を変更するなどした新たなものを2年後の2021年度の上半期をめどに発行する。
なお、二千円札については、現在のデザインが維持される。

新元号 候補5原案は「英弘」「久化」「広至」「万和」「万保」

新元号 候補5原案は「英弘」「久化」「広至」「万和」「万保」

「令和(れいわ)」に決まった新元号の選定作業で、政府が示した6つのうち5案が明らかになった。「英弘(えいこう)」、「広至(こうし)」、「久化(きゅうか)」、「万和(ばんな)」、「万保(ばんぽう)」の5つだ。令和の考案者は中西進・国際日本文化研究センター名誉教授が有力視されている。

 

新元号は「令和」、出典は「万葉集」

新元号は「令和」、出典は「万葉集」

日本政府は4月1日、平成に代わる新しい元号について、臨時閣議で「令和(れいわ)」とすることを決め、午前11時半すぎからの記者会見で菅官房長官が発表した。また、令和の典拠は日本最古の歌集「万葉集」であると発表した。
この結果、4月30日、天皇陛下が退位し平成の時代が終わり、5月1日、皇太子が即位、新しい令和の時代が始まることになった。
政府によると、新元号に決まった令和の「令」の字が元号に用いられるのは初めてという。また令和は過去に候補とした挙げられたことはないという。

秀吉から清正へ1592年の「朝鮮出兵命令書」見つかる

秀吉から清正へ1592年の「朝鮮出兵命令書」見つかる

愛知県刈谷市の歴史博物館は3月27日、当時の天下人、豊臣秀吉(1537~1598年)が、加藤清正(1562~1611年)に宛てて朝鮮出兵を命じた朱印状が見つかったと発表した。
朱印状は縦21.5cm、横125.5cmで軸装されている。竜のマークが特徴の秀吉の朱印があることに加えて、紙質・形状などから本物と判断した。「文禄の役」で清正が出兵する直前に出されたものとみられる。
秀吉は清正に対し「小西行長らに出兵を命じたので、お前も出陣せよ。先に行った者が道中で詰まっているので皆で相談して進めるように」といった趣旨の秀吉らしい細かい指示も盛り込まれている。3月23日の日付があり、文禄の役で第2陣を率いて4月に出兵した1592年のものと推測される。3月23日付の命令書の実物が見つかったのは初めてという。

「羽柴」秀吉時代の姫路周辺の「検知帳」見つかる

「羽柴」秀吉時代の姫路周辺の「検知帳」見つかる

兵庫県立歴史博物館はこのほど、「羽柴」秀吉が織田信長の家臣として、現在の兵庫県姫路周辺を治めていたころに作らせた、新たな「検知帳」が見つかったと発表した。
後年、天下人となった豊臣秀吉が全国の田畑の測量と調査を命じた「太閤検地」を行うまでの過程を知るうえで、貴重な史料になるとみられる。
これは兵庫県内の古文書の収集家が2017年、姫路市の県立歴史博物館に持ち込んだもの。羽柴秀吉の検知帳と判明したのは、天正8年10月24日の日付が記された18枚綴りの帳面。
同博物館によると、帳面には①現在の姫路市四郷町明田を示す地名②耕作地の面積③課税できる石高④羽柴秀吉の家臣の名前-などが記されている。このほか、記された面積の単位や税率、身分の表記などから、この帳面は秀吉が作らせた 検知帳の写しだと判断した。
秀吉の天下統一後、1590年代に作成された「太閤検地」の検知帳は全国で数百点残っているが、それ以前の検知帳はこれまでにわずか6点しか見つかっていないという。

島根県津和野町で25億年前の日本最古の岩石発見

島根県津和野町で25億年前の日本最古の岩石発見

広島大学大学院理学研究科の早坂康隆准教授のグループは3月25日、島根県津和野町で約25億年前に形成された日本最古の岩石を発見したと発表した。これまでは同県隠岐の島町で見つかった18億5,000万年前の岩が最古とされていた。
今回発見されたのは津和野町の部栄地区。林道わきの露出した岩体の一部を分析。岩石中の鉱物・ジルコンに含まれるウランと鉛の成分比率から年代を測定した。その結果、約25億年前にマグマが固まってできた花崗(こう)片麻岩で、国内の岩体の年代では最も古いことが判明した。
早坂准教授は「ユーラシア大陸に分布する地質と照らし合わせることで列島が大陸のどこから分離したかを知る手がかりになる」としている。

竹久夢二、上村松園など近代美人画90点集め特別展

竹久夢二、上村松園など近代美人画90点集め特別展

奈良県明日香村で竹久夢二、上村松園などの美人画の作品を集めた特別展が開かれている。5月6日まで。
明日香村の奈良県立万葉文化館で開かれている特別展には明治から平成にかけて描かれた美人画およそ90点が展示されている。
今回関西で初めて公開される竹久夢二の「投扇興」は大正6年ごろに描かれた作品で、2人の女性が扇を投げて的当てに興じる姿が描かれ、しなやかな体のラインなど夢二独特の美人画の特徴がよく表われている。上村松園の「桜狩の図」は昭和10年の作品で、桜の花びらの柄の艶やかな着物姿の女性が、花見に向かう様子が描かれている。

新元号の考案3/14正式に委嘱 菅官房長官が公表

新元号の考案3/14正式に委嘱 菅官房長官が公表

新元号の発表時期が迫ってきた。菅義偉官房長官は3月24日、4月1日に決定する新元号の考案を3月14日、正式に委嘱したことを明らかにした。新元号は、政府から委嘱を受けた専門家が、2つから5つの候補を提出し、有識者会議などを経て、4月1日に選定される。

豊臣「大坂城」の西側で佐竹氏の屋敷跡見つかる

豊臣「大坂城」の西側で佐竹氏の屋敷跡見つかる

大阪府、大阪府文化財センターの共同発掘調査によると、大阪・中央区の大阪城の西側で豊臣家の有力大名で、徳川政権確立後に初代秋田藩主となった佐竹義宣のものとみられる屋敷跡が見つかった。3月23日、午前10時から現地説明会が行われる。
豊臣時代の「大坂城三の丸」にあたる場所で、当時の大名屋敷の跡が見つかるのは今回が初めて。東西およそ20m、南北およそ15mで広さ100坪の建物と、東西およそ4m、南北およそ15mの建物の合わせて2棟の礎石の跡が見つかった。建物の規模と、この付近から佐竹氏の家紋が付いた屋根瓦が見つかっていることなどから、佐竹氏の屋敷跡と判断した。
豊臣秀吉は大坂城の守りを固めるため、周辺に大名たちを移住させたが、実際に大名屋敷跡が見つかるのは今回が初めて。

小惑星「りゅうぐう」に含水鉱物、米科学誌に発表

小惑星「りゅうぐう」に含水鉱物、米科学誌に発表

JAXA(宇宙航空研究開発機構)や東京大学、名古屋大学などは探査機「はやぶさ2」が着陸した小惑星「りゅうぐう」の地表一面に含水鉱物(水分を含む岩石)があることを、上空からの観測データを解析して突き止めた。詳細な分析は、はやぶさ2がこの含水鉱物を地球に持ち帰ってからになる。
りゅうぐうの成り立ちに迫る成果など3編の論文は3月20日、米科学誌「サイエンス」(電子版)に掲載された。

奈良県明日香村のキトラ古墳の壁画 国宝に指定へ

奈良県明日香村のキトラ古墳の壁画 国宝に指定へ

文化審議会は3月18日、およそ1300年前の飛鳥時代に造られた奈良県明日香村のキトラ古墳で見つかった極彩色の壁画を国宝に指定するよう文部科学相に答申した。
今回国宝に指定されるキトラ古墳の壁画は①石室の東西南北の壁に描かれた方角の守り神「四神(しじん)」②顔が干支(えと)の動物で、体が人の姿をした十二支③天井に描かれた「天文図」。古墳に描かれた極彩色の壁画は高松塚古墳と並んで国内で2例しかなく、日本の古代の絵画史を考えるうえで不可欠な作品例と評価された。
キトラ古墳の壁画は、カビなどによる劣化のため石室からはぎ取られ、修復が進められていたが3年前その作業が終わり、2018年に国の重要文化財に指定されたばかり。文化庁によると、1年で国宝に格上げされるのは極めて珍しいという。

「日本天文遺産」に藤原定家の「明月記」など2件

「日本天文遺産」に藤原定家の「明月記」など2件

日本天文学会は、天文学や暦学に関する国内の貴重な史跡や文献を「日本天文遺産」として認定する制度を今年から始める。そして、このほど第1回目の対象に、京都市にある冷泉家時雨亭文庫が所有する藤原定家の日記「明月記」と、福島県会津若松市にある江戸時代の天文台跡、「会津日新館天文台跡」の2件を選んだ。
定家の明月記は鎌倉時代に書かれたもので、恒星が大爆発を起こす「超新星爆発」や日食などが詳しく記載されていて、当時の時代認識とともに古い時代の天文現象を知ることができる貴重な資料となっている。

和歌山で肉食恐竜「スピノサウルス類」の歯の化石発見

和歌山で肉食恐竜「スピノサウルス類」の歯の化石発見

和歌山県立自然博物館は県内のおよそ1億3,000万年前の地層から、大型の肉食恐竜「スピノサウルス類」の歯の化石が見つかったと発表した。
今回見つかったのは長さ1.4cmほどの円すい形の歯の化石。東京都市大学の中島保寿准教授が分析したところ、縦方向に筋が入っていることや表面のエナメル質が厚いことなどから、スピノサウルス類のものと分かったという。
この歯の化石はスピノサウルス類としてはアジアで最も古い部類だということで、進化の過程を解明するうえで重要な手がかりになるとみている。スピノサウルス類の化石が見つかるのは3例目で、西日本では初めて。
スピノサウルス類を代表する恐竜、スピノサウルスは体長が15mにも達する最大の肉食恐竜といわれ、映画『ジュラシック・パーク3』にも登場している。

大和郡山市の「平城京南方遺跡」で新たに道の跡「小路」か

大和郡山市の「平城京南方遺跡」で新たに道の跡「小路」か

大和郡山市教育委員会の発掘調査によると、同市の「平城京南方遺跡」で細かく区画整備された、東西に延びる幅およそ6mの道の跡が見つかった。
この遺跡は、平城京の南の端とされる九条大路と、それより南にある「十条大路」とも指摘される大規模な道の跡の間にある。このため同市教委は、今回見つかったのは、当時の都でみられたのと同様に、細かく区画整備された「小路」と呼ばれる道ではないかとみている。近くには都の正門、羅城門などがあることから、それらと一体的に道が整備された可能性があるとしている。
現地説明会は3月16日に行われる。

富岡鉄斎の奈良題材の水墨画など作品展

富岡鉄斎の奈良題材の水墨画など作品展

近代を代表する文人画家、富岡鉄斎が奈良を題材に描いた水墨画などおよそ50点を集めた展覧会が、奈良市大和文華館で開かれている。展覧会は4月7日まで。
会場には、春の吉野山を題材にした「華之世界図」や、たき火を囲んで月ヶ瀬の梅を楽しんでいる様子を描いた「名士観梅図」など、いずれも奈良にゆかりのある作品が展示されている。
鉄斎は明治から大正にかけて活躍した文人画家で、儒学や仏教に根差した作品を1万点以上残している。

東大寺二月堂”お水取り”で「籠松明」

東大寺二月堂”お水取り”で「籠松明」

奈良に春の訪れを告げる東大寺二月堂の伝統行事「修二会(しゅにえ)」(通称:お水取り)は3月12日夜、修行僧らの満願を迎え、「籠松明」と呼ばれる長さ8m・重さ60kgの大きな松明が焚かれ、夜空に火の粉が舞いあがった。
飛び散った火の粉を浴びると健康に過ごせるといわれ、集まった見物客らは二月堂の欄干から僧が、燃え盛る大きな籠松明を威勢よく振って降り注ぐ火の粉に大きな歓声をあげていた。
修二会は僧侶らが国の安泰などを願って修行する行事で、奈良時代から1200年以上続いている。3月1日から毎晩「お松明」が行われていて、12日夜は籠松明と呼ばれる大きな松明が焚かれる。

マンモスの細胞核移植で反応確認 近畿大G

マンモスの細胞核移植で反応確認 近畿大G

近畿大学などの研究グループはこのほど、9年前ロシア・サハ共和国の永久凍土の中から見つかった、いわば氷漬けのマンモスの細胞核をマウスの卵子に移植したところ、細胞分裂に向けた反応が始まり、マンモスの遺伝子が活動する力を保っていることを世界で初めて確認できたと発表した。
この研究グループは、和歌山県にある近畿大学の生物理工学部や先端技術総合研究所、ロシアの科学アカデミーなどでつくるチーム。9年前、永久凍土の中からおよそ2万8,000年前の姿をほぼとどめた状態で見つかり、「YUKA(ゆか)」と名付けられた子どものマンモスを使って、比較的状態の良い細胞から、遺伝子が入った細胞核を取り出し、マウスの卵子およそ40個に移植した。
その結果、およそ半分でマンモスの遺伝子が働いて特殊なたんぱく質が蓄積したほか、5つの卵子では細胞分裂の直前にみられる「紡すい体」と呼ばれる構造も観察されたという。
マンモスは象の仲間で、ユーラシア大陸から北アメリカ大陸まで広く棲息していたが、およそ1万年前に絶滅したと考えられている。