奈良文化財研究所によると、奈良市の平城宮跡の「西宮」で、平安時代の天皇、平城天皇が退位後、住んだ住まいを囲んでいた外側の塀の跡が見つかった。2重の塀に囲まれていて、当時の天皇の住居「内裏(だいり)」と同様のつくりとしていたとみられる。同研究所の4月からの発掘調査で、南北に一直線に並ぶ柱の跡が10基見つかったという。研究所では、これまでの調査から「西宮」を2重に囲む塀のうち、外側の塀とみている。平城天皇は、これまで都を置いた奈良県下を出て、784年長岡京、そして794年平安京に遷都した桓武天皇の息子で、病で天皇の座を弟(後の嵯峨天皇)に譲った後、以前の都・平城京の「西宮」に住まいを移したとされている。6月7日に現地で説明会が開かれる予定。
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初公開「頼政一代記」など京都・平等院で840回忌記念展
京都府宇治市の平等院で5月25日、同院にゆかりの深い従三位・源頼政の840回忌を記念した特別展「源頼政-歴史と伝説の交叉(こうさ)」が始まった。9月27日まで。期間中、展示品を一部入れ替える。公家と武家姿の頼政像のほか、初公開の絵図「頼政一代記」はじめ、弓やかぶと16点が展示されている。総帥・平清盛のもと、平家の天下が続いていた中、頼政は本心を胸に秘め、平家とも交流し、強かに生き抜き、その機会を待っていた。そして、源氏再興を期して挙兵した。しかし機熟さず1180年、宇治橋での合戦で敗れ、5月26日、平等院の境内で自刃、無念の最期を遂げた。こんな頼政には御所での鵺(ぬえ)退治の伝説や、亡くなった後の魂が「源氏蛍」となり、「平家蛍」と入り乱れて宇治川を乱舞したとの伝承も残っている。
「大坂夏の陣図屏風」など大阪城天守閣で企画展
大阪城天守閣で5月22日から、「サムライたちの躍動」と銘打った重要文化財の屏風などを展示する企画展がスタートした。7月17日まで。同展では大阪城天守閣で収蔵しているコレクションの中から屏風や甲冑(かっちゅう)など合わせて71点展示されている。中でも目を引くのが重要文化財「大坂夏の陣図屏風」で、慶長20(1615)年の大坂夏の陣の戦いを描いたもの。屏風は左右一対で、右側には徳川家康率いる徳川連合軍と真田幸村らが主導した豊臣軍が激突する様子が躍動感あるタッチで描かれ、左側には民衆たちが川を渡って逃げ惑う様子が描かれている。6月28、29日、日本で初めて開催される「G20大阪サミット」に合わせて、これから一段と増加が見込まれる訪日外国人にもサムライ文化の一端を紹介しようと企画されたもの。
日本遺産 今年度は全国で16件認定、近畿で西国巡礼など
文化庁が認定する「日本遺産」に今年度は全国で16件が認定された。このうち「1300年続く日本の終活の旅~西国三十三所観音巡礼」は、近畿2府4県と岐阜にある33カ所の観音信仰の霊場を巡礼で訪れた人々に、日本人の優しさや心遣いといった豊かな心を伝えるきっかけになるとして認定された。滋賀県内の大津市の三井寺や石山寺など3つの市にある6つの寺の観音像や建物が含まれる。このほか近畿では兵庫県赤穂市の塩づくりが選ばれた。赤穂の塩づくりは江戸時代、入浜塩田と呼ばれる干満の差を利用して海水を引き入れる製塩法を確立し、国内の著名ブランドとして名を馳せたことなどが評価された。日本遺産は2015年、文化庁が各地に点在する有形、無形の文化財を地域のつながりや特徴ごとにまとめ、観光資源としてその魅力を国内外に発信しようと設けたもの。
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京都「葵祭」都大路に雅な平安装束の行列
縄文人の全遺伝情報を解読 日本人のルーツに迫れるか
縄文人の全遺伝情報を解読 日本人のルーツに迫れるか
国立科学博物館、国立遺伝学研究所、東京大学などの研究グループは5月13日、縄文人の全遺伝(全ゲノム)情報を解析し、縄文人に関する様々なことが分かったと発表した。これにより、アフリカで生まれた人類集団がどのようにして東アジア各地に広がったのか?日本人の祖先がどこから来たのか?こうした謎に迫る貴重なデータとなるはずだ。
同グループは、北海道・礼文島の船泊遺跡で発掘された3,800年前の縄文人女性の人骨の歯からDNAを取り出して、最先端の解析装置を使い30億対の塩基配列すべての遺伝情報を解読。現代人のゲノム解析と同じ精度でDNA上の配列を特定した。
この結果、縄文人の祖先となる集団が東アジアの大陸に残った集団から分かれた時期が約3万8,000年前から1万8,000年前であることが分かった。また、今回の解析で国内の地域ごとに、縄文人から現代人に受け継がれたゲノムの割合が大きく異なることも分かった。
東京でサンプルを取った本州の人々では縄文人のゲノムを約10%受け継ぎ、北海道のアイヌの人たちでは割合が約7割、沖縄の人たちで約3割だった。
同グループは、詳細を5月末にも学術誌で発表する。
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朝鮮通信使受け入れで功績の雨森芳洲の展示を一新
朝鮮通信使受け入れで功績の雨森芳洲の展示を一新
江戸時代、朝鮮半島から派遣された外交使節団「朝鮮通信使」の幕府側の窓口として大きな役割を果たした儒学者、雨森芳洲の業績を紹介する滋賀県長浜市高月町の展示施設がこのほど、35年ぶりにリニューアルされオープンした。
同施設は、平成29(2017)年に朝鮮通信使に関する歴史的な資料が、ユネスコの「世界の記憶」に登録されたことを受け、オープンから35年ぶりに初めてリニューアル、展示内容が一新された。
新たな展示では、芳洲の生い立ちや朝鮮通信使との関わりなどを8枚のパネルで分かりやすく説明している。また、芳洲が書いた外交の意見書で、世界の記憶にも登録された「交隣提醒」など20点の関連文書の複製なども展示されている。
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安土城の史料280点集めた展示会 滋賀・近江八幡市で
安土城の史料280点集めた展示会 滋賀・近江八幡市で
天下統一を目前にした織田信長が築いた”幻の城”安土城に関係する史料およそ280点を集めた展示会が、城跡がある滋賀県近江八幡市の県立安土城考古博物館で開かれている。6月9日まで。
2020年、明智光秀が主人公のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が放送されるのを前に、同ドラマに登場する安土城について、多くの人に知ってもらおうというもので、築城の状況が分かる貴重な史料として国宝に指定されている書状など、城に関する史料をできる限り集めたとしている。
安土城は信長が「本能寺の変」で明智光秀に討たれた後、焼失。豪華絢爛で、異例の構造だったと伝わるが、その詳細や全体像はほとんど分かっていない。
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堺では江戸時代も盛んに鉄砲生産 古文書で判明
堺では江戸時代も盛んに鉄砲生産 古文書で判明
大阪府堺市と関西大学の分析によると、徳川政権が確立した江戸時代でも、堺では盛んに鉄砲が生産されていたことを示す古文書が見つかった。これは堺市の、かつての鉄砲鍛冶の屋敷、井上関右衛門家から5年前に見つかった、およそ2万点の古文書の分析の結果、判明したもの。
井上家は江戸時代を通じて鉄砲生産に関わっていたとされ、代金の決済などが記された「萬覚帳」からは、1866年の売り上げが現在に金額でおよそ3億円もあったことが分かった。このほか、当時の注文票や鉄砲の設計図などから、全国各地の大名から注文を受けて鉄砲を盛んに生産していたことが分かるという。
天下統一を目指した織田信長や、これを継承した豊臣秀吉が戦乱を収める最大の武器の生産基地として、堺の商人らをを重用したことは知られているが、大きな戦乱がなくなったはずの江戸期になっても、堺で鉄砲生産がこれほど盛んに行われていたことはほとんど知られていなかった。それだけに専門家らは、日本の鉄砲の歴史を書き換える貴重な史料だとしている。
奈良・談山神社で春の「蹴まり祭」
奈良・談山神社で春の「蹴まり祭」
奈良県桜井市の談山神社で4月29日、古代の装束を身に着けて鞠(まり)を蹴り合う「蹴まり祭」が行われた。烏帽子(えぼし)や袴(はかま)装束の「蹴鞠保存会」のメンバー8人が輪になり、さながらサッカーのリフティング並みに、「アリ」「ヤ」「オウ」など独特の声をあげながら、右足の甲だけを使ってまりを蹴りあげるのが作法。訪れた人たちは周囲を遠巻きにして、高く蹴りあげられるまりを見ながら時々、歓声をあげていた。
蹴まり祭は、談山神社に祀られている藤原鎌足(当時は中臣鎌足)が蹴まりを通じて中大兄皇子と出会い、当時の政治を意のままにしていた蘇我氏(蝦夷・入鹿の親子)打倒に向けた、「大化の改新」の計画を練ったという故事にちなみ、毎年春と秋に行われている。
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「平成」から「令和」へ 天皇202年ぶり退位 皇太子即位
「平成」から「令和」へ 天皇202年ぶり退位 皇太子即位
天皇陛下は皇室典範の特例法に基づいて、4月30日で退位され「平成」の時代は終わる。翌5月1日に皇太子さまが即位され、新しい「令和」の時代が始まる。
江戸時代後期の光格天皇以来202年ぶりとなる退位。天皇陛下はまず、30日午前10時から皇居の「宮中三殿」で「退位の礼」を行うことを皇室の祖先や神々に伝える儀式に臨まれる。そして午後5時から「退位礼 正殿の義(たいいれい せいでんのぎ)」が皇居宮殿の「松の間」で国事行為として行われる。
また、皇太子さまは即位した5月1日午前10時半から皇居・宮殿で、新しい天皇として三種の神器のうちの剣と勾玉などを受け継がれる「剣璽等承継の儀(けんじとう しょうけいのぎ)」に臨まれる。午前11時10分からは皇后になられた雅子さまとともに、内閣総理大臣をはじめ国民を代表する人たちと会う「即位後 朝見の儀(そくいご ちょうけんのぎ)」に臨まれる。
“新装”薬師寺東塔の修理現場を一般公開
“新装”薬師寺東塔の修理現場を一般公開
約110年ぶりに、約10年かけて大規模な修理が行われた奈良市の薬師寺の東塔の作業がほぼ終わったことから、4月27日から現場の様子が一般に公開されている。訪れた人たちは、普段は公開されていない現場にヘルメットをかぶって入り、美しい姿が蘇った国宝の東塔の細部を興味深げにカメラに収めていた。
今回の修理で約3万枚の屋根瓦が葺き替えられ、併せて創建当初からの屋根の上の銅製の飾り「水煙(すいえん)」も新調されている。
薬師寺の東塔は、寺が創建された1300年前から残る高さ34mの国宝の三重塔。東塔修理現場の一般公開は5月6日まで、午前10時から午後4時まで行われる。
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奈良・纒向遺跡で祭祀用のカエルの骨出土
奈良・纒向遺跡で祭祀用のカエルの骨出土
古代、邪馬台国の有力な候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で、祭祀(さいし)に使われたとみられるカエルの骨(12匹分)が見つかった。専門家らはカエルは古代、霊力のある動物とされており、カエルが供えられていたことを示す具体的な資料で、当時の祭祀を知るうえで貴重な発見だとしている。
同遺跡では9年前、邪馬台国の女王・卑弥呼の宮殿との説もある3世紀前半の大型建物跡のそばに掘られた穴の跡から、古代中国で神聖な果物とされ、当時の祭祀に使われたとみられる2,000個以上の桃の種と動物の骨が見つかった。この動物の骨を詳しく調べたところ、魚のほかカエルの骨が含まれていたという。
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新種の人類か フィリピン・ルソン島の洞窟で化石見つかる
新種の人類か フィリピン・ルソン島の洞窟で化石見つかる
フランスの国立自然史博物館やフィリピン大学などの研究グループは、フィリピンルソン島のカラオ洞窟で小型の人類の化石が見つかり、調査・分析した結果、およそ5万年前に姿を消した新種の人類だとする内容の論文を4月10日、英国の科学雑誌「ネイチャー」に発表した。
同洞窟の石灰岩の地層から2007年以降、人類のものとみられる歯や足の指の骨、そして太ももの部分とみられる骨の化石が見つかっており、分析の結果、身長1mほどの人類のものであることが分かった。
足の指の骨は300万年ほど前にアフリカに生息していた初期の人類「アウストラロピテクス」と同じように曲がり、木登りしやすいようになっている一方で、歯の根の部分の形が現在の人類「ホモ・サピエンス」を含めた、これまでに知られているすべての人類と異なっているという。このため、同研究グループは「ホモ・ルゾネシス」(=ルソン島の人)と名付けた。
世界初 ブラックホールの輪郭撮影に成功
新一万円札「渋沢栄一」など3紙幣デザイン一新へ
新一万円札「渋沢栄一」など3紙幣デザイン一新へ
日本政府は偽造防止などを目的に、一万円札、五千円札、千円札の3種類の紙幣のデザインを一新すると発表した。新たな肖像画には、一万円札に「近代日本経済の父」と呼ばれる渋沢栄一、五千円札に日本で最初の女子留学生として米国で学び、津田塾大学を創立した津田梅子、千円札に破傷風の治療法を開発した細菌学者の北里柴三郎を使用し、5年後をめどに発行する方針。
紙幣の裏面には、一万円札は東京駅の駅舎、五千円札は藤の花、千円札は葛飾北斎の代表作「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)」がそれぞれ描かれる。
偽造防止のため最先端の技術を用いたホログラムなども導入される予定。紙幣のデザインが一新されるのは平成16年以来となる。5年後の2024年度上半期をめどに発行する。また、五百円硬貨についても偽造防止を目的に、素材を変更するなどした新たなものを2年後の2021年度の上半期をめどに発行する。
なお、二千円札については、現在のデザインが維持される。
新元号 候補5原案は「英弘」「久化」「広至」「万和」「万保」
新元号は「令和」、出典は「万葉集」
秀吉から清正へ1592年の「朝鮮出兵命令書」見つかる
秀吉から清正へ1592年の「朝鮮出兵命令書」見つかる
愛知県刈谷市の歴史博物館は3月27日、当時の天下人、豊臣秀吉(1537~1598年)が、加藤清正(1562~1611年)に宛てて朝鮮出兵を命じた朱印状が見つかったと発表した。
朱印状は縦21.5cm、横125.5cmで軸装されている。竜のマークが特徴の秀吉の朱印があることに加えて、紙質・形状などから本物と判断した。「文禄の役」で清正が出兵する直前に出されたものとみられる。
秀吉は清正に対し「小西行長らに出兵を命じたので、お前も出陣せよ。先に行った者が道中で詰まっているので皆で相談して進めるように」といった趣旨の秀吉らしい細かい指示も盛り込まれている。3月23日の日付があり、文禄の役で第2陣を率いて4月に出兵した1592年のものと推測される。3月23日付の命令書の実物が見つかったのは初めてという。
「羽柴」秀吉時代の姫路周辺の「検知帳」見つかる
「羽柴」秀吉時代の姫路周辺の「検知帳」見つかる
兵庫県立歴史博物館はこのほど、「羽柴」秀吉が織田信長の家臣として、現在の兵庫県姫路周辺を治めていたころに作らせた、新たな「検知帳」が見つかったと発表した。
後年、天下人となった豊臣秀吉が全国の田畑の測量と調査を命じた「太閤検地」を行うまでの過程を知るうえで、貴重な史料になるとみられる。
これは兵庫県内の古文書の収集家が2017年、姫路市の県立歴史博物館に持ち込んだもの。羽柴秀吉の検知帳と判明したのは、天正8年10月24日の日付が記された18枚綴りの帳面。
同博物館によると、帳面には①現在の姫路市四郷町明田を示す地名②耕作地の面積③課税できる石高④羽柴秀吉の家臣の名前-などが記されている。このほか、記された面積の単位や税率、身分の表記などから、この帳面は秀吉が作らせた 検知帳の写しだと判断した。
秀吉の天下統一後、1590年代に作成された「太閤検地」の検知帳は全国で数百点残っているが、それ以前の検知帳はこれまでにわずか6点しか見つかっていないという。
島根県津和野町で25億年前の日本最古の岩石発見
島根県津和野町で25億年前の日本最古の岩石発見
広島大学大学院理学研究科の早坂康隆准教授のグループは3月25日、島根県津和野町で約25億年前に形成された日本最古の岩石を発見したと発表した。これまでは同県隠岐の島町で見つかった18億5,000万年前の岩が最古とされていた。
今回発見されたのは津和野町の部栄地区。林道わきの露出した岩体の一部を分析。岩石中の鉱物・ジルコンに含まれるウランと鉛の成分比率から年代を測定した。その結果、約25億年前にマグマが固まってできた花崗(こう)片麻岩で、国内の岩体の年代では最も古いことが判明した。
早坂准教授は「ユーラシア大陸に分布する地質と照らし合わせることで列島が大陸のどこから分離したかを知る手がかりになる」としている。
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豊臣「大坂城」の西側で佐竹氏の屋敷跡見つかる
豊臣「大坂城」の西側で佐竹氏の屋敷跡見つかる
大阪府、大阪府文化財センターの共同発掘調査によると、大阪・中央区の大阪城の西側で豊臣家の有力大名で、徳川政権確立後に初代秋田藩主となった佐竹義宣のものとみられる屋敷跡が見つかった。3月23日、午前10時から現地説明会が行われる。
豊臣時代の「大坂城三の丸」にあたる場所で、当時の大名屋敷の跡が見つかるのは今回が初めて。東西およそ20m、南北およそ15mで広さ100坪の建物と、東西およそ4m、南北およそ15mの建物の合わせて2棟の礎石の跡が見つかった。建物の規模と、この付近から佐竹氏の家紋が付いた屋根瓦が見つかっていることなどから、佐竹氏の屋敷跡と判断した。
豊臣秀吉は大坂城の守りを固めるため、周辺に大名たちを移住させたが、実際に大名屋敷跡が見つかるのは今回が初めて。
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奈良県明日香村のキトラ古墳の壁画 国宝に指定へ
奈良県明日香村のキトラ古墳の壁画 国宝に指定へ
文化審議会は3月18日、およそ1300年前の飛鳥時代に造られた奈良県明日香村のキトラ古墳で見つかった極彩色の壁画を国宝に指定するよう文部科学相に答申した。
今回国宝に指定されるキトラ古墳の壁画は①石室の東西南北の壁に描かれた方角の守り神「四神(しじん)」②顔が干支(えと)の動物で、体が人の姿をした十二支③天井に描かれた「天文図」。古墳に描かれた極彩色の壁画は高松塚古墳と並んで国内で2例しかなく、日本の古代の絵画史を考えるうえで不可欠な作品例と評価された。
キトラ古墳の壁画は、カビなどによる劣化のため石室からはぎ取られ、修復が進められていたが3年前その作業が終わり、2018年に国の重要文化財に指定されたばかり。文化庁によると、1年で国宝に格上げされるのは極めて珍しいという。
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和歌山で肉食恐竜「スピノサウルス類」の歯の化石発見
和歌山で肉食恐竜「スピノサウルス類」の歯の化石発見
和歌山県立自然博物館は県内のおよそ1億3,000万年前の地層から、大型の肉食恐竜「スピノサウルス類」の歯の化石が見つかったと発表した。
今回見つかったのは長さ1.4cmほどの円すい形の歯の化石。東京都市大学の中島保寿准教授が分析したところ、縦方向に筋が入っていることや表面のエナメル質が厚いことなどから、スピノサウルス類のものと分かったという。
この歯の化石はスピノサウルス類としてはアジアで最も古い部類だということで、進化の過程を解明するうえで重要な手がかりになるとみている。スピノサウルス類の化石が見つかるのは3例目で、西日本では初めて。
スピノサウルス類を代表する恐竜、スピノサウルスは体長が15mにも達する最大の肉食恐竜といわれ、映画『ジュラシック・パーク3』にも登場している。
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東大寺二月堂”お水取り”で「籠松明」
東大寺二月堂”お水取り”で「籠松明」
奈良に春の訪れを告げる東大寺二月堂の伝統行事「修二会(しゅにえ)」(通称:お水取り)は3月12日夜、修行僧らの満願を迎え、「籠松明」と呼ばれる長さ8m・重さ60kgの大きな松明が焚かれ、夜空に火の粉が舞いあがった。
飛び散った火の粉を浴びると健康に過ごせるといわれ、集まった見物客らは二月堂の欄干から僧が、燃え盛る大きな籠松明を威勢よく振って降り注ぐ火の粉に大きな歓声をあげていた。
修二会は僧侶らが国の安泰などを願って修行する行事で、奈良時代から1200年以上続いている。3月1日から毎晩「お松明」が行われていて、12日夜は籠松明と呼ばれる大きな松明が焚かれる。
マンモスの細胞核移植で反応確認 近畿大G
マンモスの細胞核移植で反応確認 近畿大G
近畿大学などの研究グループはこのほど、9年前ロシア・サハ共和国の永久凍土の中から見つかった、いわば氷漬けのマンモスの細胞核をマウスの卵子に移植したところ、細胞分裂に向けた反応が始まり、マンモスの遺伝子が活動する力を保っていることを世界で初めて確認できたと発表した。
この研究グループは、和歌山県にある近畿大学の生物理工学部や先端技術総合研究所、ロシアの科学アカデミーなどでつくるチーム。9年前、永久凍土の中からおよそ2万8,000年前の姿をほぼとどめた状態で見つかり、「YUKA(ゆか)」と名付けられた子どものマンモスを使って、比較的状態の良い細胞から、遺伝子が入った細胞核を取り出し、マウスの卵子およそ40個に移植した。
その結果、およそ半分でマンモスの遺伝子が働いて特殊なたんぱく質が蓄積したほか、5つの卵子では細胞分裂の直前にみられる「紡すい体」と呼ばれる構造も観察されたという。
マンモスは象の仲間で、ユーラシア大陸から北アメリカ大陸まで広く棲息していたが、およそ1万年前に絶滅したと考えられている。

