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天才仏師・運慶の傑作一堂に 今秋東京で特別展

天才仏師・運慶の傑作一堂に 今秋東京で特別展

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけ活動した、天才仏師・運慶の代表作を集めた特別展『運慶』の開催概要が発表された。
全国に31体あるとされる運慶作品のうち22体をはじめ、運慶父子らの作品を含め仏像計74体が展示される予定。東京国立博物館で9月26~11月26日まで開かれる。
主な作品をみると、興福寺(奈良市)の無著(むじゃく)・世親(せしん)両菩薩立像(国宝)はじめ、瀧山寺(たきさんじ、愛知県岡崎市)の聖観音(しょうかんのん)菩薩立像(国重要文化財)は寺外では初公開。願成就院(がんじょうじゅいん、静岡県伊豆の国市)の毘沙門天立像(国宝)や、浄楽寺(神奈川県横須賀市)の阿弥陀三尊像など5体(重要文化財)は国内で42年ぶりの寺外公開となる。

福井・勝山市で世界最古のスッポン化石を発見

福井・勝山市で世界最古のスッポン化石を発見

福井県立恐竜博物館は4月20日、同県勝山市北谷町の白亜紀前期(約1億2000万年前)の地層から見つかった化石が、世界最古のスッポンの化石だと確認されたと発表した。
化石は全長約40㌢、甲羅の長さ約20㌢(推定)。現代のスッポンとほぼ同じ大きさで、白亜紀前期からほとんど姿を変えていないことも判明した。1989~2010年の同県などの調査で同地層から甲羅などの化石が数十点見つかり、腹甲(おなか側の甲羅)の面積が著しく退縮するなど骨格にスッポン科特有の特徴が認められたという。
これまで最古とされていたスッポンの化石の発掘場所の中国の地層は約1億1000万年前のものだったが、今回の地層はこれを約1000万年遡る。

熊本城天守閣 損傷激しい一部は解体し再建へ

熊本城天守閣 損傷激しい一部は解体し再建へ

熊本市は復興のシンボルである熊本城の再建について、被災状況の激しい熊本城天守閣の一部は解体し再建するなどの方針を発表した。4月下旬から着手し、11月に解体を終える予定。
市によると、大天守側の出口がある附櫓(つけやぐら)と、大天守6階の展望フロア、小天守の入り口のある下屋から大天守につながる続櫓(つづきやぐら)の3カ所の解体を順次進める。2019年までの復旧・公開を目指している。

エジプトで3500年前のミイラ8体など発掘

エジプトで3500年前のミイラ8体など発掘

エジプト考古省は4月18日、エジプト南部ルクソールで3500~3300年くらい前の古代エジプト新王国時代第18王朝期の墓が発掘されたと発表した。
発掘場所はツタンカーメンの墓などで知られる「王家の谷」の付近。8体のミイラ、10の棺おけ、1000を超すミイラの形をした「ウシャブル」と呼ばれる像(人形)。この人形は死後の世界で死者に代わって働くために埋葬されるとされる。ただ、1000体も見つかるのは珍しいという。
今回は2部屋ある墓の一室を発掘したが、さらにミイラが見つかる可能性が高いとしている。

退位後は「上皇・上皇后」 政府が特例法骨子案

退位後は「上皇・上皇后」  政府が特例法骨子案

政府が検討を進めている天皇陛下の退位を認める特例法案「天皇陛下の退位に関する皇室典範特例法」の骨子案が4月18日、明らかになった。
退位に至る事情について「国民は陛下のご心情を理解し共感している」と明記。昨夏、示された率直なご心情等に鑑みて「陛下の退位と皇嗣(天皇の世継ぎ)の即位を実現する」とした。
そして、天皇の退位後の呼称を「上皇」、上皇のきさきは「上皇后」とするなど、退位後の制度設計も合わせて盛り込んでいる。

土星の衛星の海に「水素分子」生命誕生の条件

土星の衛星の海に「水素分子」生命誕生の条件

米ジョンズ・ホプキンス大学などの研究チームは、土星の衛星エンケラドスで氷に覆われた海から噴出する水蒸気(プルーム)を分析し、水素を検出したと発表した。分析の結果、最大で1.4%の水素分子と0.8%の二酸化炭素が含まれることが分かった。米欧の探査機カッシーニが観測した。
水素は地球の原始的な微生物が”食料”にしており、生命誕生の条件がエンケラドスにある可能性を示唆するものという。4月14日付の米科学誌サイエンスに掲載された。
エンケラドスは直径約500㌔㍍。表面は厚さ2~60㌔の氷で覆われている。ただ、氷の下には液体の水を湛えた海が存在する。

太宰治の東京の下宿先、大分・由布院へ移築

太宰治の東京の下宿先、大分・由布院へ移築

作家の太宰治(1909~1948年)が下宿した「碧雲(へきうん)荘」(東京都杉並区)が、大分県由布院市湯布院町へ移築され、観光施設「ゆふいん文学の森」として4月16日、オープンした。
杉並区にあった碧雲荘は木造2階建ての日本家屋で、太宰は1936年11月から約7カ月間ここで暮らし、代表作『人間失格』の原型となる作品などを執筆した。杉並区が一帯に福祉施設を造ることになり、所有者が移転先を探していた。
今回、建物は一度解体し、柱など多くの部材を湯布院町に運んで建て直した。太宰が住んだ8畳間も再現され、見学できる。
熊本地震から1年、大きな打撃を受けたものの、元気な由布院町をぜひみてほしいとの思いから、この日のオープンとなった。

無形文化遺産登録祝い曳山13基が11年ぶり勢揃い 長浜

無形文化遺産登録祝い曳山13基が11年ぶり勢揃い 長浜

滋賀県長浜市の「長浜曳山(ひきやま)まつり」が例年以上の盛り上がりを見せた。本日(ほんび)の4月15日、2016年12月にユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録されたことを祝い、11年ぶりに曳山全13基が勢揃いした。
午前中は長浜八幡宮で子供歌舞伎が奉納され、夜には13基が御旅所(おたびしょ)に勢揃い。闇夜に明かりをともした曳山の提灯が、幻想的に浮かび輝いていた。

日本最古の「山の辺の道」観光拠点施設リニューアル

日本最古の「山の辺の道」観光拠点施設リニューアル

古代豪族が群雄割拠した時代の様々な文献・史料に登場する、日本最古の道とされ、今日も散策コースとして人気がある「山の辺の道」の観光拠点施設がリニューアルオープンした。
山の辺の道は奈良市から天理市を通って桜井市に至る山沿いの道で、日本最古の道とされる。4月14日、リニューアルオープンし、記念の式典が開かれた。施設には新たに「観光コンシェルジュ」が常駐し、山の辺の道沿いに点在する古墳などの観光名所について詳しく案内する。15日からは地域の食材を使った料理が楽しめるレストランもオープンした。

三条西実隆の直筆 宗碩との「千句連歌」見つかる

三条西実隆の直筆 宗碩との「千句連歌」見つかる

戦国時代の代表的文化人で公家の三条西実隆(さねたか、1455~1537年)が、連歌師・宗碩(そうせき、1474~1533年)と和歌を詠み合った「住吉法楽千句連歌」が見つかった。実隆の自筆とみられる。
実隆は学者や能書家として知られ、清水寺や北野天満宮の絵巻物の詞(ことば)書きなどを手掛けたほか、日記「実隆公記」(重要文化財)は室町時代後期~戦国時代の史実を伝える一級史料とされる。宗碩は近畿や九州で大名らと交流し、連歌を指導したことで知られる。
見つかったのは1521年、宗碩邸で4日間に詠まれた約1000句。大坂の住吉大社の祭神に捧げる目的で、実隆公記に当時の様子が記されている。

2000年前の古代ローマ「ポンペイ壁画展」

2000年前の古代ローマ「ポンペイ壁画展」

2000年前の南イタリアの古代都市ポンペイなどの住宅などに描かれていた壁画を紹介する「ポンペイの壁画展」が4月15日から、福岡市早良区百道浜の市博物館で始まる。6月18日まで。
ポンペイの都市は西暦79年、ベズビオ火山の大噴火で火山灰により埋もれ消失した。18世紀に発掘され、悠久のときを超え、古代ローマの遺跡がそのままの形で姿を現した。壁画は住宅や公共施設の壁などに描かれており、これを見れば当時の人々の趣味や暮らしぶりがうかがえる。
会場では別荘の部屋に、壁の向こうに広がる空間を作り出した日本初公開の「赤い建築を描いた壁面装飾」やケンタウロス族が竪琴の弾き方を教えるギリシャ神話の世界を描いた「ケイロンによるアキレウスの教育」など約80点の壁画を展示、紹介する。会場内は作品を自由に撮影できる。
入場料は一般1500円、高校・大学生800円、小中生500円。月曜日休館。

陛下の退位は18年12月中 改元は19年元日 政府検討へ

陛下の退位は18年12月中 改元は19年元日 政府検討へ

政府は天皇陛下の退位と皇太子さまの天皇即位を、2018年12月中に行う方向で検討に入った。2019年元日に想定する新元号への改元まで、一定の期間を置く方針だ。
即位と改元を19年元日とする案も検討されたが、早朝から新年の宮中行事が続くため元日の即位は難しいと判断した。
政府が5月上旬にも国会に提出する退位を実現するための特例法案に、退位の日付に関連する規定を盛り込む。退位の具体的な日付は特例法の成立後、政府内で決定したうえで政令に明記する。

「月下渓流図屏風」60年ぶりに里帰り 京都で海北友松展

「月下渓流図屏風」60年ぶり里帰り 京都で海北友松展

安土桃山時代を代表する絵師の一人、海北友松(かいほうゆうしょう、1533~1615年)の作品76点を集めた海北友松展が4月11日から、京都国立博物館で始まった。5月21日まで。月曜日休館。
この展覧会は、京都国立博物館の開館120周年を記念して企画されたもので、海北友松の最高傑作とされる「月下渓流図屏風」が60年ぶりにアメリカから里帰りし展示されているほか、迫力あふれる「雲龍図」や豪華な「花卉(かき)図屏風」など重要文化財17点を含む、襖絵、屏風絵など計76点が展示、公開されている。

「平城宮跡」横断の近鉄奈良線移設へ3者が連携協定

「平城宮跡」横断の近鉄奈良線移設へ3者が連携協定

平城宮跡(奈良市)を横断する近鉄奈良線の宮跡外への移設を目指す奈良県は4月7日、近畿日本鉄道と奈良市の3者で移設について具体的に検討する連携協定を結んだ。
3者は今後、移設の具体的な方法や、それに伴う最寄駅の近鉄西大寺駅や、踏切の立体交差化などを検討する。

16年日中韓交流事業の奈良来場者は延べ126万人余

16年日中韓交流事業の奈良来場者は延べ126万人余

奈良市などのまとめによると、2016年、奈良市を会場に開かれた日中韓3カ国の交流事業「東アジア文化都市」の催しに、奈良を訪れた人は延べ126万6000人余に上り、奈良市が当初見込んでいた100万人の予想を大きく上回ったことが分かった。
東アジア文化都市は、日本、中国、韓国の3カ国の都市が、それぞれの国で1年間持ち回りで古流を深めるため、様々な文化や芸術の催しを企画し開く。2016年は、日本は奈良市が会場となり、3月から12月にかけて東大寺などの寺や神社でアートの作品が展示されたり、演劇やシンポジウムが行われるなど関連する93の催しが開かれた。この結果、奈良県内での経済効果は118億8700万円に上ったという。

谷崎、林芙美子らの直筆短歌 中国文学者と交流の証

谷崎、林芙美子らの直筆短歌 中国文学者と交流の証

谷崎潤一郎や林芙美子らが中国の文学者に宛てた未公開のはがきや手紙などが見つかった。専門家は、日中間で戦時下の当時の時代背景を考え合わせると、こうした文学者同士の交流は奇跡に近く、貴重な史料だとしている。
新たに見つかったのは、谷崎潤一郎、林芙美子のほか、志賀直哉、武者小路実篤など日本の近代文学作家が記したはがきや手紙など合わせて18点。これらは2016年5月、福山大学の久保卓哉名誉教授が、中国の文学者で戦前、今の東京大学で講師を務めた方紀生の遺族が住む京都市内の居宅で見つけた。
このうち、谷崎潤一郎直筆の短歌は妻が箸でそうめんをすくいあげる夏の情景を詠んだもので、一緒に見つかったはがきから昭和16年ごろ、方紀生から土産をもらったお礼に贈られたとみられるという。また、林芙美子が昭和11年に中国を訪れた際、方紀生の手帳に書いた俳句は、林が前の年に発表した小説の一節がもとになっている。

代表作など88件集め仏師・快慶展 奈良国立博物館

代表作など88件集め仏師・快慶展 奈良国立博物館

運慶と並び称される鎌倉時代の仏師・快慶の代表作を集めた展覧会が4月8日から奈良国立博物館で始まった。6月4日まで。
会場では国宝の「僧形八幡神坐像」や「弥勒菩薩立像」など国内外から集められた快慶の代表作など国宝7件、重要文化財50件を含む88件が展示されている。
僧形八幡神坐像は、東大寺境内にある手向山八幡宮の前身にあたる神社で祀られていた坐像だ。僧の形をしたご神体で、内部には後鳥羽天皇や後白河法皇などの名前が墨で記されている。弥勒菩薩立像は、アメリカのボストン美術館所蔵の像で、これまで確認されている中で、最も初期の快慶の作品だ。瑞々しく、若々しい体つきが特徴。

「日本100名城」続編に真田丸ゆかりの城など選出

「日本100名城」続編に真田丸ゆかりの城など選出

日本城郭協会(東京)は「続・日本100名城」を選び、「城の日」にあたる4月6日発表した。「日本100名城」の続編で、同協会では「さらなる地域活性化につながれば」としている。2016年7月~2017年1月、約300人の推薦の中から専門家が精査した。
今回は、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」に登場した沼田城や岩櫃(いわびつ)城(いずれも群馬)はじめ、日本最北の古代城柵(さく)とされる秋田城(秋田)、幕末の砲台跡の品川台場(東京)、徳川家康ゆかりの浜松城(静岡)、羽柴秀吉による水攻めの舞台として知られる備中高松城(岡山)、古代の対外防衛施設の水城(みずき)(福岡)など、全国47都道府県から多彩な「城」が選ばれた。

京都・二条城唐門にCGで華麗な幻影の桜吹雪

京都・二条城唐門にCGで華麗な幻影の桜吹雪

世界遺産・二条城(京都市中京区)で、華麗な装飾が施された唐(から)門(国重要文化財)に、桜の花が舞う映像を投影するプロジェクションマッピングが行われ、訪れる人を楽しませている。
これは二条城が歴史の舞台となった、徳川15代将軍慶喜による「大政奉還」から150年を記念した事業の一環で、これまで行っていたライトアップを格段に充実させたもの。能で表現されることが多い「桜の精霊」をモチーフに、唐門に描かれた2羽の鶴が舞うと、桜が咲き乱れる物語をCG映像で表現した。
ライトアップは午後6時~9時(入城時間)。料金は一般400円。城内の50品種300本の桜は今週末が見ごろという。

米で発見の短刀は吉田松陰の形見 前橋市が確認

米で発見の短刀は吉田松陰の形見 前橋市が確認

前橋市は幕末の英傑、吉田松陰の形見として伝わり、市に寄託された短刀が「総合的に判断して松陰のものと確認した」と発表した。
群馬県出身の実業家・新井領一郎が生糸輸出の販路の開拓で1876年に渡米する際、当時、初代県令の妻だった松陰の妹、寿(ひさ)が新井に贈ったものだという。この短刀は5月7日まで前橋文学館で一般公開されている。
短刀は柄(つか)と鞘(さや)を合わせて全長42㌢、刀身31㌢。もともとは室町時代につくられた槍で、後に短刀に改造されたとみられる。新井にひ孫で米カリフォルニア州在住のティム新井さん(57)が受け継いでいた。
短刀の存在は、新井の孫でティムさんのおばのハル・ライシャワー松方さん(元駐日米国大使夫人・故人)が1987年に出版した『絹と武士』の中に記述にあったもの。ただ、それがどこにあるのかはっきりとせず、前橋市が関係者にあたるなどして調べていた。

京の春彩る「都をどり」4/1から春秋座で公演

京の春彩る「都をどり」4/1から春秋座で公演

京都の春を彩る「都をどり」が4月1日から、京都市左京区の京都芸術劇場「春秋座」(京都造形芸術大)で始まる。艶(あで)やかな衣装の芸舞妓(げいまいこ)らが京舞を披露する。本拠地・祇園甲部歌舞練場が耐震調査で休館中のため、「春秋座」に舞台を移して公演する。
今年のテーマは「洛北名所逍遥(そぞろあるき)」(全6景)。貴船、鞍馬山、寂光院など洛北の名所を織り込んだものだ。4月23日(10、17日は休演)まで。1日3回公演。観覧券は4600円、3500円。

百舌鳥・古市4度目挑戦、佐渡鉱山も準備 世界遺産へ

百舌鳥・古市4度目挑戦、佐渡鉱山も準備 世界遺産へ

2019年の世界文化遺産登録を目指し、大阪府はじめ北海道、東北の自治体などが動き出している。
現在明らかになっているのは、「仁徳陵古墳をを含む百舌鳥・古市古墳群」(大阪府堺市、羽曳野市、藤井寺市)、「北海道・北東北の縄文遺跡群」(北海道、青森、岩手、秋田3県)、「金を中心とする佐渡鉱山の遺跡群」(新潟県)などだ。
このうち2013年から国内候補を3度落選し、今回4度目の挑戦になるのが大阪府の百舌鳥・古市古墳群だ。大阪府と堺、羽曳野、藤井寺3市の登録推進本部会議が3月29日、大阪府庁で開かれ、文化庁に提出する推薦書原案を了承した。原案は約650ページ。国が英文でユネスコに提出する推薦書のベースになる。今回の原案では歴史的な価値をより丁寧に説明。保存状態が万全でない古墳10基を候補から除外し、構成資産を45件(49基)に見直した。

石見銀山の坑道跡「大久保間歩」7月から一般公開

石見銀山の坑道跡「大久保間歩」7月から一般公開

島根県太田市は3月23日、世界遺産・石見銀山遺跡内で最大規模の坑道跡「大久保間歩」の公開区域拡大工事を終え、報道陣に公開した。世界遺産登録から10周年を迎える今年7月から一般公開される。
大久保間歩は、江戸時代の初代銀山奉行・大久保長安が馬に乗って入ったという伝承がこの名前の由来で、全長900㍍とされる。同間歩は江戸~明治時代に掘削された。
坑道口から160㍍までは、2008年から一般公開されていたが、市は約3000万円を投じ、さらに15㍍奥まで公開区域を拡大した。これにより良質な銀が豊富に採取された空間「福石場」(高さ約20㍍、幅約15㍍)が見学可能となった。遺跡の坑道図面には11カ所の福石場が記載されているが、一般公開は初めて。

南極の海氷 観測史上最小に 2000年代より3割減

南極の海氷 観測史上最小に 2000年代より3割減

国立極地研究所と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は3月23日、南極域の海氷面積が3月1日に過去最小を記録したと発表した。JAXAの観測衛星「しずく」のデータを分析した。
発表によると、この日の面積は約214.7平方㌔㍍。1978年に始めた観測で、これまでの年最小面積だった1997年2月19日の約225.1万平方㌔㍍を下回った。今回の値は2000年代の年最小面積の平均より3割も少ないという。今年は2月11日に97年の記録を更新、3月1日まで小さくなり、2日から回復傾向が確認されている。
海氷は、南極では9月ごろ最大に、2月ごろに最小となる。北極はほぼその反対で、地球上にある海氷面積の合計は例年2月ごろに最小となる。米航空宇宙局(NASA)も3月23日、今年2月13日に合計面積が観測史上最小になったと発表している。

藤原定家『明月記』の「赤気」はオーロラ 極地研など

藤原定家『明月記』の「赤気」はオーロラ 極地研など

国立極地研究所や国文学研究資料館などのチームは、平安・鎌倉時代の著名な歌人、藤原定家(1162~1241年)が日記『明月記』に書き記した「赤気(せっき)」という現象について、研究・解析した結果を米地球物理学連合の学術誌に発表した。
これによると、赤気とは「太陽の異常な活発化によって京都の夜空に連続して現れたオーロラだった可能性が高い」という。同チームは過去2000年の地磁気の軸の傾きを計算した。その結果、北米大陸方向に傾いている現在の軸が、1200年ごろには日本列島側へ傾いていてオーロラが出現しやすい時期だったことが分かった。また、中国の歴史書『宋史』の同2月の記録に「太陽の中に黒点があり、ナツメのように大きい」と書かれていることに着目。この時期は太陽活動が活発化していた可能性が高いと分析した。
明月記には1204年2~3月にかけて、京都の北から北東の夜空に赤気が連続して現れ、定家は「山の向こうに起きた火事のようで、重ね重ね恐ろしい」と書き記している。この時代、連続したオーロラの観測記録としては国内最古という。

「聖徳太子」「鎖国」復活へ 指導要領改訂案を修正

「聖徳太子」「鎖国」復活へ 指導要領改訂案を修正

文部科学省は、小中学校の学習指導要領の改訂案で不評だった「聖徳太子」「鎖国」など歴史上の人物や出来事などの表記を一転、元に戻したり、復活させることが分かった。こうした修正を反映した指導要領は3月末に告示される。
文科省は3月15日まで改訂案について、パブリックコメントで意見を募った。その結果、とくに不評だったのが聖徳太子の表記。改訂案では、小学校で「聖徳太子(厩戸王=うまやどのおう)」、中学校は「厩戸王(聖徳太子)」としていた。これは学会などの歴史研究を踏まえたものだった。しかし、「小中学校で表記が異なると教えづらい」といった声が出て、国会でも「歴史に対する冒瀆(ぼうとく)だ」などの批判の声が相次いだ。
このため、文科省は小中学校とも「聖徳太子」に戻し、中学の指導要領には「古事記や日本書紀で『厩戸皇子』などと表記され、のちに『聖徳太子』と称されるようになった」などと加えることにした。

山形・庄内砂丘で平安時代に起きた巨大津波の痕跡

山形・庄内砂丘で平安時代に起きた巨大津波の痕跡

山形大学の研究チームの調査によると、山形県の庄内砂丘でこれまで知られていなかった、高さ30㍍を超えるような巨大津波に襲われていた可能性を示す痕跡が見つかった。
山形大の研究チームは、海岸からおよそ1㌔ほど内陸に入った斜面にある泥の層に着目。この泥の層は標高25㍍から37.9㍍の付近にあり、含まれていた植物から年代を測定したところ、西暦1000年代から1100年代前半、平安時代後期にできたとみられることが分かった。同チームは、巨大津波によって、低いところにあった近くの沼の泥が巻き上げられたみている。
山形県の想定では、今後起こる可能性のある巨大地震等自然災害による津波の高さは最高で16.3㍍としており、今回見つかった痕跡が津波によるものだとすると、想定を大幅に上回ることになる。

南方熊楠記念館オープン 約800点の資料を展示

南方熊楠記念館新館オープン 約800点の資料を展示

世界的な博物学者、南方熊楠の生誕150年に合わせて建設が進められていた南方熊楠記念館の新館が3月19日、出身地の和歌山県(西牟婁郡白浜町)にオープンした。式典では名誉館長を務める作家の荒俣宏さんがあいさつし、テープカットが行われた。
完成した新館の総工費は約4億7500万円で、鉄筋コンクリート2階建て、延床面積は555.48平方㍍(本館は512.65平方㍍)。新館には、幼いころ百科事典を書き写したメモや、20代のころアメリカで集めた粘菌の標本など生物学者で民俗学者の熊楠の様々な側面、業績を示す資料約800点が展示されている。

彦根城 築城410年祭始まる 12月までイベント開催

彦根城 築城410年祭始まる 12月までイベント開催

滋賀県彦根市にある国宝・彦根城お天守が完成して今年で410年となるのに合わせて、城内で城の歴史や所蔵品を紹介するイベントが3月18日から始まった。城の周辺でも築城410年に合わせた様々な催しが今年12月まで開かれる。
同日、場内で城の歴史を伝える特別展が始まり、地元のマスコットキャラクター「ひこにゃん」などが開幕宣言した。特別展は「天秤櫓」で国宝の「彦根屏風」など井伊家に伝わる貴重な品々が大画面で紹介された。
また、今年の「おんな城主直虎」など、これまで大河ドラマに登場した井伊家を紹介する展示コーナーもあり、撮影で使われた小道具などが展示されている。

懐かしいSL時代の石造り機関車庫を復元 JR人吉駅

懐かしいSL時代の石造りの機関車庫を復元 JR人吉駅

熊本県人吉市のJR人吉駅構内の石造りの「人吉機関車庫」が1911(明治44)年の建設当時の姿に復元された。
戦後、増築された鉄骨部分が撤去され、懐かしいSL時代の雰囲気を醸す3連アーチ型のデザインがくっきりと現れた。3月18日に機関車庫前でお披露目式が行われた。
JR九州によると、同機関車庫は肥薩線全線開通の2年後に完成。現在も「SL人吉」の給水や灰の清掃作業などに使われ、国内では希少な現役の石造り機関車庫という。2007年度に経済産業省の「近代化産業遺産」の一つに選ばれている。

「漱石と京都」展開幕 漱石の日記など約70件公開

「漱石と京都」展開幕 漱石の日記など約70件公開

「生誕150年記念 漱石と京都-花咲く大山崎荘」が3月18日、京都府大山崎町のアサヒビール大山崎荘美術館で始まった。
史料によると、夏目漱石は1915年建設中の大山崎山荘を訪ねている。同山荘にまつわる漱石の手紙を初公開するほか、漱石の日記など約70件を展示している。
5月28日まで。3月20日と5月1日を除く月曜と、3月21日は休館。入館料は一般900円、大学生・高校生500円、中学生以下無料。

「始祖鳥」化石など公開 東京で大英自然史博物館展

「始祖鳥」化石など公開 東京で大英自然史博物館展

東京・上野の国立科学博物館で3月18日から、イギリスの大英自然史博物館が所蔵する貴重な標本の展示会が始まった。同館が所蔵する8000万点の標本などの中から、最古の鳥で恐竜のような特徴を持った「始祖鳥」はじめ生き物の化石や剥製など貴重な370点が展示されている。6月11日まで。
生物の進化論を提唱し、自然科学の常識を大きく変えた、イギリスの科学者、チャールズ・ダーウィンの著書『種の起源』の手書きの原稿も展示されている。
始祖鳥の化石は、1億4700万年前に生息し、鳥が恐竜から進化したことを示す恐竜のような爪と、鳥のような翼や羽毛の両方を持った特徴を残している。始祖鳥の、大英自然史博物館の館外での展示は世界で今回が初めてという。

カイロの住宅地で古代エジプト王の巨大石像を発掘

カイロの住宅地で古代エジプト王の巨大石像を発掘

エジプトとドイツの考古学チームがエジプトの首都カイロの住宅地で古代エジプトのファラオ(王)、ラムセス2世とみられる、全長8㍍もの巨大な石像(部分)を地下水の中から発見した。
この巨大石像は珪岩(けいがん)で造られており、およそ3000年前のものとみられる。エジプト考古省はファラオの名を示す銘はないが、ラムセス2世に捧げられた神殿の付近で発見されたことから、同王の像ではないかとしている。同じ場所からラムセス2世の孫、セティ2世の石灰岩製の像も見つかっている。
今後もカイロでの発掘作業は続けられ、残りの部分から像全体が復元できれば、2018年に開館予定の大エジプト博物館に設置される予定だ。
ラムセス2世は紀元前1279年から紀元前1213年までエジプトを統治し、60余年という古代エジプトにおける最長に近い在位期間を誇るファラオ。その戦功によってエジプトの領土は、東は現在のシリア、南は現在のスーダンにまで及んだ。

奈良・興福寺で阿修羅像など26点一堂に特別公開

奈良・興福寺で阿修羅像など26点一堂に特別公開

奈良・興福寺の仮講堂で、「興福寺 国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」(興福寺など主催)が3月15日から始まった。国宝の阿修羅像をを含む八部衆像、十大弟子像など26点が展示されている。6月18日まで。開館時間は午前9時~午後5時まで。東金堂との共通券で大人900円。
これらの像を安置している国宝館が耐震補強工事で年末まで休館中のため、今回は仮講堂に移して公開される。

京都・北野天満宮の樹齢350年の神木・梅の木は接ぎ木

京都・北野天満宮の樹齢350年の神木・梅の木は接ぎ木

菅原道真を祀る京都市上京区の北野天満宮にある樹齢約350年のご神木の梅の木は、接ぎ木によって受け継がれてきた可能性があることが分かった。神社から委託を受けて、この梅の保存に関する研究を進めている大手住宅メーカー、住友林業が、この梅のDNA検査をした結果、明らかになったもの。
検査で、梅の葉と根からそれぞれ細胞を取り出して詳しく分析したところ、葉と根では遺伝子の型が異なっていたという。自然に育った場合、ひとつの梅の木から異なる遺伝子の型が見つかることは考えにくい。そのため、住友林業ではご神木の梅が接ぎ木によって受け継がれてきた可能性があると結論付けた。

広瀬淡窓の咸宜園跡地市有地に 18年度にも発掘調査

広瀬淡窓の咸宜園跡地市有地に 18年度にも発掘調査

大分県日田市教育委員会は3月9日、広瀬淡窓(ひろせたんそう、1782~1856年、儒学者、教育者)が開いた江戸時代最大の私塾「咸宜園(かんぎえん)」の西塾跡地(約1100平方㍍)を地権者から2016年12月に取得したことを明らかにした。これにより、咸宜園跡地はすべて市有地化が完了した。同市教委は、西塾に関する文献を調べたうえで、18年度にも発掘調査に入る。
西塾跡地は広瀬淡窓が1807(文化4)年に咸宜園の最初の塾舎や居宅を建てた場所。明治時代の閉塾後、日田郡役所などとして利用され、昭和初期に国史跡指定を受けた。
なお、咸宜園のうち、秋風庵や遠思楼(えんしろう)が現存する東塾跡は14年度に史跡整備を終えている。
広瀬淡窓の門下生には蘭学者の高野長英はじめ、大村益次郎など多数の俊英がいる。

色鮮やかに蘇った陽明門 日光東照宮の大修理 竣功式

色鮮やかに蘇った陽明門 日光東照宮の大修理 竣功式

世界文化遺産の日光東照宮(栃木県日光市)で3月10日、「平成の大修理」と呼ばれる工事が終わった陽明門の完工を祝う式典「竣功式(しゅんこしき)」が執り行われ、お色直しをした姿が披露された。門の屋根や精細な彫刻が色鮮やかに蘇った。
2013年に始まった今回の大修理は約40年ぶりで、総工費は約12億円。観光への影響を考慮して、当初6年とされた工期を4年に短縮した。また、建設当時の姿を残すため、漆はすべて国産を使うなど、古来の工法で行われた。

平城宮跡から出土の木簡 初の国宝指定へ

平城宮跡から出土の木簡 初の国宝指定へ

文化庁の文化審議会は3月10日、奈良市の平城宮跡から出土した木簡など奈良県に関係する3件の文化財を新たに国宝に指定するよう文部科学相に答申した。
このうち奈良文化財研究所が保管する「平城宮跡出土木簡」は、奈良時代に天皇が儀式や政治を行った平城宮の跡地から見つかったおよそ3200点の木簡。文書や荷札などの木簡があり、中には現在の奈良県から滋賀県に農作業に行くための通行許可証とみられる木簡もある。
このため、当時の社会や日常生活が具体的にうかがえる貴重な史料として、木簡で初めて国宝に指定されることになった。

弥生時代の技術で銅戈鋳造 春日市が再現実験に成功

弥生時代の技術で銅戈鋳造 春日市が再現実験に成功

福岡県春日市教育委員会は、2014年に同市の須玖遺跡群・須玖タカウタ遺跡で出土した弥生時代中期前半(紀元前2世紀ごろ)の青銅器の土製鋳型を分析し、当時に近い技術で再現した鋳型で、武器の銅戈(どうか)を鋳造する実験に成功した。9月に市奴国の丘歴史博物館で行われる考古企画展で公開される。
同市教委は、九州歴史資料館(小郡市)などの支援を受け、コンピューター断層撮影法(CT)による内部構造の把握など、鋳型の分析を進めてきた。そのうえで、「土製の鋳型で実際に青銅器をつくることができていたのか?」という鋳造学の観点から、再現実験に着手した。その結果、鋳型をより強く固定することにより、二度目の実験で成功した。
須玖遺跡群は『魏志倭人伝』に記されている「奴国」の中枢部とされ、北部九州で青銅器生産の中心的な役割を果たしたとされる。2014年に見つかった土製鋳型は、青銅器生産が始まった最初期の技術を解明する手がかりになるとして注目されている。

“名君”鍋島直正の銅像73年ぶりに再建 生誕200年を記念

“名君”鍋島直正の銅像73年ぶり再建 生誕200年を記念

開明的な西南雄藩の一つとして、明治維新の原動力となった佐賀藩の近代化を主導した10代藩主、鍋島直正(1814~1871年)の銅像が73年ぶりに再建され、佐賀市城内の佐賀城二の丸跡で、このほど除幕式が行われた。かつての”名君”が再び姿を現した。
今回再建された銅像は高さ約4㍍、台座などを含めた高さは約8.5㍍。旧銅像の衣冠束帯姿を踏襲しつつ、将来を見据えた目や穏やかな表情などを表現した。銅像の近くには国内で初めて実用反射炉を築造するなど直正の業績の一端を紹介する銅板レリーフも設置された。
直正の銅像は1913年、佐嘉神社近くに建てられたが、戦時中の金属供出で1944年に姿を消した。生誕200年の2014年、再建の機運が盛り上がり、県内の経済団体などが再建委員会を設けて寄付を募り、目標の1億円を超える約1億4000万円が集まった。

高知で2年にわたる「幕末維新博」3/4開幕

高知で2年にわたる「幕末維新博」3/4開幕

大政奉還・明治維新150年を記念した観光博覧会「志国高知 幕末維新博」が3月4日、高知県で開幕した。2019年3月末まで2年にわたって県内全域で歴史を中心とした様々な企画展や関連イベントが開かれる。
同県では2010年に「土佐・龍馬であい博」などを開催、県外から435万人と過去最高の観光客を誘致しているが、今回県はこれを上回る年間集客数を目指している。
4日、高知城下で行われたオープニングセレモニーでは、高知市出身の女優の広末涼子さんが出席した。1年目のメイン会場となる高知城歴史博物館(高知市)では、坂本龍馬が暗殺される直前に書いたとみられる「新国家」の文字が入る新発見の書状を5月7日まで展示。土佐藩主・山内家に伝わる美術工芸品の展示や映像もある。
同博覧会では県内全域に「龍馬の生まれたまち記念館」や「中岡慎太郎 館」など計20の地域会場を設けており、歴史に加えて高知の食や自然を一体で楽しめる周遊プランを設定。観光客に県内各地に足を運んでもらう仕掛けづくりをしている。

3万年前の航海再現 手漕ぎ竹いかだで台湾から沖縄へ

3万年前の航海再現 手漕ぎ竹いかだで台湾から沖縄へ

国立科学博物館などが3月2日、3万年以上前に手漕ぎのいかだで人類が台湾から沖縄に渡った航海の再現実験を、2019年に実施すると発表した。
沖縄で見つかっている旧石器時代の人骨は、大陸と地続きだった台湾から海を渡ってきた人類とみられているが、どのように渡ったかは分かっていない。
同実験は2016年7月にも行われ、草舟で与那国島から70㌔東の西表島を目指したが、海水に流されて航海を断念している。
次回は台湾の先住民がつくっていた竹いかだで挑戦する。

37.7億年前の岩石に微生物の痕跡 カナダ・ケベック州

37.7億年前の岩石に微生物の痕跡 カナダ・ケベック州

英ロンドン大など国際研究チームは、3月1日付の英科学誌ネイチャー電子版に、カナダ東部のケベック州で見つかった37億7000万年以上前の岩石に微生物の痕跡があったと発表した。
海底から噴出する熱水に含まれる物質を利用して生息していたとみられ、最古級の生物と考えられるという。同研究チームによると、この岩石の年代は古ければ42億8000万年前まで遡る可能性がある。
ちなみに、2013年には東北大やコペンハーゲン大などの研究チームが、グリーンランドで見つかった約38億年前の岩石に微生物の痕跡があったと発表している。

飛鳥最大級の方墳発見 被葬者は最高権力者 小山田遺跡

飛鳥最大級の方墳発見 被葬者は最高権力者 小山田遺跡

奈良県立橿原考古学研究所は3月1日、方墳の濠(ほり)とみられる巨大な石溝が見つかった明日香村の小山田遺跡で、新たに石室への通路跡が見つかったと発表した。一辺約70㍍と推測され、飛鳥時代(7世紀)最大級の方墳と確定した。
同研究所は、出土した瓦片などから築造時期は640年ごろ、そして当時の最高権力者の墓-と指摘。その結果、被葬者は、中大兄皇子(後の天智天皇)の父、舒明(じょめい)天皇か、大臣(おおおみ)として絶大な権力を誇った蘇我蝦夷(そがのえみし)に絞られそうだ。
方墳の規模としては、推古天皇陵なども大きいが、その推古天皇陵とされる山田高塚古墳(大阪府太子町、長辺約60㍍)、蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳(明日香村、一辺約50㍍)を上回った。

東大寺のお水取り 大迫力の「お松明」始まる

東大寺のお水取り 大迫力の「お松明」始まる

およそ6㍍、重さ40㌔の燃え盛るたいまつから火の粉が降り注ぐ-。古都・奈良の春の訪れを告げる東大寺の伝統行事、”お水取り”の名で知られる二月堂の「修二会(しゅにえ)」で、大きなたいまつを振って、火の粉を散らす「お松明(たいまつ)」が3月1日夜から始まった。14日まで毎晩行われる。
これは練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる僧侶たちが、国の安泰を願って修行する奈良時代から続く伝統行事。ハイライトは、練行衆の世話をする童子と呼ばれる人たちによる、大迫力の火の粉。童子たちが舞台の欄干から、およそ6㍍、重さ40㌔の燃え盛るたいまつを突き出し、回転させながら駆け抜けると、火の粉が勢いよく降り注ぐ。
この火の粉を浴びると1年間健康に暮らせるといわれ、舞台の下には大勢の人たちがこの火の粉を浴びようと集まり、歓声をあげていた。見守る人たちも、ひとときの大迫力の”火絵巻”に感動していた。

恐竜絶滅時を生き延びた二枚貝類発見 国内初 北海道

恐竜絶滅時を生き延びた二枚貝類発見 国内初 北海道

上越教育大の天野和孝副学長、金沢大学のロバート・ジェンキンズ助教らは2月27日、北海道浦幌町の約6000万年前の新生代の地層から、中生代末に起きた恐竜絶滅時の環境変動を生き延びた二枚貝類を国内で初めて発見したと発表した。今回の発見で、深海域の生物には環境変動の影響がなかったことが改めて確認されたという。
2012~2015年の調査で、新生代最初の暁新世(約6600万年前~5600万年前)の地層から、水深200~500㍍の深海に棲む11種の原始的な二枚貝の化石を発見。中生代最後の白亜紀(約1億4500万年前~6600万年前)にも生息していた「ホッカイドウキララガイ」「サハリントメソデガイ」などが含まれていることを確認した。深海が生物の避難所として機能していた可能性もあるという。

19年にも有人で月往復 トランプ政権が計画前倒し指示

19年にも有人で月往復 トランプ政権が計画前倒し指示

米航空宇宙局(NASA)が開発を進める新型有人宇宙船について、トランプ政権が2021年以降に計画していた月軌道への有人打ち上げの前倒しを検討するよう、指示したことが分かった。
NASA幹部が明らかにした。この宇宙船は2011年に退役したスペースシャトルの後継となる有人宇宙船オリオンと、次世代大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」。
これにより、早ければ2019年にも宇宙飛行士2人を乗せて月を往復する可能性があるという。宇宙飛行士2人を乗せて月周回軌道に到達した後、月面着陸せずに8~9日間で帰還する案が浮上している。

「槻の木の広場」の飛鳥寺西方遺跡で新たな建物跡

「槻の木の広場」の飛鳥寺西方遺跡で新たな建物跡

奈良県明日香村教育委員会は2月23日、同村の石敷き遺構「槻(つき)の木の広場」があったとされる飛鳥寺西方遺跡で、7世紀後半のものとみられる1棟の建物跡が見つかったと発表した。同遺跡で出土した初めての本格的な建物跡とみられ、専門家は「日本書紀」に記録された、辺境の人々をもてなした饗宴施設などの可能性を指摘している。
今回の調査地は寺の西門跡から南西約120㍍の遺跡の南端にあたり、柱の穴(一辺約1.2㍍、深さ約90㌢)9個を確認した。村教委によると、少なくとも東西11㍍、南北6.5㍍の常設の高床式の建物があった可能性があるという。
槻の木の広場は、後の大化改新の立役者・中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足が蹴鞠(けまり)を通じて初めて出会った場所とされている。

古代の巨大ペンギンはティラノサウルスら恐竜と共存

古代の巨大ペンギンはティラノサウルスら恐竜と共存

ドイツ・フランクフルトのゼンケンベルク研究所の鳥類学者、ゲラルト・マイヤー氏らは、ニュージーランドで発見された巨大ペンギンの足の骨の化石から、ペンギンの祖先が恐竜と同じ時代に地球上に存在していたことが分かった-との研究結果を発表した。この論文は科学誌サイエンス・オブ・ネイチャーに掲載された。
約6550万年前に起きた小惑星の衝突で非鳥類型恐竜が絶滅する以前、超大型のペンギンが角竜類のトリケラトプスや肉食のティラノサウルスといった恐竜と同じ空気を吸っていたことになる。
足の化石はニュージーランドのワイパラ川近くでアマチュア化石収集家により発掘された。ただ、この8㌢の骨の年代はティラノサウルス・レックスなどが姿を消してからずっと後の約6100万年前のものだった。しかし、この周辺では過去に別の巨大ペンギンの化石が見つかっており、これが決定的な証拠となり、2羽の共通の祖先がその何百年も前に生きていたことが示された。
ゲラルト・マイヤー氏は「この2羽のペンギンは全く同じ場所から発掘されたが、形態学的にはかなり異なる。これは両者の最後の共通の祖先がずっと昔、恐竜が繁栄していた時代に生息していたことを示している」と説明している。
このペンギンの祖先は子孫である2羽よりも500万~1000万年前に生息していたとみられ、恐竜の繁栄が続いていた白亜紀後期にはすでに存在していたことになるという。

40光年先に地球に似た7つの惑星を確認 国際チーム

40光年先に地球に似た7つの惑星を確認 国際チーム

ベルギー・リエージュ大学など国際チームの研究で、地球から約40光年離れた恒星の周囲を、地球に似た7つの惑星が回っていることが分かった。質量やサイズが地球と同程度で、地表に海が存在する可能性があるものもあるという。成果は2月23日付の英科学誌ネイチャーで発表される。
研究チームは米航空宇宙局NASAのスピッツァー宇宙望遠鏡などで「TRAPPIST(トラピスト)-1」という恒星を観測。恒星を横切る惑星が少なくとも7つ存在することを突き止めた。これらの惑星の半径は地球の0.8~1.1倍程度。ほとんどの星の質量は0.4~1.4倍で、岩石でできている。
トラピスト-1の温度や距離などから7つのうち3つの惑星には、地表に海があって、生命が存在する可能性があるという。