河原左大臣
※源 融(とおる)
みちのくのしのぶもぢずりたれ故に
乱れそめにし我ならなくに
【歌の背景】上二句「みちのくのしのぶもぢずり」は、「乱れそめにし」というための序詞。したがって、陸奥の信夫の郡でつくられたという信夫もぢずりは当時、京ではおそらくもてはやされたのであろう。恋の歌のやりとりで、自分の不実をなじる相手を逆にやんわりとなじる駈け引きの歌。
【歌 意】陸奥の信夫郡から産出するもじ摺りの衣の乱れ模様のように、私の心は乱れ始めた。一体誰のせいでこのように心が乱れ始めたのでしょう。それはあなたのせいです。(それなのに私の心をお疑いとは心外です。)
【作者のプロフィル】源融のこと。嵯峨天皇の第十二皇子。母は正四位下大原金子。承和5年臣籍に降り、源姓となる。皇位への思いままならぬ無念さを晴らすごとく、巨富に任せて邸宅河原院や嵯峨山荘棲霞観を営み、豪奢な生活を送った。貞観の初め従三位、同14年左大臣。陽成天皇元慶元年に正二位となる。宇多天皇のとき従一位まで昇り、寛平7年(895)8月、74歳で没。