イベントカレンダー2月

歴史くらぶ イベントカレンダー 2月
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戦役・事変
長屋王の変-神亀6年(729年)2月10日、当時の朝廷政治の首班・長屋王(左大臣)が、藤原氏の意を受けた者の讒訴に、藤原氏および聖武天皇を含めた反長屋王勢力が事前に知らされていたかのように素早く反応。藤原宇合(うまかい)らが長屋王の屋敷を即日包囲し、翌日、長屋王を自害に追い込んだ事件。正史『続日本紀』は、長屋王が無実だったことをはっきりと記している。

一ノ谷の戦い-1184年2月の源平合戦の一つ。破竹の進撃で京都を目指す源義仲に抗しきれず、再起を期して京都から脱出した平氏軍が兵庫・福原に布陣していた際、鎌倉軍の源義経の優れた戦術が発揮された戦いとして有名。義経は別働隊を率いて、崖から駆け下りる奇襲戦(ひよどり越え)を敢行。思いも寄らない奇襲に狼狽した平氏は惨敗した。一ノ谷は現在の神戸市須磨区。

屋島の戦い-1185年2月の源平合戦の一つ。平氏の拠点・屋島を攻めるため、義経軍は敵の意表を衝いて嵐の中、四国にわたり、敗れた平氏軍は彦島へ退却した。屋島は香川県北部の島山。当時は島。現在は高松市に属す半島。

西南戦争-1877年(明治10年)2月15日、陸軍大将・西郷隆盛を担いだ反政府運動は遂に頂点に達した。当時、士族を貧困に追いやり、役人は私利私欲に走ってけしからんという没落士族の不満は、佐賀の乱(1874年)、萩の乱(1876年)、秋月の乱(1876年)敬神党の乱(1876年)と各地で相次いで起こっていた。この西南戦争は、疎外された士族の不満が最もストレートに出た反乱だった。鹿児島へ集結した兵力1万2000人、それが熊本に向かった時に3万余人に膨れていた。いかに士族の不満が強かったかが分かる数字だ。西郷軍は熊本城攻撃でつまずき、田原坂で遂に敗退。9月1日、鹿児島へ退却。城山に籠もり、同24日払暁、西郷軍は最後の抗戦。城山は落ち、西郷は別府晋介の介錯で切腹した。

■戦国祭り 
(開催日の一部で固定していない、例年変わるケースがあります。お出かけの際は、念のため事前にご確認を!)
戦国肥後国衆まつり・第2日曜(熊本県玉名郡三加和町)-豊臣秀吉の検地に抵抗した肥後国衆一揆を再現し、先人の心意気を現代の三加和の人々につなげる祭。スカイダイビングショーに始まり、郷土芸能、武者行列と一揆の再現。修羅レース、福引抽選会、紅白餅投げなどが行われる。
■偉人・賢人の命日
・行 基 (天平21年2/2・749年2/23)満80歳
・福沢諭吉(明治34年2/3・1901年2/3)満66歳
・平 清盛(治承5年閏2/4・1181年3/20)満62歳
・岩崎弥太郎(明治18年2/7・1885年2/7)満50歳
・西 行 (文治6年2/16・1190年3/23)満72歳
・聖徳太子(推古天皇30年2/22・622年4/8)満48歳
・千 利休(天正19年2/28・1591年4/21)満68歳
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歴史のヒロインや歴史群像、豪商列伝を幅広く、独自の目線で書き上げています。