カテゴリー別アーカイブ: 歴史くらぶ

法隆寺で迎春準備 恒例の「お身拭い」

法隆寺で迎春準備 恒例の「お身拭い」

奈良県斑鳩町の法隆寺で12月8日、新年を前に毎年この時期に行われる恒例の「お身拭い」が行われた。これは仏像に積もったほこりを落とすもの。
作業姿でマスクをつけた9人の僧侶が国宝の「金堂」に入り、本尊の釈迦三尊像や薬師如来坐像などの仏像に積もったほこりを、はたきやはけを使って払い落していた。これらの作業を、居合わせた多くの参拝客らが見守っていた。

京都・城陽市で奈良時代の平地造成・建物の遺跡見つかる

京都・城陽市で奈良時代の平地造成・建物の遺跡見つかる

京都府埋蔵文化財研究センターの発掘調査で、京都府城陽市の芝山遺跡で古墳時代から奈良時代の丘陵地を切り崩して平地に造成した跡が新たに見つかった。
その集落跡は縦約40㍍、横約30㍍の範囲で丘陵地を平地に造成。出土した土器などから奈良時代に行われたとみられ、同じころに地面に掘った穴に柱を立ててつくった掘立柱建物の跡も新たに9棟見つかった。このうち8棟は人工的に造成した平地の上に建てられ、新しくなるほど建物は北側から西側に向くようになっていたことが分かったという。

中国・長江デルタで約4400年前の大規模な気候寒冷化の発生を発見

中国・長江デルタで約4400年前の大規模な気候寒冷化の発生を発見

東京大学と日中の研究機関の共同研究グループは、中国・長江デルタの近傍から採取された海洋堆積物コアを用いて、過去の表層海水温変動を復元した結果、約4400年前~3800年前に大規模かつ複数回の急激な気候寒冷化イベントが発生したことを発見した。
長江デルタでは約7500年前から、世界最古の水稲栽培を基盤とした新石器文明が栄えたが、約4200年前に突然消滅し、その後約300年間にわたり文明が途絶えた。原因について、これまで統一的な見解は得られていなかったが、今回明らかになった気候寒冷化イベントがこの一因になった可能性が高いとしている。

ナマハゲなど8県の「来訪神」が無形文化遺産に登録決定

ナマハゲなど8県の来訪神が無形文化遺産に登録決定

インド洋・モーリシャスで開催されている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の政府間委員会は11月29日、無形文化遺産に日本の「男鹿(おが)のナマハゲ」(秋田県)など8県の10行事で構成される「来訪神(らいほうしん) 仮面・仮装の神々」を登録することを決めた。
今回無形文化遺産に登録されたのは①男鹿のナマハゲ(秋田県男鹿市)②吉浜のスネカ(岩手県大船渡市)③米川の水かぶり(宮城県登米市)④遊佐の小正月行事(山形県遊佐町)⑤能登のアマメハギ(石川県輪島市能登町)⑥見鳥のカセドリ(佐賀市)⑦甑島(こしきじま)のトシドン(鹿児島県薩摩川内市)⑧薩摩硫黄島のメンドン(鹿児島県三島村)、➈悪石島のボゼ(鹿児島県十島村)⑩宮古島のバーントゥ(沖縄県宮古島市)。
2009年に単独で登録された「甑島のトシドン」(鹿児島県)に、新たに9行事を加えて1つの無形文化遺産として申請していた。したがって、日本の無形文化遺産登録件数は21件で変わらない。

奈良県高取町で渡来人の「大壁建物」跡発見、最大・最古級か

奈良県高取町で渡来人の「大壁建物」跡発見、最大・最古級か

奈良県高取町の教育委員会は11月27日、同町の市尾カンデ遺跡で古墳時代、朝鮮半島から日本にわたってきた渡来人が建てたとされる「大壁建物」の複数の建物跡が新たに16棟見つかったと発表した。
同委員会では、周辺で見つかった土器などから古墳時代の4世紀末から5世紀初めの、これまで見つかった中で最も古いものだとしている。また、今回見つかったうちの1棟は東西14.5㍍、南北13㍍あり、これまでで最大級だという。
大壁建物はこれまで奈良県、滋賀県を中心に150棟が見つかっており、これまではすべて5世紀中ごろ以降のものとされていた。

惑星誕生の謎に迫れるか 火星に米探査機「インサイト」着陸

惑星誕生の謎に迫れるか 火星に米探査機「インサイト」着陸

米国NASA(アメリカ航空宇宙局)の探査機「インサイト」が日本時間の11月27日午前5時前、火星への着陸に成功した。火星の内部を詳しく調べることで、地球がどのようにできたのか、惑星の誕生の謎に迫ることができると期待されている。
インサイトはこれから2年間にわたり、火星で起こる地震の揺れの大きさや伝わリ方を観測するほか、深さ5㍍の穴を掘って地下深くから伝わる熱を計測する。
インサイトは5月に打ち上げられておよそ7カ月間、4億8,000万㌔㍍余を飛行して、日本時間の27日、火星の大気圏に突入した。そしてパラシュートなどを使って、火星の赤道のやや北にある「エリシウム平原」と呼ばれる比較的平らな地表に無事着陸した。

「仁徳陵」で埴輪列、石敷き確認 宮内庁・堺市が初の共同調査

「仁徳陵」で埴輪列、石敷き確認 宮内庁・堺市が初の共同調査

宮内庁と大阪府堺市は、10月下旬から今回初めて共同調査している国内最大級の前方後円墳の調査状況を11月22日、報道陣に発表した。これは堺市にある「仁徳天皇陵」とも「大山古墳」とも呼ばれている古墳の調査で、墳丘を取り囲む堤の部分から築造当時のものとみられる一列に並べられた円筒埴輪や石が敷き詰められた跡が見つかった。
調査は墳丘を3重に取り囲む濠(ほり)と濠の間にある2つの堤のうち、内側にある堤の3カ所を掘り下げて行われた。現場には22日、考古学や歴史学に関する16の団体の40人余りの研究者も入り、およそ1時間半ほど見学した。
宮内庁が管理している陵墓は外部の立ち入りが厳しく制限されており、今回初めて共同調査として行われた。

安土桃山時代に初期キリシタンが描いた宗教画発見

安土桃山時代に初期キリシタンが描いた宗教画発見

安土桃山時代に日本人の信徒、初期のキリシタンが描いたとみられる宗教画が見つかった。見つかったのは和紙をつなぎ合わせた幅22㌢、長さ3㍍余の巻物で、「受胎告知」や「聖霊の降臨」などキリストと聖母マリアの生涯の15の場面が墨絵で描かれている。
巻末には安土桃山時代にあたる「千五百九十二年」と書かれていて、和紙の成分の分析からも16世紀後半から17世紀前半のものと分かり、明記されたこの年に描かれた可能性が高いという。専門家は、キリスト教が日本に伝わって間もない、最も初期の信仰の様子を知る重要な発見としている。
この宗教画はキリシタンをめぐる歴史的な資料を収集している神奈川県大磯町の澤田美喜記念館の収蔵品の中から見つかり、横浜市歴史博物館が専門家などと鑑定した。澤田美喜さんは岩崎弥太郎の孫。

「本能寺の変」直後の柴田勝家直筆の書状 新潟県で見つかる

「本能寺の変」直後の柴田勝家直筆の書状 新潟県で見つかる

天下統一を目前にした織田信長が、家臣の明智光秀に討たれた「本能寺の変」。その8日後の天正10年6月10日、現在の福井市の居城にいた柴田勝家が、織田方の武将、溝口半左衛門に宛てて書いた直筆の書状が、新潟県新発田市で見つかった。新発田市の溝口家に残る歴史資料の中から見つかった。
文面には、光秀の討伐に出遅れた勝家が当時、京都から大坂に展開していた光秀の居場所を正確に把握できていなかったことがうかがえる内容が記されている。そのうえで、光秀が拠点としていた江州、現在の滋賀県にいるとみて、当時の大坂にいた織田方の重臣、丹羽長秀と連携して光秀を討伐する計画を明らかにしている。

奈良・当麻寺で最古級の金銀銅の舎利容器見つかる

奈良・当麻寺で最古級の金銀銅の舎利容器見つかる

奈良県葛城市の当麻寺で飛鳥時代につくられたとみられる金、銀、銅の容器が三重の入れ子になった舎利容器が見つかった。
一番外側の銅製のものは高さおよそ9㌢、内側の銀製がおよそ3㌢、最も内側の金製がおよそ1㌢で、いずれもふたの付いたお椀のような形をしている。奈良国立博物館によると、形などの特徴から飛鳥時代後期につくられたとみられるが、この時期につくられた金、銀、銅の舎利容器で完全に残っているのは全国でも法隆寺など数例で、極めて貴重な発見だとしている。
この舎利容器は2019年2月から奈良国立博物館で公開される。