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滋賀・高島市 2世紀にわたり築かれた異例の古墳群と確認

滋賀・高島市 2世紀にわたり築かれた異例の古墳群と確認

滋賀県高島市教育委員会の発掘調査によると、同市で見つかった古墳群が5世紀の終わりごろから、およそ180年間にわたって次々と築かれた、全国的にも珍しいものであることが分かった。
2017年3月から2018年7月にかけて行われた発掘調査で、同市新旭町にある「南畑古墳群」からは、本格的な石室がある円墳と呼ばれる丸い形の古墳や、土を盛っただけの古墳など様々な様式の古墳10基が新たに確認され、出土した須恵器などから6世紀から7世紀初めごろに築かれたものと分かったという。
すぐ近くにある「下平古墳群」では5世紀の終わりごろの古墳が見つかっており、この地域では5世紀の終わりから7世紀の初めごろまで、およそ180年間にわたって次々と古墳が築かれていたとみられるという。これだけ長期間、古墳が同じ地域に築かれるケースは全国的にも珍しいという。
同市教委では「この地域には当時安定的な権力を持った豪族がいたのではないか。この地域で生まれたとされる継体天皇との関わりなどの調査を進めたい」としている。

祇園祭の前祭・23基の山鉾巡行に22万人の人出

祇園祭の前祭・23基の山鉾巡行に22万人の人出

連日、最高気温38度超えの記録的な猛暑が続く中、京都・祇園祭の前祭(さきまつり)のハイライト、山鉾巡行が7月17日、京都市中心部で行われた。
コンチキチンの祇園囃子の音色とともに、ゆっくりと都大路を進む、豪華な懸装品をまとった23基の山鉾に、多くの遠来の観光客を含めた見物客らは見入っていた。とりわけ、その重量10㌧を超える鉾が90度角度を変える四条河原町での”辻回し”には、大きな掛け声や歓声が起こっていた。
京都府警によると、今年の山鉾巡行には昨年より3万人多い22万人が訪れた。

京都・壬生寺で新選組隊士・幕末志士の慰霊祭

京都・壬生寺で新選組隊士・幕末志士の慰霊祭

新選組とゆかりの深い京都市中京区の壬生寺で7月16日、幕末の動乱で命を落とした隊士や志士の慰霊祭が行われた。
7月16日は新選組が尊王攘夷派を襲撃した「池田屋事件」が起きた日。そのため壬生寺で、毎年この日に慰霊祭が行われている。この日は全国から近藤勇、土方歳三、沖田総司らの熱烈な新撰組ファン200人余りが集まった。彼らをはじめとする参列者は、僧侶が読経する中、焼香して静かに手を合わせ、幕末に思いを馳せ祈りを捧げていた。
壬生寺は、新選組の屯所が近くにあった縁で、隊士らが境内で武芸の稽古などに励んだことから、新選組のゆかりの寺として知られている。

京都・祇園祭「宵山」に”コンチキチン”の祇園囃子と人の波

京都・祇園祭「宵山」に”コンチキチン”の祇園囃子と人の波

京都の祇園祭は7月16日、最大の見せ場となる「山鉾巡行」を翌日に控える宵山を迎え、まさに人の波が押し寄せたような、大勢の見物客でにぎわった。
17日の「前祭(さきまつり)」の山鉾巡行で都大路を練り歩く23の山や鉾が建ち並ぶ四条通と周辺の路地は、午後6時から歩行者天国となり、車両を締め出したこの空間は、引いた構図でみると、豪華に飾られた山や鉾が提灯の明かりで幻想的に照らし出され、別世界のよう。そうした中、”コンチキチン”の祇園囃子が鳴り響く。
3日続けて日中の気温が38度を超える猛暑に見舞われた京都。歩行者天国となった時点でもまだ35度近い、うだるような暑さの中、大勢のうちわを手にした浴衣姿の女性や家族連れなどが宵山の雰囲気を楽しんでいた。

熊野那智大社で大たいまつ担ぐ勇壮な火祭

熊野那智大社で大たいまつ担ぐ勇壮な火祭

和歌山県那智勝浦町の熊野那智大社の神事「那智の扇祭」(通称:那智の火祭)が7月14日、行われた。
これは、熊野の神々が年に1度もともと祀られていた那智の滝へ里帰りするという神事。燃え盛る大たいまつを担ぎ、火の粉が飛び散る勇壮な火祭りとして知られている。
今回も12本の大たいまつを抱えた白装束の氏子たちが火の粉を飛ばしながら滝へと続く石段を練り歩いて清め、神々が乗る12体の扇神輿(みこし)を出迎える。こうした一連のさまを、訪れた観光客らは興味深そうに見守っていた。

ホメロスの古代叙事詩「オデッセイ」の粘土板発掘

ホメロスの古代叙事詩「オデッセイ」の粘土板発掘

ギリシャ文化省によると、ギリシャ西部オリンピアで古代の詩人ホメロスの叙事詩「オデッセイ」の一部が刻まれた粘土板が発掘された。この粘土板は3世紀ごろのものとみられ、ギリシャで発見された最古のオデッセイの記録の可能性があるという。
ギリシャとドイツの研究チームが、ゼウス神殿の近くで遺跡発掘の作業中に発見した。24歌で更生される長編叙事詩のうち、第14歌の一部が記されていた。複数のメディアが報じた。

西田幾多郎の多数の直筆ノート見つかる

西田幾多郎の多数の直筆ノート見つかる

「善の研究」などの著書で知られ近代日本を代表する哲学者、西田幾多郎(きたろう、1870~1945年)の遺族宅で、西田直筆の多数のノートが見つかった。
石川県かほく市の西田幾多郎記念哲学館などが、修復とともに読み解きを進めており、専門家はノートの修復や読み解きが今後の哲学研究のモデルになると指摘している。
西田は、西洋思想と東洋思想を融合させた独自の哲学体系をつくり、当時の知識人や若者に大きな影響を与え、「京都学派」の中心となった。

山鉾巡行「前祭」7/17「後祭」7/24 祇園祭の鉾建て始まる

山鉾巡行「前祭」7/17「後祭」7/24 祇園祭の鉾建て始まる

京都市中心部の四条通で7月10日、祇園祭のハイライト山鉾巡行を控え、道路の一部を規制して鉾の組み立て作業が始まった。鉾は木材を傷めないよう、釘(くぎ)を一切使わず、縄で固定する「縄がらみ」という伝統的手法で組み立てられる。山・鉾は14日ごろまでにすべて組み立てられ、出揃う。
祇園祭の山鉾巡行は「前祭(さきまつり)」が7月17日、「後祭(あとまつり)」が7月24日行われる。

長崎・天草の「潜伏キリシタン」世界文化遺産に登録決定

長崎・天草の「潜伏キリシタン」世界文化遺産に登録決定

バーレーンのマナマで開かれているユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産委員会は6月30日、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎、熊本両県)を世界文化遺産に登録することを決めた。日本の文化遺産は18件目で、自然遺産(4件)と合わせると世界遺産は22件となった。
登録されるのは、江戸幕府がキリスト教の信仰を禁じた17~19世紀、日本古来の伝統的な宗教や社会と”共生”しながら、密かに信仰を守り続けた「潜伏キリシタン」が育んだ独特の文化的伝統を示す遺産群。
禁教のきっかけとなった島原・天草一揆の舞台となった原城跡や信仰を集めた離島も含む集落や集落跡、長崎市内の大浦天主堂など12の構成資産すべてが対象となった。

淡路島で紀元前に埋納された最古級の銅鐸を確認

淡路島で紀元前に埋納された最古級の銅鐸を確認

兵庫県南あわじ市教育委員会は6月27日、同市で2015年に見つかった弥生時代の青銅器「松帆銅鐸(まつほどうたく)」の科学分析の結果、朝鮮半島産の鉛を含むなど弥生時代中期前半(紀元前4~前3世紀)の最古級の銅鐸と同じ特徴を持つことが分かったと発表した。多数の銅鐸が土中に埋められたのが、紀元前に遡って最古の事例となる可能性が強まった。
同市教委が奈良文化財研究所(奈良市)に依頼、銅鐸7個と、一緒に見つかった音を鳴らすための「舌(ぜつ)(=振り子)」7個について、元素の種類や含有量を測定する発光分光分析と鉛の同位体比から産地を推定する分析を行った。
銅鐸は豊作や集落の安全を祈るコメづくりを中心とした農業のまつりに使われたとされる。